よくある話だろ?イーガ団。
暗殺集団なんて言われているけれど組織の奴ら全員が武芸に優れてるわけじゃない。
諜報に特化したやつ。資材調達に特化したやつ。救援救護に特化したやつ。俺は指導に特化かね。
いわゆる非戦闘員達もここにはたくさん存在している。
そりゃそうだ。だってここにいる奴らは何も特別な存在の奴ばかりじゃない。
農民。商人。主婦および主夫。大道芸人や手に職を持つ前の若者もいれば老人だっている。
ん?全員同じ服着て同じ背丈で同じに見える?ハハっ!そりゃそうだ。イーガ団に入る奴らは皆んな同じやつに変身してんだ。幹部は筋肉隆々大男。構成員はひょろりと怪しげなヤバい奴ってな。
なんでかって?本物の姿をバラさないために決まってんだろ?
いいか?よく聞けよ?お前は目の前に筋肉隆々の男が現れたらとりあえずは注目して身構えるだろ?ひょろりと怪しげなやつが現れたら身を硬くするだろ?
けど今の俺みたいな中肉中背平凡な顔立ちの平凡な男が現れたらどうだ?注目もしないし覚えもしない。
お前らは俺たちイーガ団を探す時に必ずデカいやつかヒョロいやつを探すはずだ。
そしたらどうだ?俺らはそうしてる間にさっさとトンズラこいて本当の姿でのんびり昼寝ができんだよ。
種族も何もわかんねえバカな騎士様方は俺を誰もイーガ団だなんて思わねえ。
数人の、いわゆる平凡な姿の男女達を前にそこで言葉を切った俺は数枚の札を取り出してそいつらの前に手渡した。
俺の前にいるやつらはそのイーガ団を目指して現れた新人の方々。差し出した札はそんな新人でも扱えるように仕組みを組み替えた所謂初心者用の札のようなもの。これを扱えなければそもそもイーガ団になんてなれはしない。
使い方は最初に教えたのであとは自力で頑張るだけ。
この最初の洗礼だけは頑張ってもらうしかないので俺ができるのは祈ってやるばかり。
さ!まずはやってみな。
勤めて明るく伝えて岩に腰掛けて見守っていると必死な形相で札を握るお方々。
それもそのはず。全てとは言わないがだいたいイーガ団を目指す奴なんてのは王家に恨みがあるか厄災を崇拝するような奴か他に行き場のない奴ばかり。
今回のこいつらだって一応下調べをした上でここに連れてこられたみたいだがみんなそのどれかだった。
必死に札を握る奴らのほとんどが見慣れた俺と同じ団員の姿になる中、ある一人だけが何度頑張っても青筋立てて力んでも変身するそぶりがない。
あーあ。残念。これはもう俺がどうしようもないパターンのやつだ。
俺は手をパンパンと叩いてみんなを注目させると変身が成功した奴らをこちらに来るように指示を出した。
汗をダラダラかきながらあたりを見渡した残された奴は豚のような鼻をふごふごさせながら顔を青ざめさせて俺の方に頭を下げはじめた。
こういう時に聞くのは大抵 もう少し時間を か もう少しでできそうなんです のどちらか。
時間はたっぷり与えたし、この札は才能が僅かにでもあればすぐに使えるもの。
使えない時点で才能はないし、イーガ団にとって足枷にしかならない存在でしかない。
もう少し もう少し と粘る男の願いを聞いてやりたいという仏心は多少あるけれど。それを認めれば今まで落としてきた奴は報われないだろう。
こいつは不合格。そしてこの瞬間から命を奪われるただの獲物になる。
「残念だけどさ。俺説明したろ?イーガ団に入るにはこの試験に合格しなきゃならない。そして試験に落ちたら秘密を知った部外者として死ぬよって。お前はもう不合格なんだよ」
クナイを片手にクルクル回しながら最後に優しく教えてやると、男はブルブル震え出して何かを喚きながらこちらに駆けてきた。手には多分刃物か何か。
どよめく新人達の前で俺はクナイを空に投げ、迫る白刃を真っ直ぐに見つめながらその時を待った。
ふいに空に影がさして真っ赤な巨体が男を捕らえて地面にめり込ませる。骨の折れる音が聞こえた気がするけど多分気のせいだろう。
空に投げたクナイがくるりと目の前の巨大な幹部の男の手におさまりすでに絶命しているであろう不合格者の男の首を掻き切り血を撒き散らした。
さすがさすがと内心拍手で褒めて、怯えて腰が引けている新人達を振り返り面の下でニコリと笑ってやった。
「今更逃げるのは無しだけど安心していいからな?裏切り者には死より恐ろしいものが与えられるけどウチは基本アットホームな暗殺集団だから仲間にはちゃんと優しい。こいつみたいな幹部になればこんな素敵な筋肉隆々な身体でかっこいい服も着れるし?バナナも毎日食べ放題!我らがコーガ様は常に優しくて癒し系良いことだらけ!だから…まあ、こういうことにゃいつかは慣れるわ。つーか慣れねえで抜けるっつーならこうなるからこれからがんばってくれ」
最初の先生としてちゃんと最後の指導をしきると、俺は何度も頷いて後退りをした新人さん方に手を振って別の研修に向かう後ろ姿を見送った。
「指導員」
俺のクナイを懐紙で几帳面に拭いながら声をかけてきたのは先程の幹部様。どうやらお怒りのようだけど叱られるのは好きじゃないからお手柔らかにお願いしたい。
「質問でもあるのかな?新米構成員からたった三年で出世した優秀な期待の星の幹部様」
「ふざけるのも大概にしてください先輩」
どうやら本気で怒っているらしく、わざわざ先輩なんて懐かしい呼び方をしながら見下ろしてくる姿はかなり威圧的で怒りのオーラが溢れていた。
「はいはい。で?言いたいことがあるなら聞くけど手早くな」
「なぜご自分で殺さなかったんですか」
「うっかり手が滑った」
「またそんな事を」
「あんな一般人殺してポイント稼げって?んなことするくらいなら」
「このままじゃ消されますよ」
はい。ここで俺から追加授業をひとつ。イーガ団はさっき行った試験の他に幾つか試験をこなさないと正式な構成員とは認められていません。はい、ここ記述試験にでまーす。
その中の一つにあるのが標的を暗殺するもしくは命を脅かすもの、向かってくる敵を手際よく倒す。これを5回クリアしなければいけません。
非戦闘員を目指していても同じです。
俺は今これだけクリアできていません。これをまあ、5年以内にクリアしなきゃさっきのあいつみたいになっちゃうわけですが出来ていないわけです。
つまり俺はあと数ヶ月の命なわけです。
「いいじゃねえか。一応新人教育に精を出した功績を讃えてくれて、クリアできなかった時は俺の憧れの筆頭幹部様が首を切り落としにきてくれるらしいしさ。そんな名誉ある死ならあの世で死んだ奴らに自慢できるわ」
「自慢になりません。イーガ団に入った目的は…貴方の目指した理由はどうなるんですか」
「誰かがやんだろ。だから新人教育をさせてくれって頼み込んだんだ」
俺の話はつまらないので簡単に説明すると、戦をしていたハイリア兵達の拠点近くにたまたま俺の住んでた数軒しか家がないくらいの小さな集落があって、その戦いの最中拠点が落とされかかった時隊長さんだかなんだかが逃げるために森に火をつけて拠点を捨てた。そん時に俺の家も焼けちまって逃げ惑う兵士に逃げ遅れた家族を助けてくれって頼んだらまあ…そんなわけだ。
よくある話だろ?んで、まあ単純な俺は兵士なんか大嫌いになって皆殺しにしてやる!ってイーガ団入りしたわけよ。
本当は俺だって自力でそれを達成したかったし復讐したいさ。けどな、無理なんだよ。
今回あの不合格者を殺して合格者になったって、俺はまともなイーガ団員にはなれねえんだ。
「俺はあん時お前を生かした時点で死んだんだ。でもそれを後悔したことなんか一回もねえよ」
俺はクナイを受け取るとでっかい巨体を無理やりかがめさせて頭を撫でてやった。
幹部の頭をただの構成員が撫でるなんてことができんのは俺くらいなもんだ。これまた自慢になんな。
面の下でこいつがどんな顔してるかなんか知らん。興味ない。つーか知りようもない。
けどきっとすっごい悔しがってる気はしてる。
こいつはそういう奴だから。
こいつが俺と出会ったのは俺がまだ新人から毛が生えた程度の頃。術も覚えたて武術も大したことない。きっと俺は構成員になれたって下の下くらいの下っ端にしかなれないって評価されてたと思う。
そんな時に現れたのがこいつ。もう立ち居振る舞いからしてシャキシャキしたエリートさん。
幹部に絶対になるタイプだってすぐわかる奴だった。
武器を持たせりゃそれなりに扱えて、術は多分教えたらすぐ使える。
そんなやつに集団生活について教えるのが俺の役目だった。
こいつの過去なんか当時下っ端いかだった俺の知るところじゃねえけど後に知った情報ではこいつがここにくりは前は騎士団にいたっつーんだから世の中何が起こるか分かったもんじゃねえよな。
で、そんなエリート新人さんは集団生活にあまり慣れるタイプじゃなかった。
というよりとにかく強くなりたいの一辺倒で周りを置いてけぼりしてなんでもこなしていくもんだから孤立しちまってた。
俺はこう見えてそれなりに優しいから何回も食堂で飯誘ったり訓練の合間に周りに馴染むよう努力したよ?先輩だしな。
けどこいつは頑固でプライドがとにかく高かった。
今でもその理由は詳しく知らねえけど、そうならざるをえなかったんだよな。
ひたすら武器振って正式な団員になるために試験をクリアして行く。
けどイーガ団ってのは組織だから集団ってのに馴染むのも試験の一つだったんだ。
こいつにというか、まあ全員に課せられた試験のひとつはそれ。
アイツは明らかに一人じゃどうにもできねえような任務に割り振られて、本来なら新人達で話し合って挑まなきゃなんねえ任務に単身で突っ込んで窮地に陥っちまった。
足抜けしたイーガ団幹部の抹殺。
こんなの一人でできるわけがない。
俺が追っかけて駆けつけた時にはアイツは広い洞穴で元幹部に足蹴にされてボロ雑巾みたいになってた。
俺は監視のための団員達に助けてやってくれって言ったけど、実力なきものは死あるのみだと冷たく告げられた。
今この状況で手出ししていいのは追っかけてきた俺だけ。
最初は正直助ける気なんか全くなかった。
だってあん時のアイツはとにかくツンケンして感じ悪かったしな。
けど俺はもうアイツと飯を食って会話して何日も過ごしてきた。家族なんて言わないけど、そんなやつが、目の前で一緒に飯食ったやつが死ぬのをただ見守って墓を立てるだけしかできないのはもう嫌だった。
だから俺はあいつの前に立った。習いたての術、体術、弓術。全てを使って戦った。
「馬鹿の一つ覚えだな」
って言われた分身をひたすら使ってアイツから元幹部を引き離して。
その間にアイツは逃げろとかなんとか言ってきたけど、面倒ごとに巻き込んだ当人が何言ってんだって思った。
で、俺は元幹部が言うその馬鹿の一つ覚えの技を使って元幹部を洞穴の深い穴に落としてやった。
相打ち覚悟でな。
結論一応生き残ったわけだけど。一応その時の俺の決め台詞はかっこよかったと思うから言っておく。
「バカだからひとつを極めてんだよバーカ」
と言うわけで俺の唯一得意な術は分身でした。ここ記述試験に出ます。
話が脱線したけど、そんなわけで俺はまあ色々あってそん時の相打ち覚悟の特攻で受けた怪我が原因で左腕がまともに動かなくなり、正直なところ今日不合格くんを殺して試験をクリアしたところで正式な団員になってもまともに戦えないわけです。
日常生活がそこまで不便なわけじゃない。けど元から大して強くもなかった奴が片腕のハンデありで戦えるかといえばそんなわけもなく。
つまり俺はこの先正式な団員になれたとしても目的である王家の兵士根絶やし計画は達成されないってことになる。
まあ、元からできたか怪しいけどな。
そんなわけで俺は早々に団員になるのを諦めて、せめて一人でも有力な団員を発掘して俺の無念を晴らす一歩を踏み込ませるべくこうして最初の篩をかける指導員なんてやつをやらせてほしいと頭を下げてきたというわけだ。
あの最初の札だって俺が開発したんだぜ?ほめろほめろ。
数年でできることなんかたかが知れてる。けど俺はそれを全力でやり切った。
今となっちゃそれなりに晴々しいくらいだ。
だってのにコイツはいつまでも後ろを向いてやがる。
せっかく幹部に上り詰めたのにいっつも俺の近くで待機してまるででっけえ犬みたいだ。
⚠️はい!ここからスピードアップいきます!すっごい長いんですよ。これまでの話もだいぶはしょりましたからね。
以下指導員先輩構成員→先輩
エリート後輩幹部くん→後輩幹部くん
先輩は後悔なんか全くしてませんが後輩幹部くんは後悔しかありません。
だからいつも隙あらば獲物を殺すように仕向けてくるんですが先輩はいつも手を出しません。だってもう色々満足しちゃってますから。
たくさん色んなことして新人育成してきたし、なんなら新人達には仲良くそれなりに尊敬もされてるし。
悔いはない。
ちなみに、無理やり先輩語りで早足解説したせいでそんな表現ありませんでしたが↑↑のツンケンしてた頃に後輩幹部くんは先輩に徐々に惹かれていってましたがそんな気持ちは邪魔なだけって気持ちに蓋していました。
そしてなんやかんやありまして※この辺りはうろ覚え。
先輩の処刑日が近づくんですよ。
で!もう最終手段。最後の日に「逃げてください」って幹部が縋りながら言うんですがもちろんそんなことしたって追ってが来て殺されます。
それが分かってるから先輩は地面に伏したでっかい背中を優しく叩いて慰めながら
「そりゃ意味ねえだろ。けどそうか、、今逃げたらお前に殺されんのか。筆頭幹部様にやられちまうのも自慢になるけどお前でも悪くねえな」
って言って笑って結局逃げないんですよ。
その後なんやかんやあって
「お前になら抱かれてやる」
って1夜を共にして翌朝は先輩一人でこっそり部屋を出てコーガ様の元に
※ちなみになんやかんやのあたりでたしか後輩幹部が想いを伝えてますが先輩はのらりくらりかわしてました。
先輩がいないのに気づき追っかけた時にはコーガ様の部屋には刀の血を拭くスッパと血溜まりのみ。
指導員はと尋ねたら知らぬと一言。
コイツはお前にやるって言われて投げられたクナイは先輩の物で、血溜まりに落ちたそれを嘆きながら掴みあげる。
なんやかんやあって数ヶ月後。
地方で任務に明け暮れてた幹部が本部に呼び戻される。
するとそこには死んだと思ってた先輩が待ってた。
なぜ、どうして。
困惑していると先輩は「指導員の力量を褒められてチャンスを頂いた。研究班の作った義手を使いこなせるようになれば今まで通りでいいってな」
まさかその場で腕を切り落とされるとは思わなかったと笑い声をあげた先輩の腕は団服に覆われていて見えなかったが、指先は僅かに光を放っていて不思議な色合いをしていた。
なぜ知らせてくれなかったのかと問えばそれが決まりだったから。つまり幹部はスッパにまんまと嵌められていたのだ。
悔しくて腹が立って。けどそれ以上に嬉しくて。
後輩幹部は「折れるからやめろ!」と喚く先輩をぎゅうぎゅう抱きしめて、わずかに消毒液の香る肌を胸いっぱい吸い込んだ。