共に「だでぃなんて……だいっきらい!!!!」
その日、愛する息子の大きな声が家中に響き渡った。
今日アイクは小説の締め切りが近いため息子の世話をルカにお願いしていた。本人も「OK!POG!」と太陽のような笑顔で元気よく返事をし、それにつられて横にいた息子も「あい!ぽぐ!」と手を挙げていたのは数時間前の記憶に新しい。
そうしてしばらくの間書斎で原稿に取り組んでいたアイクだったが、先ほどの突然のシャウトに机から顔を上げたのだった。
「いったいどうしたの?」
慌ててリビングに様子を見に行くと息子がアイクの声に反応し勢いよく足に抱き着いてきた。
「ま“み”ぃ~!!」
「あらあら、どうしてそんなに泣いてるの?まみぃにもおしえて?」
数時間前には笑顔だった顔はくしゃっと歪み、涙と鼻水でいっぱいになっていた。
「だでぃが……ひぐっ…まみぃはだでぃとけっこんしているから……ぼくとはけっこんできないって」
えぐえぐと泣き出す息子と視線を合わせれば可愛らしい喧嘩の内容にとても驚いた。ちらりとルカを見れば当のルカは息子の「大嫌い」の言葉の威力に固まってしまっている。
笑ってしまってはかわいそうなので冷静を装い、抱きしめる。とんとん、とリズムよく背中をたたくと両手を首に回してアイクの胸に顔を埋めさらにわんわんと泣き出した。
「泣かないで~かわいいお顔が台無しだよ~?」
ふと視線を向けると我に返ったルカが気まずそうにこちらを見ていた。
「アイク~」
今にも泣きそうな声でルカが助けを求めてきた。あるはずのないしっぽと耳が垂れ下がっているようにも見えた。君の息子も僕の腕の中で泣いているんだけどなぁ……。
とりあえず息子からなんとか聞き取れた言葉でまとめるとルカより「保育園で気になる子できた?」と聞かれたため「ママと結婚する」といったところ「ママはパパと結婚しているからダメだよ」と言われショックを受けたとのこと。ルカにも聞くと丁度テレビで結婚式の様子が流れていたため、なんとなく聞いてみたらしい。なんならちょっとムキになって「ダメ!俺の!」と言ったとの追加情報が手に入った。
愛する旦那と息子から求愛される展開は第三者から見るととても微笑ましいが、さてこの状況をどうしようか……近所のママ友よりこの手の話は聞いてはいた。ついに我が家にもきたかとアイクは子供の成長を内心喜んでいた。だが現実は阿鼻叫喚、胸の中で泣き叫ぶ息子と泣いてはいないがどうすればいいかわからず今にも泣きそうな旦那。マフィアのボスも息子に泣かれたらただの一般人と変わりないようだ。
どうしたものかと考えあぐねていると腕の中で落ち着いたのか息子が尋ねてきた。
「まみぃはぼくとけっこんしてくれる?……ぼくはまみぃだいすきだよ……まみぃはぼくのこときらい?」
うるうるなおめめでじっと見つめられ、思わずイエスと答えそうになったがなんとか抑えた。イエスと答えた後のルカがまた大変なことになるのは目に見えていたからだ。
「んー……ママはパパと結婚してるからもう結婚できないの」
「ぇ……なんでぇ……」
ふたたびぽろぽろと零れ落ちてきた涙をアイクは指でそっと拭った。
「結婚はできないけどあなたはママの大切な大切ないーちばん、大事な宝物だよ?それじゃあだめかな?」
向かい合いルカと同じアメジストの瞳をまっすぐ見つめる。まるでルカに見つめられているようにも感じた。実際この子がお腹にいるとわかったときから何があっても守り抜くと誓ったのはいまでも変わらない。
「ヒック……う…ほんと?」
抱き上げこめかみにそっとキスをする。よしよしと撫でれば次第に大きな瞳から溢れていた涙が止まった。
「ママがこーんなに可愛い子に嘘ついたことある?」
「……ない」
「でしょ?じゃあぱぱにもごめんなさいできる?」
「……うん」
「おりこうさん」
こくりとうなずいたのを見てゆっくりと床へ降ろす。とてとてとゆっくりとした足取りで少し立ち止まりながらもルカの元へ向かう。指をもじもじさせながらも幼子はゆっくりと言葉を紡いでいった。
「だでぃ……だいきらいっていってごめんなさい……ほんとは、だいすき……またいっしょにあそんでくれる……?」
「パパの方こそごめんね、もちろん遊ぼう!POG!」
息子の両脇に手を入れ抱え上げる。高い高いと何度かすれば先ほどの泣き顔がきゃっきゃと笑顔になる。その様子を見てアイクも一安心した。
「今日のおやつはホットケーキにしようか」
「まみぃほんと?!」
泣いた後の赤くなっていた瞳がきらきらと輝く。
「うん!いい子には蜂蜜もあげましょう~」
「やったぁ!ぽーぐ!」
その日の晩
子供を寝かしつけたアイクがリビングに戻ってきた。普段の寝かしつけには時間がかかるのだが今日はすぐに相棒のライオンのぬいぐるみと夢の中に遊びに行ったのだった。
ルカはソファに座り、アイクお気に入りの炭酸飲料を渡す。
「はいこれ、寝かしつけてくれてありがとう」
本当はルカが一緒に寝ようと言ったのだが「今日はまみぃと寝る!」と断固として聞かなかったのだ。ならばと思い一緒に寝ようとしのだが昼間の仕返しか「だめ!」と強く反発され、なくなくリビングに戻ってきた。
「ありがと、昼間さんざん泣いたからね~もうぐっすりだったよ。あ~いつまでママと結婚するっていってくれるんだろうな~」
アイクは炭酸を受け取るとプルタブを持ち上げ、カシュッと炭酸特有の音を鳴らす。
「ん~!原稿終わりのこれはやっぱり最高だね」うっとりとした表情で口に流し込む。しゅわしゅわとした感覚が喉を通りアイクを潤す。
「だめ!アイクは俺の!絶対だめ!」
隣に座ったアイクの肩に手を回し、自分の方へと引き寄せる。アイクもルカの肩に頭を預けた。
「ふふ、そうだね」
ルカのゴツゴツとした手に自分の手を重ねる。いっしょに選んだ指輪が合わさりカチリと音が鳴った。
「原稿も終わったから、今度みんなでお出かけしない?」
「POG!いいね!動物園とかどう?本物のライオンを見たらびっくりするんじゃないかな」
「それ面白いかもしれない、明日早速聞いてみようかな」
翌朝、両親より動物園の話を聞いてとても喜んでいる子供の姿がそこにはあったとか。
おしまい