「琥珀色のアペタイザー」 こいつを美味そうだと思ったのはいつからだったろうか。
「チル」
陽の落ちた窓の外、部屋に籠る熱気、自分の名前を呼ぶ掠れた声。
「……チルチャック」
ライオスは懸命に呼吸をして、何度も俺の名前を呼ぶ。まるで知っている言葉がそれしかないとでもいうように。真っ白い肌が電球の灯りを吸い込んでいる。首や胸、脇腹に付いた赤色が馬鹿みたいに映えており、年甲斐もない自分の行動が少しだけ後ろめたくなる。
「……悪かったな」
腹の跡を撫でてやると、大きな身体が俺の指先からやや離れて捩れる。
「チル、くすぐったいよ」
平常と異なる浮ついた甘い声が下半身に重く響いた。可愛い、愛おしい、怖がらせたくはないが困らせたい、この指先で泣かせてみたい。次々と巡る思考に脳内が焼き切れそうになる。両手両足で数えきれないほど身体を重ねているというのに、だ。自分に加虐趣味はないはずだった。苦しい思いをさせたいと思ったことはない。しかし、この男を目の前にすると自分の中の見てはいけない感情を暴かれているような気持ちになる。
「チル、チルチャック」
いけない。指先を肌に這わせていると、呼気混じりの声が名前を呼んだ。薄明かりの下で一生懸命に見上げる琥珀色に水膜が張っていた。もう少し近くで見たくなって唇を合わせると、逃げたいと告げる瞳がまたじっと俺を見る。
「ライオス、こっちだ」
柔らかな髪に手のひらを差し込んでこつんと額同士を触れ合わせる。照れと恥じらいと孕んだ色がそれでも視線を逸らさずに俺だけを見ていた。自分の喉が上下した音が耳に届く。
伸ばした舌先で触れた琥珀色はつるりとしていて、少しだけ塩辛かった。ヒュっと鳴るライオス呼吸を宥めるため優しく髪を漉いてやる。ぽたりとたった今作りだされたばかりの雫を舌で拾う。溢れる涙を拭うたびに綺麗な琥珀色が自分の赤い舌で覆い隠される。背中の衣服を掴む力が少しずつ弱くなる。やがて怯えた様子はなくなり、あとにはどろりと溶けた恋人の姿だけが目の前に残った。
「チル……?」
順応性が高いと言うべきか、素直すぎると言うべきか。欲の乗った声がもっとという言葉の代わりに俺の名前を呼んでいる。
「これはまた今度な」
愛おしさと征服欲の混じった声でそう口にする。これ以上は何か別の扉を開いてしまいそうで俺の方がこわかった。高揚した気分で息を吐く。すると珍しく長い腕が伸びてきて、ライオスは自分ごとベッドに倒れ込んだ。
「夜はまだ長いだろう?」
したり顔の彼にどっと心臓が音を立てる。そうだ夜ははじまったばかり、恋人はすでに食べられる準備をしている。これ以上にないフルコースだった。
俺はごちゃごちゃ考えるのをやめて、ずっしりとした身体に体重を預ける。前菜は済んだ。メインディッシュは時間をかけて、しっかり味わって食べるべきだろう。