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    KiryuuAoi

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    サタイサ村☆イサミ生誕祭 第2弾 

    ヤ花サタイサ 「とっておきのプレゼント」
    しゅーやさんから頂いたお題です

    #サタイサ

    とっておきのプレゼント ヤクザからプレゼントを受け取ってはならないと言うのは昔から良く言われている。
     そのプレゼントがどの様な物かの線引きに明確なラインは無いが、反社会的勢力からの定期的な物品の譲渡が確認されれば、受け取った者は親密な関係者とみなされ、公的な事業などには携わる事が出来なくなる。
     だからだろう、佐竹が勇の家に持ち込むのは、決してプレゼントでは無いと一応は言い訳が出来る様な代物ばかりである。
     やたらと高価で高性能なコーヒーメーカーは、佐竹がこの店に居座る間に美味しいコーヒーを飲むための物だし、座椅子はカーペット敷きのみの部屋ではくつろぐ事が出来ないから勝手に置いているだけなのだ。
     座椅子が二つ揃いなのは、単に佐竹が気にいった物がペアだったからだ。
     子供の様な言い訳がどの程度有効かは知れないが、そのどちらもがこの家に宅配で送られて来た時に、頼んだ心当たりも無かった勇が宅配業者に贈り先を間違えているのではないかと問い合わせしているから、それらが勇の了解を得ない代物であると言う記録証明はきちんとなされている。
     佐竹がそうして勇の家に物を送り付けるのは何時も前触れもなく突然の事ではあるが、恐らくは態とそうして勇に敢えて問い合わせをさせたのだろうと勇は当たりを付けている。
     確かめた事は無いし、問い掛けても決してそうだとは答えはしないだろうが、恐らくはそうなのだろうと思う。
     実際、今日の誕生日のプレゼントだってそうだ。
     プレゼントだとは一言も言われていないし、何なら昨日の営業終了後に突然現れた佐竹に言葉を発する暇もないままに車に詰め込まれてここまで運ばれて来たから、誘拐されたと言い張る事が出来なくも無かった。
     無論、誘拐と言うにはかなり丁重に扱われてはいたが。
     着の身着のままの格好で連れ込まれたのは、都会の喧騒などつゆ知らずと言った体で佇む古びた、しかし凛とした佇まいの温泉旅館だった。
     共同の露天風呂とは別に備え付けられた部屋付きの温泉は手狭な物だと佐竹などは呟いていたが、佐竹と勇の二人が並んで思い切り手足を伸ばしても十分すぎる程の広さがあり、乳白色のとろりとした温かい湯に身体を浸せば蓄積した日々の疲労がどろりと溶けて行く様な気がした。
     通常では受け入れて貰えない様な遅い時間のチェックインにも関わらず、出来たての状態で供された夕飯はどれもこれも新鮮な食材を丁寧に扱っており、目も舌も十分に楽しませてくれた。
     中でも鱧の吸い物の澄んだ出汁に浮いた鮮やかな三つ葉の苦みと柚子の皮の爽やかな香りの品の良さはどちらかと言えば薄味好みの勇にぴったりと合っていたし、地元の名産の和牛をこれまた地元の海で取れた粗塩だけでシンプルに焼き上げたステーキはたっぷりと乗った脂が舌の上でとろりと蕩けるのが堪らなかった。
     また、摺った百合根と海老を蒸した団子に小さく刻んだ舞茸入りの餡を掛けた物は、味付けは淡かったのにも関わらず、一つ一つの素材がしっかりと生きていて、その食感と風味のハーモニーはたった二口程度の大きさながら満足感では群を抜いていた。
    「少しは寛げたか?」
    「……寛ぎ過ぎて蕩けちゃいそうです……」
     差し出された小さなぐい飲みを受け取って傾ければ、ほんのりとした甘みが舌をくすぐり、柔らかな熱が喉をとろりと滑り落ちた。
     食事の前に簡単に、そして、食事を終えてから三十分程の時間をおいて改めて、今度は日本酒を持ち込んで月と星を眺めながらの風呂はただ只管に心地良かった。
    「悪かったな、無理矢理連れ出して。最近少し忙しくて久しぶりにゆっくり温泉に浸かりたかったんだが、一人だと怪しまれるからな」
     未だ無理矢理自分が連れ出しているだけなのだと言う風に装う佐竹に少し呆れつつ、勇はちらりと温泉に浸かった佐竹の身体を素早く視線でなぞった。
     迎えに来た時の少し疲れていた雰囲気から忙しいと言う言葉は嘘ではないのだろうが、見える範囲では怪我が確認出来ない事に安堵する。
     頭上の月を見上げながら美味そうに酒を飲む穏やかな笑みからは想像も出来ないが、この男は所謂ヤクザと呼ばれる類いの人間で、しかも、きちんとと聞いた訳では無いからはっきりとはしないが、それなりの地位に属する人間らしい。
     古くからの友人からは勇ってちょっと世間ズレしてるよね、等と言われた事もあったが、佐竹の告げる忙しいと言う言葉の意味が分からない程に世間知らずでは無い。
     ニュースなどで報じられる事は無いが、地元周辺の組織の活動が活発化している事は風の噂でちらりと耳にしていた。
     前触れも無くふらりと閉店間際の店に現れてはコーヒーを飲んで行くこの男が、最近余り来なくなっていた事にだって気付いていた。
     気付いていて、けれど自分から接触を持つ事は出来ずに、一人きりの静かな夜を持て余しながら過ごしていた。
     佐竹と会うまでは一人きりの夜を孤独に感じる事など無かったのに。
     花の匂いに満たされた家の中に、無意識に煙草の匂いとコーヒーの匂いを探しながら、眠れぬ夜をカレンダーの日付をぼんやりと見つめながら過ごしていた。
     子供の頃と違い、大人になってからは自分の誕生日などただの一年の内の一日にしか過ぎなかった。
     他人のそれは花屋に取っては花束を作る理由の一つになるから、ある意味では特別な日ではあったが、今の勇にとっては自分の誕生日など夏の終わりの合図でしかなかった。
     だと言うのに、ほんの少しだけ、期待していた。
     今日なら、佐竹に会えるのではないかと。佐竹が会いに来てくれるのではないかと。自分の誕生日がいつかなど伝えた記憶も無かったが、それでも。
    「ねえ、隆二さん。これって俺への誕生日プレゼントって思っても良いですか?」
    「…………」
     ぐい飲みの中の日本酒を勢いよく流し込み、その勢いを借りて口を開けば、佐竹の表情から一瞬だけ笑みがかき消えた。
    「……何だ、お前、今日が誕生日だったのか?」
     惚けた様な口調の中に僅かに滲んだ困惑の色に勇は苦笑めいた笑みを一つ浮かべると、手酌でぐい飲みに日本酒を注ぎ足し、そして、一息に呷る様に飲み干した。
     ともすれば尻込みしてしまいそうな臆病な自分を焚き付ける為に。
    「隆二さんが言い訳を用意してくれてるのは知ってます」
     ヤクザと付き合いがあると知れれば、日常生活に支障が生じる事は避けられない。
     閉店間際、人目を避ける様にしてはいても佐竹の存在に気付く者はどうしたって出てくる。
     物腰の柔らかい穏やかな男ではあっても、夜の世界では知らぬ者の無い男だ。
     花屋の主はヤクザと付き合いがあるらしいと言う噂が密やかに広まっている事を勇は知っている。
     知っていて、その噂を放置している。
    「でも、もう言い訳なんて用意しないで下さい」
     その噂が事実である事が第一の理由だったが、それだけが理由ではない。
    「貴方が店に来る様になって、常連のお客さんの内、何人かが来なくなりました」
    「……ああ」
    「でも、それと同じか、むしろそれ以上に新しいお客さんも増えたんですよ。……夜の店の、……貴方に救われたって言う人達」
     元々兄から受け継いだ花屋が夜の街に近い場所に面していたからそう言った客は一定数居たが、ここ最近、その割合が増えつつあった。
     その増えた連中と今後どの程度の付き合いが続けていけるかの保証は無いが、店に飾る花やスタンドの依頼は順調に増え続けており、それらが勇の覚悟の後押しをしてくれた。
    「もう一度言いますけど、今日が誕生日なんです、俺」
    「……ああ、おめでとう」
     いきなり何を言い出したのかとでも言いたげな怪訝そうな顔をする佐竹を見つめながら、勇は僅かに頬を緩めた。
     何時も自分の方がこの男に振り回されてばかりだから、この男がこんな風に困惑した様な顔を見れるのは、何だか少し楽しかった。
    「温泉は凄く気持ち良かったですし、ご飯もとても美味しかったです。……月も星もとびっきり綺麗で、本当に嬉しかいです」
    「ああ」
    「……でも、それだけじゃ満足出来ないんです。だから……」
     真っ直ぐに見つめた佐竹の瞳が微かに見開かれる。
    「俺が貴方の物だって証を下さい。首輪でも何でも良い。貴方の傍に居る事を許して下さい」
     言い訳なんて用意しないで、俺は貴方の物なんだって言い切って欲しい。
    「……勇」
    「それとも、俺なんて要らないって言って逃げますか? 今更?」
     要らないと言われるかもしれないと言う不安は少なからずある。可能性はゼロではない。
     だが、佐竹が決してそうは告げないと言う事を勇は信じても居た。
     それだけの関係を築いてきたとそう思っていた。
    「逃げ道を用意していたんだがな……」
    「もう無理ですよ。それに、そんなの俺は欲しくなんて無い」
     本当はこうして吐き出す事に怯えが無い訳ではない。
     こうして自分が選び取った選択の結果、兄が残してくれた大切な店を護れずに失ってしまうかもしれない。
     でも、それでも。
     佐竹が訪れるのを大人しく待つしか出来ない今のこの現状は、やっぱりどうしたって耐えきれなかった。
    「……お前は馬鹿だな」
     呆れた風を装った佐竹の声は、けれど、喜色に滲んでいた。
     すいと伸ばされた手が頬を撫でるその仕草には確かに愛おしさが滲んでいたから、だから、勇は濡れた手にすりと甘える様に自分の頬を摺り寄せた。
     その仕草がもっと撫でてと甘える猫の様だと気付いて思わず喉を震わせていると、ぐしゃりと乱雑に髪に指が滑り、そのまま強く引き寄せられた。
    「もう逃がしてなんてやらないからな」
     噛み付く様なキスを大人しく受け入れながら佐竹の逞しい肩に手を伸ばせば、ばしゃんと水音がして、水面に浮いていたお盆が徳利とぐい飲みごとひっくり返るのが視界の端に見えたが、それを気に留める余裕など持てる筈も無かった。


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