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    iguchi69

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    ジョ双SSチャレンジ 7/7

    綺麗な星空/白い息/冷える尻尾「偶にはこういうのもええじゃろう」

    ヘルメットを外した双循は二度三度頭を振ってからそう言った。快活に開く大きな口から白い息が広がる。体躯に似合った量の水蒸気は決して留まることはなく、深い闇の中に霧散していった。夜の寒さが絶え間なく肌を刺す。ましてここは山の中だ。夏を思わせる小麦の頬が紅潮しているのを見て、ジョウはならば自分の鼻はさぞ赤いだろうなと思った。

    何がいいんだ、こんなところに連れてきやがって。
    すぐにそう反発しなかったのは、双循の意図を掴みかねていたからだ。

    ◇◇◇

    ジョウが今年最後のアルバイト勤務を終えたのは1時間ほど前のことだった。よいお年を、同僚たちとそう言い合って更衣室を出る。勤務先のフレンチレストランでは、先日のクリスマスをピークにどんどん客足が落ち着いていくものだとばかり思っていた。しかし意外にも予約は途切れず、年末の雰囲気に羽目を外す客の対応に追われ随分とあがりの時間が遅れてしまった。が、その分残業代はきっちり出るし、生憎帰りを待つ人を家に待たせてもいない。

    帰ったら何をするか。とりあえず風呂だな。かしこまった制服の所為で凝り固まった肩を回しながら裏口を抜ける。手元に投げられた影を掴んだのは反射的な反応だった。小ぶりの西瓜ほどある球体は質量ほどは重くない。手の中のそれが何かを確かめるより先に、ジョウはそれを投げつけた人物を見た。

    「な……ッ」
    「おっそいのう、待ちくたびれたわ」
    壁に寄りかかった双循がこれ見よがしに欠伸をする。
    「頼んでねェよ。だいたい急に何しやがる、危ねぇだろうが」
    そこで初めて、ジョウは手にした球体がヘルメットだと知ったのだった。投げ返さなったのはなけなしの理性というよりも、疲れた身体を休ませたい一心だったように思う。面倒事は御免だ。突き返す為に近寄っていく。あと一歩というところで白い裾が翻った。

    「オイ」
    「ワシに付き合え、クソ不死鳥」

    夜の街の喧騒を背負った狛犬が言う。ジョウが付いてくると信じて疑わない背中は一度も振り返らない。渡されたヘルメットなど打ち捨てて帰ってしまえばよかったのに、双循の思惑のまま金の尾を追ったのは、逆光の中で光る深緑がどこか物悲しい色をしていた所為かもしれなかった。

    街の光を置き去りに二人は灯りも疎らな道を進んでいく。UNZを出て数十分、バイクが蛇行する山道に入った頃にはいよいよジョウは異様な状況を訝しんだが、双循の後ろに座る形で身を任せている以上出来ることは何もなかった。

    まさか死体を埋めるのを手伝えなんて言わないよな。嫌な想像に冷たい汗が背を伝う。緊張に腕が強張り、手を巻き付けた腰が思いの外細いことをありありと実感する。バイクが完全に停止したのは、それから更に十数分後のことだった。降りろ、という合図にジョウは足を降ろす。

    アスファルト舗装された道を更に奥に進み、少し開けた山道で双循は冒頭の言葉を言った。夜の山には生き物の気配ひとつしない。はるか上で茂る針葉樹がざわざわと葉擦れを起こす。自然の雑音の中で、いつもは煩いほどに張られる声が心なしか慎ましく聞こえた。それはまるで、この場の何かに遠慮をしているような。

    「いいって、何がだよ」
    倣ってヘルメットを外したジョウが聞き返す。双循の返答を待たずして、その答えは彼の目線の先にあることを悟った。細い顎が上がり、金の髪が滝のように垂れる。高い鼻さきが真上に上がっている。釣られて視線をあげたジョウの視界に広がるのは満天の星空だった。

    宇宙が降ってくる。そう思うほどの大小さまざまな星が森に切り取られた紺碧に浮かんでいる。

    「…………スゲェ、な」
    思わず独りごちた感嘆に返る言葉はなく、ジョウの口から漏れた白い息は虚空で散り散りになった。

    しばしの天体観測は「くしゅん」という鼻音で中断される。横を見れば双循がすっかり赤くした鼻を押さえていた。長身の割には小型犬のようなくしゃみだ。ジョウは思わず噴き出しそうになる。そんなことをすればそれこそ置き去りにされかねないから、にやける頬を必死で宥める。

    「……そろそろ帰るか」
    双循は差し出された手を素直に取った。冷え切った手を温めてやりながら、ジョウは天邪鬼な恋人のしたことの心当たりをぼんやりと考えていた。

    ひと月も前のことだ。その日、UNZは数十年に一度の流星群が来るという話題に湧いていた。ジョウはそれほど興味はなかったが、ふと夜にニュースのことを思い出しカーテンを引く。跨いだ褐色の肌が「なにしとる」と不平を言うのを意に介さず、こう答えたはずだ。「やっぱこのあたりじゃ星なんて見えねぇなあ」と。

    冷たい手を握っていると愛おしさが滲み出る。あれから、逢瀬らしい逢瀬をしていない。年末に向けて忙しくなるのにかまけて連絡すらなおざりで、双循も双循で何かと家のことで忙しそうにしているものだからそれで良いと思い込んでいた。明日あたりメッセージを送ろうと思っていたのに。なんて、今更言い訳にしかならない。聖夜すら共にしなかった恋人をどんな顔で誘えば良いかわからなかった。ただでさえ、デートだと浮かれていられるような甘い関係ではなかったから。

    (先、越されちまったな)
    ジョウのほろ苦い思いなど露知らぬ顔でいつの間にか前を行っていた双循がバイクに跨る。往路と同じようにジョウも後ろに腰を降ろした。何かひんやりした塊が腹に当たる。いつもはふわふわと暖かい狛犬の尾も氷のように冷え切っていた。

    「尻尾、冷えてんぞ」
    「ふん。誰ぞの帰りが遅いからじゃろうが」
    毛先を摘まむ。肉のない先は手応えがなく、金糸はすぐにすり抜けて行った。あまりのいたいけさに胸が愛おしさに締め付けられる。今日は元々の終業時刻よりも少し遅くなった。その時間で身体中を冷やしながらも自分を待っていたのか。ほんの一言、前もって言えばいいだけの話を。

    愚かしいほどの愛を、指摘しないだけの大人げがジョウにはある。第一、自分だって人のことは言えない。ジョウは自分にはない尻尾を腹に抱きながら、ヘルメットに覆われる前の耳に吹き込む。
    「オレん家であったまってくだろ」
    答えは聞くまでもない。だから、自分もすぐにヘルメットを被った。行きよりも強い力で細腰を抱きしめるのは、一秒でも早く家に帰りたいという想いと、いとけない尻尾を少しでも温めてやりたいからに他ならない。
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