パチョマク短文 カルパッチョ・ローヤンは、人生で最も理解が追いつかない存在と出会ってしまった。それがマックス・ランドだ。
彼は恐れや敬意を抱くでもなく、ただ「奇妙」だった。なぜ親友の弟の親友というだけで、命と体を張る覚悟ができるのか。そこまで踏み込めるのか。カルパッチョにはその理由がどうしてもわからなかった。
「魔法史の勉強がしたい。まずは身近なこの校舎から始めようと思ってる。
センパイが史学の視点からオススメする場所はどこ?センパイが気に入っている――よく行くところなら僕も通いやすい立地にあるよね?」
アドラ寮の談話室はある空気に包まれていた。――また来たのかよ……この男。カルパッチョ・ローヤンによって出来上がった空気である。はじめは恐れの気配が濃かった。いまや「帰れ!」なのだから、人というものは何事にもすぐ慣れる。
「え〜? 出てきた? 生まれてきた? 興味! 努力が嫌い……あ、いや」
マックスが失言をするのは珍しい。さっそく脳内の観察記録に書き加えなければならない。わずかに頬が赤く、発汗している。恥じているのだろう。
「苦手な分野に挑むなんて偉い! カルパッチョ君はすごい。ここイーストン魔法学校の校舎は各時代における最新の知恵と魔法、それに技術が詰まってる。とっかかりには最適じゃないかな。頑張るから期待しててくれ!」
マックスのテンションは高い。失言を隠すためだけではないだろう。ファナティックに研究へ向かうカルパッチョはマニアックに学問へ向かう人に一定の理解があった。こう聞けばお気に入りの場所は探れる、はずだ。
学びたいというのは嘘ではない。魔法史への興味は薄いが知識は損にならない。それに、魔法史に向き合う間はおそらくマックスの関心をひける。向けられる。カルパッチョただ1人にだ。
■
マックス・ランドはカルパッチョ・ローヤンにとって人生で最も理解が追いつかない奇妙な存在である。
カルパッチョに怯み、実力の差を理解し、しかし立ち向かってきた。フィン・エイムズもそうなのだが――理由の重さが違う。
マックスの理由もフィンの理由も同じ人物、すなわちマッシュ・バーンデッドにあった。フィンにとって自分のために怒ってくれる友人だ。今のカルパッチョはその重さが――定義に困る言葉は使いたくないが――なんとなく、わかる。
しかしマックスはどうだろう。自分の身を差し出すほどの間柄ではない。親友が気にかけている後輩で、その親友の弟であるフィンの親友。字で表すとなんとも迂遠だ。
カルパッチョはマッシュによって痛みを知った。知ってしまった。ついでに恐怖と疑問も植え付けられた。
謝罪を受け入れてもらえたから、安堵で精神と口が緩んだ。謝罪のあとに放つ問いではないが、それでも聞きたい。聞かなくては。
「マッシュ・バーンデッドと話したのは僕がマックス・ランド先輩と戦う――戦う、すぐ前だった。なのに、なんで? なんでそんな軽い関係で? なんでこんな強い痛みを我慢できたんだ?」
そのあとのマックスの変化をカルパッチョはよく覚えている。いや、忘れられない。ほうけた顔でなぜか手を前に突き出していた。瞬きをゆっくり3回。眼球を少し上に向けて、おそらく言葉を探し、そしてはにかんだ顔。
「フィン君は親友のかわいい弟で、ぼくにとっても弟みたいな存在だ。そんな彼の親友のためなら命なら迷うけど――体ぐらいは張れる。大抵の人もこうすると思う」
そんなわけないだろ。
なぶってしまったときの顔とは真逆の、柔らかい微笑みを見ていたらなにも言えなくなった。
「怪我させてごめんなさい。答えをくれて……その、あの」
押し出した声は言葉になっていただろうか。
「ありがと……」
感謝は外に出たかどうか怪しい。早足で逃げなければよかった。
カルパッチョ・ローヤンは人生で最も理解したい存在を見つけてしまった。マックス・ランド。人生をかけてでも理解したくなった奇妙な彼のことを。