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    kamliner

    @kamliner

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    kamliner

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    過去の同人誌(完売済・再販無し)に収録した白熱の終章の前日譚小説(忍視点、原作準拠)です

    Fly me to the sky with you. 数ヶ月前のこと。忍は葉月博士の執務室に呼び出された。葉月の仕事部屋が長官室からここへ変わってからは初めてだ。
     そう広くない上に、忍に縁のない物ばかり並べられた本棚に囲まれた部屋は、長官室とは別の緊張感があった。

    「急ですまない、藤原」

     居心地の悪さから視線の行き場さえ落ち着かない忍を前に、「楽にしてくれ」と葉月が促す。忍は頷くだけ頷いたが、この空間で、神経質な程かっちりとスーツを着込んだ男に言われたのでは気分はあまり変わらなかった。

    「で、長官……あぁ、いや、もう違うんだっけか」
     以前、長官と呼び始めた時もこんな調子だった。新しい長官が就任する予定で、葉月は職を外れたばかりだ。ようやく“葉月長官”にも慣れたと言うのに。
     軍の人事に翻弄される葉月自身も苦笑し、忍は頭を掻きながら、仕切り直して「俺に用?」と訊ねた。葉月はそれに応え、持っていた分厚い資料を忍に手渡す。

    「司馬が休職を願い出たので、教官枠が空くのだが……」
     葉月の言葉を聞きながら、文字だらけの資料を捲る。流し読みすると、中身は予定している教習内容やら候補生のプロフィールだった。

    「上層部は、お前を教官に就かせるつもりで推薦している」
     その話を聞いて忍は思わず手を止め、噴き出しそうになった。
    「俺が教官だって? あんた、士官学校での俺のこと知っててここに連れて来たんだろ?」
     葉月は忍の言いたいことが、よくわかった。
    初めて獣戦機隊を召集した時は、当時の候補生から問題児の上位を選抜したのかと思った程だ。
     先任の亮ならまだしも、あの藤原忍が教える側に回る日が来るとは夢にも思わなかった。軍属になった後も、基地内外の軍関係者から葉月に伝わった苦言は数え切れない。
     だが、二度も地球を救ったとなると軍のお偉方はあっさりと手のひらを返し、彼に続く者の存在を望み出した。その対応の差には葉月も辟易していたが、彼は結局その話を忍に持ってきた。

    「勿論、知っているとも。だが、悪い条件ではない。書類だけでも見たらどうだ」
    「何だよ、あんたまで」
     まるで見合い話を持ってきた母親だ。忍にそんな経験は無かったが、同等のおせっかいを感じる。
     その理屈は何となくわかった。いつまでもふらふら飛び回っていないで、他の三人のように次の人生を考えろと勧められているのだ。さすがの忍もそれが理解できない程、鈍感ではない。
     そんな葉月の心遣いがわからない訳ではないが、忍は少し考えてから首を横に振った。

    「悪いけど俺は先生ってガラじゃない」

     手元の紙の束を閉じ、葉月の胸につき返す。渋々受け取る葉月の顔に諦念を感じたのは胸が痛むが、忍は「あんたから断っておいてくれ」と締め括った。この話は終わりとばかりにドアに向かおうとする。

    「断る理由は?」
     背中越しに葉月が最後にと声を掛ける。忍は自分でもそれを問いかけ、一瞬、ある人物が思い浮かんだ。
     そして、それを振り払うように、「言ったろ、誰かを教えるなんて柄じゃない」
    忍は振り向くこともなく、吐き捨てるように答えて部屋を出た。


     —————


     その後、忍は放浪するように基地の外に出た。時折吹く強い風が冷たく、晴れた空がどこまでも透き通っていて、先程振り払ったはずの物をまた思い出させる。
     忍は今から向かう場所に、それをより『思い出すため』に行くのか、『忘れるため』に行くのかを決めかねて、歩いている間中思考を巡らせた。
     しかし結局、そう遠くない場所には答えが出る前に着いてしまう。そこには既に人影があった。

    「……忍、お前も来たのか」
    「亮」
     目的地の先客は、先程も葉月との話で名前の出た同僚だ。寒くないのか、亮は上着もなしに地面に片膝をついてしゃがんでいる。

     その足元には、木を組み合わせて作った、素朴で小さな十字架があった。
     基地に隣接する湖の傍らに造られた、名前のない墓。元々は、母親を亡くしたローラを慰める為に造ったものだ。
     それがいつしか、戦死者が増える度にこの墓は誰の物でもない物になっていった。

    「よく来るのか?」
    忍が亮に問いかける。誰を想ってここへ来るかは人によって変わる。いつ来るかも。だから、ここで他人と出会うのは珍しかった。

    「そうだな、ここは静かだから……色々と考えたい事がある時に」
     亮は誰の為にとは言わなかったが、十字架の傍に白い薔薇が一輪だけ置かれていた。棘のついたままの墓参りらしくない花は、それが似合う人物を思い起こさせた。この墓に眠る魂の中で、唯一『敵』として死んだ者を。

    「それ、あいつのか」
     名前も言わないまま、忍は自分が想像した人物が同じだと確言して亮に語りかける。
    「ああ」亮は短く答え、視線を薔薇に移して白い花弁を指で撫でた。

     忍は、亮とその花の人物の間にあった事はあまり詳しく知らなかったが、その仕草を見る限り何か特別な感情があるのは感じ取れた。
     そして、彼が何度もここへ来ているのを察する。表立って追悼することは憚られる相手を想うのに、この名前のない墓はちょうど良かった。
    「……俺も同じ奴のことを考えてたよ」
    「意外だな、嫌ってると思ってた」
     どうやら士官学校時代のことを思い出しているようだった。忍も同じ記憶を呼び起こし、否定しなかった。

    「大嫌いだったよ」

     愛想も無く正直に話す忍に亮が口元で笑う。そして忍は「けど、」と続けた。

    「死んで欲しかった訳じゃない」

     その一言で、亮の笑みが少し悲しげに曇るのを見て、忍は言ったことを軽く後悔した。
     この感想は忍だけではなく、あの場に居た全員が思っていたことだ。そして、もうどうしようもないことだった。

    「……なぁ、忍。知ってるか?」
     数秒の気まずい沈黙を先に破ったのは亮だった。
    「何が?」
    忍はその先に続く言葉が何か想像のしようもなかったが、この際何でも良かった。

    「動物園の象は野生より寿命が短いんだと」

     動物園。唐突な上に、目の前の男には縁の遠そうな単語が意外で、笑いそうになるのを堪えた。そう言えば、彼の愛機も象だかマンモスだったと、忍はぼんやりと思いながら耳を傾ける。
    「おかしいよな。外よりずっと安全なところに居るはずなのに」
     亮は、手の中の白薔薇を眺めながら淡々と続ける。感情をあまり感じさせず気だるそうに喋る彼の癖で、他愛のない話がやたらと物悲しく聞こえた。

    「堪えられないんだ。本能が広大な大地を知っているから」
     穏やかに話す亮の言葉が忍の胸に刺さった。彼の言っていることは正しいのかも知れない。
    だとしたら、あの男が——シャピロ・キーツという男が地球を捨て、宇宙の片隅で死んでいったのは仕方がなかったのだろうか。まるで動物が野生に戻ろうとしたように。
     途端に、それまで大人しく聞いていた忍が亮を睨みつけた。

    「それがあいつの本望だって言うのかよ!」

     納得がいかない。苦々しい気分を耐え切れず、思わず声を荒げた。嫌いだったと言ったはずなのに、何故庇うようなことを言ったのかは忍にもわからなかった。だが、シャピロの為にここへ来た亮が、彼の死をそんな形で受け入れようとしているのも理解できなかった。
     忍の憤りを受けて、亮は一言も言い返さなかった。目を伏せ気味に十字架を見ているだけだ。忍もそれ以上は何も言わなかった。

     辺りは日が暮れかけ、風が一段と強く冷たくなる。忍は拳を握り締め、踵を返して基地へと戻ることにした。
     何であれ墓前で喧嘩などしたくない、と自分に言い聞かせた。亮は無言のまま遠ざかっていく忍の背を見送り、やがて見えなくなった頃にようやく立ち上がった。
    「……忍はまだ子供だ。そうだろ、シャピロ。」 昔も同じように話した声色で呟く。聞く者のいなくなった亮の声は、薄暗くなった自然の静寂の中に溶けていった。


     —————


     それから数ヶ月。
     地下レース場のサーキットに爆音を立てて疾走する何台ものマシン、その内の一台の中に忍は居た。
     先頭の数台のひとかたまりが通る度に、観客は熱狂しマシンの轟音を掻き消さんばかりの歓声を上げる。ドライバーにそれは届かず、忍もひたすら計器と外の視界に集中していた。
     振動する速度計の針はもう少しで三百を振り切りそうだった。磁気で地面数センチのところを浮上して走行する機体は、僅かにアクセルを踏んだだけであっという間に最大速度に届く。

     忍の無茶な運転はピットに待つ連中と、彼に賭けた観客をひやひやさせるが、彼はそれを上手く操って見せた。目前に何度目かのカーブが見えると、僅かに速度を落としたように見えたが、次の瞬間には曲がった先でまた加速する。
     その後ろで、ついていた一台のマシンが曲がり切れずにコース横の壁に突っ込んだ。
     ドライバーの安否がわかる前から、観客達は歓声を上げ、ある者はチケットを投げて嘆いた。めちゃくちゃになった車体にマーシャルが消火器を片手に駆け寄る。
     幸いドライバーは無事だった。引きずり出されるようにマシンから降りたものの、自分の足で立ってみせた。そして、生還を喜ぶよりも早くヘルメットを投げつけ、棄権に憤り、先頭を走る一団に向かって中指を立てた。
     人がひとり死ぬところだった、その事を誰も気に留めなかった。忍も、そのうちの一人だった。

     レースが終わって一時間も経つ頃には、先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、色とりどりのネオンも次第に消灯していった。
     忍はピットの外にあるテラスから、暗くなったサーキットを見渡した。この時間はいつも白昼夢を見ていたような感覚に陥る。
     徐々に元の廃墟へと戻っていくこのレース場を見ていると、時代の終わりを見ているようで、柄にもないノスタルジアを感じた。そろそろ離れようとした時、スーツ姿の男が近付いてきた。

    「ここに居たのか、探したぜ」
     高めのスーツを着込み、サングラスで顔の全貌は見えない。口元に浮かぶ胡散臭い笑みは、いかにも食えない男という印象だ。
    「ほら、今日の分だ。いい走りだったぜ」
     忍の前に差し出される、分厚い封筒。中身が何かはわかっていた。忍は「どうも」とぶっきらぼうに受け取り、中身を見ずにそのまま手を下げた。

    「確認しないのか?」
    「別にいいさ、金の為に走ってる訳じゃない」
     忍の愛想のない返事にも、男は笑みを崩さず調子の良い声で話を続けた。
    「ここじゃそういう奴も珍しくない。こんな時代じゃ他に稼ぐ手段がない奴も居るが、ただ走りたいって奴も居るだろ」

     二度も地球を襲った脅威が去って二年、軍は正規の特殊部隊や各地の配備システムを整え、街を建て直して人類は徐々に復興した。このレース場には、そういった移り変わりから振り落とされた者が多かった。戦争で家や職を気力ごと失い、こういった場所に流れて来る。忍も、そういう人間を何人も見てきた。

    「けど、シノブ、あんたはどちらでもなさそうだ。走りたいだけの奴がそんな顔するかよ」

     相槌も打たないのに一方的に話しかけ、そのくせ妙に真理に近付くような言い方をする男に、忍は徐々に苛立ち始めた。言われなくても、忍が一番自覚していることだった。

    「へえ?俺がどんな顔してるって?」
    「運命の女にフラれて、買った女を抱いた後の男の顔だ。そういう顔だよ」

     品の無い軽口を叩く男を見つめる、忍の元々悪い目つきが尚更きつくなった。かつての彼なら殴りかかっていたところだが、忍は男を睨みつけたまま「もう用は済んだろ」とだけ告げた。そして、言葉の真意をわかっていて立ち去る気配の無い男に堪えかね、忍の方がその場を離れた。


     —————


     控え室に戻り、ベンチに横たわって染みだらけの天井を仰いだ。傍らには大して飲めもしないブランデーの瓶が開いたまま、アルコールの匂いが充満している。自虐的な気持ちになるには最適の環境だ。
     数ヶ月前、忍は軍を去った。正確には除隊した訳でもなく、ただ誰にも行き先を告げず姿を眩ました。
     自分より先に軍を辞めていた知り合いのツテで始めたのが、今の賭けレーサー生活だった。
     慣れない酒に浸ろうともしたが、結局体質は変わらず、命懸けのレースに出る方がまだ『健康的な自虐』のように思えた。


     最後に沙羅に会ったのが、かなり昔のことのように感じられる。それでも、その日のことは全て鮮明に思い出せた。行った場所、話したこと、彼女の着ていた服やつけていた香水でさえ。
     忍は自分がこれほど未練がましい男だとは思わなかったが、こんなことになったのは自分のせいだという後悔のためだ。

     戦いの後、忍と沙羅は以前よりも親密になった。男女の仲と言うには拙いが、一緒に同じ映画を観て食事をして、同じ部屋で話をするだけでも十分だった。
     戦争で傷ついたふたりだ。安息を手に入れたこれから、距離を縮める時間はいくらでもある。そう思っていた。

     あの日も、沙羅が忍の部屋に来た。いつも通り、ふたり分のコーヒーを手に。ミルクが入っている方が沙羅のもので、ブラックが忍の分だ。ソファーがないのでベッドに腰をかけ、コーヒーは傍のローテーブルに置く。もうじき夜なのだから酒でも良かったと、そんな他愛の無い話ばかりして時間を潰した。
     沙羅の話す、新しく出来たカフェだとか、最近聴いた音楽だとか、そんな女性らしいキラキラした話題が忍は好きだった。それを聞いて、いつも通り相槌を打って、次の休みに彼女の買い物に荷物持ちを約束させられるのだ。
     けれど、その日は違った。

    「忍、今日さ、どうかした?」

     沙羅の女性らしいところは、そういう勘の良さもあったということを、忍は忘れていた。

    「え?」
     言葉に詰まる。幸い何があったかまでは気付いていないようだったが、沙羅は忍にー教官の推薦を受け、亮とシャピロの話をした直後の彼にし訊ねた。
    「何かあったの?」と。
     忍は答えられなかった。自分でさえ思い出すのだ。彼女に、シャピロの記憶を思い起こさせるようなことはできない。
     だから、忍に他の選択肢は無かった。

    「別に何でもねぇよ、心配しなくていいって」

     それを告げた時の、沙羅の顔を忘れられない。
     大切な人の苦痛を知っていて、分かち合うことさえ拒絶された時の顔だった。
     忍がそれを見るのは初めてではなかった。士官学校時代、常に何処か張り詰めた雰囲気を持っていたシャピロの隣りで、彼女はいつも同じ表情をしていた。忍はそれをずっと遠くから見ていた。
     そこからは何を話したのか。沙羅と過ごした日々の中、唯一記憶から抜け落ちてるのは、その日そこからのたった数分間だけだ。

     忍は、その翌日、基地を離れた。


     —————


     思い出す度に、みぞおちの辺りが熱くむかむかする。何日経っても、何週間経っても、それは変わらなかった。沙羅の為に離れた方がいいと、もっともらしい理由で出てきたが、実際は逃げたも同然だ。
     一番堪えるのは、沙羅を傷付けたことだけではなく、沙羅を傷付けていると思っていたシャピロと同じことを、自分がしたことだ。そして、それが彼女を愛していたが為のことと気付いてしまったことも。
     自分だけが抱えていればいい重荷を、愛するひとにまで背負わせたくない。当たり前のようで身勝手な感情が、こんなにも冷たい態度だとは思わなかった。
     忍は溜息を飲み込んだ。吐けば息とともに涙まで溢れそうだった。
     それぞれ話したことは別なのに、シャピロの影を追うように、あれから忍は彼のことが頭から離れない。

     士官学校にいた頃。こんな風に嫌なことを思い出したり、つまらない気持ちになった時、隊列を離れて好き勝手に飛んでいた。そこに、いつもシャピロが冷たい声で連れ戻しに来る。
     そうして迎えに来る時、忍は彼が自分を過ぎてもっと遠くへ飛んでいってしまうのでは——そんな感覚に陥る事があった。

     ただの気のせいだと思っていたが、シャピロは本当に遠くまで飛び続け、最後には空の遥か果てで墜落した。
     彼の亡骸を見た時は、沙羅と同じように「ばかなことを」と思った忍も、彼の気持ちがわかった後では、少し羨ましいとさえ感じる。
     自分も今はあの頃と同じように遠くへ飛んでいきたかった。
     遠くへ行けば、自分の居場所があるような気がした。

    『動物園の象は野生より寿命が短いんだと』

     墓前で亮の言っていたことは正しかったのだろうか。確かに、あの頃の士官学校はシャピロにとって退屈な場所だったに違いない。安全な場所で、ただひたすら同じコースを飛び続ける日々は、飛べる者にとっては堪え難かった。
     忍も、それがわかっているから、教官職を蹴ったようなものだ。

     そして行き着いたのが、この掃き溜めのような命懸けの賭けレース場。そう思えば、今の方が自分に似合っていて、スリルがあって退屈しない生活とも言える。しかし、実際はネズミのように同じ場所を回り続け、視線よりも低い場所を僅かに『浮いて』走るなど、皮肉でしかなかった。
     先程、テラスで金を持ってきた男が言っていた悪趣味なジョークも、不本意ながらあながち間違いではない。

    「———あぁ、そうか」

     胃を押し潰すような気持ちを抱え、忍は自嘲気味に呟いた。

    『本能が広大な大地を知っているから、狭すぎて堪えられないんだ』

     シャピロではない。あれは自分のことだ。
     頭に冷水を掛けられた気分だった。もやもやとしていた物が一気に溢れ出す。瞬きをすると、ついに涙が伝った。

     自分とシャピロは似ているのだ。今まで目を背けていた事実が、ようやく受け入れられた。
     野心と闘争本能の違いはあれど、シャピロと忍は、互いに戦いの中でこそ生かされる性質を持っていた。天性の才能とも言える指揮能力や飛行技術も。
     戦いのない世界では生きていくことさえ出来ない。まるで亮の言っていた、動物園の象のように。そんな姿を他人に見せるのも、ひどく辛かった。

     唯一、忍がシャピロと違ったのは、こんな状況でも戦いを望んでいないことだ。望めるわけが無かった。多くの仲間の命と、仲間の大事な存在を悉く奪っていった戦争。
     自分がその中でしか生きられないのだとしたら、死んでいった連中にどうして顔向けできるというのだろう。沙羅や雅人に何と言ってやればいい。
    「もう戦わなくていい、平和を謳歌して自分の人生を生きてくれ」
     戦争の後、誰もが口々に無責任な言葉を投げかけた。戦いこそ忍の居場所だったなど、誰も肯定するはずがない。
     理解できるのは、既にここには居ない、ただひとりだけだ。

    「………シャピロ」

     あいつがここに居たら、このどうしようもない話を聞いてくれるだろうか。
     そんな親切な男ではない。きっと昔のように、こちらの気持ちも考えず、冷めた低音の声で嫌味を言って来るのだろう。それでもいい。

     そうして、また空を飛びたい。ふたりで。
     今ならそれが叶う気がした。
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