幕間、 ジャックの音声がインカムから聞こえてからの展開は、本当に目にも留まらぬ勢いだった。サブスタンスが目の前に発生し、それを追ったイクリプスが出現。情けないことに実践の経験が無い私はディスプレイ越しじゃない現実に足が竦んで、逃げることも、隠れることもかなわない。辛うじて救援要請は出せたけれど、それも間に合うかどうか。
「……あっ、」
間の抜けた声を発したところで目の前の現状は変わらない。邪魔者と判断したイクリプスが進路を変えて真っ直ぐこちらへ襲い掛かってくる。フル装備の向こうに対してこちらは丸腰。いくらなんでも勝ち目はない。教科書の上の知識なんて、今はただのお荷物だ。
襲い来る衝撃に備えて体を縮めて、咄嗟に目を瞑る。けれど予測していた痛みは一向にやってこなかった。代わりに聞こえてくるのは銃声と、何か硬いモノを殴りつけたような鈍い音。……銃声?
ほどなくして、しん、と痛いほどに静まり返った瞼の向こう側を恐る恐る覗く。死屍累々とした景色の中、私を庇うように立つ大きな影。顔は見えない。……けれど。それが何なのか、誰なのかを、私は知っている。
いつもと違う服装、いつもと違う雰囲気、いつもと違う得物。なのに、彼を知っていた。
――頬を撫ぜて通る乾いた風が、彼の匂いを運んでくれたから。
「……ガストくん」
確信をもって、前に立つ影を呼んだ。ぴくり、と肩が揺れたのは気のせいだったのだろうか。
「本当はこんな派手な真似、するつもりなかったんだけどな」
少し間を置いて、迷うように返された声は記憶にあるそれよりも少しだけ低い。血埃を纏うグローブを己の手でひとつ撫でてから、彼……ガストの背は一歩ずつ遠ざかっていく。
今、彼を行かせてはいけない気がして、もう一度名前を呼んだ。
重たいミリタリーブーツの音は止まない。
「っ怪我。……怪我、してませんか」
「……はは、こんな状況でもまだそれかよ。本当にお人よしだな、あんたは」
「当たり前です、ガストくんだって……うちのヒーローです」
「……、……なら、司令もついてきてくれるか」
「え?」
もしかしたら、ここで私が肯定をすぐに返せていたら何かが変わっていたのかもしれない。フードの隙間から見えた露草色を帯びた瞳が、差し込む光を帯びてちら、と揺れる。それがどういう意図を宿していたのか、私には慮ることができない。
「ガストく、」
「冗談だよ。……ほら、お仲間の到着だぜ」
背後から聞こえた無数の足音につい振り返ってしまう。ようやく見えた信頼できる面々に胸をなでおろす。サブスタンスは無事だろうか、そこらにのされたイクリプスは、どう事後処理すべきか。……こんな状況でもちゃんと頭だけは"司令"として機能してくれてしまうらしい。
「大丈夫か?」
「はい。今、ガ……彼に、助けてもらって」
そうして目線を戻した先に、ガストの姿はもうなかった。
新しい硝煙の香りが、風に乗って鼻をついた。