泣鬼さんとこで情報屋やらしてもらってます。「あっじゃあ失礼しまぁ〜っす」
不自然に軽快な声で、ボクは一方的に通話を終了させる。と、すぐに携帯端末のチップを取り出して、別のものと入れ替えた。こうすると、この端末自体が別のものになるって優れもの。何がどういう原理になっているか知らないけれど、情報屋としては大事な作業。
ボクは情報屋の通称「たま」。
一般市民の為に日夜頑張る人々に情報を提供している。と言っても、提携先は2~3組程度の組織で、連絡を取るのは一つの組織につき、ボクが気に入っている一人だけ。
情報屋にもネットワークってものがある。誰か一人の素性がバレてしまうと、芋づる式で他の情報屋の素性もバレちゃうってわけ。
だから、あまり多くの人と関わるのは避けるべきで、通話の度にチップを変える地味〜な作業もとっても大事ってこと。ボクにとっては面倒な作業でもね。
「呼んだ?」
なんて、地味〜な作業をササッと終わらせたところで、聞きなれた声。
顔を上げればそこには、お目当ての人がぬぼっと立っていた。何かもう、本当に「ぬぼっ」て感じで。
ボクもよく「神出鬼没だぁ〜」なんて言われるけど、雨音くんも雨音くんで神出鬼没。足音聞こえなかったけど?
「呼んだ。でも居なかった」
「ふーん、なぁに?」
コンビニの壁に寄りかかるボクの顔を覗き込む大男。ボクの身長……は秘密事項。それより遥かに大きい体を曲げて、ボクの顔を上目遣いで器用に覗き込む。
「話の前に、コンビニに寄るよ」
「え?なんで?」
「いいから」
ボクは雨音くんの問いを無視して、軽快な音と共にコンビニへ入店。
テキトーに二人分の飲み物を手に取ると、かつお節を二袋追加して、レジでお会計。
軽快な音と共に外に出れば、夏も近い日差しに目が眩む。
「付いてきて」
「ん、」
買ったペットボトルを一本渡して歩き出すと、後ろから音もなく付いてくる気配。夜だったらゾッとしちゃうね。今は雨音くんだって分かってるから大丈夫だけどさ。
道中の会話は特になし。
雨音くんとはいつもそう。まぁボクも余計なことは出来るだけ喋りたくないし、雨音くんはぬぼっとしてるし。
そんなこんなで五分も歩けば目的地に到着。商店街の路地裏の、更に裏。オトナのいかがわしいお店の裏って言うのかな?そこにお酒が入っていたであろうケースをくるりとひっくり返して、座る。もう一つ、同じようにして勧めれば、彼は素直にストンと腰を下ろした。うん、彼には少し小さかったみたい。
「それで、用って?」
「ああ、えっとね」
ボクは一声、にゃあ、と猫の泣き真似をする。と、二匹の猫が店の影から出てきた。白黒ブチさんと、白黒ハチワレさん。
「この子たちが本日の提供者」
「ふぅん、可愛いね」
よろしくね、なんて言いながら雨音くんは手を伸ばすも、二匹はするりと華麗に無視。ボクの足に体を擦り付けて、ゴロゴロ言っている。
そう、ボクの情報源は、この辺りを根城にしている猫たち。この子たちは色んなことを教えてくれる。
美味しいお店。
気持ちのいい寝床。
死屍守の目撃情報や巣、とか。
「君の見たことをもう一度、教えてくれる?」
そう言うと、ブチさんがボクの膝に乗って縋るようににゃあにゃあと訴える。ボクはそれに相槌を打つ。
「そっかぁ、ありがとう」
感謝を込めて撫でてあげれば、気持ち良さそうなゴロゴロ音。ああ、なんて可愛いんだろう。
って、ボクが話を聞いている間に、雨音くんはハチワレさんと仲良くなったみたい。膝には乗ってないものの、頭を撫でたりおしりをトントンしたり、仲睦まじい。
お互いににゃんにゃんとにゃんにゃんしながら、ブチさんが話してくれた内容を掻い摘んで伝える。
「最近、ここら辺で死屍守の目撃情報がやたら増えてるって。今んとこ被害は出てないし、攻撃的な雰囲気も感じられないみたいだけど、兎に角数が多いみたい」
「ふぅん」
興味無さそうな生返事。
でも、口角があがってる。ハチワレさんは可愛いだろう?
「それで、徘徊してる奴らはあっちの方角から来てるらしい。もしかしたら、だけど、」
「巣がある?」
「かもね〜。ボクの仕事はここまで」
この子たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。から、深追いはしないようにお願いしてる。
故に、ボクの情報も不確定要素が入ってしまう。それでも、そんな情報を買ってくれるんだから、彼らもそれなりに人材不足なのかもしれない。
話も終わって、にゃんにゃんとにゃんにゃんしながら、請求書作るのめんどいなぁなんて考えていると。
どこからか、悲鳴。
小さな悲鳴は広がっていき、波のようにうねって大きくなっていく。騒がしい足音。たぶん、死屍守が出たんだろう。
「おやぁ?雨音くん。出番かもよ」
わざとらしく手で望遠鏡を作って、悲鳴が聞こえた方を覗き込む。見えるわけないんだけどさ。
だってここは、裏の裏。死屍守さえも来ない。だから、ここを選んだんだ。
雨音くんはと言えば、目をギラつかせて、戦闘態勢。
ああ本当に好きだよねぇ、この子は。こう言うの。
「一人で平気?」
「なぁに?手伝ってくれんの?」
「まさか。ボクはゲンガーだよ。護身術くらいしか使えないんだから、逆に足手まといでしょ」
「うん、それはそう」
「戦闘は君の性分、ボクは避難誘導ってところかな。じゃあ、行ってらっしゃい」
ボクが言い終わるか終わらないかのうちに、雨音くんは素早く駆け出した。裏の裏、くねくねと曲がりくねる道をトントンと走っていく姿は、まるで猫。
「ふん、物騒だねぇ」
ボクを見上げる二匹に笑いかける。
「そんな顔しないで、大丈夫だから。ここら辺の子たちにはちゃあんと伝えてある。から、もう逃げてるんじゃないかな。アイツらもここまでは来ないでしょ。獲物が居ないんだもん。だから安心しな」
言いながら撫でてやれば、絡む尻尾がふわふわとやわらかい。
「ああ、今日の報酬がまだだった。君たち、カツオ好きだったよね」
コンビニで買った猫用おやつのかつお節を取り出せば、爛々と輝く双眸。はぁ〜可愛い!
袋を開けて差し出せば、ふんふんと匂いを確認してから、ペロペロと食べ始める。
遠くからは人の悲鳴。きっと雨音くんがじゃれてるんだろうなぁ、なんて思いながら、ボクは今日も、情報屋としてこの子たちを守っている。