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    iguchi69

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    2023バレンタイン(ジョ双) 3/7

    渡しそびれ「あ」
     ジョウがそれの存在に気付いた――より正しく言えば『思い出した』のは床に放り投げたライダースに躓いた際の違和感によるものだった。
     愛用の赤い皮は間接照明に照らされてなお、夜目の利かない鳥類族にはそのシルエットしか捉えることを許さない。口を濯ぐため行った洗面所から寝室に戻る道中のことだ。いくら重めの生地と言えど、服にはあるまじき鈍い質量を蹴り上げた感覚に一瞬首を傾げ、そしてひとり納得する。

     渡しそびれちまったな。
     咄嗟に浮かんだ思いを口にしなかったのは、目敏く口煩い、神話の女神のごとく嫉妬深い恋人が出来てから習得した技のおかげだ。と言っても、思わず出た反射じみた言葉だけは隠しようがなかったが。案の定、自分の倍耳を持つ狛犬の男はジョウの放った一言を耳聡く聞きつけ、訝し気な視線をベッドの上から寄越している。

     今から一か月ほど前。ジョウがB薬局に行ったのは偶然のことだった。愛用のドラッグストアAが年末年始の休業に入っており、思いのほか拗らせた流行り風邪に買い置きも尽きた服薬補助ゼリーを売っていそうな店のうちで最も近い場所にあるというだけの話である。
     その店は住宅街と繁華街のはざまに建っていた。三が日が明けるのも待たずして開いている店内には緊急事態(ただし急病窓口に駆け込んだり救急車を呼ぶほどではない程度の)か、あるいは単に暇を持て余したのか存外多くのミューモンで賑わっている。
     ジョウは目当ての品を見つけるといくつかを籠に放り込み、同じくそれなりに列を作ったレジに並んだ。そこでようやく店内の賑わいの理由に気付く。妙に親子連れが多い。目の前には横並びのベビーカーを引くシマウマの家族が。背後では種族特性なのか、随分通る声で泣くクジラ族の女児と根気強く宥める親の姿があった。

     まぁ、年始早々こんなところに用があるのは所帯持ちくらいのものかもしれない。ジョウは自分の風邪を伝染さないよう、また、遠慮なく咳き込んでいるミューモンから新たな病気をもらわないようマスクの位置を改めた。そして数分後。ジョウはレジの前で混雑の直接的な要因を知ることとなる。

    「3回分どうぞ!」
    「…………」
     フラミンゴ族の店員が笑顔でくじ引きの箱を傾けて見せる。側面に踊る『お子様限定お年玉くじ』という文字にどう反応して良いか考えあぐねていると、二十歳を超えたあたりだろうか若い彼女は声を潜めてジョウにこう告げた。
    「お子さんのお薬、心配ですよね。お土産持って帰ってあげてください」
     聞くんじゃなかった。マスクの中で吐血しそうになるのを気持ちだけで抑える。買い込んだ服薬ゼリーを子供用だと断じられたことも、高校生を通り越して子持ちだと思われたこともショックだった。その後の記憶はぼんやりとしている。
     気付けば、手の中には飴玉ふたつとチョコレートがあった。はずれということなのだろう。飴はともかくチョコレートは食べない。より分けて、ハッチンにでもやろうとポケットに押し込んだところからすっかり存在を忘れていた。

     さてどうしたもんか、とジョウは考える。
     素直に言えば双循の八つ当たりは罪なき後輩にまで向けられることだろう。誰かにもらったのだと言い訳をすればそれはそれで臍を曲げるに違いない。何せものが悪かった。二月の初旬にチョコレートでは、まるっきり意味が異なってしまう。どちらにせよ一か月も服のポケットに菓子を入れっぱなしにしていたことに対してうだうだと小言をぶつけられるのは避けようもない。

     めんどくせぇな。
     いっそ食べて証拠を隠滅することも出来たが、今時分のチョコ、それもさっぱりと濯いだばかりの口に放り込むなんて考えるだけで気分が悪い。第一、匂いでバレてしまう。何せこの犬は目も耳も、鼻も無駄に利くのだ。

     ジョウはポケットの中から平らなそれを取り出し、ベッドに腰かけて「おい、口開けろ」と言った。夜闇の中でも微かな光を集める金髪が持ち主の懐疑に呼応するように揺れる。
    「早く。溶けんだろ」
     急かすと怪訝そうに顰められていた顔はそのままにあ、と口が開いた。すかさずそこにチョコレートを放り込む。シュガーコーティングされた安物のチョコ菓子は口中に放った程度では溶けなかったらしい。双循は何度か表面を舐めて確かめた後にそれを嚙み砕いた。

    「…………」
    「やろうと思って忘れてたんだよ」
     誰に、とは添えずに言う。嘘はついていないという狡猾さもまた、この男と時を共にする間に得たもののひとつだ。
     暗闇に咀嚼音が響く。ジョウは床に入り直し、面倒な貰い物を処理できたことに安堵の息を吐いた。と入れ違いに、甘いものが口の中に入り込む。ぬるつくそれが舌だと理解するのに一瞬の間があった。

    「ふん。安っぽい味じゃ」
     返すわい、と言い捨てた双循は気が済んだのか、反対側から寝台を降りて洗面所へ向かう。ああ畜生、そういえばこいつは勘の方も抜群に、本当に不要なほど利くのだった。
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