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    ju__mati

    呪の七五置き場。書きかけの長編とか短編とか。
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    ju__mati

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    祓本なのに七五パロ、第四弾。
    祓本ガチ勢のモブ女子がナナミンの隣の部屋で盗聴してたら五条が遊びに来てあんこのおやき後初めてのキスやら何やらをしちゃう話。全年齢。
    モブ女子視点で、キャラが濃いです。ご注意ください。

    #七五
    seventy-five

    盗聴ストーカーモブ女子のある一日こんばんは、モブ女子です。
    至って平凡な事務員二十×歳、祓本の大ファンでテレビは全部チェックしてるしラジオはヘビーリスナーだし動画チャンネルは登録してるしSNSも全部フォローしてる。夏油と五条のどっちが好きっていったらどっちもです。本当に。
    祓本にハマったのは、もう三年以上前になるかなぁ。私は元々テレビをあんまり見ないタイプなんだけど、推してた地下アイドルが出るっていうから録画して見たその情報バラエティに、祓本の二人が映ってた。今は祓本といえば毎日テレビで見る人気芸人だけど、あれはまだ漫才の賞を取る前で、やっと世間に認知され始めた時期だった。
    初めて目にする祓本は、まず、芸人にしては無駄に外見が良かった。
    五条悟は一九〇越えの長身と珍しい髪色で強制的に人目を引いた。それも威圧感のある長身ではなくモデル顔負けの顔の小ささと手足の長さで、体格のいいタレントと並ぶと遠近感がおかしくなるほどのスタイルの良さだった。
    夏油傑は、相方ほどの派手さはないけどこちらも非常に顔がよく、並んで見劣りしないほどの長身だった。肩を越える長さの黒髪は大抵お団子にされていて、切れ長の一重は流し目が似合って、鼻筋や口元はすっきりして、佇まいに雰囲気があった。
    彼らはその番組の準レギュラーで、MCとの息もぴったり、私が好きだったアイドルもおいしくいじってくれて、しゃべりも立ち回りもものすごくおもしろかった。
    そこから興味を持って、彼らのネタ動画などを見たらこれがまたおもしろくって、少しずつ情報を集めているうちにドカンとブレイク、露出が増えるほどずぶずぶとハマり込み、現在に至りました。本当に、あの日あの番組に彼らが出てたのは、間違いなく運命だったと思う。私にとって。
    祓本の白いほうこと五条悟は、時々モデル業もやっている。プロに撮られた彼はこの世のものと思えないほどカッコよくってキレイで、昨年は海外ハイブランドの広告モデルまで務めた。彼らのレギュラー番組で、そのオーディションに臨むまでの二ヶ月間を密着取材した全四回のスペシャルコーナーは異例の高視聴率を叩き出したし、最終回で合格を告げられた時には私ももちろんテレビの前でガッツポーズをしたし、放送終了後にすぐにあがった『モデル五条』はSNSのトレンドから数日間消えなかった。
    キャラはといえば自由奔放で、歯に衣着せぬ物言いで何人もの大物タレントを怒らせいくつかの局で一時出入り禁止になったほど。そのくせ初出場の難関クイズ番組で優勝するほど知識豊富で頭脳明晰で、トークの切り返しも早くておもしろい。見ててワクワクするしドキドキするし、推し甲斐があると言ったらない。
    このキャラでこのスタイルだというのに、トレードマークの丸サングラスを外した瞳は睫毛バサバサの大きくてきれいな青色で、軽薄なウインクもキまれば伏せ目がちの憂い顔も素敵、そういう時には儚さすら漂うんだから、五条悟は本当に沼だ。
    黒いほうこと夏油傑も、五条に負けず劣らずの沼だ。実は同僚に夏油教の信者がいて、会社のデスクをグッズで埋め尽くした一ヶ月後、退職届を一通残して消えてしまったので、誰も助けられない底なし沼なんじゃないかと思う。
    相方がモデル業なら、夏油は俳優業で活躍してる。芸人らしからぬ外見の良さに加え、声が魅力的で話し方に緩急があって、独特の存在感がある彼に、俳優はぴったりだ。「本業はお笑い」って名言してるから仕事の数は少ないけど、助演男優賞を獲得したあとも各局のドラマでいくつか脇役を務め、どれも好評を博している。ちょっと癖のある人物を演じるのが抜群にうまくて、視聴者を奇怪な世界へ誘うオムニバステレビドラマに出演した時には、主演の男性アイドルを廃人に追い込む奇怪な青年を演じてその日の話題をかっさらった。
    バラエティでの立ち回りはと言えば、ミニコーナーのMC程度ならそつなくこなし、自他共に認める祓本の頭脳であり奔放な五条をたしめる保護者キャラと見せかけて、その実、相方よりも過激で腹黒い発言がたびたび飛び出し、『祓本でヤバイのは五条じゃなく夏油』という認識も徐々に浸透してきている。それでも一見穏やかに見える微笑みや女性や年少者へのさりげない気遣いはどうあがいても魅力的で、『抱かれたい芸人ランキング』では瞬く間に殿堂入りを果たした。
    そしてこの二人が作るネタといえばこれがまた最高で、ブレイク前の傑作選と単独ライブのDVDはもう何十回見たか分からないし笑うとストレスが減るとかいう話もあるし、この二人は日本中のストレスを減らしていると言って過言ではないと思う。
    しかも、「いいとこのお坊ちゃん五条」「中流家庭で中学ではヤンチャしてた夏油」「高校の同級生」「最初は仲が悪かった」「今では唯一無二の親友」「二人でできることを探して芸人を選んだ」「同じマンションに住んでいて休日はどちらかの家で食事をしたりネタを作ったりしてる」などなど、過去やプライベートを掘れば掘るほどハマるしかないエピソードが特盛りで、現実世界の人間じゃないような気すらしてくる。え、大丈夫? 祓本ちゃんと存在してる? してた。良かった。
    あの二人の作るネタが大好きだし関係性が尊すぎて涙が出るしあの二人のことならなんでも知りたいからテレビやラジオや動画だけじゃなく関東近郊のライブは全部見に行ってるしなんならライブの出待ちもするしそこから自宅までも追っかけちゃうくらいには好きだ。
    二人の自宅はバラエティ番組のご自宅訪問をきっかけにファンの間ではとっくに特定されているし、このくらいしてる子はたくさんいる。私なんて追っかけとしても序の口、ストーカーなんてレベルでは全然ないと思う。なんせモブなので。
    ただ、そんなモブファンの私にも、人に言えない秘密がある。
    数ヶ月前のとある平日、有給を取って所用を済ませた帰り道、既に日課となっている祓本のマンション詣でを済ませて駅近くのコンビニに入ったら、狭い通路で人にぶつかった。よくあることだし気にもしなかったんだけど、「失礼」って声があまりに渋くてカッコ良かったので思わず見上げた先に、背の高い男性がいた。淡色のスーツ上下、変わった形のサングラス、ゆるいシチサンに分けた金髪。その人を視認した瞬間、無意識に息が止まった。

    ナ、ナ、ナ、ナナミ〜〜〜〜〜〜ン???!!!

    祓本の初代マネージャーであり現在のチーフマネージャーであり五条のセクハラアプローチを受けている七海建人はファンの間でも有名だ。五条がふざけて呼んだことから愛称は『ナナミン』。メディアへの露出はほとんどないが元々は芸人だったこともありネットにはいくつか画像がある。それより何より、私はあの伝説のご本人様登場神回単独ライブを見ることができた一人なのだ!
    あの日颯爽とステージに現れて爆笑と五条をさらっていったナナミンの姿は脳髄にしっかりと焼き付いている。おかげでコンビニでチラ見しただけでもこの人はナナミンだと確信できる。
    そうして偶然ナナミンに出会った私はタクシーで帰宅する彼のあとをこっそりとつけて住んでいるマンションを突き止め勢いで一緒のエレベーターに乗って部屋まで突き止め、その隣室が偶然空いていたものだからその足で不動産屋に駆け込んだ。そう、つまり、私はモブファンにも関わらず祓本のチーフマネージャーである七海建人の隣の部屋に住んでいるのだ!
    どうですか、羨ましい? そうでもない? ですよねー。本人ならともかくなんでマネージャーの部屋? って私でも言うと思う。マネージャーが隣に住んでたって本人が遊びに来るわけもないし、なにひとつ良いことはない。なのでここまでは特に秘密でもなんでもないんだけど、この偶然をなんとか良いことにしたかった私は、犯罪スレスレの手段を取っている。つまり、隣の生活音や話し声を盗み聞きしている。平たく言って盗聴だ。あ、もう一回言いますね、とうちょう。盗聴です。すみませんスレスレじゃないです、れっきとした犯罪だって分かってます。
    だって、だって、ナナミンの電話の声が聞こえたら祓本のスケジュールが分かるかも知れないし、そうしたらマンション前の出待ちで彼らに会える確率もあがる、ほんの少しでも顔が見られる。前に祓本マンション前のカフェで一日粘った時、サブマネ伊地知さんの車で送ってもらう二人の姿を偶然見ることができた。玄関前で車を降りて荷物を取ってマンションに入るまでのほんの数十秒だったけど、それだけで一ヶ月幸せに生きていけた。あの確率がほんの少しでもあがるなら、私は悪にだって犯罪者にだってなる。いや嘘です、捕まりたくはないので壁に穴なんて開けられないし、聴診器を壁にあてるくらいが精一杯です。建材がいいのか悪いのか、結構ハッキリ聞こえるんだ、これが。
    けどその精一杯が実はエスカレートしていて、ネットで拾った知識を元に聴診器に色々な機械を繋いで改造して、今や聴診器は常に壁にセットされて、向こう側で聞こえた音を自動で録音できるまでになった。というのも、私の寝室の向こう側はナナミンのリビングらしいんだけど、芸能マネージャーというのは忙しいようで、彼は滅多に家にいないのだ。帰宅は遅いし朝は早いし、たまの休日もとても静かで、テレビの音すらあまりしない。電話の声が聞こえるのは週に一回程度で、よく考えればスケジュールの変更があったとしても連絡は全部メッセージアプリでしてるんだろうし、おまけにナナミンは祓本以外に複数の芸人のマネジメントをしてるから、祓本の名前が出ることすら数が少ない。
    引っ越して来て最初の数週間こそ壁に張り付いて隣の音を聞いていたけど、物音すら滅多にしないせいでさすがに心が折れた。なので今は聴診器を魔改造して帰宅後にまとめて録音を聞いている程度で、無音の時間は残らないから録音時間は一日平均十五分、一週平均が一時間だ。録音されているのはだいたいドアの開く音や足音やシャワーの音、料理の音で、休日はそれが増えて時々テレビの音がする。ナナミンは朝シャワー派で休日には自炊をするしドキュメンタリーや旅番組が好きらしい。わかりみ。
    けど私が知りたいのはナナミンの生活リズムではなく祓本のスケジュールで、そっちはあまりに成果がないので毎日チェックするはずが二日溜め三日溜め、今では週に一回程度しかチェックしていない。部屋自体は気に入っているから引っ越しはしないつもりだけど、盗聴はそろそろやめようかなーなんて考えていた、ある日。

    帰宅後、私は夕食を食べながらSNSをチェックしていた。同担垢の呟きは、昨夜のバラエティ番組での五条について一色だ。
    芸人だけじゃなく各界有名人が十名程度呼ばれてプライベートの話をするトーク番組はとても人気があって、祓本は三ヶ月ぶりの出演だった。もちろん私もリアタイしていて、スタジオの彼らは相変わらずおもしろくってファンとしては非常に満足だったけど、SNSはそれでざわついているわけではない。
    その番組の中盤、出番前のタレントを捕まえて私服とバッグの中身をチェックするコーナーに、五条が出ていたのだ。普段の衣装は黒スーツ上下なので、ゆったりした白のトップスに細めの黒ボトム、オーバル型のサングラスにキャップとリュックの私服は「スタイルいい〜」「おしゃれ〜」とスタジオを沸かせ、「股下何キロメートルあるんだよ」とワイプのMCに突っ込まれていた。
    「えー、バッグの中身? 全部出すの?」と、待ち構えていた女性アナウンサーに促された五条が、廊下に準備されたテーブルの上に、財布、チョコ、のど飴、ティッシュ、くしゃくしゃになった領収書等を適当に置いていって、その中に、まだパッケージに入ったままの新品の下着があった。へー黒ボクサーなんだー、収録で汚れることもあるしねーと涎を垂らしながら見ていたら、「下着も持ち歩いてるんですね」と女性アナに聞かれた時の五条の反応が、なんだかおかしかった。
    カメラを向けられた顔はなぜか赤く見え、「そう! そうなの、持ち歩いてんの!」と素早く全ての荷物をしまい込み、逃げるようにいなくなった。
    画面がスタジオに戻ってすぐ、MC二人に「なんであんなに焦ってんの?」「やましいことでもあんの?」「まさかお泊まり用?」と突っ込まれ、「違うって!」と慌てて否定した五条の顔は真っ赤で、明らかに動揺していた。私も動揺した。お泊まり? まさか。
    そのあとは、「悟、大丈夫? もしかして変な人からのプレゼント? 祓ったれした方がいいんじゃない?」と夏油がネタに持ち込み、ほんの数十秒で「ただの帰れない時用だけど女性に下着見られて動揺しちゃったお坊ちゃん五条」というオチをつけてスタジオを笑わせ、一件落着となった。
    けれど、祓本ガチ勢は知っている。最近の五条が、なんだかふわふわしてることを。これまで全く興味のなかった熱愛報道や結婚発表にもなぜか好意的だし、深夜ラジオでは五条セレクトで恋愛ソングを流していたし、ずっと狙ってると公言していたチーフマネージャー『ナナミン』へのセクハラまがいのアプローチネタも言わなくなった。
    ついに本命の彼女が……? って呟いてる人もいたけど、推しのガチ恋ネタはあまりにセンシティブなので誰も積極的には話題にしていなかったのが、昨日の放送でとうとう周知されてしまった。彼女ができても隠し通してほしいという意見もあれば複雑だけどお祝いしたいという呟きもあり、ナナミンはどうなったんだよやっぱりネタだったかっていうツッコミもあって界隈はずっとざわざわしている。
    私はといえば、正直複雑だ。五条にも夏油にもリアコってわけじゃないけど、推しができて毎日楽しくてキラキラしてる、この生活が終わっちゃうかもと思うと歓迎はできない。彼女がいようが結婚してようが関係ないって言えるほど強くはない。
    悶々としながら久々に盗聴の録音チェックをしてみたら、とても久しぶりにナナミンの話し声が聞こえた。ほとんど聞き流していたので少し戻って前後を確認する。機材が物音を拾い始めたのは話し声の数分前、キィ、と扉の開く音から始まった。それから、数歩の足音と、ソファかベッドに腰掛けるような物音が続き、しばらくの無音のあとに、「もしもし」と低くて色っぽい声が聞こえた。誰かと電話をしているようだった。時々聞こえる仕事の電話とは雰囲気が違って、全神経が勝手に耳へと集中する。

    「……えぇ、そうですよ。アナタが言ったんでしょう。……いえ、今日はたまたま。……えぇ、えぇ。明日は地方営業で早いんですよ。……食事ですか? 今日は事務所でラーメンです。アナタは? ……あぁ、そうでしたか。……はい、アナタも。……分かりましたよ。がんばってください、五条さん」

    ナナミンの声は穏やかだった。やさしくて、労わりに満ちていた。彼女へのおやすみコールかと思ったそれの最後に、突然推しの名前が追加された。え、どういうこと? 混乱する私を他所に話し声はそれきり途切れて、ナナミンは寝てしまったようだった。終了してしまった再生を戻して、もう一度話し声に聞き入る。
    それを三回繰り返しても、私はまだ混乱していた。だって、祓本のネタじゃないけど情報が全然完結しない。ハッと気がついて録音の日時を確認すればその電話は一週間前で、その二日後と五日後に、長めの録音が撮れていた。それらも急いで再生すると時間のばらつきはあるが同様の内容で、二回目の電話では「おやすみなさい」と電話が終わり、三回目には「そうですね、また明日」と言っていて、五条の名前は出ていなかった。
    家でもほとんど電話なんてしなかったナナミンに彼女ができておやすみコールを始めたと考えるのが妥当だが、最初の電話ではハッキリ五条の名前を呼んでいた。これはどういうことだろう?
    混乱したままの私の耳に、玄関扉の開く、タン、と小さな音が聞こえた。確実に隣の扉の音で、私は飛び上がって聴診器を壁に当てた。録音はもちろん並行している。
    壁に張り付き出して一時間、やっとナナミンの話し声が聞こえて来た。

    「七海です。……えぇ、今日は少し飲んでいました。……まぁ、そうですね。アナタの方は大丈夫ですか? ……えぇ、それなら、今度ケーキでも焼いてあげましょうか。お休みですか、それは私に言われても。……えぇ、えぇ、その通りです。……そうですね、あさって……しあさってなら。アナタの方は? ……そうですか、それなら私の家に来ますか? ………………何か言ってください、これでも勇気を出して誘ってるんです。……この間は予定してたのに流れてしまったでしょう……当たり前じゃないですか。えぇ、そうですね、分かりました、イチゴたっぷりで。いいですよ。……待っています」

    やさしくて穏やかな声は時々揺らいで、それでも最後は幸せそうだった。
    その日の電話は「おやすみなさい、五条さん」で終わり、私は聴診器を離したあとも呆然として動けなかった。自分が喜んでいるのか悲しんでいるのか、驚いているのかショックなのかも分からない。震える手でスマホのカレンダーをタップして、しあさっての予定を確認する。何もない。良かった。よくない。いやよかったでしょ。

    しあさって、多分五条がナナミンの部屋に来る。

    それから数日、私の頭は真っ白だった。いや、あえて頭まっしろにしたまま過ごし、『しあさって』の夜を迎えた。
    何時頃に五条が来るのか全く分からないので、定時で会社を飛び出して、帰宅するなり壁に張り付いた。聴診器にはあれから更に改造をして、繋いだ録音機器から私の装着したイヤホンにBluetoothで接続されて、何をしていても壁の向こう側の音が聞こえるようになった。それでも壁を見つめていたいのは、なんというかもう、理屈じゃない。欲望だ。
    ナナミンは、私が帰宅する前から部屋にいるようだった。五条の声は聞こえない。音の遠さからして台所で何か作業をしている。器のぶつかる細かな音、冷蔵庫を開け閉めする音。三日前の電話でケーキでも焼いてあげましょう、と言っていたのを思い出す。しばらくしてオーブンレンジの軽快なメロディが聞こえ、多分ケーキが焼けた。それから更に作業音が続き、その音が止まる前に、ブブ、とバイブ音がした。それから、「はい七海です」という声が。

    「えぇ、います。……作ってますよ、約束でしょう。……もう着くんですか? 分かりました、下についたら部屋の番号を押してください」

    え、もう着くの? 本当に五条が来るの? え、え、ヤバイ、この壁の向こうに五条が来ちゃうの?
    なんて焦っていたら、ピンポン、と共同玄関のインターホンが鳴った。私のじゃなくて隣の部屋だけど、耳元で聞こえるからビクッとする。小さい声でのやり取りのあと、ナナミンはまた台所に戻って来て何かを片付けて冷蔵庫にしまった。その直後、今度は部屋のインターホンが鳴る。
    ナナミンの足音が玄関の方に消え、次に聞こえたのは紛れもなく私の推し、五条の声だった。

    「おじゃましまーす。うわ、すごいいい匂いする。マジでケーキ焼いてくれたんだ」
    「実は仕上げがまだなんです。あとはイチゴをのせてパウダーシュガーを振りかければ終わりなんですが」
    「そうなの? なら一緒にやろ、僕もケーキ作ってみたい」
    「ではまず手を洗って来てください」
    「はーい。あ、忘れてた、これお土産ね。冷蔵庫にでも入れといて」
    「あぁ、ありがとうございます」

    と、一人分の足音が洗面所の方に行く。
    え、え、ウソウソ、五条じゃん、五条の声じゃん、本当に五条いるじゃん。
    気づけば、感激で唇が震えて無意識に握った手も震えていた。目の奥にじわっと涙が滲む。最推しが壁を挟んだほんの数メートル向こうにいて、楽しそうにしゃべってる。
    台所は少し声が遠い。それでも、他に何の音もしないせいで、話の内容はよく聞こえた。洗面所から戻って来た五条が、多分作りかけのケーキを見て歓声をあげる。

    「うわー、これまじでオマエが作ったの? お店で売ってるやつみたい」
    「それはどうも。食べた後も同じ感想が聞ければいいんですが。ところでアナタのお土産ですが、良いワインですね。どこで買ったんです?」
    「え? えーっと、そのへん……」
    「これは限定のワインですよ。そう簡単に買えるものじゃない。ご実家にでもあったんですか?」
    「それは去年のクリスマスにオマエにやったウイスキーだろ。……ワインは、その、買ったんだよ。オマエが好きそうだと思って……」
    「確かに、飲みたいと思っていました。アナタに言った覚えはありませんが、嬉しいですよ、わざわざ買ってくださるなんて」
    「別に、わざわざ買ったわけじゃ……」
    「そんな顔で否定をしたって説得力がない。……アナタ、本当にかわいいひとですね」
    「えっ、ちょっ、……なぁ、イチゴは? 早く食いたいから早く作ろ!」

    バタバタと動き始める音がして、私は壁のこちら側で、五条〜〜〜〜! と拳を握っていた。五条、オマエ、そういうとこだよ!
    かわいいひとですね、と言ったナナミンの声は壁といくつもの機材を通してもやさしく掠れて色っぽく、『そういう』意味が込められているのがよく分かった。ドラマだったら壁ドンしたり肩を抱いたり、そういうシーンだったはずなのに、五条は慌てて逃げてしまった。童貞かよ! クソ、かわいいな!
    そのあと二人は和やかにケーキを作り、ものの十数分で完成させてしまった。

    「ソファで待っていてください、コーヒーを入れていきますから」
    「ん」

    と声がして、少しの物音のあとに、

    「いくつに切る? 二つ?」
    「六つぐらいが妥当だと思いますよ」

    というやり取りはとても近かったので、多分これが部屋の真ん中のソファからの声なんだろう。

    「あーマジでうまい、プロ級」
    「ありがとうございます。なかなかうまくできましたね」
    「こんなのしょっちゅう作ってんの」
    「まさか。菓子類は大昔にハマって作ったきりですよ。アナタが来るからと思って少し練習しましたが」
    「え、わざわざ練習してくれたの?」
    「……えぇ、その、スポンジはコツがいりますから。できればおいしいと思って欲しいですからね……なんですか、その目は」
    「いや、オマエ、かわいすぎない? そんなに尽くすタイプだっけ?」
    「……普通のことですよ。コーヒーのお代わりは?」
    「いる。今度は僕が入れて来るよ」

    甘ったるいやり取りを聞きながら、私もコーヒーを入れることにした。胸焼けしそうなので砂糖はなしでいいか。
    それから二人は、打ち上げで行った店がどうこう、この間の収録がどうこうとたわいもない雑談をして、その間にケーキはきれいになくなったらしい。
    「本当に全部食べるとは」とナナミンが呆れていたので、ほとんど五条が食べたのだろう。

    「このケーキおいしいんだもん。七海ももっと食べたかった?」
    「いえ、私はこれで充分です。甘いものは得意じゃないので」
    「えー、でもおやきは好きなんだろ? 高菜よりあんこのほうが」
    「っ!」

    ナナミンが軽く咳き込む音がした。あんこのおやきと聞いて、先日のラジオを思い出す。ナナミンがシークレットゲストに呼ばれて序盤の会話は少し意味が分からなかったが祓本二人の圧倒的な話芸と時々挟まれるナナミンの話で伝説回となった深夜ラジオのことを。

    「アナタね。この状況でそれを言いますか」
    「この状況だから言うんだろ。実はさ、ここ来る前に探したんだけどなかったんだよな。高菜ならあったんだけど」
    「……そうですか」
    「あんこのおやき、買いに行く?」

    なんだろう、生クリーム系のあとは和菓子が食べたいとかそういう話だろうか。それにしては二人ともの声が意味ありげだ。なぜかドキドキしながら耳を澄ませていると、

    「……あまいものはおやき以外にもあるでしょう」

    と、とびっきり甘くて掠れて色っぽい声がした。それから十秒近い間があって、「ななみ、」と一度、五条の小さな声がして、また無音が続く。え、これ、もしかして。
    もしかして、の想像に胸を高鳴らせていると、色っぽさ百倍って感じのナナミンの声が答えをくれた。

    「……なんて顔をしてるんですか。キスするのは初めてじゃないでしょう」

    やっぱりーーーー! やっぱりキスしてた!! さっきの間!!!

    「……だって、つきあうことになってからキスしたのは初めてだろ」

    五条の声は、少し拗ねた感じで、甘ったれてる。えぇえかわいい!

    「そうでしたか?」
    「そうだよ……ンッ、」

    息遣いはさすがに聞こえない、けど、時々リップ音が聞こえる。多分何回もキスをしている。

    「そんな顔をしないでください。止まらなくなる」
    「どんな顔だよ……いいよ、止まんなくて。僕も、明日、仕事遅いし……」

    長い間が空いた。この時ほど、覗き穴を開けておけばよかったと後悔したことはない。五条の、誘うようなのにぎこちないセリフは、いつかのバラエティでらしくなく口ごもって赤面していた姿を思い起こさせた。それを多分ナナミンが見つめてる。もーーーーうらやましいそこ変わって、ウソ変わんないで、もう一回五条にキスしてあげて。
    衣擦れの音がした。多分、ソファの上で体勢が変わった。
    「触っても?」というナナミンの声も、「うん、僕も触りたい」と返した声も距離が変わらないから多分寝転がったりはしてないんだろう。二人くっついて座ってる。
    ゴソゴソと小さいのに耳につく音がして、リップ音がそれに重なった。どこを触っているのか、男同士ではどう進めるのか、想像が追いつかないけど触りながらキスしていることだけは分かる。これまで聞こえなかった息遣いが小さく聞こえるということは、二人とも息を荒げている。

    「……ンッ、なぁ、ベッド行く?」
    「……いいんですか?」
    「いいよ……ちゃんと準備して、したいんだろ?」

    それからまたゴソゴソという音だけが響く。黙んないで、誰か実況してーーーー! それかこの壁取っ払って!!

    「ベッドには行きましょう、けど、今日は気持ちいいことだけしましょう。ケーキを食べたばかりですし、アナタに辛い思いはさせたくない」
    「別に辛くないし」
    「いいんです、今度ゆっくり、準備から一緒にしましょう。今夜は気持ちいいことをたくさんしましょう」
    「分かった、いいよ……」

    という声と足音を最後に、リビングでの物音は途絶えた。多分反対側の寝室に行ったんだろう。
    私は昇天した。あっちの物音が聞きたいなんて欲望は全く湧かない。推しの可愛い声、甘ったれて、拗ねて、ちょっと怖がって、あからさまに嬉しそうな、きっと恋人しか聞けない声をお腹いっぱい聞いて、尊さでいっぱいになった。そのまま寝た。

    翌朝、私は取り付けたままの聴診器を外し、久しぶりに何もない真っ白な壁を眺めた。この向こうには推しがいるかも知れないしもう帰ったかも知れない。けど、昨夜は確かにこの向こうにいて、大好きな恋人と幸せな時間を過ごしていた。それだけでもう充分だった。ただの壁が、とんでもなく尊いものに見えた。
    録音は全部消して、繋ぎまくった機材も全部外した。なんだかものすごく清らかな気持ちになっていて、犯罪行為が恥ずかしくて仕方なくなったのだ。
    祓本に会わせてくれてありがとう。この部屋に住めてありがとう。推しを幸せにしてくれてありがとう。ありがとう、世界。
    私、一生祓本のモブファンでいます。そう思いながら、何もない壁に向かって手を合わせた。







    終わり
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    ju__mati

    DOODLE七七五のけんと時空の呪専七五01
    ※支部の七七五3Pのけんとが自分時空に戻ったあとの呪専七五の話。短い。
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    Sssyashiro

    DONE【展示】書きたいところだけ書いたよ!
    クリスマスも正月も休みなく動いていたふたりがい~い旅館に一泊する話、じゃが疲労困憊のため温泉入っておいしいもの食ってそのまましあわせに眠るのでマジでナニも起こらないのであった(後半へ~続きたい)(いつか)
    201X / 01 / XX そういうわけだからあとでね、と一方的な通話は切られた。
     仕事を納めるなんていう概念のない労働環境への不満は数年前から諦め飲んでいるが、それにしても一級を冠するというのはこういうことか……と思い知るようなスケジュールに溜め息も出なくなっていたころだ。ついに明日から短い休暇、最後の出張先からほど近い温泉街でやっと羽が伸ばせると、夕暮れに染まる山々を車内から眺めていたところに着信あり、名前を見るなり無視もできたというのに指が動いたためにすべてが狂った。丸三日ある休みのうちどれくらいをあのひとが占めていくのか……を考えるとうんざりするのでやめる。
     多忙には慣れた。万年人手不足とは冗談ではない。しかしそう頻繁に一級、まして特級相当の呪霊が発生するわけではなく、つまりは格下呪霊を掃討する任務がどうしても多くなる。くわえて格下の場合、対象とこちらの術式の相性など考慮されるはずもなく、どう考えても私には不適任、といった任務も少なからずまわされる。相性が悪いイコール費やす労力が倍、なだけならば腹は立つが労働とはそんなもの、と割り切ることもできる。しかしこれが危険度も倍、賭ける命のも労力も倍、となることもあるのだ。そんな嫌がらせが出戻りの私に向くのにはまあ……まあ、であるが、あろうことか学生の身の上にも起こり得るクソ采配なのだから本当にクソとしか言いようがない。ただ今はあのひとが高専で教員をしているぶん、私が学生だったころよりは幾分マシになっているとは思いたい。そういう目の光らせ方をするひとなのだ、あのひとは。だから私は信用も信頼もできる。尊敬はしないが。
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