#3 透明な幽霊 誰かが泣いている。
誰かが、どこか遠い所から、俺に呼びかけている。
「もうこれ以上、俺から奪わないでくれ」
*
――セタルがハイカラシティを発ってから数日後
「おお……!あいつに……カズラに生き写しじゃ……!」
ソイとアワの祖父、ソラマはセタルの顔を見た途端、涙をこぼした。
「そんなに似てますか?」
「そりゃ似るじゃろう、血縁なんじゃから」
「へへ……あ、それで、大ナワバリバトルの戦場跡地って……」
「タコツボバレー、ナンタイ山、クレーター跡……いるとしたらこのあたりじゃな」
「よし行こう!ソイのおじいちゃん!お兄ちゃんが絶対見つけるからな!」
*
――大ナワバリバトル時代 戦場
「アマリネ!何やってんだ!」
「蛸は討伐すべき対象です!情けをかけるなんてありえない……!貴方が!優秀な貴方が!なぜ!」
「やめろ!もうやめてくれ!」
ソラマがアマリネを羽交い締めにする。
「早く!早くどこか、遠い所へ……!」
カズラは傷を負ったローレルを背負い、ふらふらと歩き出した。深まる霧が二人を覆い隠し、何も見えなくなった。
*
「カズラ、もういいよ」
背中から伝わっていた熱が、段々と失われていく。
「何でそんな事言うんだよ」
「蛸軍がすぐ近くまで来てる。僕を背負ってたら、逃げ切れないよ」
「お前を置いて行って何になるんだよ!」
カズラの激昂を皮切りに、蛸の軍勢は次の攻撃対象を包囲するため動き出す。
早く、早くどこか遠い所へ……
そう思った矢先、カズラは足を止める。霧で覆われた視界の先は大きな川だった。流れが早く、そもそもインクリングは泳ぐ事ができない。もう、逃げ場所はどこにもなかった。
オクタリアンの蛸壺機械から巨大な蛸足が飛び出す。呆然と立ち尽くすカズラの背からローレルを絡め取った。
ローレルはカズラに向けて手を伸ばしていた。悲しげに微笑んだまま、蛸壺に飲み込まれていく。
「あ……ああ……!」
カズラの悲鳴は銃声でかき消された。
(ただ、傍にいてほしかっただけなのに、皆俺を置いて去っていく)
紫色のインクがカズラの全身を貫いた。
(もうこれ以上、俺から奪わないでくれ)
インクが弾ける音がした。
ここに二人の烏賊がいたのを証明できる者は誰一人としていなかった。
*
抱きしめられる、という感覚を幽霊の姿で感じられる事にカズラは驚いていた。
「やっと会えたな」
自分によく似た声が優しく語りかけてくる。幽霊に体温なんて無いはずなのに、自分の中心が熱を帯びて、あたたかい。
「一緒に帰ろう」
透明な幽霊の透明な目から、透明な雫がこぼれ落ちた。