寿ぐふたり センチネルのオペ中、ゼータ・プライムを呼びつけた。「センチネルが……」と通信すれば続きも聞かずにやってきて、ドアの開閉も待てない勢いでこちらに近づいてくる彼は、数いる部下のひとりを失うというには絶望の色が濃いようだった。
「容態は」
来るなり損傷したセンチネルの腹を見て、彼の表情が曇る。
「それが」
「痛いから早くしてください! 死んでしまいます!」
彼にどう説明しようかと言葉を選ぶ暇もなく、センチネルの叫び声が部屋を震わせた。
「し、死ぬのか」
「勝手に殺すな!」
歯を食い縛り痛みをこらえるセンチネルは、おおよそ死にそうにない生命力に溢れた声量でゼータ・プライムへ返答した。死んでしまうと言ったのはそちらじゃないか、と頭に疑問符を浮かべる彼が不憫である。センチネルが初めて起動する以前から世話をしている私は奴の騒がしさに慣れきっていて、手を止めることなくオペを続けた。
「ドクターはもっと優しくしてください!」
私の静かな怒りとセンチネルの訴えに挟まれながらゼータ・プライムは状況把握に努めていた。覚悟していた状況と違う、という顔だ。無理もない。センチネルは彼が運んできたとき既に意識がダウンしていて、確かに重篤だったのだから。
交戦経験が浅いながらもクインテッサを撃退し、皆が高ぶる精神を押さえきれず勝利を喜んでいた。ゼータ・プライムへの歓声が響く戦場で、センチネルだけが不発の武器に気付き、身を呈して暴発から彼を守ったのだった。彼らの前ではできない話だが、ゼータ・プライムが被害を被ったならばセンチネルほど重傷にはならなかっただろう。センチネルは落ちていた武器と胴が近かったせいで腹を抉ったが、ゼータ・プライムがうっかりそれを踏みつけてもせいぜい足元の軽傷で済む。二人は大きさ、頑丈さ、そしてプライマスの加護と備えられた性能に残酷なまでの差がある。センチネルはどうか知らないがゼータ・プライムは察しているはずだ。今回彼がセンチネルを気遣っているのには陣営の統率を欠いた負い目に加え、己より弱いものを無意味に傷つけてしまった罪悪感が絡んでいるのだと私は考ている。
それでも数多犠牲者がいるなかで、個体としてプライムに憐れまれるセンチネルは幸運な部類といってよかった。
私が指を動かすごとにセンチネルはうるさく痛がった。オペ嫌いのきらいがあるゼータ・プライムもいつの間にか薄目になっていて、責任感を支えに私たちを観察している。
「痛がっているよ」
「そうですね」
ぎゃあ、とセンチネルが叫べばゼータ・プライムの肩も合わせてすくむ。
「あの……痛覚をどうにかするとか、プログラムを停止させるとか、してやれることはないのだろうか」
「ないですね」
きゃん、とセンチネルは理性を失った声をあげた。
「ドクター……私に説明を」
敵が相手であれば恐怖など微塵も感じさせず果敢に立ち向かうくせ、オペやメンテナンスを嫌うゼータ・プライムは、センチネルが痛みで喘ぐさまに共感性を刺激されたらしい。珍しく私の仕事に口だしした。私は苦々しい気分でセンチネルの現状を伝える。
「本来であれば意識だってまだ戻せないほどの重傷なんですがね。こいつは勝手に回路をあべこべにしていたようで、修復すると規格と違う繋がりかたをしました。痛みも伝達されるようですが今それに構う暇はありません」
ゼータ・プライムは生真面目な表情のまま喉の辺りから「ヒエッ」という音を鳴らした。
「私は何をすればいい?」
仕切り直すように彼は言った。
「話の相手をしてやってください。うるさくてかなわん」
私が答えるのを遮るようにセンチネルが悲鳴をあげた。
ゼータ・プライムが声をかけ見下ろすとセンチネルはポロリと涙を流した。
「こんなときまで説教ですか」
「そんなつもりは……私にできることはあるか」
「じゃあ、手を握ってください」
プライム相手に、それも決して気安い性質とはいえないゼータにセンチネルはさらりとねだった。ゼータ・プライムも慣れたようにセンチネルの手を両手で包み、まるで今生の別れのような光景である。
「死にやしませんよ」
野暮と知りつつ言ってみたが、はたして二人に届いたかどうか。
「それから」
センチネルは続ける。
「うん」
「私に対して膝をついて、それからそれから」
「おいドクター。この子だいぶ元気だぞ」
「さっきからずっとそうでしょうよ」
私が無遠慮にセンチネルの破損した箇所を溶接すると「」と品のない鳴き声が聞こえた。ゼータ・プライムは近くにあった椅子を引き寄せて座る。
「何故、私を庇った」
「早く……昇進したくてぇ」
センチネルは痛みで息も絶え絶えの様子だ。想定した答えではなかったのか、ゼータ・プライムはどこか悲しげである。
「えらく正直者だな。神経回路の改造は反省してるか?」
「痛みは無いほうが勇気が出るでしょう? 疲れだって感じなければずっと稼働していられるし、それだけ昇進も早まるし」
「愚かな……だいたい君ねえ」
「説教しないって言った。嘘つき」
「説教ではなく感想だ」
言い負かされたセンチネルはまた情けなく泣きはじめた。図らずも弱っている者に追い討ちをかけたゼータ・プライムは動揺したらしい。取り繕うようにセンチネルの頭の形を確かめ、両の手のひらで脳天から頬を通り顎までゆっくりと撫でて包み、人差し指の背で涙を拭った。
「あー……君はその名にふさわしい働きをしたな。素晴らしかったぞ」
「名前?」
「センチネルという名の……おい、何がおかしい」
万全でないセンチネルは感情を押さえることができないようで、怒ったり泣いたりと我々を振り回したあげく次は何やらクスクスと笑いゼータ・プライムの手のひらに甘えた。
「聴覚に触れた瞬間ブレインを支配するような祝福の歓声。勝利を喜ぶ皆の心酔があの場には満ちていました。それが私の名だと思うと」
うっとり夢を見るようにセンチネルは語った。それとは対照的に、ゼータ・プライムはあからさまに失敗したという顔になる。
「プライム?」
「ん」
「違うのですか」
「いや、少なくとも……私はそう認識している」
ゼータ・プライムはどうにか作り笑いをした。私でもわかるほどの悪手だった。
「あなたは」
「私?」
「あなたの名の意味ですよ」
「……君のと比べたら大したことない」
彼が答えると、センチネルは「私のほうがかっこいいのか」と譫言を残し、満足げに瞼を閉じて続くオペを静かに耐えた。
それはセンチネルが生まれもった名から解放された瞬間であった。ゼータ・プライムがその意志で自由を与えたのである。
静寂が訪れ、治療の音だけが鳴っては消える。
「隠し事ができない子なのかな。内に秘めるべきことを全て吐いていた」
ゼータ・プライムが呟く。
「我慢が利かないだけでしょ」
もはや私の言葉は聞こえていないようで、彼はもう一度センチネルの頬を撫で囁いた。
「私が君に名を付けたなら、喝采も霞むほどの意味を込めたただろうよ」
もしかしてこの二人……
要らぬ詮索をしかけて、すぐに止めた。こういうことは知らぬが吉と相場が決まっているのだ。
センチネルが己の名を正しく理解していたか。真実はわからない。自己愛が先行し、他人の視線を集めたがる性質の奴がそういう部分に無頓着でいられるとは思えなかった。だが確かにセンチネルの人生はゼータ・プライムの小さな嘘によって彩られた。どれほど鮮やかだったかは、皆さんの知る通りであるから、じっくりと思い出してやってほしい。
せっかく治したセンチネルの腹が、D-16という労働者によって引きちぎられるのを見上げている。奴の死に際の聴覚は群衆の声を何と捉えただろう。
遠い昔のセンチネルが昇進を焦った理由を、今さらになって思いつく。
センチネルは新しく創造された護衛用セイバートロニアンのうちの1体だったが、どういうわけか奴だけ数日起動が遅れた。そういう個体は稀にいて、予定していた最初の任務を外されるのが常であるが、その後の働きのほうがよっぽど重要視されるのでキャリアとしては誤差程度でしかない。だが当事者ですら生きているうちに忘れてしまうほどの誤差を、センチネルが経歴の傷のように考えていたとしたら。
起動しないセンチネルの世話のため私は部屋に残っていた。その日はゼータ・プライムのお披露目演説があり、私もモニターで観ていた。
声高らかに拳を突き上げる、マトリクスを備えたプライムに民衆は歓喜した。センチネルが目覚めたのは、まさにそのときだったとはっきり覚えている。
奴は瞬きを数回繰り返した後、モニターに興味を示し手を伸ばした。
私は、まるでゼータ・プライムの栄光を慶ぶために生まれためでたいやつだと思ったのだった。