独占欲「あら?」
デスドライブスと名付けられた宇宙からの侵略者達との戦いを終えて暫く経った頃、もはや恒例行事と化したメディカルチェックを受けていたイサミの耳にほんの少し驚いた様なニーナの声が届いた。
「……何か異常でも?」
何事かと問い掛けようとしたイサミよりも先に、たまたま居合わせていたサタケが声を硬くして問い掛ければ、発端となったニーナが慌てた素振りで首を緩く横に振った。
「いえ、そうじゃなくて、アオ三尉のデータを確認していたら今日が彼の誕生日だって事に気付いてしまったものだから、つい。驚かせたのだったら申し訳ないわね」
「……ああ、何だそんな事ですか。何か異常でもあったのかと心配しました」
安心させる為にだろう柔い口調で告げるニーナに自分自身ほっとしつつ、何よりもサタケが堅い表情を和らげた事に安堵していると、部屋の反対側で同じ様にメディカルチェックを受けていたルルが勢いよく立ち上がるのが見えた。
「ガピ! イサミ、今日が誕生日!? そんなのルル知らない!」
「……まあ、言って無かったしな……」
靴音も荒く駆け寄って来たルルの小さな身体が飛びついて来るのを反射的に抱きしめれば、頭突きでもするかの様な勢いでルルの顔が直ぐ目の前に迫って来た。
「何で言ってくれないの!?」
「……何でって、別に今更、祝う様な年でもないだろ?」
「な! 年なんてカンケーない! イサミ、そう言う所、本当に悪いクセ!」
「ルール、落ち着けって。……けどまあ、誕生日くらい俺達に教えてくれても良いと思うぜ? 水臭いじゃないか、ブロー」
迫って来るルルの勢いに押されて仰け反っていると、宥める様な声が響いて、細い身体がひょいと大きな腕に攫われる。
圧し掛かっていた重みが消えた事にほっとしつつ、後ろに反らしていた身体を起こすと苦笑めいたスミスの笑みがこちらに向けられる。
「けどまあ、ルルの言う通り、そう言う風に他人と距離を取るのは君の悪い癖だと思うぜ」
「……そう、だな」
柔く窘める様な口調に、確かにと頷いた途端、目の前のスミスの顔がにやりと悪戯な笑みを浮かべるのが見えた。
嫌な予感がする。
そう思った時には既に遅く、スミスとルルの二人がにんまりと顔を合わせて笑ったかと思えば「じゃあ今日はイサミの誕生日パーティ! ルル、直ぐに準備する!」などと宣告したルルが素早く部屋から飛び出して行く。
「……あら、未だメディカルチェックの結果を伝えてないのに」
「俺が代わりに聞くんじゃ駄目ですか?」
「じゃあ、代わりに聞いてくれるかしら、お父さん」
止める暇もない素早い行動を呆然と見つめていると、スミスとニーナが楽し気に言葉を交わすのが聞こえた。
今日の予定はこのメディカルチェックで最後だから、誕生日パーティとやらに参加する事自体に特段の問題は無いが、だが、唐突過ぎる展開についていけずに救いを求める様に傍らのサタケへと視線を向ければ、同じ様に唐突な展開に頭を抱えていた男が小さな溜息を一つ吐き出した。
「……お前、誕生日パーティに出る様な服なんて持って来てないだろ」
「制服しか持って来てませんよ」
「なら後で俺の部屋に来い。どんな盛大なパーティをするつもりかは知らんが、制服よりはましな服を貸してやる」
「…………はあ、ありがとうございます」
溜息交じりの言葉を聞きながら、誕生日パーティとやらに参加する事はサタケの中でも確定事項なのかと少し驚きつつ、反対側のニーナの横顔へと視線を転じる。
「ちなみにあなたの検査結果は全て良好。存分に誕生日パーティを楽しんでらっしゃい、ルーテナント」
「……ありがとうございます」
相変わらずの穏やかな笑みに生返事を返しながら、どうやら今夜の予定は確定したらしい、そう思ってイサミは天井を仰いだ。
スミスやルルに誕生日を祝われる事が嫌な訳では勿論無い。ただ、イサミの誕生日が発覚してからたかだか五分だか十分足らずの時間で全てが怒涛の勢いで流されて行く事に困惑しているだけで。
「まあ、たまには同年代の友人との付き合いと言うのも大事な物だとは思うよ、アオ三尉」
「……そうでうすね」
そんなイサミの困惑を理解しているのだろう、宥める様に柔く笑ってくれるサタケにつられる様に微かに笑った。
メッセージアプリを通じて伝えられた誕生日の会場へとサタケと二人並んで足を運べば、そこには既にスミスとルル以外にもヒビキやミユやヒロと言った面々が集まっていた。
「聞いたよ、イサミー。お誕生日会やるんだってねぇ」
「ああ」
ほんの少し揶揄いを含んだヒビキの言葉に素っ気なく応じながら、イサミは興味深げに周囲へと視線を向けた。
「今日は君の誕生日だから特別なディナーでもって思ったんだけど。流石に急過ぎて準備が間に合わなくってね。だけど、肉も野菜もとびっきりのを用意したからたっぷり楽しんでくれよ」
「ルルが、イサミに美味しいバーベキュー、作る」
コンクリートの上には二つのバーベキューコンロが並んで、既に火の準備が出来上がっていた。
傍らには肉と野菜が刺さった串が山の様に大量に積まれ、焼かれる時を今かと待ちわびていた。
「バーベキューは余りお気に召さないかい?」
「いや、皆でこんな風に賑やかに食事するのは久しぶりだから楽しみだ」
伺う様なスミスににこりと応じると、イサミはすいと伸ばした手で肉の詰まれた皿とトングに手を伸ばした。
「こら、イサミ」
「ああ、軍手しなきゃ火傷しますもんね」
後ろからやんわりと腕を掴まれたのはその時で、軍手を掴んだサタケの手に気付いてイサミはそう告げて軍手へと手を伸ばそうとした。
「そうじゃない。……お前が働いてどうするんだ。良いからそこで大人しく座ってろ、お前が今夜の主役だろ?」
ぽん、と優しく頭を撫でる手に反射の様に頷いて、促されるままに椅子へと腰掛ければ、少し遅れてルルとスミスの手にした二つのクラッカーがパーティのはじまりを控えめに伝えた。
ルルとサタケの二人によって二つのバーベキューコンロがフル稼働で働くのをキンキンに冷えたビール片手に見守りながら、焼けた肉や野菜に喰らいつきつつ仲間達と他愛も無い会話を交わしている内に夕暮れの茜色の空が紺色に染まり、更に星が輝き出す頃にはイサミの気持ちも身体もアルコールのせいで少しふわふわし始めていた。
「イサミ、君、もしかして少し酔ってるのかい?」
本日何本目かも覚えていないビールの瓶を傾け、背もたれになる物を求めて傍らの温もりに身体を預けていると、ほんの少し驚いた様な表情でスミスが問い掛けて来る。
「……いや?」
別に。
ふわふわとした感覚を抱きつつ、けれど未だ酔ってはいない筈だと首をふるりと振れば、スミスの整った顔が苦笑めいた笑みを湛える。
「十分酔ってる様に見えるけどね」
「……?」
「君が背凭れにしてるの、誰か分かってる?」
くつ、と悪戯っぽく喉を震わせるスミスに、小首を傾げた後でイサミはそう言えばと自分の後ろを振り返った。
見慣れた赤いジャケットが視界に飛び込んで、ほんのりと煙草の匂いが鼻腔を擽るのに、イサミは何だサタケか、と思ってそのままぽふりと逞しい胸に顔を埋めた。
「うわ! イサミ、君、完全に酔っぱらってるじゃないか。……ああ、ええと、カーネルサタケ、これはその、」
「大丈夫、気にしてなどいないよスミス中尉。何時もの事だからな」
「ああ、それなら何より。何時もの事なら問題ありませんね……、……って、え? 何時もの事?」
馴染んだサタケの香りに安堵したなら、途端に眠気にも似た感覚に包まれ、思わず目を閉じていると、傍らでスミスとサタケが何か言葉を交わしているのが聞こえた。
だが、スミスが口にした通り思ったよりも酔っていたのだろう、二人がどんな事を話しているのかは良く分からなかった。
「そう。何時もの事だよ。……因みに酔って前後不覚になった恋人を私が連れて帰るのも、ね」
「……ええと、それはつまり……」
「一応、こいつの親友の君には一度くらいはきちんと言っておくべきかと思ってね。君がこいつの事を大切にしてくれているのは分かっているし、同じ年代の友人と言うのは大切にすべきだとは思っているよ」
くしゃりと髪を撫でる指の感触が心地良くて頬を緩めていると、額に何か柔くて暖かい物が触れた。
「だが、もうそろそろこいつは返してもらうぞ。……私にも好い加減、可愛い恋人の誕生日を祝う時間を頂けるかな?」
「……勿論、どうぞ」
息を飲んで、呻く様な言葉を吐き出すスミスに、何事だろうかとイサミがサタケに預けていた身体を起こしてじっと見つめれば、少しだけ困った様な笑みが返された。
「イサミ」
「……はい」
「そろそろお開きだそうだ。帰るぞ」
告げられた言葉の意味を理解するのにはほんの少し時間が必要だったが、帰ると言う言葉と共に支える様に腰に触れる手に、大人しく身を預ける。
「スミス、ありがとう、今日は楽しかった」
スミスに別れの挨拶を伝えていると、「イサミ、帰るの?」とルルが駆け寄って来るのに、「ああ」と短く返せば、他の連中もそれぞれ挨拶を投げかけてくれるからそれに全て答えてイサミは彼らに背を向けて歩き出した。
当たり前の様に傍らを歩くサタケに残された面々が目を丸くしている事になど気付かずに、イサミはサタケの促すままに、真っ直ぐに彼の部屋へと向けて歩き出した。
そう言えば、今日は未だサタケから誕生日を祝う言葉を貰って無かったなと思いながら、傍らのサタケを見上げれば、まるで全て察しているとでも言う様にくしゃりと髪を撫でる手の柔さが堪らなく心地良かった。