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    iguchi69

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    「この心臓を射ってよ」

    ジョウ←双循←モブ僕
    ※正月コレキャラエピネタ
    ※最終的にジョ双

    ぶれることのない矢勢が空気を裂いた。ダァンと短く、けれど大きな音が射場に響く。鏃は一の黒を捉えていた。決して悪くはないが、高い理想のある彼にとっては不本意な結果だ。しかし不機嫌さの発露はない。ここからは見えない眉根すら寄せられていないだろうことを、僕はもう知っている。はじめのうちは覚悟していた。的が悪い、おどれ、裸で立て。と命じられることすら想定していたのだ。生徒会番長双循その人の命で冬休みの弓道場を開けた一週間前のことである。

    「練習、ですか」
    思いもよらなかった言葉につい間の抜けた声が出た。発言を復唱したことに叱責が飛ぶかと思ったが、逆光の中の翡翠は形を変えることもなく「そうじゃ」と小さな同意だけを返す。

    双循。区立DO根性北学園の頂点に君臨する最高権力者。確かな政治手腕と物理的な腕力をもってして全てを掌握する彼の恐ろしさは、統廃合後のわずか一週間で骨身に沁みている。逆らおうなどと思う愚か者は数人を除きいる筈もない。はじめこそその横暴に叛逆した者も多くいた。その大多数が荒れ果てた不良校の出身者で、一部は義憤を爆発させた一般の生徒であった。
    僕は当然後者に属している。そして目まぐるしく変わる環境に適応するのが精いっぱいで波に抗うこともかといって諦めることもなく、ただなんとなく流れに身を任せ傷つかないように縮こまって生きているだけの臆病者だ。そんな僕でさえ彼の脅威は風の噂に知っていた。
    唯我独尊、傍若無人。暴虐非道を地でいく悪魔の狛犬が、存外ものの道理に沿った理知的な人物であると知ったのは春の終わりのことである。

    高校最後の一年を統廃合後の慣れない校舎で過ごすことになった僕たち三年生は落胆していた。当然だ。元の学校も名高い進学校やスポーツ強豪校ではなかった。そもそもがどんぐりの背比べのように似たり寄ったりの偏差値帯でひとまとめにされている。自分たち程度の高校生ならば勉学にせよ運動にせよ、二年間の積み重ねに影響なしとされたのだろう。確かにそうだ。僕たちには継ぐべき何々高校出身の箔も優勝旗もなかった。それでも、細々ながら部活動に勤しみ重ねた研鑽の行く末が気がかりで仕方ない。
    弓道は短い人生の中で唯一十年継続できたことだ。中学でも部活動に選び、高校では小人数故にただ経験の長いだけの僕が部長職に就いた。全国だなんてたいそれた夢はとても見れないけれど、冬の大会は皆が楽しみにしていたのだ。その機会が奪われるかもしれない。幸か不幸か他の三校に弓道部はなく、唯一の弓道部部長であった僕はそのまま区立DO根性北学園でも同じ看板を背負うことになった。柔道部などは統合に際し非公式の総当たり戦をさせられたというのだからこれは幸運なのだろう。

    かくして、強くも威厳もない僕は恐々と『生徒会予算会議面談』の扉を叩くことになったのだ。さぞ世紀末の似合う強面達の集いなのだろうと意を決して入る。出迎えた顔ぶれは意外にも僕と同じような、つまり、一般的な高校生の風貌をしていた。中央に空白を作る形で四角に並べられた長机の中央に座る男を除いてだ。窓から射す日が光の輪郭を描いている。神々しいほどの輝きの中、低い声が席に着くように促した。

    「失礼します! 弓道部部長の○○です!」
    「弓道部、のう。……学園の弓道場は暫く使われとらん。廃部して久しいからのう。おどれら活動はどうしとるんじゃ」
    「は、はい。僕の出身の道場の隅を貸して頂いたり、市立の施設でどうにか賄ってます。ここの射場が使えれば一番いいんですが……掃除とか、できることはやってますが、補修が必要そうなところもあったりして、……なかなか難しいのが現状です」
    「そうじゃろうなあ」

    心底興味のなさそうな声色に駄目か、と思った。視線が下がっていく。もともと僕は気弱な性質なのだ。あんな人を射貫く様な、弓よりもずっと鋭い視線を真正面から受け止める気概などありはしない。仲間の為にと食い下がろうにも声は出ず、心の中で二年を共に奮闘した副部長に謝罪を告げたその時だった。

    「年間こんなもんでどうじゃ。修繕費は今年こっきりじゃからのう、引継ぎはちゃんとせえよ。なあに、業者は紹介したるわい。このワシの人望と顔の広さに感謝するんじゃな」

    渡された書類を捲る。そこには以前と遜色ない、彼の言うところの特別な修繕費用分を差し引いても十分な予算額が書かれていた。弱小弓道部には過ぎた待遇だ。三枚目には建設業者が名を連ねている。目を丸くする僕に構わず、書記の男が追加で何かありますか、と問うた。
    何かも何も、これ以外にいう事などありはしない。ありがとうございます、と長年の武道経験で無駄に大きな声で礼を告げた僕の頭に「わんぱくじゃのう」と楽し気な声が降った。

    生徒会番長、悪魔の狛犬双循。およそ高校生とは思えない恐ろしい噂の渦中にいるその人は、従順でさえいれば日々を平穏に暮らした僕のような民草にとっては存外悪くもない為政者であった。とはいえ彼との接点はそこで途切れる。
    部長とはいえ弱小部だ。生徒会を牛耳る双循との共通点は学年くらいしかない。廊下ですれ違うことはあれど、頭ひとつ分以上大きな彼と目線を合わせることもなく日々は過ぎていく。だから、割り振られた予算のうち残った半分の使い道に頭をうんうんと悩ませている冬のある日、呼び出しをもらった時には春に受けた恩は既に畏怖へと変わっていた。

    何を言われるのだろう。先の期末テストの結果だろうか。はたまた、秋合宿に使った民宿の食事に予算に余裕があるからと鮑を付けた狼藉がばれたのだろうか。戦々恐々として応じた僕への用件は想像にもしていないことだった。

    「練習、ですか」
    「そうじゃ。期末考査も終わった、週末からは冬季休暇……どうせ遊ばせとるんなら構わんじゃろう。なんじゃ? 不服か?」
    「いえ、とんでもないです!」
    反射的に頭を下げる。ワックスをかけたばかりなのか、生徒会長室の床はぴかぴかと光っていた。情けない顔が反射している。僕が言葉を続けたのは、映る顔のあまりの惨めさに対する贖罪だったのかもしれない。それに、彼がどうして潰すこともできた弱小中の弱小、わずか5人しか部員のいない僕たち弓道部を存続させ、数年放置された弓道場の修理を許したのかの理由を知りたかったからだ。
    大掃除をしていないから、双循さんの邪魔はしませんから。そう訴える僕の言葉を疑いもせずに彼はなら鍵は預けておくと返した。翌々日の朝八時には道場を開けるよう命じられる。まるで逢引の約束のようだ。この人と二人だけの約束を取り付けたことに僕の心臓はばくばくと高鳴った。体力づくりのランニングや、大嫌いなマラソン大会など目ではない。張り裂けそうなほどに脈動する臓器を抱え、僕は高校三年生の二学期を終える。

    冬休みの一日目は近付く寒波に指先まで凍えるほどの寒さの中で迎えることとなった。まさか生徒会番長との約束に遅れる訳にはいかない。念には念を入れ、朝の六時にかけた目覚ましをなんとか止め二度寝などしないよう顔を洗う。冬の水道水はきぃんと冷たく、一分も触っていられないほどだ。こんな土曜日は両親も七時を過ぎないと起きてこない。返す者のいない玄関でいってきます、と呟く。

    万全を期して道場前には十五分前に着いた。自分以外には誰もおらず、そのことにほっとする。かじかむ手を擦りながらもう十分、金の髪の狛犬は律儀にも定刻の五分前に現れた。

    「なんじゃあ、随分と早いのう」
    感心なやつじゃ、と揶揄う声は軽やかだ。褒めている訳ではない。何の意味もない軽口だと解っている。なのに胸の中の何かが輝く。僕が口の中でもごもごとこねくり回す言い訳など興味がなさそうに、彼は「早う開けんか」と先を促した。古い弓道場の鍵を開けるのには少しだけコツが要る。慣れた筈の動作なのに、どうしてだか手が震えた。

    射場に入った彼はまず上座の位置を確認し、そこへ一礼をした。所作が様になっている。板の間に入る足には珍しくも靴下を履いていたし、スヌードに包まれた首筋を解放すれば長い髪は左側で纏められていた。僕から何か言うべきことは何もない。弓道家として、最低限のことは提言するつもりで腹をくくっていたのだけれど、幸いにもこの決心は使わずに済みそうだった。
    口実に使った『大掃除』を実行するべく、僕は掃除道具を取りに行く。ほんの数日前、部員たちと磨き上げた床には埃ひとつ落ちていなかった。

    彼の練習は黙々と続けられた。ダン、ダンと一定間隔で的を射る音が外まで響く。矢取りに行くべきだろうか。そう逡巡する間に、矢取道を進む長躯が見えた。誰の助けも借りずに淡々とこなしている。邪魔をすべきでない、そう判断し僕は顔が映りこむほどに磨いた外の蛇口にまた手をかけた。彼の弓の練習と僕の二度目の大掃除が一通り終わったのは一時間ほどが経った頃だ。

    どれほど集中していたのか、氷点下にも届きそうなこの冬の空気の中で額には汗がしぶいている。明日以降、大晦日までは毎日同じように使いたいという彼の言葉に僕は一昨日と同じ返事をした。まだ大掃除が残っているんです。双循さんはそうか、としか答えない。

    折角の冬休みなのに、僕は人の通らない朝七時台の通学路を一人で歩く。閉まっている校門を脇目に通り、形ばかりの警備室のある裏門を潜った。耳の先が千切れそうなほど冷えた空気の中、春の訪れのような芳しい香りがここに来るのを待つ。

    下手な託言はすぐに尽きた。落ち葉を掃き、金属部を磨き上げ、意味もなく物置の扉を何度も開け閉めする。はじめの数日は最後の十分だけ、この特訓が残り三日を切る頃には開き直って始めから最後まで双循さんの背を見ていた。弓を引く腕の筋肉の動きは力強いのに、背筋は決して傾かない。彼の行射は始めから終わりまで美しいの一言であった。昇ったばかりの冬の陽が射し込む矢道をまっすぐに見る彼の眼を見ることは叶わない。けれど、この後姿を見られるだけでいい。そう思っていた。なぜなら、ここには彼と僕しかいなかったからだ。

    驕った幻想が砕かれたのは最終日のことである。何が起きても揺れることのなかった彼が突如背を捻った。何かあっただろうか。正座していた腰をあげかける僕を制し、彼は射場を後にする。連れ帰ったのはここ区立DO根性北学園で裏番を張るデスフェニックス、六年生のジョウであった。

    「よう、お前も付き合わされてんのか、大変だな」
    とかけられる声に僕は「いえ……」としか返せない。上座に背を向けないでくれ、とも言えなかった。ここは、神聖な場所だ。道場なのだ。なのに、予想だにしなかった事態に頭も口も、何もかもが回らない。
    どうして。退屈なのであれば、僕が相手をするのに。何故こんな男をここに連れてきたのですか。

    双循さんは僕のことなど見えないようにデスフェニックスに弓の手ほどきをする。その指導は適確で、ひとつの綻びもない。現に数度実践したジョウはすぐにコツを掴んだらしい。始めは安土に刺さっていた矢が次第に霞的の外側を捕らえる。それでも、胴と頭の境目を行き来するのみだ。

    「チッ……当たんねぇな、なんかコツとかねえのか」
    品のない舌打ちが響いた。やめてくれ、ここはそんなことが許される場所じゃない。なのに、双循さんは何も言ってはくれない。
    「ッハ! 憎たらしいヤツの顔でも思い浮かべりゃええじゃろう、一発じゃ」
    そう言って放たれた矢は真っ直ぐに正鵠のすぐ傍を穿った。誇らしげな顔が向けられる。僕はその横顔しか見ることができない。彼の眼は、不死鳥しか見ていないからだ。

    「そうだな。テメエの顔だと思うことにする、ぜ!」
    言葉こそ荒いが構えは整っている。恵まれた体躯に、おそらくは体幹もしっかりしている筈だ。加えて物覚えもいい性質なのかもしれない。助言を受けて放つ次の一矢は頭の丁度真ん中、二の白を捉える。筋が良い。このまま続ければ、双循さんには届かずとも善戦する程度の腕は身に付けられるであろうことがわかった。

    そうして僕は理解する。彼が、生徒会番長が的に何を見出しながら弓を引いていたのか。何をしたくて、僕では到底力不足のその座に誰を座らせたいのかを。

    ダン、ダンとまた続けて的に鏃が当たる。いっとう真ん中、中白をとらえるものはまだない。けれどそれも時間の問題だろうと思った。早く、早くしてくれ。僕は祈り続ける。早く心臓を打って、この恥ずかしい思い上がりを殺してほしい。頼むから、どうかこの恋心ごと、どうか!
    矢は止まず放たれ続ける。その度に僕の心は血を流して痛んだ。とどめを刺されることもなくいたぶられる小さな初恋は、きっと勝敗も付けてもらえることもなく弱って冬の白日の中死んでいくだろう。産声も上げず、そして誰にも弔われない。掌に収まる亡骸を想って、僕は少しだけ泣いた。
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