瞳に映るは丹恒と偶々、そう、偶々。
羅浮の街中でばったり会った。 久方ぶりに見る丹恒の姿ではあったが、凛々しく洗練された姿は変わらず。景元は軽く手を振りながら、彼の元へ駆け寄った。
「丹恒殿、随分と久しぶりだね。元気にしていたかな、まさかこんな場所で会うとはね」
「こちらこそお久しぶりだ、将軍。俺は相変わらずあいつらと元気にやっている」
「...前に、丹恒殿はもう羅浮には戻らないと言っていたから、とても驚いているよ」
「羅浮に関する記録を読んでいるなかで、文字情報としては把握していても、実際に理解できているのか疑問に思って...今は時間に余裕があるから。折角の機会だ、足を運んでみようと思ったんだ」
「君は随分と勤勉だねえ…あ、そうだ。少しの間となってしまうけど、私が直々に案内してあげようか。うん、とても名案だ!さて、まずはどこから行こうか」
「しょ、将軍っ…いきなり何を言い出すんだ…!ちょっと待ってくれっ…!」
なんだかいつもより張り切っている景元の様子が気になりつつも、丹恒は一先ず彼の背中を追いかけることに決めた。
街中をきょろきょろしながら歩く丹恒の背中を、景元がじっと見つめながら歩いている時のことだ。鼻の頭に滴が落ちてきた。
「丹恒殿!雨が降ってきたから、ひとまずどこか屋根の下に入ろうか」
景元は慌てて辺りを見回し、雨宿りに使えそうな場所がないか探した。ふと視界に入った、人が住んでいないのだろうか―やや荒れた家を指差し、
「あそこにしよう」そっと丹恒の右手をとり、心地よい温もりを感じながら小走りで向かった。
それから、半時ほど経つ。
「うーん、なかなか止まないねえ。ちょっと冷えてきたけど、寒くはないかい」
「ああ、問題ない」
二人の言葉の掛け合いが、雨の音と交ざり合う。しとしとと、水が奏る音色を聴く機会も久しくなかったため、丹恒は目を閉じて聴き入っていた。
―ふっと、景元が隣を見ると。いつもより少し幼い、いや、儚く散ってしまいそうな丹恒の姿に、いつの間にか見入っていた。
だが、彼の髪がしっとり濡れてしまっている様子を見るや否や。先程感じたものとは違う、心の奥底に存在する何かが、景元の胸をくすぐった。
「...丹恒殿の髪、少し濡れちゃったね」
丹恒はその言葉を聴いた後、何となく瞑っていた目を開いた。思っていたより、 自分のすぐ側から。 景元の柔らかい声が聴こえ、同時に彼の心の広さを表している、全てを包み込んでくれそうな綺麗な琥珀(め)と青緑(め)があった。
「...綺麗な琥珀(め)をしているな、貴方は」
「えっ...え?」
「今、雨音と俺達の息遣いしか聞こえない…まるで、貴方と俺だけがこの世界に取り残されてしまったように感じるが…とても心地よいな」
ぼぼぼっと太陽のように熱くて、真っ赤な顔になったまま動かなくなってしまった景元の姿を、丹恒は不思議そうに見つめていた。
しばらくしたらきっと、雲の合間から景元(たいよう)の光が差し込み、雨は止むことだろう。