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    iguchi69

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    2023バレンタイン(ジョ双) 4/7

    甘い香り その香りが鼻孔の奥を擽った瞬間、反射的に「なんか臭ぇ」と口にしなかった己をジョウは褒めてやりたいと思った。

     ジョウは元来、見た目に似合わず無骨で粗野な男である。
     着痩せする長身に、白銀に透ける髪。何よりも健康であることを優先して栄養に過不足のない食事と十分な睡眠を欠かさないようにした結果、素肌は年齢よりも若々しい張りと艶を保つようになった。更にその色は童話の中の姫君のように眩いばかりの白さときている。
     これは単に日に焼けても赤く炎症するばかりの体質によるものだったが、なんにせよジョウという男は、見目だけは道行く女性を漏れなく釘付けにするほどの、誰もが認める美青年なのであった。が、その中身といえばこれが実に残念極まりない。
     虚弱体質はともかくとして、趣味嗜好の方がいまいち野暮ったいのだ。拘りがないといった方が正しいかもしれない。ジョウにとって被服は天候や気温に合わせ体調を整えるためのものでしかなかったし、とりわけ、必要のない装飾品に関してはめっぽう疎かった。つまり、化粧や香水といった類のものだ。特に香りの強さに関しては『異物』としか思えず、毒々しい色の入浴剤が並ぶ売り場を通りかかっただけでもその人工的な匂いに何度血を吐きそうになったことかわからない。

     二十余年のミューモン生を重ね、面と向かって一般的には良い香りだとされているものを「臭い」と言うのは留める程度の社会性は身に着いた。しかし、気の置けない仲間うちではつい思ったことがそのまま口をついて出てしまう。
     いつだったか、贔屓のアパレルショップで試供品の香水をもらったというハッチンに何も考えず「お前臭くねぇか」と言ったことがあった。あちらもいっぱしの不良少年だから、傷つくようなたまではなかったのは幸いとしか言いようがない。心底あきれたように細めた三白眼で憐みの視線を受けながら、「ジョウってマジでよう……」と口を尖らせたその先の言葉はなんだったのだろう。
     突き詰めるにせよ、問答無用で頭の針をつかむにせよ、家の仕事柄人工的な匂いを嫌うヤスに近づくな臭ぇのが移るといつも以上に敬遠されたことにハッチンの関心が移り、話題は有耶無耶になったのだった。

     とにかく、ジョウには一定以上の強い香りをひとまとめに臭いと断じてしまうきらいがある。これまでの生活で最も縁のあった病院施設では、そういったものが徹底的に排除されてきたことも原因のひとつではあった。
     だから、その日抱えていた頭から香った匂いの正体についても、まっさきに心に浮かんだのは「臭い」の一言だったのだ。それを言えば金色の頭が勢いよく顎を打つだろう。避けられたとしても、ソファの背もたれと双循とに挟まれた自分は瞬時に動けず、恋人の機嫌によっては馬乗りで殴打される可能性もあった。下手なことは言うまい。ジョウには悪気のない一言でも、受け取る側にとっては必ずしもそうではないのだ。
     いくらジョウが朴念仁といっても、自分の腕の中に納まり無防備に背中を預けた恋人との逢瀬を台無しにしたくないくらいには、双循への愛情があった。

     改めて匂いを吸い込む。シャンプーや、いつも纏っている線香のような香りとは違っていた。もっと甘い、菓子のような匂いだ。クッキー、ケーキ、アイスクリーム。ジョウは頭の中でさほど好まない菓子類の名前と香りを思い浮かべる。ふと、一致するものの影が脳裏を掠めた。

    「……チョコみてぇなにおいする」
     今一度金色の後ろ頭に鼻梁を突っ込む。すん、と鼻を鳴らせば、件の香りは髪や頭皮ではなく、狛犬の耳から香っているのだと気づいた。視線だけを背後にやりながら、双循は意外そうに翡翠を丸くしてみせる。
    「ほう、おどれにしては勘がええのう」
     聞けば、行きつけの美容院でのサービスだったのだという。毛皮をまとった耳どころか、羽毛のある尾も持たないジョウには想像もつかなかったことだが、どうやら世の中には尻尾トリートメントやら獣耳パックやらの専門施術が存在しているらしい。あるいは、後頭部を短く刈り上げる野球部時代の名残で、もっぱら床屋に通っている所為かもしれないが。

     断る理由もないじゃろ、と双循はこともなげに言う。ひとから何かを献上されることに慣れた口ぶりだった。ジョウにはこれが何故か面白くない。あのしっとりと短い毛が密と生えた狛犬の耳の触り心地を知っているミューモンがいる。垂れがちな、双循という男の性質にはあまり似合わないちょこんと愛らしいフォルムの耳を持ち上げ、薄紅の地肌を暴いた者が自分以外にいることが耐え難かった。あの耳の中は普段はひんやりと冷たいのに、愛撫を繰り返すうちに体温が馴染んで熱を持つのだ。

     気付けば、ジョウは薄い肉を口に含んでいた。口の中にチョコレートの匂いが広がるが、甘さは感じない。突然のことに驚いた双循の肩が跳ね、けれど柔らかく裂けやすい皮に当たる歯を気にしてか身体を硬直させているのが薄め越しに見えた。
     触らせんなよ、オレのなのに。
     心の中に澱のように浮かんだ考えが理不尽なのは理解している。けれど、双循にしたってこの重く絡みつく独占欲を咎めずに受け入れる程度には自分に惚れているのだろうことを知っているから、ジョウはざらりとした柔毛がどことなく落ち着かない耳の、柔いような硬いような軟骨を甘噛みするのを止めてはやらなかった。
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