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    nyantama0129

    にゃんたま(去勢前)の遊び場。
    うちの子もよその子も居るよ!

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    nyantama0129

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    うちよそむラス糖度高め(当社比)

    それでも抱きしめて スマートフォン。それは文明の最先端を走る、人類には無くてはならない端末。
     端末でありながら、時に人はその小さな機械に翻弄される。歩きスマホが良い例だろう。歩くときは前を見て。小学生だって知っていることなのに、大人はスマホを見るために下を向いて歩いてしまう。誰も彼も。
     紫草も例に漏れず。慣れた道だからと何となくスマ-トフォン片手に歩いていた。人とぶつからないようにチラチラと前を見ては、スマートフォンに目を落とす。そんな歩き方が安全なわけもなく。

    「わぁっ!」

     足に走った小さな衝撃に、思わず手からスマートフォンが滑り落ちた。落ちていくそれを目で追うように前を見れば、ボサボサ頭の子どもが尻もちをついていた。周囲には子どものものと思われるお菓子が散乱している。
     これはいけない。寄りにもよって子どもとぶつかってしまうなんて。
     怪我はしてないだろうかと声をかけるために屈もうとすれば、スッと差し出されるスマートフォン。紫草のものだ。

    「きみのだろぅ?ごめんね、わざとじゃないんだ」

     謝らなければならぬは紫草の方なのに、少年とも少女ともつかぬ子どもに先に謝られてしまった。だけでなく、持ち物までご丁寧に拾われてしまった。大人の面目丸潰れである。

    「こちらこそすまない。怪我はないかい?」
    「んん、ぼくは平気さ」
    「そうか。それは何よりだ」

     へにゃっと笑う子どもに安心した紫草は、周囲に散らばったお菓子を拾う。子どもも慌てて拾い始めた。駄菓子に知育菓子にスナック菓子にジュース。随分と買い込んでいて、子どもの買い物袋はパンパンにはち切れんばかりだ。
     見かねた紫草は鞄からエコバッグを取り出すと、バランスよく詰め直す。その紫草の行動を子どもが訝し気に見ていた。大方「盗られる」とでも思っているのだろう。
     安心させるように子どもに視線を合わせるように屈むと。

    「お詫びだ。目的地まで運ばせてはくれないか?」

     紫草の言葉に困惑の表情を見せる。それでも、尚紫草がお願いすれば、子どもはこくんと小さく頷いた。

    「ごめんよ、重いだろぅ?」
    「そんなことはない。しかし随分買い込んだものだね。友人とパーティーでもするのかい?」
    「パーティー……ではないかなぁ」
    「まさか、ひとりで」
    「違うよ。友だちに会いに行くんだ!」

     キラキラした瞳で子どもは言った。

    「……友人に?」
    「そう。ぼくの大事な大切な友人さ」

     誇らしげな声。その先にある場所を、紫草は知っている。墓地だ。
     子どもの身長は紫草の腰より少し高いくらいだろうか。だぼだぼとした服を着て、髪はボサボサで。事情は推して知るべし、というやつかもしれない。

     墓地の入り口で子どもは立ち止まった。

    「ここまでありがとう。もう大丈夫だよ」

     紫草のエコバッグの中身をご所望のようだ。その目は。
     瞳は、昏かった。ガラス玉のような、と言えば聞こえは良いが、これは違う。ガラス玉のようにまん丸ではあるものの、透明度は殆ど無く。例えるならば……そう、寒さで凍ったシャボン玉。美しいものではあるけれど、曇ったシャボン玉は向こう側が見え難い。
     子どもの瞳は重いものを抱えたソレだった。

     途端に興味がわいた。こんな年端もいかない子どもが、どんな経緯で友人を亡くしたものか。
     我ながら呆れる領域の好奇心である。

    「私の名前は"ムラサキ”。紫に草と書いて"ムラサキ”だ。君は?」
    「あっ……ぼくは……ラスカル」

     子どもが小さく答えた。

    「アライグマの?」
    「うん、まぁ」
    「そうかい。よろしく、ラスカル」
    「んん……ん?」

     ラスカルが不思議そうな顔をする。それもそうだろう。
     紫草が挨拶よろしく差し出した手をつかんだは良いが、離れない……いや、離してくれないのだ。ふらふらと揺らしても離れず、ぶんぶんと振ってもくっついたまま。
     不安に歪ませた顔を上げれば、紫草がにんまりと笑っていた。

    「お近づきの印に君の友人にもご挨拶をしたいのだが。もちろん君が良ければ、の話だけれど。どうだい?ラスカルくん?」
     
     言いながら、紫草がエコバッグを掲げる。中にはラスカルが購入した友人への捧げもの。有無を言わせぬ言動に、ラスカルは頷くことしか出来なかった。
     そのまま何故か、二人は手を繋いで墓地内を歩く。紫草曰く「離れたら困るからね」とのこと。だが、ここはそんなに広くない。整然とした墓地は例え離れたとしても迷子になることはないだろう。だが、ラスカルは流された哀れにも。
     お目当ての場所は敷地内の隅にあった。草が生い茂り、周囲は雑然としていて、申し訳程度の墓石がぽつぽつと並んでいる。
     無縁仏の集合体。ラスカルは迷いもなく一つの石の前に座ると、袋に入ったものを広げはじめた。紫草も倣ってエコバッグから商品を出していく。
     これはここ。これはこっち。などと呟きながらお菓子を並べ終わると、最後に紙コップにジュースを注いだ。
     一つは墓石の前。
     一つはラスカルの手に。
     もう一つ。それは紫草に渡された。

    「折角なんだ、むらさきさんもどうぞ」

     面食らいながらも受け取れば、ふにゃりとした笑顔が返ってきた。
     
    「じゃあ、乾杯!」

     ラスカルが紙コップを掲げれば、墓地でのパーティーの始まりだ。
     と、言っても喋っているのはラスカルだけ。それもそうだ。目の前にあるのは物言わぬ石であり、ラスカルは簡単に紫草を紹介した後は、嬉しそうに楽しそうに石に話しかけていた。
     まるで、本当にそこに誰かが居るように。石と会話をしているように紫草には見えた。
     その目。
     その瞳。
     凍ったシャボン玉の中に、ちろちろと。ゆらゆらと。小さな灯火が宿る。昏かっただけの瞳がぼんやりと明るくなる。内側から。
     内側に何かを秘めている。くすんだ水色にソレを認めた紫草は、背中がぞくりとした。恐怖からではない。それは興奮だった。薔薇のような茨が脊髄に絡みついて刺激する。痛いほどのくすぐったさが何とも言えぬ快感だった。

     あぁ、私も。

     思った瞬間、紫草は立ち上がる。驚いた顔で見上げるラスカルに笑いかけて。

    「すまない、急用が入ってしまった。話の途中で申し訳ないが私は失礼するよ」

     物言えぬラスカルの手を取ると、その甲に軽く口づけた。

    「では、後はお若い二人で。また会おうね、ラスカルくん」

     石像のように固まったラスカルに軽く手を振り、チラリと墓石に会釈してから、足早にその場を去った。

     ラスカルは墓石のことを"ルーク”と呼んでいた。紫草にもそう紹介した。墓標には"ルーク・ローレンス”と刻まれていた。
     墓地の出入り口。振り返れば、ラスカルの笑い声が微かに聞こえる。気がする。
     紫草は嗤う。

    「Thank you、ミスター・ローレンス」

     インターネット。それは人間が人間の為だけに研究し開発し普及し今も進化を続けている、最先端の叡智である。最近は人工知能なんてものまで開発、研究が進み、便利なことこの上ない。お陰で“ラスカル・スミス”について調べることも簡単だった。
     死して尚墓場でパーティーを繰り広げる程度には愛されている“ルーク・ローレンス”。彼のことを調べれば自ずとこの国最悪の殺人鬼、ラスカル・スミスへと辿り着く。
     あの少年のような子どもが女の子だったことにも驚いたが、何よりも監禁されてから約十年。子どもが大人になるには十分な時間が経過しているのに、彼女は子どものままだった。少なくとも外見だけは。
     しかも意外と逞しく生活しているようで、監禁塔を改造し仲間を集め便利屋「クズ工場」なるものを開業しているらしい。店のホームページにはご丁寧にも写真付きの従業員紹介欄があり、指名手配犯とは思えない構成である。
     アクセスを見れば山の上。と言うことは、この街に時たま降ってくる人間は彼女達の仕業だ。今も紫草の隣で地面に刺さって「ウヴゥ」だの「ア゙ア゙ア゙」だの呻いてうるさいことこの上ない。速やかに回収を願いたいところだが、それよりも自分がそこから離れる方が早いだろう。

     ラスカル・スミス。
     悠々自適に外を歩き回る、この国一番の凶悪殺人犯。あんな子どもが……とも思うが、そんなことはどうでも良く。
     もう一度会うには墓場で一人ホラー映画上映会も辞さない心構えだったが、案外簡単に再会出来るであろう事実に心が躍る。
     まずはクズ工場に電話して来店予約、その後は話し合いでラスカル・スミスをレンタルする方向へ契約を運べば良い。簡単ではないだろうが……と逸る気持ちを抑えられないでいると。

     再会は案外簡単なものだ。
     人間の人間による人間の為だけの叡智、インターネット。それを搭載したスマートフォンから溢れんばかりの情報の中に、彼女を見つけた。
     大人の体に合っていない子供服に、急速に伸びる髪の毛。周りからは「化け物だ!」「貞子だ!」と囃し立てる好奇心の声。
     無作法に向けられるカメラ中の彼女は呆然としていて。
     その目。
     その瞳。
     紫草はそこだけを拡大した。相変わらず凍ったシャボン玉のような瞳は昏く、そして張り詰めてヒビが入り、今にも割れてしまいそうだった。
     割れたら何が溢れてくるのか。あの日に見た灯火はどうなるのか。

     知りたい。

     その一心で動画を見つめていたが、見慣れぬ長身痩躯の矢鱈憎たらしい顔をした男がラスカルを抱えて、どこかへと消えてしまった。お陰で顛末は見れずじまい。いや、今のが顛末と言えるのだろうか。後は群衆の雑音が残るのみ。
     何ともお粗末。だが、紫草の心は綻ぶ月に照らされたウサギのように、はしゃいでいた。
     子どもの姿も愛らしいものだった。それは純粋に「子ども故の可愛らしさ」だ。しかし、次に会う時は全く姿が変わっているのだろう。仄暗い美しい瞳はそのままに。
     紫草のことは覚えてくれているだろうか。いいや、忘れてくれていて構わない。むしろ忘れていてほしい。
     騒動が落ち着いた頃、紫草は便利屋「クズ工場」へと連絡した。


    「きみ、疲れてるのかぃ?」

     聞きなれた声に意識が浮上する。ぼんやりとした視界には黒とくすんだ水色、緑色。耳に響いた声はやけにもたついていて。

    「……私は眠ってしまってたのか」
    「んん、そうさ。きみの寝顔なんて初めてだぜ」
    「眠り姫の王子様よろしく熱い接吻で起こしてくれて良かったのに」
    「相変わらず気持ち悪いな、きみは」

     眉間に皺を寄せ嫌悪感丸出しの表情で、隣に寝そべるラスカル・スミス。
     今日は彼女との逢瀬の日。と言っても、契約上のものである。
     あの日。あの後。数日経ってから紫草はクズ工場へと赴いた。普段平地しか歩かない紫草には山登りはキツイものがあったが、苦労の甲斐あって契約はすんなりまとまった。少しくらいは、いや、うちの大事な従業員にそんなことを!と娘を取られんばかりの父親みたいな反対をされるかと思ったが、工場長を名乗るミカン頭の美少女は「良いっスよ」とアッサリと引き受けた。ラスカル・スミスの意見も聞かずに、である。

    「……本当に良いのかい?」
    「ええ、その分の報酬をきっちり払ってもらえれば、ラッスーさんの一人や二人」
    「カリンちゃん、ぼくは一人しか居ないんだぜ?」
    「影分身でも使って増やします?」
    「使えるわけないだろぅ」
    「私も影はお断りしたいね。契約はあくまでラスカル・スミス本人が条件だ」
    「オッケーす。問題ナッシング。んじゃあ細かい規約ッスけど……」

     トントン拍子に話が進む。ラスカル・スミスを置き去りにして。
     彼女は紫草のことを覚えていなかった。当然だろう。短い邂逅に執着していたのは紫草だけであり、ラスカルにとっての紫草は厄介な客以外の何者でもない。顔に刺さる恨めしさが心地良かった。

     そうして、今では紫草は立派なお得意様だ。当の本人は今でも納得していない。ばかりか、契約に赴けば一度ならず拒絶の意を示す。それはもう恨み節たっぷりに。だが、工場長の前では無力であるらしい拒否権が発動したことは無い。毎回スムーズに契約が結ばれる。彼女の目の前で。

     今日は恋人よろしくベッドの中でのピロートークを所望した。もちろん服は着たままで、いわゆる添い寝である。
     二人同じベッドに寝転がり、布団に包まって他愛のない話をする。その間に紫草は眠ってしまったようだが。

    「夢でも見ていたのかぃ?」
    「何故?」
    「少し、うなされてた?から」

     紫草の髪を撫でながら覗き込むラスカルの瞳は案じていた。嫌いな相手にも見せる優しさ。それは誰のためのものだろうか。
     指が、てのひらが、時折肌に触れる心地良さに、紫草はラスカルを抱きしめた。

    「うわぁっ!」

     驚いた声すらどこかのんびりと聞こえる。

    「運命さ」
    「んん?」
    「運命の夢を見ていた」
    「そうかぃ、事情は分かったから離しておくれ」

     ラスカルの溜め息が耳をくすぐる。
     緑色越しに見えた時計は、本日の契約終了まで五分を切っていた。
     文章とサインとお金でようやく繋がっている関係。これを絆と呼んで良いものか。絆というものにしたかった。例えすぐに破綻してしまうような脆い繋がりだとしても。
     紫草はラスカルの肩口に額を擦り付ける。石鹸と、少しの消毒液の匂い。細い体は力を込めたら折れてしまいそうで、それでも。

    「あと、少し」
    「……まったく、大きくて厄介な子どもが居たもんだ」

     ラスカルの手が紫草の背中に回る。
     秒針のように正確に。
     小さくてあたたかいリズムが、紫草の中に優しく溶けていった。
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    nyantama0129

    DONEラスカルくんちゃんと鎮巳くん(DT)の小話。
    はしごの詩 イブムニアという国において知らぬ者は居ないであろう、株式会社ブランクイン。そんな誰もが憧れる大企業ばかりが立ち並ぶオフィス街の中心。の、中小企業ゾーンを抜けた先。国の西側にある住宅街に程近い場所に広がる公園。
     お昼時はオフィス街や住宅地に住まう家族で賑わう場所だが、ピークを過ぎれば老夫婦が犬を連れて散歩したり、学校終わりの学生が少しはしゃいだり、鳩の鳴き声が聞こえる程度には居心地の良い場所。
     国の治安とは無関係と思えるようなのほほんとした公園で、遠山鎮巳は日向ぼっこを楽しんでいた。
     今日は平日。もちろん会社がある。しかし鎮巳の勤める株式会社ブランクインは大企業らしくフレシキブルな業務形態を採用している。曰く"朝は早くても8時、遅くても10時までに出社すること”"遅くても19時までに退勤すること”とのこと。この二点さえ守っていれば後は比較的自由であり、朝早く来て夕方ごろに帰る社員もいれば、ギリギリに来てギリギリに帰る社員もいる。自分の仕事を終えて昼過ぎにさっさと帰宅する者、そんな同僚に泣きついて助けを乞う者。哀れな同僚を尻目に優雅に昼食や休憩を楽しむ者など、様々だ。
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