コンビニでコンドームを買うユキさんの話「いらっしゃいませー!」
店の軽快なチャイムが来客を知らせると、振り返って元気よく声を掛けた。
視線の先、店に入ってきた男性は上質なスリーピースのスーツに艶々の銀髪、整った顔立ちに目元の泣きぼくろ。神様が本気を出してキャラメイキングしたような、そんな人が立っていた。
ブルーグレーの瞳と視線が交わると心臓がトクトク早鐘を打ち始めた。
店内に入ってきたのは、つい最近オレの恋人になったベンチャー企業の社長であるユキさんだ。
本当に今でも夢みたいで、信じられない。
だけど、ユキさんの会社から少し離れた位置にあるコンビニにわざわざ足を運んでくれて、オレに会いに来てくれたのかな、なんて少し自惚れてみてもいいだろうか? 思わず笑みが溢れると、ユキさんもオレを見て柔く微笑み返してるれた。
ユキさんがゆっくり店内を進んで、棚で見え無くなるまで見つめてしまっていた。
はぁ……。顔が熱い。今日は特に会う約束はしてなかったから、心の準備なんかしていなかった。火照った頬を両手で包み込んで、だらしなく緩んだ表情筋をムニムニと揉みしだく。
そんな事をしていると、レジ前に誰かがやってきた。ユキさんだ。
「モモくん、こんばんは」
「っ、ユキさん、こんばんは!」
「ふふ、今何か可愛いことしてた?」
「っ! し、してません!!」
「そう? まぁ、モモくんはいつだって可愛いけどね」
「っ、」
ユキさんの一言で折角引き締めた表情筋が呆気なく緩みきってしまう。
他のお客さんがいなくてよかったと心底思いつつ、ふと疑問に思った事を聞いてみる。
「ユキさんは、まだお仕事中ですか?」
「うん、もうちょっとだけね。モモくんはバイト何時に終わるの?」
「オレは22時までです」
答えるとユキさんは左腕に付けたシルバーの腕時計で時間を確認した。
オレも横目でレジの画面に表示されている時間を確認する。後2時間は上がれそうにない。
「そう。……ねぇ、モモくん。明日はお休みって言ってたよね? よかったら今日僕の家に泊まりにおいで」
「え!? で、でも、ユキさんは……?」
「僕も明日はお休み。ここんとこ働き詰めだったから秘書に休めって言われちゃった」
肩を竦めて眉尻を下げる。ユキさんが見せる柔和な表情がオレは好きだ。緩みっぱなしの頬を持ち上げて満面の笑みを返した。
「じゃあ、お言葉に甘えて泊まりに行ってもいいですか?」
「っ、うん、おいで。じゃあ、コレ、お会計お願いね」
「はい!」
ユキさんの手元に視線をやって差し出された商品を確認する。それは掌に収まるサイズのスタイリッシュな小箱で、たまにしか品出ししないオレでも知っている。
こ、これって……!!
商品を手に取って固まったオレにユキさんが声を掛けた。
「モモくん? どうかした?」
「っ!」
バッ! と顔を上げてユキさんを見ると、少し口角を上げて目を細めている。挑戦的な笑みにオレの顔に熱が集まるのを感じてユキさんから視線を逸らした。手元に視線をやって、なんとか震える手でバーコードを読み取り金額を告げる。
「っ、972円です……」
紙袋に入れようと袋を手に取ったところでユキさんがオレの手を掌で包んだ。
「そのままでいいよ。すぐに使うだろうから」
「———……ッ!!!」
声にならなかった。口をパクパク開閉させて、顔が一気に熱を持つ。
そんなオレとは対照的に、ユキさんは涼しい顔でコンドームを単品で購入すると「また22時に迎えに来るね」と言い残して商品を受け取ってお店を後にした。
「ぁ、ありがとうございました……」
オレは何とか絞り出したか細い声でユキさんの背中を見送る事しか出来なかった。