#1 輪廻の始まり――大ナワバリバトル時代 戦場
巫女服の少女は息を切らして森を駆けていた。上質な布で作られた水色の袴は所々破けており、付着しているイカ陣営の緑インクとタコ陣営の紫インクが泥と混ざり汚れていた。
「ぜえ……ぜえ……こんな所で僕死ぬのか……でもいいか、潰れちまえあんな家……」
タコの少女は黒いアンダーツインゲソを揺らして悪態をついた。木に寄りかかりあぐらをかいてどっかりと座り込む。半ば諦めるように大きな溜息をついた。
近くの茂みががさごそと音を立てる。タコの少女の肩がビクリと跳ね緊張で体がぎこちなく震える。
「……誰」
目を細めて茂みを睨みつけると、白い帽子と茶色のオーバーオールで統一されたイカの四人組が茂みをかき分けてこちらへ向かって来た。
「蛸の生き残りですね。始末しておきます」
桃色ショートゲソのイカが冷徹な眼差しで竹筒銃を構えた。
「待ってアマリネ、あれは戦闘員じゃない。それに怪我をしてる。君が手を出す必要はないよ」
水色ショートゲソのイカはタコの少女に駆け寄る。緑インクが滲んだ左腕の傷を手拭いで拭き取り、包帯代わりにゲソを結っていた灰色のリボンを巻き付けた。
「持ち合わせがこれしかないけど……これで大丈夫。さあ、蛸のナワバリはあっちだ。君は軍の所属じゃないみたいだし、保護してもらえるかもしれないよ」
「アンタさぁ……敵助けちゃっていいわけ?腐っても僕蛸なんだけど……」
「これはナワバリを決める戦いだ、一般市民を巻き込んで余計なインクを流さなくても決めれるんじゃない?」
水色のイカはにやりと笑う。利発そうにもイカ特有のお気楽にも見えるどっちつかずの笑みにタコの少女は特大の溜息をついた。
「あのさ〜!僕これでも良いとこのお家なんですけど!ご息女リンネちゃんですけど!誰が一般市民じゃコラァ!」
「じたばた暴れる元気があるなら帰れるね、早く行きなよ」
水色のイカはひらひらを手を振る。
「僕はローレル。この戦争、僕達が勝つよ」
リンネを送り出そうと微笑んだ一瞬、背に鋭い痛みが走った。ローレルが振り返ると、アマリネがナイフを握りしめているのが見えた。
これが、輪廻の始まりだった。