#2-1 午後の授業 ハイカラシティでナワバリバトルが流行した日から丁度百年前、烏賊と蛸による縄張り争いがあったのは歴史の教科書で君も知ってるよね?大ナワバリバトル、当時は大縄張大戦と呼んでいたけれど、僕はあの戦いの最中、命を落とした。
え?じゃあ今話してる僕は何者かって?
僕という現象は、有機交流電燈のひとつの青い照明のように、あらゆる透明な幽霊の複合体と言うべきか。
君にしか僕の姿は見えないのだから幽霊みたいなものかな。ねえ?スールちゃん。
そろそろ話そうと思ってさ、あの日僕が死んだ理由を、忘れ去られた幽霊達の話を。
*
海面上昇によって烏賊と蛸は縄張りを奪い合うことになった。当時、僕の家は代々糸を紡ぎ反物を織る名家だったのだけれど、蛸軍の進軍によって一族は壊滅した。ただ一人生き残って途方に暮れていた僕を、あのヒトが拾ってくれたんだ。そう、シュラさん。君達四きょうだいのご先祖様だよ。
シュラさんはいつも眉ひとつ動かさない寡黙なヒトだけれど、戦う事に関してはずば抜けていた。僕は彼に恩返しがしたくて彼の部隊に入ることに決めたんだ。
自然に囲まれた、かつて学校だったと思われる建物で僕達は暮らしていた。シュラさんの奥さん、シルラさんの方針で身寄りのないイカを保護して、戦う意思のある者同士で小隊を結成してカラストンビ部隊を影から支えていたんだ。僕含め、拾われた者は皆シュラさんに恩義を感じていたから進んで協力した。でも、シュラさんとこの末っ子、カズラだけはシュラさんが嫌いだったみたい。
それじゃあ、僕とカズラが出会った時の話をしようか。
僕は名家出身でそれなりに勉強ができたから、保護イカとシュラさんの息子達相手に授業をすることにしたんだ。カズラに初めて声をかけたのは最初の午後の授業の時だったかな。
*
「……おい、おいったら」
教鞭をふるっていた僕は、不自然に帽子を深く被って顔を隠している奴に気がついた。指示棒の先で帽子を持ち上げると、案の定彼は寝息を立てていた。
「……ん?」
「僕の授業で堂々と眠るなんて大した度胸だな。君、名前は?」
「……カズラ」
「ああ、シュラさんの……僕はローレル。せっかく戦術基礎の授業をしてるんだから、お父さんの為に少しくらいは……」
「知らねぇよ!あんな奴!」
カズラは急に声を荒げて教室を去ってしまった。
「ごめんねえローレルちゃん」
「いいえ、ツヅラさんが謝る事ないですよ」
「あの子も父さんも、どうしたら良いかわからないだけなのよ」
次男のツヅラさん。後のヨダカくんの父親……いいや、本人曰く全く別人のようなものと言っていたけれど、あれが堅物親父になる未来は流石に予想できなかったよ。
他にも兄弟がたくさんいたらしいけど……戦死したそうだよ。カズラが怒る理由はここにある。
#0
戦いしか知らない青年と戦いを愛した少女
大縄張大戦の開戦より二十年と数年前、まだ烏賊と蛸の争いはちょっとした小競り合い程度だった頃……
山の様に積み上がったタコトルーパーの亡骸の上にぼろ切れを纏った少女が座っていた。少女は足をぱたぱたと動かしてつまらなそうに呟く。
「あ〜あ……もう終わっちゃったの?私まだ戦いたいのに」
「……これは君がやったのか?」
軍服を纏った青年は表情一つ変えず蛸の山に歩み寄る。少女の桃色のゲソはプリズムの様な虹色を帯びていて、きらりと太陽の光をはね返した。
「あはは!あなた強そう!」
プリズム色の少女は笑いながら蛸の山から飛び降りると、手刀と蹴りを素早く繰り出す。青年は目視で全ての攻撃を見切り、受け流した。
「すごい!あなた本当に強いのね!」
プリズム色の少女は目を輝かせる。目の色もプリズムのように虹色の光を放っていた。
「……何故、笑っている?」
「なんでかって?楽しいからよ!」
「楽しい?俺にはよく分からない」
「あなたは戦うの、好きじゃないの?」
「好き……それも、俺にはよく分からない。俺には戦う事しかできない」
「ふーん……ねぇ、あなたと一緒にいたらまた戦える?」
「……ああ、戦える」
「私、あなたについて行くわ!あなた名前は?」
「シュラ、皆俺をそう呼ぶ」
「そういえば私の名前なんだっけ?わかんないや、あなたがつけてもいいよ」
名もなき少女はにこにこと微笑んでいる。よく見ると彼女が纏う布は汚れてはいたがなめらかなシルクだった。
「……シルラ」
「あはは!あなたの名前を少しもじっただけじゃない?でもいいわ!」
シルラは両手でシュラの手を取る。
「私が、あなたに『好き』を教えてあげる!」
《大ナワバリバトルの緒戦はタコ陣営の勝利となる》
《勤勉なタコ陣営は朝早く起きれなかったイカ陣営を難なく制圧》
《イカの享楽的な性分は100年前も同じだった》
(ミステリーファイルFILE12より引用)
#2-2 調和
「蛸軍の奇襲により、シルラが戦死した」
「…………は?」
「我々は撤退を余儀なくされた。カルラを隊長とし迅速に隊を組み直す必要が……」
「何でそんな淡々としてんだよ!母さんが……!母さんが死んだんだぞ!」
「私はただ戦況報告を……」
少年が平手打ちをするのをシュラは目視で確認する。回避の必要性を感じなかった、活動に支障はない。という理由で避けない事にした。静まり返った会議室にパチンと音が響く。
「お前なんか父親じゃない!」
「待ちなさいカズラちゃん!」
感情のままに走り出したカズラを追いかけてツヅラが退出する。
会議どころではなくなったため、ローレルは兄弟を探す事にした。走りに走り回って、校舎裏の木陰でようやくカズラの兄、ツヅラを見つける事ができた。
「あら……ローレルちゃんわざわざ探しに来てくれたの?ごめんなさいねえ、家族のゴタゴタに巻き込んじゃって……」
ツヅラは微笑んではいたが、一目でぎこちない笑顔だとわかってしまう表情をしていた。
「シュラさん……淡々としてるなあとは思ったけど、今回ばかりは……」
「誤解されがちだけど……父さんはね、戦う事しか知らない『だけ』なの。弟が死んだ時も、ああやって淡々と戦況報告をしていたわ。よくわからないだけで、本当は知りたいはずなのよ。今のカズラちゃんの気持ちもね」
「あ……」
今のは失言だった、とローレルは口を開こうとしたがうまく声にできなかった。
「いいのよ、そう考えるのが自然だと思うから。……少し、一人にしてもらっていいかしら?」
「……失礼します」
何か彼を励ませるような言葉をかけたいのに、そっけない返事しかできなかった事を悔やみながら、ローレルは自室に戻った。
*
夜、ローレルは結局諦めきれずにカズラの自室のドアをノックする。余計な事をしているのではないか、と今更怖くなってしまった。
「……カズラ?」
「俺、戦うのが怖いよ」
カズラの声は今にも消えてしまいそうだった。
「……今日は星がよく見えるから、一緒に見ない?」
「…………」
ゆっくりとドアが開く。泣き腫らしたカズラの顔を月明かりが優しく照らしていた。
ローレルはゲソを結っている灰色のリボンをナイフで半分に切り、片方をカズラに差し出す。
「僕の家ではね、灰色は調和の象徴なんだ」
カズラの帽子を外し、既に結ってあるちょんまげゲソの上からさらにリボンを巻き付けて蝶結びにする。
「それを結びつける事で婚姻の印になる」
「は!?それって……」
言われるがままゲソを結われたカズラがようやく状況を理解し始める。
「僕はこの戦争に全力を尽くす。この気持ちは今も変わらない。でも、君の為に生きてみるのもいいかもなって」
「……どうして……」
「だって君、見ていられないんだもん。家を塗り潰された時の僕みたいでさ」
*
「父上、ローレル班の配属についてですが……」
「ああ、割り振りは既に済んでいる」
ローレル班
ローレル
アマリネ
ソラマ
カズラ