魚住純から見て、仙道彰はその見た目からは想像も出来ないほど誠実な男だった。
いや、遅刻癖と練習に来ないことに関しては擁護の余地もなく駄目男なのだが、バスケットのプレイと人間関係において、仙道は誰よりも誠実な男だった。
スーパーエース、天才、オールラウンダー、様々な名で呼ばれてはいるが、仙道の本質は献身だ。
ここぞと言う場面で決めるシュート。どんな劣勢でも試合の空気を一気に変えてしまう抜群のバスケセンス。目が何個ついてるんだ、と言いたくなるほど広い視野から繰り出されるパス。チーム全員に自信と落ち着きを与える一声。自分勝手、自分本位とは程遠い、チームの勝利のためになんだってするその精神。だから、周囲は皆仙道に絶対的信頼を置き、頼りにし、憧れるのだ。
人間関係においても、仙道は芸能人と見紛うほどの甘い美貌に反して、驚くほど誠実だった。
いつだって穏やかで、誰に対しても感謝を忘れず、自分の非は素直に認め、後輩達の面倒見もすこぶる良い。
ただ、他人に対しては、どこか一線を引いて接していることにも魚住は気づいていた。
気を許した相手───陵南バスケ部員には、平気で「それ美味そうっすね、一口下さい」などとねだるくせに、同級生先輩後輩その他ファンからの贈り物は一切受け取らず、その笑顔で他人を牽制し、寄せ付けない。
仙道が一年時のバレンタインなど、校外にまで行列が出来るほどの大騒ぎであったが、やはり仙道は全て断っていた。唯一受け取ったのは「バスケ部の皆様へ」と植草の妹が作った完全なる義理チョコのみである。
他のチョコは受け取ってやらないのかと尋ねれば、「一度受け取ったら大変なことになる」と苦笑いを浮かべていた。これは過去に何かあったな、と魚住はピンと来たが、深く探るような真似はしなかった。モテる男にはモテる男なりの苦労があるのだろう、多分。越野が聞いたらこの贅沢者、と叱られそうだが。
だから、魚住は信じられない思いで目の前の光景を見つめていた。
今年の2月14日。やはり植草の妹からの義理チョコ以外、校内では一切受け取らなかったあの仙道が、チョコを受け取っているのだ! しかも、相手は海南大付属の、牧である。
牧紳一───全国に名前の知れた海南バスケ部キャプテンであり、神奈川ナンバー1に相応しい実力と人格を兼ね備えている男である。
その男が、陵南の校門で部活後の仙道を待ち構え、さらにチョコを渡している。それだけでもう大事件なのだが、牧が「仙道、これは本命だ」とさらっと告げたのだから、周囲にいた魚住を含む陵南バスケ部員たちの驚きは語るまでもないだろう。
どうすんだ仙道、あいつ誰からも受け取ったことないだろ、えっ牧って仙道のこと好きだったの、さすが帝王、すげえ度胸だな、とバスケ部員達が固唾を飲んで見守る中、仙道は「あ、はい」とあっさりそのチョコを受け取った。受け取っていた。受け取っていたのだ!
そして、いつも贈り物を断る時に浮かべる貼り付けたような笑みではない、蕩けそうなほど甘い笑顔で言う。
「オレ、牧さんに渡すチョコ持ってねえから、一緒に買いに行きません? 本命用なんですけど」
「おう、藤沢まで出るか?」
対する牧は、試合では絶対に見たことがない、包み込むような柔らかい笑みで仙道を見つめている。なんだこの甘ったるい空気は。何を見せられているんだオレ達は。何なんだこの状況は。
魚住含め、部員達はあまりに想定外な告白劇に、事態をよく飲み込めていなかった。そんな部員達の方を振り返り、仙道はいつもの飄々とした態度で口を開く。
「あ、オレ牧さんと帰るんで、ここで失礼します」
お疲れ様っす、と未だ状況についていけない部員達に頭を下げ、仙道と牧は仲睦まじく肩を並べ歩き出していた。お前こんな時までマイペースなのか。
呆然とその背中を見送りながら、越野が誰ともなく呟く。
「何だったんだ今の……」
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その後、藤沢駅周辺で仲良くチョコを選んでいる仙道と牧が目撃されただとか、一緒にいたのは誰かと聞かれた仙道が「オレの彼氏」と答えただとか、仙道の家に行ったら何故か牧が出て来ただとか、仙道の周囲は何かと騒がしかったが、当の本人は相変わらずのマイペースであった。
一部始終を目撃してしまった魚住ら陵南バスケ部員はと言うと、バスケットに良い影響が出るならばノータッチのスタンスを貫き、我らがスーパーエースの恋路をゆるく見守っている。
他でもない仙道が幸せであるならば、少々の痴話喧嘩くらい巻き込まれても構わない。だが、「あいつを泣かせたら承知しねえぞ」が牧に対する陵南バスケ部員の総意である。