#5 FILE13の真実 父として教え、導くというのはどうやら兵法を教え、勝利の為に指揮を執るのとは違うらしい。
命を育むというのはどういう事か、妻の提案で花を育てる事にした。
水をやる、光を当てる、いずれ枯れる。それしか分からなかった。
嘆き悲しむというのはどういう事か、妻と子供たちを亡くした時、カズラにはあって俺には無い物だった。
俺には、戦って勝利する事しか分からなかった。
――大縄張大戦 蛸陣営
戦略蛸壺兵器の後方から巨大な管が繋がれているのをシュラは目視で確認した。段々と霧が深まっている。奇襲に最適な環境が整っていた。シュラの意図ではなかったが、奇しくも大縄張大戦緒戦で奇襲をかけられ失った戦力を奇襲で取り返す形となった。
蛸壺兵器を警備するタコゾネスの首を背後から左腕で締め上げ、右手の小型竹筒銃を注射器を刺すようにこめかみに押し当て撃ち抜く。倒れる音で警戒される前に次の対象を攻撃する。これを繰り返す。蛸壺兵器警備隊はほんの数秒で壊滅してしまった。後は戦略蛸壺兵器を停止させるだけだ。
シュラは戦略蛸壺兵器に繋がれている巨大な管、コンセントのコードを抱え上げる。
腕に力を込めると体のあちこちからぼたぼたとインクが滴り落ちた。奇襲の最中に何発か食らった時の傷だった。
(もう、誰もいない)
腕にさらに力を込め、管を引っ張る。
(皆、俺を置いて戦場を去っていく)
身体中がギシギシと音を立て、さらに傷口が開いていく。全身の細胞が砕けてしまいそうだった。
(戦って、勝利した先に、俺は何を見る?)
*
「一体そいつは何のざまだ。どういう事か分かっているか」
俺の一番古い記憶、知らない男が俺を戦場へ放り出して、俺はただ一人生き残り、勝利をもたらして帰ってきた。ただ、それだけだった。
灰色の土、灰色の空、灰色の服……色という物を理解し始めたのは軍に拾われてからだ。人づてにかき集めた言葉の中から推測する事ができた。
俺の記憶のほとんどは、灰色と鋼色だった。
我ら海洋生物は色とりどりの墨で縄張りを奪い合う。
色とは、何なのだろう。
俺の左目を覆う紫の蛸墨。
蛸を撃ち抜いた緑の烏賊墨。
俺の灰色と色墨、一体何が違うのだろう。
今、俺の頬を伝う透明な物は何なのか。
今、聴こえた叫びは何なのか。
この見えない色は、一体何なのか。
これが己自身から流れ出て、発せられたものだと最後まで自覚する事はなかった。
戦いこそが、俺の全てだから。
俺は一人の修羅なのだから。
戦略蛸壺兵器に繋がれていた巨大なコンセントが外れた。漏れ出た電気が火花となって地に降り注ぐ。どさりと音がした。兵器の周りにいた者は誰一人、もう動く事はなかった。
《アゲアゲの爆音とともに現れた》
《”戦略タコツボ兵器”は》
《イカの本陣まで一気に侵攻》
《勝利の一歩手前までにじりよったものの》
《コンセントが外れるアクシデントで》
《悲しき無用の長物と化す》
(ミステリーファイルFILE13より引用)