最悪だ。
プライムたちとクインテッサどもの交戦が終わり、私は地上に残された夥しい数の屍を漁っていた。クインテッサ側の指揮官の死体が判別できないのだ。
争いの勝敗を左右するのは腕力や火力だけではない。それを覆すほどの力を「情報」は秘めている。宝と呼べるほど価値のあるものだと、誰もが知っているはずなのに私が欲しい情報は鉄片、肉片となってこの地獄に紛れてしまった。
対象が死んだのか、逃げたのかがはっきりしない。指揮官レベルの武装はどんな技術が施されていて、知性はどれほどで、どこの部隊の所属で、どういう権限があって、こちらをどれほど把握していて……そもそもこの生命体はどのように成り立っているのか、雑魚との違いはあるのか。少しでも戦況を有利に動かすための材料が欲しかった。戦争といってもサイバトロン側にとっては防衛戦なのだ。その相手が話の通じない蛮族であるならばこちらの得など無に等しい。どんな方法でもいいから早く終わらせろと思ってどれほどの時が過ぎただろう。
ぶちゅ、と水気の多い音にうんざりしながら、触手を失った巨大な個体に辿り着いた。私の率いた部下たちは思わぬ戦闘範囲の広がりに巻き込まれて死んでしまったので、私一人で作業をしている。死んだ有機物は腐る。その前に何としてでも目当てのものを探し当てなければならない。割れた殻のようなパーツに手首を引っかけ痛めてから気分がさらに降下したが、今度こそ探し求めたヤツだろうと己を宥め冷静さを取り戻した。他より大きいし、体液にまみれながらも立派な外見をしているのでこれが当たりに違いない。タグでもチップでも何でも良い。とにかく情報を得て戦果とし、手柄をたてたと帰還したかった。プライムたちと共に撤退した憎たらしい親衛隊たちの顔を思い浮かべれば、それだけで腹が立つ。しかし、大変不本意ではあるが、日和見でいると兵士である親衛隊の株ばかりが上がり私の立場は危うくなる一方。私は職務を全うし、あんな血の気の多い輩よりも有能であると証明しなければならなかった。
調べてみると意図的といえるほど、肝心な箇所が抉られていた。これでは何も得られない。清々しいほどの骨折り損である。焦燥をコントロールするため、意識して強めに排気した。
クインテッサの体液で汚れた手を地に向けて振る。水気を払い、腰を伸ばそうと立ち上がると、ふと目の前が暗くなった。
「そんなもの、見るものでないよ」
この声はゼータ・プライムだ。飽きるほど演説を聞いているから分かる。それが後ろから聞こえる。私の目を塞いだのは彼の手か。
「見るなって?」
「ああ」
「お言葉ですがねえ」
私の鼻から上を覆う大きな手を、両手でなんとか払い除け向かい合う。
そこにはなんともおかしな表情のゼータ・プライムが立っていた。顔はいつも通り厳つい。だがどこか気まずそうな、居心地の悪そうな雰囲気を醸し出している。喉まで出かけた皮肉の言葉を引っ込めろと本能が私に指令を出した。もっと面白いものが見られるかもしれない、と。
「何故?」
「何故って……親衛隊ではないね。見かけない顔だ。君は何だ?」
「センチネルと申します」
「所属を尋ねたのだ」
彼は眉間に皺を寄せて私を見下ろす。不快、というより困惑という顔だ。煮え切らない彼の言動と、親衛隊という言葉の響き、自分が他者に認知されていないという怒り、そして成果の得られない情報収集。全てが私の口角を卑屈な形に持ち上げた。
「情報部の諜報班でございます。今回奇襲をしかけてきたクインテッサの情報を持ち帰るために派遣されましたが、誰かさんたちが敵さんを細切れのギタギタにするモンだから欲しい情報が見つからずに途方に暮れているのです。此奴を殺したのがどなたか存じ上げませんが、もし知っていたなら伝えてくださいな。嬲るような殺しかたは結構ですが玩具に当たり散らすような馬鹿な壊しかたはおよしなさいとね!」
勢いに任せてこの世の頂点のような存在に文句を垂れる。私が言葉を連ねれば連ねるほどゼータ・プライムの眉間の皺は深まり、覇気はすっかり萎えていった。私は確信した。このクインテッサを殺したのはゼータ・プライムだ。自分があまりにもよろしくない殺しかたをしたものだから、まじまじと検分する私を止めに来たのだろう。目下の私に言いたい放題させているのも自覚があるからだ。己の非を甘んじて受け入れるとはなんとご立派な将だこと。嗚呼、偉い偉い。
「それと」
勢いついでに続けようとすればさすがに止められた。私は十分楽しんだので、あとは咎められぬよう上手く口先で言いくるめるだけだ。
「分かった。もう勘弁してくれ。必死だったとはいえあまりにも無情な殺めかただったと反省している。だが信じて欲しい。私は決して敵に当たり散らしていないし嬲ってもいない。サイバトロンのために全身全霊をかけて戦った」
そう言葉にすることで、萎れていた彼の覇気は取り戻されつつあった。これ以上の冷やかしは身を滅ぼすと判断し、私は真っ当なセイバートロニアンの顔をした。
「プライムが応戦なさったのですね。お見事でございました」
「君、たったいま散々言ってたろう」
「とにかく私の戦果は情報です。それがなければ帰れません。何でもよいのです。思い出すことはあり……」
ゴフッ
ビチャッ
私が言い終わる前に不穏な音がした。いつの間にか私に背を向けたゼータ・プライムから、した。
「な、何があったのですか」
「君の言う情報は私が確保している」
ほら、と手渡された物はちょうど両手で受け止められるほどの大きさで、私の掌に乗せられたとき、ぴちゃりと小さく鳴った。粘度のある液体にまみれたそれは基板のようなものが癒着した肉片であった。
「前回解析した個体は、重要な機器を体内のあちこちに分散していたが、此奴はここに全てが集約されているようだ。どちらが新しい世代なのか、帰って調べようではないか。どうだ。安心したか」
彼はすっかり真面目で気高い様子で私に問う。
「……ロ」
「ん? なんだ?」
「ゲロ渡された」
「ゲロじゃない。君の欲しがっていたクインテッサの情報が載った臓器だよ」
「べっちゃりしてる!」
「肉というのはべっちゃりしてるものだろう」
こいつ、飲みこんで吐き出した敵の肉片を私の手に乗せてきやがった! そもそも敵の肉を食い千切って飲み込むとはどんな狂気だ。恐ろしい。正義の姿をした狂気の精神がとても恐ろしい。
「何故腹に収めようという発想になるんだ」
「クインテッサのほうが圧倒的に手足が多い。武器を持ち足で地を踏みしめ戦えば使えるものは口しかないだろう」
そうだけども!
「口内に含めているのは気持ちが悪かったので一旦飲み込んだのだ。幸い我々に消化機能はないからな」
そういう問題じゃない!
「友であり師であるメガトロナスは私にこう説いた。大切なものは絶対に手放してはならない。噛み付いてでも、這いつくばってでも守れと。結果が全て。失ってからでは遅いのだと」
ゼータ・プライムは何かを思い出すように、ゆっくりと私に伝えた。それは何故だか私のスパークに染みて、すうと溶けていく。どこか切なく、説得力のある言葉だった。
反発する気分を削がれた私は、しんと静まってしまった二人の間の空気に耐えられず視線をさ迷わせる。ゼータ・プライムの口元の汚れが目についた。クインテッサの血が滴っている。師の教えを守り、星のために全力を尽くした証であった。
「プライム」
呼んだきり言葉を切った私を不思議に思ったのか、彼は屈んで私と視線を合わせた。今なら届く。私は口調を荒げた詫びとして彼の口元を拭おうと手を伸ばし
バシッ
ヒュンッ
「あっ」
「あ?」
彼の口元を拭おうと差しのべた手は思い切り払われ、クインテッサの殻により脆くなっていた私の手首は折れて遥か彼方、肉眼では見えないところまで飛んでいった。遠くでコンッという音が情けなく鳴り、その辺りの地層が活動を始めて崩れた。
「……なんで払われたのでしょうか」
「ほら、私の顔、敵の血で汚れているから、触らせると君に悪いと思って……」
「あなた私に何を持たせているか覚えていますか」
「あ、そうだった。すまない」
「プライムたちによる教育の敗北を目の当たりにしてしまった……!」
「それを私に言ってしまう君のお里も知れたのもだがね」
ツンとしたふうに彼は言う。
カチンときた。殴ろうとしたが手を吹き飛ばされたのでできなかった。片手には大事な情報(肉片)を持っている以上、暴れるのは得策ではない。私は彼を睨み付ける他なかった。
「君の手はこちらで手配しよう。もちろんリペアも。私の貯えから支払うので安心してくれ」
彼は柔らかく微笑んだ。いつも遠くから眺める威厳ある表情とも、先程見せた自己嫌悪や私に対抗する負けん気の強さとも違う。どこか楽しげな雰囲気を纏った彼は初めて見る姿だった。労災なのではと思いはしたが厳密に言うと私闘による負傷な気もした。そしてポケットマネーがあるかのように言っているが、プライムたちがどのようにして稼いでいるか私は知らない。取り入って親しくなれば教えてもらえるだろうか。
「さあ、これで君も帰れるだろう。早くアイアコンで身を清めよう」
この場を丸く収めたつもりでいるゼータ・プライムは私の肩を抱いて歩きだした。反発するのも疲れた私は、取り入るなら此奴から、と己の野心と戯れ現実逃避をし、渋々それに付き合うのだった。
そういえば、何故ゼータ・プライムは他のプライムや親衛隊と共に帰還しなかったのだろうか。私が目当てのクインテッサにたどり着くまで彼は何をしていたのだろう。
ま、それもゆくゆく聞けばいいことか。
出迎えたのは、一足先にアイアコンへと帰還していたメガトロナス・プライムだった。彼はゼータ・プライムが全身に敵の血を滴らせるだけでなく口元や口内までも汚して帰った姿と、まだ水気の多い肉片を握りしめ、されるがまま付いてきた私を見て絶叫した。
ナス「言ったけども! 言ったけどもあれは言葉の綾というもので」