パンケーキの試作で迷走する💧👹と👁️👹のお話。住宅街に構える喫茶店は一部の人間と多数の魑魅魍魎に人気がある。
開店当初こそ、近隣に住む住民やランチに来る勤め人、金に困ったら賄いの握り飯を差し出してくれる炊き出しのような、喫茶店といよりは食堂のような店であった。
それが少しずつネットの口コミにより広がり大手の旅行雑誌に掲載されて一時期は莫大な売上を更新した。
昼は喫茶店、夜はバー。
昼は和食を中心とした定食からパンケーキ、夜はメニューにアルコールが追加される程の違いだ。
店員がえらく色っぽくて可愛らしいとか、店主が男前だとか、客か店員か分からない妙齢の青年が母性を擽るとか。
それでも住宅街の分かりづらい場所、加えて駅やバス停から離れた郊外であることもあり、今は通常に戻りつつある。
そんな喫茶店は平日の昼間であるが「休店日」の札を扉に掛けていた。しかし店内から明かりが零れている。この世の全てに絶望したかのような悲鳴も。
「何故にぱんけぇきの上に餃子を乗せるのじゃあ!しかも上から餃子のタレを掛けよって!ぱんけぇきを餃子の事情に巻き込むな!ぱんけぇきにはぱんけぇきの、餃子には餃子の、各々の役割と事情がある!それを不躾に突き回すな!」
「俺がいつそんな人間関係を引っ掻き回すようなことをしたってんだ!針穴の欠片程も調理に携わってない奴が人の新作メニューを冒涜すんな!」
「お義父さん…僕も父さんの意見に同意です。パンケーキの上に揚げたての餃子は合わないと思いますよ。変わり種というか、迷走してるメニューだと思います」
幼い声音だが的確な意見に、打って変わって水木は「ダメか…」と肩を落とした。
「そろそろ新作を出したいと思っているのだが。フルーツ系統は他の店でやってるだろ。だから惣菜系で攻めようと思ってな」
「餃子の皮で甘味を揚げるとか、他にあるじゃろうに」
「それはすでに他店でやってる。俺は他にないメニューを作りたいんだ」
「だからと言って餃子とぱんけぇきを合体させるものか!見よ!鬼太郎が泣いておるぞ!」
「いや、泣いてませんけど」
焙じ茶で喉を潤わせた鬼太郎はやれやれと溜息を吐いた。
人の理から外れた水木はいくつかの会社を転々とした経緯を経て、数年前から喫茶店(周囲からは食堂と呼ばれているが)を開いた。それもパンケーキを売りにした喫茶店を。
甘いものがそう得意でない水木に何故パンケーキを売りに喫茶店を開店したのか聞けば、ミルクも砂糖も入れてない珈琲を飲みながら「だってお前、パンケーキ好きだろ」と鬼太郎の柔らかな髪を愛おしそうに撫でた。
「新作は飲み物にしませんか?果物を使った飲み物は他でも飲めますが、器を変えたり花で飾ったりすると華やかに見えますよ」
「ないすあいであじゃ!さすがわしの鬼太郎!水木よ、一時猛威を振るった貢茶はどうじゃ?中身を蛙の目玉にして」
「タピオカミルクティーのことを言いたいのは分かるが感染症みたいに言うな。あとその意見は不採用。妖怪連中はともかく、人間が飲めん」
「でも貢茶はいいかもしれませんよ。一刻堂が最近、貢茶にハマってるようですし。お茶のメニューを増やすのはありかもしれません」
スマホをぽちぽちと指で叩きながら鬼太郎が画面を見せる。
たこ焼きと貢茶の写真がSNSでお馴染みのイングラに投稿されていた。『今日の昼食』とこれ以上なく簡潔に記された一文と共に。
コメント欄には同業者と思われる者や妖怪たちから『美味しそうだけど、どこのお店?』『店名を書いてくれ』『一刻堂の旦那がタピってるのウケるわ』『たこ焼きとタピオカって合うの?』『最近鬼太郎と会ってる?』『鬼太郎ともタピってんの?』『いや鬼太郎とタピるのは親父と水木が許さんだろ』『鬼太郎とタピりたい』『え?一刻堂の奴、鬼太郎と付き合ってんの?俺、何も聞いてない』『付き合ってるわけないでしょ!間に受けてんじゃないわよ馬鹿ねずみ!』と夥しい言葉が埋め尽くされている。
最後に『人のアカウントで争うな』という本人のコメント以降、ピタリと止まっていた。
「あいつイングラしてんのか…」
「スマホ持っとったのか…」
あの厳めしい彼が流行りのSNSを使っている事実に、水木とゲゲ郎はココアだと思って飲んだものが酢であったかのような表情になった。
「何で鬼太郎の名前が出てるんだ…?」
「んん…分からないです。多分、妖怪の誰かでしょうけど」
「タピるとは…」
「一緒にタピオカを飲むということです。学生の間では友達同士で遊びに行ったりデートするときに使います。最近はそういう言い方してませんけど」
実年齢を考慮すると現役とは言い難いが、人間界の高校に通う鬼太郎はスマホをポケットに仕舞う。
男前の店主は言わずもがな、水木のことを指している。客か店員か分からない妙齢の男性はゲゲ郎だ。営業中、一番奥のテーブルで客が置いていった「矍鑠長寿」という健康雑誌を読んでは、たまに水木に味見係で呼ばれる為、店の関係者に違いないが働いてるのか分からない故に立ち位置がよく分からない状態だ。そして本人たちも分かってない。
えらく色っぽく可愛らしい店員は残る一人、鬼太郎を示している。営業中は水木ゲタ吉という高校生の姿で食事をテーブルに運んだり、父親にエプロンの紐を解かれるという悪戯をされて照れくさそうにしたりする姿が愛らしいと評判だ。
「貢茶か。それもいいな。ドリンクのレパートリーを増やすのも悪くない」
水木が首を傾げる。鬼太郎の為に開店した店とはいえ、彼は真面目な性質。妥協は許さない。
「ただ貢茶は台湾発祥のティーブランドだろう。茶葉はうちのツテにないな…」
「それなら一刻堂さんに聞いてみましょうか?」
ポケットに仕舞ったスマホを、鬼太郎がふるふると振る。
「味に厳しい一刻堂さんがSNSで写真に上げているくらいなので。一度、このお店に聞いてみては?」
「俺、あいつの連絡先なんて知らないぞ」
「わしも知らん。というか、あやつは好かん!」
「色々ありましたけど、話してみるといい人ですよ。僕、連絡先交換してるので、連絡してみますね」
ゲゲ郎と水木が止める前に、鬼太郎はさっさとスマホの画面をポチポチと押して連絡を取る。
「あ、一刻堂?今大丈夫?そう。うん。分かった、お店は…ああ。じゃあ、そこで」
その台詞を聞く時間は、およそ十秒であった。
「…鬼太郎、いつの間にあの仏頂面と連絡先交換してたんだ…?」
「知らん…わし、知らん…。聞いてない…」
「父さん、お義父さん。一刻堂は例のお店に今もいるみたいです。場所を教えてもらったので、早速行きましょう」
いつの間にこんなフットワークが軽くなったのか。自分たちの知らないところで築き上げてる人間関係に、父親たちは顔を見合わせた。