これでも七五。
ナナミン、パンほとんど食べられちゃったねーと昼休み、高専校内を二人で並んで歩く。
「いえ、想定通りです」
背の高いスーツの大人は相変わらず一本調子で喋る。
「それよりも虎杖君、私はナナミンという呼び方を許可した覚えはありません」
「え、いーじゃん」
今日は午後からシゴト、都内の廃屋へ向かう。現場までは補助監督さんが車で送ってくれるそうなので、駐車場までの道すがらだ。
ナナミンは今日は朝からパン屋の行列に並んできたらしい。どっかのヨーロッパのほうのなんとかって国で有名なパン屋が日本に初出店とかで、開店前から三時間も並んだんだって。んで、パンでいっぱいの紙袋を提げて、昼前の高専にやってきた。
そしたら五条先生がひょっこりやってきて、
「七海いーもん持ってるじゃん」
と、今回の仕事に全然関係ない癖に打ち合わせ中ずっと同席してひょいパクひょいパクと食べ続けたせいで、紙袋、だいぶスカスカになってる。
「あんなにあったのに、もうちょっとしかないじゃん」
「問題ありません。あれは撒き餌です」
「撒き餌?」
「いえ、撒き餌は違いますね。疑似餌、ダミー……しっくりくる単語が思いつきませんが、とにかく私の本命はこれです」
歩きながらナナミンが紙袋から取り出して見せてきたのは、フランスパンで作ったサンドイッチみたいなパンだ。チーズやハムがたっぷり挟まっていて、見るからにうまそう。昼飯もまだだから、ついお腹も鳴っちゃう。
「五条さんが食べていたパンを思い出してください」
「え? や、ちゃんと見てないし覚えてないよ」
「目上には敬語を使うように。これは虎杖君の今後を思っての忠告です」
「ハイ」
「アップルパイ、イチゴタルト、フィナンシェ、チョコクロワッサン、パンオショコラ、パルミエ、パンオラザン、クイニーアマン。……どれも通常でしたら私は手を出さない甘ったるいパンです」
「あ、なるほど。ていうか、多!」
そんなに食べてたのかあの先生。あれかな、なんか胃袋の中で食べたモン圧縮する術式とかも使えるのかな。
「つまりナナミンは最初から五条先生の分も買ってきてたってわけな。やっさしー」
「優しいわけではありませんよ。あの六眼からパンを隠し通すのは不可能ですし、実力差から守り切ることも不可能。これは後輩として培った生活の知恵です」
「……ナナミン、苦労してんだね」
学生だった頃からタカられてたんかな。かわいそうに。きっと何回も食べられて食べられて、しょうがなく編みだしたワザなんだ。
て同情してたら、
「それからこれは虎杖君の分です」
ナナミンが手渡してくる。
「すっげ、めっちゃウマそー」
「ローストビーフのフォカッチャサンドです。移動中に昼食を済ませてしまいましょう」
「サンキューナナミン!」
「呼び方」
受け取ったパンは具がたっぷりでずっしり重い。これでもかと挟まってるローストビーフとレタスと、あと何かわかんないけどおシャレっぽい具がいろいろ入ってる、大人ーって感じがするパン。これ絶対高いやつ。
「……ナナミン、パン一個食べるのに俺にも五条先生にも買ってこなきゃなんないんだね」
総額いくらになるんだろ、ちょっと心配しだけど
「大人になるとはそういうことです」
と何回か聞いたことがあるセリフをまた聞いて、まあだったらいいか甘えちゃおーって心配吹っ切って手の中のパンを食べるの楽しみに車に向かう。俺も大人になったらいっぱいパン買って後輩に食べさせてやろっと。