幸福な朝 珍しく二人の休日が重なった朝のことだった。向かいに座るセンチネルだった者の皿にはサラダと一枚のベーコンが残されている。完食していないというのに、彼は理由をつけては行儀悪く席を立った。
「腹いっぱいなのか」
「いいえ」
センチネルは素直に返事をする。
「嫌いだから残したのか」
「いいえ」
たったこれだけの返事を、彼は歌うように言った。
「ならば全て食ってから席を立ちなさい」
私が窘めると素直に席へとついた。
彼は普段、他者から命令されることを嫌う。私は歳も上だし、今生での立場も上なので歯向かわれることは滅多にないが、従順なふりをした彼でも時々露骨な嫌悪を顔に出すので、私が把握している以上の豊かな感性を抱えているのだろうと伺い知ることができた。
「気分じゃなくて」
気分じゃない、というのは負の感情であるはずだ。だというのに彼は期待のまなざしでこちらを見つめる。実はこういうやりとりは初めてではなく、そのときの私の対応が気に入って味をしめてしまったようなのだ。
はあ、と呆れを込めてため息をつくと彼はさらに喜んだ。これもまた、外部からの評価を気にして生きる彼にしては変則的な反応だった。
赤く艶やかなプチトマトをフォークで刺してセンチネルの口元へと持っていく。太陽の恵みともいえるその赤と比べて劣っているはずなのに、彼の唇が開くさまは一等美しく神秘的に見えた。ちらりと見える白い歯が獲物を捉えて奪っていく。気分ではないと言っていたはずなのに、彼は嬉しそうに咀嚼した。私はそれをあまり見ないようにしてレタスをフォークに刺す。以前、面倒くさがってプチトマトを指で摘まみ差し出したとき指ごと食われたのを思い出さないようにである。
「ずいぶんと甘ったれになったな」
「甘やかしてくれる者に寄るのが生き物というものですよ」
セイバートロニアンだったセンチネルはこんなにもグズグズと私の気を引こうとはしなかった。表に見せる感情は明確で、その他一切を裏に隠すのに長けていた。私の死の結末を思えば愛があったか定かではないが、かつて彼からの愛情表現といえば「愛している」という言葉と機体の接触くらいであった。表向きの忠誠心や献身は補佐官という立場からくる作法であったし、振り返れば振り返るだけ私たちの蜜月は淡々と過ぎ去っていたのだと気づくこととなった。
口より僅かに大きなレタスを彼は器用に食べた。時間が経ち水分を含んだベーコンをナイフで切るのは面倒だったので、くるくると折り畳んだ。突き刺しが甘かったのか彼の口元へ運ぶとそれは解けてしまったが、落とす前にセンチネルが器用にそれを掬った。彼はベーコンの端をつまみ持ち上げて下から食んだ。
「行儀が悪い」
躾のような心持ちで言えば、センチネルは口の中が見えないよう手を添えておかしなことを言った。
「誰のせいですかね」
少なくとも私ではない。
「君だよ」
非難を浴びせても機嫌を崩さない彼を観察する。口の中のものを嚥下したのが喉仏の上下するので見てとれた。センチネルは指先の脂に気づく。先ほどの彼なら舌で舐めとるのだろうなと眺めていると、彼は真っ白な紙で丁寧にそれを拭った。
センチネルは勝ち誇ったように笑った。彼は何と戦っているのだろう。わざと我儘で粗野なふりをして私の意表を突いたつもりでいる。私が予想をはずすことに喜んでそれを勝利と勘定する彼が不思議だった。
こちらは既に世紀の裏切りを経験しているのだ。それも満足げに座る、目の前の彼から。彼が何をしようとたいていのことでは驚かない自信があった。
次はどうする、と私を待ち受ける彼のために椅子から腰を浮かせた。彼の期待の眼差しがそれにつられて上向くのが面白い。
「つめが甘いよ、君は」
ベーコンの脂をてらりと残したままの頬を指で拭ってやる。これでセンチネルの勝利を挫くだろうと、彼の幼い負けん気につられて満足したのもつかの間。彼は私の手首を捉えてそのままちゅう、と脂のついた指を吸った。
「あなたもね」
最後、勝ちで終わらないと気が済まない彼のため、幾分彼より大人である私はまた負けてやらねばならなかった。