悪役令嬢代理🥂君と辺境伯子息👔君のお話。姉ちゃんが嵌められた。
うちの家は没落しかけているとはいえ伯爵家で国の政治の仕事についている。父さんも母さんも金策とか領地の運営とか色々大変な中でどうにか姉ちゃんの結婚を後押ししてやりたかったみたいだ。今でこそ伯爵へと地位を下げているが元は建国の時に尽力した公爵家だったと聞くが、今やその影がないのは悲しいことだ。ハイパー美人な母さんとスーパーイケメンな父さんの顔面偏差値の遺伝のお陰で王子に見初められた姉ちゃんはその人に嫁ぐことが決まっていた。
女尊男卑の強いこの国では女性後継者がデフォルトであり、長男とはいえ跡取り娘の姉ちゃんに比べたら気楽な身分である。が、それをここまで呪う日が来るとは思わなかった。
端的に言うなら、子爵の可愛い令嬢に惚れた姉ちゃんの婚約者である王子が婚約破棄を言い渡して姉ちゃんはその子を虐めた悪女で処刑を求められているとかなんとか。いや正式に発表されるのはこれからだから、どうなるかはまだ分からないって泣きながら言われたけど俺っち的にはもう決まってるんじゃないかなって思う。その子爵令嬢に王子はメロメロだし、悪女なんてレッテルを貼られたらもうどうすることもできないだろうなって。姉ちゃんは本命がいたらしいし、婚約破棄されるのは願ってもない話らしいけど大々的に晒しあげられるのは嫌だってことで俺っちに白羽の矢がたてられた。
「だからってこれはないと思うんだよね……」
ふんわりと巻かれたカツラに薄く施されたメイク、顔を隠す為のセンスと内臓出るんじゃねぇのってぐらい締め付けられたコルセット。パニエの下はどうにかして男物の下着で許されたけどもヒールとか鬼の所業かよと言いたい。そもそも俺が社交界に出れないのは女性恐怖症だからですがそのことも忘れてしまいましたかそうですか。
煌びやかなドレスを纏う令嬢達に震える俺を王子達は断罪されるのを恐れてると思ってるんだろうなぁ。正直、姉ちゃんの代わりだとしてもこの場所に足を踏み入れるのは嫌だった。過去のとある出来事から俺は女性恐怖症を患い、この年になっても婚約者の一人もいない。だから俺を持て余してるんだろうなってことは……、なんとなくわかっていた。それでも姉ちゃんも母さんも父さんも優しかったし、できる仕事を回してくれたりしていたから、きっとマシな待遇ではあったんだと思う。
でもさ、自分達が父さんの実家に行くまでの時間稼ぎしろってそんなんひどくね?って思うわけ。俺っちは連れてってくれなくてここで罵倒されとけってことっしょ?父さんの実家にはさ、姉ちゃんが元々好きだった執事見習いもいるもんね。俺っち、あんまり役に立ってなかっただろうけども、こんな仕打ちってねえよ。
「弁解することは……」
「ひっ……」
王子に睨まれると同時に俺っちの方を向いた子爵令嬢の目に好奇の色が混じって居心地が悪くなる上に動悸が激しくなる。そうでなくてもここに俺の味方はいないんだ。こんな風に晒されるのが嫌だって姉ちゃんの気持ちは分からなくもないけど、だからといってここに俺がいていいと思われたならそれはそれで辛い。じわじわと心を苛む恐怖と不安、そして逃げ出したい衝動に駆られながら俺は断罪の時を待つ。死刑囚ってこんな気持ちなのかなって、そんなことを思うぐらいに、現実逃避していた。
ドクドク、と嫌な音を立てる心臓に俺の息はどんどん早くなっていく。
伊弉冉家の令嬢、と姉ちゃんの名前が呼ばれ、王子が婚約破棄を言い渡したところで、我先にと言わんばかりに飛んでくる好奇と侮蔑、嘲笑の視線に晒されながら俺は震える足で駆け出したい気持ちを懸命に堪えていた。
だって怖いじゃんこんなの。姉ちゃんが何したわけでもない。そもそも、姉ちゃんは子爵令嬢になんもしてないんだから。落ちたとはいえ建国の頃から国に仕えている家で公爵の地位まで上り詰めたこともあるから、姉ちゃんがそんな下らないことをするわけないって思ってる。嫌がらせしたとかサロンで笑ったとか、そんなん、あっちの勘違いか悪意を持って捏造したかどっちかじゃんね。
俺っち知ってんだもん。姉ちゃんがそんなことするような人間じゃないって。確かに弟にキッツいところはあったけど、根は優しいし明るいし人気者だからさ。それに爵位とか地位とかそんなの気にするタイプじゃねぇし。だから言える。姉ちゃんはしてないって。
あぁもう、それなのに。弁解したいのに、姉ちゃんの無実を証明したいのに、それなのに声は出ない。
悔しい。俺、何もできない。声も出ないし、令嬢を直視もできない。震えて引き連れた声を漏らすしかできないなんて、なんて情けないことか。
「そこまでにしてもらっても」
凛とした声が聞こえて振り向くとそこには赤銅色の髪の……、俺っちと同じ歳ぐらいの青年がいた。赤銅色の髪に水色のメッシュ、眠そうに伏せられた瞳は綺麗な碧眼だ。王子ほどではないが、それなりに立派な服装をしていて、名のある貴族なんだろう、と立ち振る舞いから察することができる。
「これはこれは……観音坂家の御子息ではありませんか」
皮肉げに言われた言葉に青年はぐぬ、と言うように顔を顰めた。凛とした顔をして入ってきたのに一気に猫背になったのに少しおかしくなる。
「どうしたんだ?普段は領地から出てこないと言うのに」
「面白いものがあると言って命令書を送ってきたのは殿下でしょう。大体……そうでもなければこんな悪趣味なところに俺は来るつもりはなかったんだが……そもそも社交界に出るのは弟の約束で……俺は先生の手伝いができたらよかったのにどうして……それもこれも、上からの圧力にノーと言えない俺のせいか……?」
はぁ……と重い溜息を吐いてブツブツと呟き出す青年に俺はどうして良いのか分からなくなる。でもできることなら、子爵令嬢の方を見たくないので彼の方に視線を向け続けるしかない。そんな俺の視線に気付いたのか彼がこちらを向く。ビク、と驚いたように重い瞼が少し持ち上がって頬に赤が走った。
え、何で?
「ごほん……それで。この悪趣味な茶番は一体何だと言うのでしょうか……?俺は一体、何を見せられているのでしょう?」
「見て分からないか?そこの伊弉冉家の令嬢が、我が愛する婚約者である彼女を侮辱したのだ」
「え?その子爵令嬢が……、ですか?」
「そうだ」
ふふん、と小鼻を膨らませながら言う王子に観音坂はキョトン、とした顔をした後、おずおずと口を開く。
「大変申し訳ないんですが、彼女の家はその……薬物の密売と奴隷などの人身売買、後、脱税等の罪で現在調査中でして……」
「………………は?」
「あ……その、入間さんから聞いてないんですか?殿下……」
どう言うことだと言わんばかりの王子と真っ青な顔をして冷や汗をかく令嬢。慌てたように入ってきたお付きの耳打ちに王子の顔が蒼白になる。
「な、何……!?ということは伊弉冉令嬢は無罪なのか!?」
「さぁ。それは分かりませんが……ですが殿下。人の上に立とうとする人がこんな風に女性を晒しあげにするのは如何なものかと」
「な、」
「まぁ……、殿下が婚約破棄をしたというなら彼女は今フリーですよね」
そう言って、観音坂はぐい、と俺の腰を引き寄せる。然りげ無く俺の手からとった扇子をパン、と広げて俺の視界を完全に覆いながら耳元で囁いた。
「その、少しだけ我慢して欲しい」
「え」
「君をこの場から連れ出してあげるから……、俺のお嫁さんになってくれ」
……………………はい?
すう、と息を吸う声が聞こえた後、ぎゅ、と腰を強く抱き締められた。
「伊弉冉令嬢を観音坂家長男である独歩が貰い受けてもよろしいですよね、殿下」
力強い宣言と共に引き寄せられた体に抱き着きながら、思わず内心悲鳴をあげてしまう。
いやあの!俺っち男なのですが……!?
でも良いのか!?この場を切り抜けられたらそれで……!
「だ、だが、伊弉冉令嬢は殿下の婚約者で……!」
「元、でしょう?それに彼女の意思の方が重要では?」
どうですか、令嬢と言いながら俺の視界から『女』を遮ってくれる彼にどうしようか迷う。でもこの場で彼だけだった。俺のことを守ってくれたのは。味方ではないにしてもこの場を切り抜けようとしてくれたのは、彼だけだったのだ。晒し者になってしまった俺をこうして守ろうしてくれているのはこの観音坂という男だけで姉ちゃんを助けようとしてくれたのもこの人だ。
騙してしまったことは後で謝るとしても……、この場を切り抜けてからどうとでもなるだろう。まずはこの場から離れたいと、心底思う。だってもう、女の目に晒されるの、本当しんどい。震える足も痛いぐらいに立てる動悸もどうにかしたいのだ。
「観音坂様に、ついていきます……」
どうにかこうにか精一杯吐き出した言葉に、観音坂は少しだけ驚いたように目を見開くと嬉しそうに微笑んでくれる。
ありがとう、と耳元で囁かれた声にキューン、なんて場違いな胸のトキメキを感じながら俺っちは彼と密着する。
「ありがとうございます、令嬢。殿下。それでは私は領地に戻ります。あ、そうだ」
そういえばそこの子爵令嬢、殿下の剣とか宝石とかちょこちょこ盗んで売り捌いてるみたいですよ。
そんなとんでもない爆弾を投下して彼は俺をその場から連れ出してくれたのだった。
「え!?お、男だったのか!?」
「そうだよ!!姉ちゃんの代わり!」
「どどど、どうしよう……!お、男って嫁にできるのか!?」
「へ?何で?」
「っ、何でもない!!」
(辺境伯👔君と悪役令嬢のフリをさせられた🥂君のお話。)