丹恒の日課丹恒の日課 其の一
景元の生存確認をすること
午前七時五分。
コンコンコンと規則正しく三回ドアをノックした後に、ゆっくり景元の部屋に入る。
「景元、おはよう。もう起きる時間だ」
丹恒は景元のテリトリーに入ると、案外大雑把に動く。真っ直ぐ、迷いなくすたすたと進み、カーテンを勢いよく開けるのだ。
――太陽の光が顔全体に直接当たり、大層眩しい。景元の意識は段々と上へ上へ浮上し始める。瞼の上に甲を当て、ゆっくりと深呼吸をし、やや掠れた声で呟いた。
「うーん…もうそんな時間か…丹恒殿、おはよう」
景元はあまりの仕事の忙しさに一度ぶっ倒れたことがある(勿論命に別状はない)。以降、丹恒は何を思ったのか、毎朝決まった時間に彼の様子を確認しに来るようになったのだ。
―態々足を運ばなくたって、毎日職場で会うのにね。
丹恒に限ってないとは思うが、何を企んでいるのか素直に気になる。いつもと違い、随分と上にある青磁色の瞳を見つめながら話しかける。
「ねえ、丹恒殿。毎朝私の様子を見に来るが、もしあの時のことを気にしているのなら…少しは心身ともに強くなったと思うし、心配しなくても大丈夫だよ」
「それは分かっているんだが…まあ、俺のことは気にしないでほしい。目覚まし代わりだとでも思ってもらえたら、いい。景元は身体は大きいし頑丈そうに見えるが、俺としてはしばらくの間、健康状態を観察したい。今まで通り過ごしてくれ」
そんなことを言いながら、丹恒は膝を曲げ、景元の胸にそっと、左耳をくっつけた。
そう、最近の景元の悩みは”この行為"である。
「丹恒殿…随分と”それが"お気に召したようだね」
「景元の心臓が、ちゃんと機能してるか確認しているだけだが」
ドックドックドック…
「…今日も元気いっぱいだな、安心だ」
丹恒は景元に、はっきりと伝えた。
そんな日が続いて、早何ヶ月。
丹恒はいつも通り、決まったリズムでノックをした後、ドアを開けたかと思うと。 景元は珍しくすでに起きていて、ベッドの上で正座になっていた。神妙な顔をしているなと思っていると、景元は一旦深呼吸をし、何かを絞り出すかのように話し始めた。
「―ねぇ、丹恒殿…最近私はどうにもおかしい。何だか心臓の辺りが苦しいんだ」
丁度左胸の辺りを、パジャマ越しにきゅっと握り、不安げに眉を寄せている。
景元のもとに歩み寄り、跪く。彼の強張った手をそっと優しく握った後、ゆっくりと心臓へ耳を寄せた。
…ドクドクドクドク…
「…俺が把握する限り、過去最高の心拍数ではあるが……景元?聞いているのか」
景元の胸に耳を当てたまま目線だけ合わせようと上を向き、じっと見つめていると、みるみるうちに顔を紅潮させる景元の姿が。
「丹恒、君ね…その上目遣い、とてつもなく心を揺さぶられるから…不意打ちは やめてほしいかな」
景元は大きな手のひらで真っ赤な顔を隠しながら、丹恒を見下ろすのだった。