チョコの予言「まずはじめに言っておく。今年はチョコレートは必要ない」
「うん?」
ソファに座ってのんびりしていたグランツが、振り返ってこっちを見た。目をまんまるにしてパチクリしている。まつ毛がわっさわっさと動くので、そのパチクリパチクリはとてもわかりやすい。
そうだろうなあ。驚くのも無理はない。だってチョコレートの必要ないバレンタインなんて、あるはずがないじゃないか。バレンタインに大切な人へ感謝を伝えるためには、チョコレートが必要不可欠なのだからな!
「順を追って説明しよう。なぜ今年はチョコレートが必要ないのか! その理由は」
そこには大きな秘密がある。おれは落ち着いてその秘密を説明するために、コホンと咳払いを行い、さらにチラッと後ろの台所へ視線を向けた。
台所からは……いい匂いがしている! オーブンでケーキやクッキーを焼くときのバターや小麦粉、お砂糖などのワクワクする匂い、それに加えてなんと今日は! チョコレートの匂いまでしているのである! チョコレートが溶けるような、焦げたような、心躍る香ばしい匂いだ。
今日の採掘から帰ってきて、ソファでのんびりしていたグランツはまだ台所は見ていないはずだ。それはもちろんおれがずっと台所で料理をしていたのでわかっている。ということは、グランツは台所で何が出来上がりつつあるのかを知らない。
ムフフ、と笑顔がこぼれそうになったのを、慌ててこらえた。いけないいけない。グランツのびっくり驚く顔を見るためには、まだ秘密は秘密だ。
「その前にまず今日が何の日かを説明しなければならいないな。今日は実は、毎年おれがおまえからチョコレートを貰う日なのです」
「ふっ、あははっ! 確かにそうだな! でもキミは妹や他の弟子たちからももらっているじゃないか」
「そうだけども、おれとおまえにとってはチョコレートのおまえがプレゼントのおれに日頃の感謝を作っては食べさせて……」
「あっはっはっはっは! 言いたいことは、あはははっ、わかる!」
「うむうむ。つまりだな、感謝をこう、おれの方からも、こうだ。そろそろだな! 少々お待ち下さい」
「ああ、わかった。ふっふっふっふっふ」
ここでドカン! とおれの方からの感謝のチョコレートをプレゼント!
というつもりだったが、チョコレートは自分では出てきてくれない。まだオーブンの中に居るから取りに行かなければ。
グランツはまだ、気付いていないな。まだ全部は言っていないからな。しかしニコニコして座って待っている。これはきっと喜ぶぞ。もっとニコニコになるはずだ!
と、いうつもりでおれは台所へ向かったのだが。
「どうした、しょんぼりして」
「ウムム……」
グランツの言う通り、おれはすぐにがっくりしょんぼり肩を落とし、台所から戻ってきた。
「まだ生焼けだった……」
「まあ、そうだろうな。だってキミはさっきオーブンに入れたばっかりだったじゃないか」
「よくよく考えたらあと三十分はかかる」
「じゃ、待ってる間におれの買ってきたチョコを一緒に食べる、ってのはどうだ?」
「えっいいのか!? 既にチョコレートの準備がある!? まさかおれのうっかりを予知して?」
「ああ、そういうことだ。ふふ、キミが作るチョコには到底かなわないだろうけど」
「いやいやおまえがくれるチョコレートは毎年とてもうまい!」
「今年もキミの口に合うといいんだが」
「心配いらない。おれの口のことはグランツによーく知られてる!」
「あっはっは! デグダス、こっちだ」
「おう! ちょっと待って下さい」
おれはいそいそとエプロンを外そうとした。ソファの上のグランツが手招きして待っている!
しかしエプロンというものは、なぜかお店では小さなサイズのものしか売っていないので、どうしても外すのに少し手間取ってしまうのだ。