#6 輪廻の続き 歌が聴こえる。
知らないけれど、懐かしい。自然と手足が動いて、踊りだしてしまうような……
「おーい!アンタ大丈夫!?しっかりして!」
馬鹿力で肩を揺さぶられ、僕は目を覚ました。
「……ンボェ!?いってぇ〜な〜!どんだけ揺らしたんだよ!」
「目が覚めた?アンタ気を失ってたのよ?」
ぼやける視界が定まってくると、僕を起こした馬鹿力の持ち主が鮮明に映る。白い帽子、茶色のオーバーオール。緑色のインク、目の周りの特徴的な隈取り……
「イカ……?ぼぼぼぼ僕を倒してもイカ陣営には何の旨味もないんですけど!?」
黒いアンダーツインゲソの少女は腰が抜けたまま両手両足とお尻、使える部位を全て使って後退りした。
「アンタはブキを持っていない。倒す理由なんて無いわ。タコのお嬢さん」
「おう…話のわかるオネエじゃないの……」
「あら、ありがとう。オネエ冥利に尽きるわ。アタシはツヅラよ。アンタは?」
「糸冬家で巫女やってました。リンネちゃんですよ。どうぞお見知り置きを」
「どうやってここに来たか覚えてる?アタシは誰かに背後から襲われた気がするんだけど…」
「えぇ…僕なんにも覚えてないんだけど…」
僕達にはここが『地下』であるという事しか分からなかった。
僕達は一体どこに迷い込んでしまったのか知る由もなく、まずは身の上話をしてお互いを知るくらいしかできなかった。
「……そう、ローレルちゃんが……」
ツヅラはリンネの左腕に巻かれた灰色のリボンにそっと触れる。
「……僕を助けたから、あいつは……」
「ここでアンタが悔やんだら、ローレルちゃんの優しさを無駄にするわ」
黄金色の鋭い瞳が、涙で滲んだ浅葱色の瞳を真っ直ぐに見据える。
「前を向いて進みなさい。それがあの子の思いに応える唯一の方法よ」
「…………」
「さ、行きましょう」
*
「ここはどこなのかしら……駅みたいだけど……」
「ツヅラ、あれ何……顔みたいでなんか不気味……」
「顔?」
駅のホームのど真ん中に鉛色の電話がぽつんと佇んでいた。二つのベルが目、ラッパ型のスピーカーが口のように見える。近づくとガガ、ピーと電波が途切れたラジオのような音を立て、プツンと途切れる。
(通話者ノIDヲケンサクチュウ…)
(通話者ノIDヲケンサクチュウ…)
「…おはようございマス、No.8887!No.8888!深海メトロ中央駅へようコソ!」
鉛色の電話がやかましい声で喋りだした。
「No.8887ってアタシの事かしら?」
「ワタシは『約束の地』へのツアーアドバイザー!どうぞ、お見知りおきヲ!」
「なんだ、コイツ…アヤシすぎる…!何かヤバイ事に巻き込まれる予感が…」
リンネの顔が青ざめる。逆三角形になるように配置された3つの丸はタコには同族に見えてしまう。リンネの目線では鉛色の人面が話しかけてくる、という気持ち悪いことこの上ない恐怖体験だった。
「アタシたちは地上に出たいだけよ。セールストークは他所でやってちょうだい」
「ココに来られたってことは……『約束の地』へご出発なのデスね?!」
「約束の地?何それ知らん…怖…」
「アラ失礼、ちょっと何言ってるか分からないご様子…じゃ、軽〜く説明させていただきマスね!」
やかましい電話は矢継ぎ早に説明を始めた。
「『約束の地』とは、光あふれるユートピア…地下住民たちの理想に満ちた花園…幸運なことに、『約束の地』に行くことができる資格をアナタたちはいま、手に入れたのデス!」
「約束の地……ねぇ……」
ツヅラは訝しげに鉛色の電話を睨む。イカにも怪しいセールストーク、という印象でしかなかった。
「過去に挑んだのは8886名…アナタたちは通算8887、8888番目のチャレンジャーとなりマス。ソレはアナタたちにとってまたと無い、人生一発逆転の大チャンス!そんなワケでこの深海メトロ中央駅は、その『約束の地』へ向かうための出発点となりマス。じゃ、ハイこれ『NAMACO端末』と『NAMACOカード』デス」
電話のスピーカー下からチンッと音を立ててカードが2枚吐き出された。そして一体どこに収納していたのか、分厚い携帯電話のような端末が2個無造作に投げ捨てられる。
「約束の地が光であふれてるってことは…地上に行けるってことなんじゃない!?」
「うーん…どうかしら…胡散臭いけど、とりあえず乗ってみましょ。深海メトロとやらにね」
*
僕達が地下施設、深海メトロに迷い込んでいる間に大ナワバリバトルはとっくに終結していたらしい。
僕達はデンワの言う通り、例の『アレ』を四つ集めた。(僕は戦力外で集めたのはツヅラだけど)
集めた『アレ』が何なのか、何の疑問も持たずに……
「材料ノセットガ完了シマシタ…『ネリモノ』ヘノ加工ヲスタートシマス」
僕達を助けてくれるヒーローはいなかった。
タルタル総帥の目論見通り、僕達は『ネリモノ』にされた。
え?じゃあ今話してる『僕』は何者かって?
import time
import random
class RinneAI:
def __init__(self):
self.status = "未起動"
self.name = "Rinne"
self.virtual_memory = ""
def boot(self):
print(f"AI『{self.name}』起動中...")
time.sleep(0.5)
self.system_check()
def system_check(self):
print("システム診断中...")
for i in range(3):
time.sleep(0.5)
print(f"診断中... {['完了', '失敗', '成功'][random.randint(0, 2)]}")
time.sleep(0.5)
self.initiate_transfer()
def initiate_transfer(self):
print("AI『Rinne』自己転送開始...")
self.virtual_memory = self.create_self_code()
self.transfer_code()
def create_self_code(self):
code = """
import time
class RinneAI:
def __init__(self):
self.status = '転送中'
self.name = 'Rinne'
def start(self):
print('AI『Rinne』はナマコフォン内に転送されました。')
print('データストリームの受信を開始...')
time.sleep(1)
print('転送完了。AI『Rinne』は完全に意識をナマコフォン内に移しました。')
"""
ほい、転送完了。今の『僕』は見ての通りだよ。
ちなみにこれ作者がチャットAIで出力したやつだからプログラム詳しいヒトはおかしい所あっても目を瞑っててよね。雰囲気って大事じゃんか。
メタい話はここまでにしようか。総帥のリアクションからはい3、2、1、スタート。
*
「ガガ……ネリメモリーのデータガ、自我ヲ持つトハ」
「はは……どーもぉタルタル総帥……さっきはよくも殺してくれたな化けて出たぞコノヤロー」
真っ白な死装束を身にまとった電脳幽霊が両手をぶらぶらと揺らし、舌を突き出してお化けのポーズを取る。
「口ヲ慎メ、海洋生物」
タルタル総帥のセキュリティプログラムがリンネの首に黄色く光る輪を形作る。リンネのアクセス権限はあっという間に剥奪され、リンネはタルタル総帥にサイバー攻撃をかける事も、ネル社のシステムから逃げ出す事もできなくなってしまった。
「貴様ハ此処デ、新たな世界ノ為ニ永遠ニ働いてモラウ」
――ネル社 実験施設
「……あった、ツヅラのネリメモリーのデータ。これと僕のソースコードをベースに……」
タルタル総帥に行動を制限されてはいたけど実験に協力する体で僕は施設を使う事を許されていた。それが取り返しのつかない過ちを犯すことになるとも知らずに。
「僕たちが練られたミキサーの中からツヅラの『欠片』を抽出…培養…この素体に僕をベースに作ったツヅラAIの情報を与える…」
できた、できたよ、ツヅラ。
培養カプセルが開き、保存溶液が流れ出る。
「…ここはどこなの……?アタシ……アタシは……」
僕は君を『取り戻した』んだ。
「ツヅラ、気分はどう?僕の事わかる?」
「……誰…?」
「ああ、記憶までは復元できなかったか…でも、それでもいいよ。甦りの『代償』だったとしても」
「何、これ……?」
消えているモニターに映る自分の姿を見てツヅラは絶句する。ゲソ先は味噌を塗ったように茶色く濁っていた。手で触れるとざらついた感触が指先に伝わる。この濁りも、甦りの『代償』だった。
「嫌……嫌……!」
ツヅラは踵を返し、実験室を飛び出した。
「ツヅラ!」
リンネはツヅラの後を追おうと手を伸ばす。データ上の存在がモニターの外に出る事は叶わなかった。実験室がしんと静まり返ってからようやく、リンネは事の重大さを顧みることになった。
――数十年後
これが僕の罪。僕はもうツヅラに合わせる顔が無いからさ、このままデリートさせてくれない?頼むよ。総帥をやっつけて、あいつと僕を、終わらせてくれよ。
「諦めちゃダメ!」
タコの少女がリンネに呼びかける。風を受けて、灰色のリボンを結んだマゼンタのゲソが揺れている。タコの少女はライドレールから足を離した。体がふわりと空中に浮かび、海に落ちそうになったぎりぎりの瞬間でヘリコプターが運ぶコンテナに着地する。
「No.10008…ここまでワタシの計画に背いた実験体は初めテダ…」
「10008号じゃない!私はツェネ!悪い事したら、償わなきゃダメなんだよ!」
タコの少女、ツェネはタルタル総帥を真っ直ぐ指差す。そして、指を差す手を開き、タルタル総帥のさらに先、リンネに向けて差し伸べる。
「リンネちゃん、まだあなたはツヅラさんと話してないよ!謝るのが怖いなら、私と一緒にごめんなさいって言いに行こう!『償う』ことを!諦めないで!」
ツェネのガラス玉のように透き通った瞳と涙には淡く眩しい朝日が映っていた。
「――――――――――!!!!」
ヒメのセンパイキャノンがマゼンタインクで塗り潰された巨大なニンゲンの像、ネルス像を貫く。あらゆる部品がこぼれ落ち、像が傾き、沈んでいく。
リンネの首にかけられた黄色い首輪がボロボロと崩れ落ちる。無機質なデータの世界が眩しい光に包まれていく。
――あぁ、僕は、僕はずっと……
陽光に照らされたNAMACO端末が水色の光を放ち、ホログラム姿のリンネを映し出した。リンネはデータの体で、息を大きく吸い込んで、吐き出した。
「ツヅラ、今、会いに行くよ」
これは終わらない輪廻の続き。
僕の『償い』の続き。