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    rinne_bl

    @rinne_bl

    ※投稿作品の転載・複製・改変・自作発言は一切禁止です※
    二次創作文字書きです。
    オル光♂、ウツハン♂など。
    オリジナル設定、捏造強めです。

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    POIPOI 21

    rinne_bl

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    蒼天で精神限界になった作者が幻覚を見るために書いたオルシュファン生存ifのオル光♂小説。
    https://poipiku.com/959220/7334380.html【前】
    https://poipiku.com/959220/8347064.html【後】

    ※3.0ネタバレを含みます
    ※オル光といいつつオルシュファンほとんど出てきません
    ■ヒカセン設定
    名前:ルカ
    ミコッテ/男/吟遊詩人

    #オル光♂
    ##蒼想スターチス

    蒼想スターチス【中】 蛮神と化した教皇と蒼天騎士たちを打ち倒し、良い報告が出来ると胸を弾まませて帰還したルカに告げられた事実は非情なものだった。その後アイメリクにやアルフィノと何かを話した気がするが、気がつけばフォルタン邸で借りている部屋のベッドに明かりもつけずに腰掛けていた。

     オルシュファンは蛮神化した蒼天騎士の一撃を腹に受け、辛うじて一命を取り留めたものの危ない状態が続き、神殿騎士団の治療師が救命に当たっていた。自分にしてやれることはなく、また教皇の動向も捨ておくことはできない。気がかりではあったが、不安を振り払いアバラシア雲海での調査に力を注いでいた。

     それでも心のどこかで、オルシュファンなら大丈夫と思っていたのだ。
     
     迷いなく差し伸べられた暖かい手に、どんな時もまっすぐに立っている広い背中に、彼はどんな時でも守ってくれるとそう思ってしまった。どんな窮地も乗り越えて笑いかけてくれると信じてしまった。

     そんなはずないのに。

     死はいつも突然で、不条理で、誰の上にも平等に降りかかる。否、優しい人は誰かの死を代わりに受け止めてしまう。俺はそれをよく知っていたはずなのに。どうして彼なら大丈夫などと思ってしまったのだろう。

    「俺は、馬鹿だな……」

     両手で顔を覆いぽつりと呟く。一人の部屋で返ってくる言葉があるはずもなく、暗い部屋にしんと溶けて消えた。

     それから数日、気が狂ったかのように魔物を狩り、ボロボロになるまで戦っては泥のように眠る日が続いた。アルフィノやタタルは気を遣って少し体を休めてほしいと言うが、そんな暇はない。俺はもっと強くならなければいけない。何より弱い自分が許せなくて、そんな気持ちをどこかにぶつけたかった。

    「……スチールヴィジルの北に、オルシュファン卿の慰霊碑が建てられたようだよ。もし行けるなら、君も花を供えてきたらどうかな」

     戦いに明け暮れる俺を見かねて、アルフィノがそんな提案をしてきた。気遣わしげにオルシュファンの名前を出したとき、鈍く麻痺したような胸がしくりと傷んだ気がした。

     ニメーヤリリーの花束を片手に、砕けた盾を背負って雪の積もった坂を登る。人がめったにに通ることのない目的地への道は柔らかい新雪に覆われ、足音すらしない。皮肉にも第七霊災以降のクルザスでは珍しい抜けるような蒼天が頭上に広がっていた。それが亡くした彼の色だと思ったら見上げることができなくなり、雪を踏みしめる足を見つめて歩く。
     坂を登りきって開けた視界には一面に広がる雲海と、そこに浮かぶ皇都が見えた。そういえばオルシュファンが皇都を一望できるお気に入りの場所があって、いつか紹介したいと言っていた。きっとここのことだったのだろう。

     石碑は簡素なものだった。イシュガルドの騎士は、竜と戦って死んだ者だけが栄誉ある戦死と認められるという。そういった理由で立派なものを建てられなかったのかもしれない。彼の死が軽んじられているようで、胸の奥に嫌な思いが燻った。

     石碑の前に跪いて花束を添え、盾を立てかける。イシュガルドの命運をかけた戦いには彼の思いも共にあってほしくて持っていったが、彼の誇りの証であるこの盾はやはり返すべきだろう。
     強い風が吹いて供えた花束はすぐに雲海へと散っていった。あの花が雲海に飲まれてエーテルに還ったら、彼の元へと辿りつくのだろうか。それはそれでいいかもしれない。

     表面を覆う雪を払い除けると、冷たく硬い、ざらついた石の感触がする。そこに刻まれたオルシュファン・グレイストーンの名前を見て、胸の奥から込み上げるものに喉が引きつった。膜一枚隔てたような鈍い感覚が急速に覚醒して、痛みとともに現実を突きつける。
     
     ああ、やはり彼はもう居ないのか。

     太陽のような暖かい笑顔も、溌剌と檄を飛ばす声も、肉刺だらけの大きな手のひらも、力強い抱擁も、もうこの世界にない。その現実が、胸が引き裂かれそうなほど哀しくて痛くて、胸元を掻きむしる。

     こんなにも苦しいのは、あぁ、きっとそうだ。

     
     俺は、オルシュファンのことが好きだったのか。

     
     俺は本当に愚かだ。あの時、オルシュファンの気持ちに応えられず、苦い笑みを浮かべさせてしまったときに感じた胸の苦しさ。既に答えは持っていたのに、その意味を知っていれば応えられたのに。

    「……オルシュファン、っ」

     名前を呼べば、熱い雫が頬を滑り落ちて雪を溶かした。ああ、英雄に悲しい顔は似合わないと言われたのに。けれど、今この場所には俺しかいない。あるのは冷たい石の立方体だけだ。構うものか。

     嗚咽は慟哭に変わり、しんと冷たい空気に響き渡った。彼としたかったこと、伝えたかったことが次々と思い浮かび、積み重なる後悔がさらに涙を溢れさせる。
     
     もっと声が聞きたかった。もっと話がしたかった。一緒に街を歩きたかった。いつか冒険に連れていきたかった。剣士になったら手合わせをしてほしかった。平和になったイシュガルドを見せたかった。
     

     彼の思いに、応えたかった。

     

     
    「……俺もあんたが好きだったよ。オルシュファン」

     枯れ果てた声でぽつりと呟いた告白は届くことはなく、返ってくるのは冷たい沈黙だけだった。
     

     
     ――――――――――

     

     ――時を遡ること数週間前、オルシュファンは病室で目を覚ました。

      ベッドは大層な機材に囲まれ、己の体は厳重に包帯が巻かれているのかろくに動くことも叶わない。痛みは無いが全身の感覚が鈍く、麻酔かなにかが効いているのかとぼやけた頭で考えた。

     巡回の治療師が腰を抜かす勢いで走り去ると、間もなくベテランと思しき治療師と戻ってきた。聞くところによると、自分は教皇庁での戦いの後一週間以上も昏睡状態だったようだ。
     そうだ、私は我が友を庇い蒼天騎士の槍を受け止め、そのまま盾ごと貫かれたのだった。あの時は死を覚悟した、というより完全に死んだものと思っていたが、どうやら生き延びたらしい。

     となれば、一刻も早く彼に生きていることを伝えてやらねば。最後に見た悲痛な表情は思い出すだけで胸が痛む。守るべきものを守って命を終えるならそれは騎士にとって何よりの誉。どうか気負わずに、イシュガルドを救った英雄なのだから胸を張ってほしくて、何より最期に見るなら彼の笑顔が見たくてああ伝えたが、無理やりにも笑おうとする姿は本当に堪えた。

     目覚めてからしばらくはただ寝て起きてを繰り返す日々だったが、一日起きていることができるようになった頃、アイメリクが見舞いに訪れた。

    「アイメリク総長……!」
    「あぁ、そのままで構わない。体に障るだろう」

     体を起こしかけた私を制して、ベット脇のスツールに腰掛ける。その顔は疲労が濃く、教皇代理が激務であることを物語っていた。
     
    「来るのが遅くなってしまってすまない。調子はどうだろうか」
    「……皆が何かと頑張っている中、一人寝ているというのはなんとも居心地の悪いものですな。特に暁の面々はイシュガルドの者でもないのに命運を賭けた戦いを背負わせてしまい……ああ、しかしこうして私が目覚めたと知れば、彼らも心置き無く戦えることでしょう」
    「……そのことだが」

     アイメリクはすぅっと目を細め、厳しい表情で口を開いた。

    「君の生存は伏せさせてもらっている」
    「……それは」

     生きていることを秘匿されているという穏やかではない状況に、声に困惑が滲む。それを受け、アイメリクは膝上の手を組み、重々しく語り始めた。

     
     神殿騎士団の中で、アイメリクの失脚を狙う動きがあるという。
     神殿騎士団は位置づけとしてはイシュガルドの国軍に等しく、所属する人間は四大貴族から平民まで様々である。総長としてはその手腕と立ち回りが評価され、多少の反発はあれど統制は取れていた。しかし、聖教がひた隠しにしてきた事実を暴いて真っ向から対立し、教皇の不在において代理を名乗り出れば話は別だ。
     既得権益を手放せない貴族や保守派を中心に派閥が出来上がり、これまでアイメリクを支援していた者でさえも、つながりのある家々が反アイメリクの姿勢を取るならそれにおもねるしかないのである。掌握はもはや困難であった。

    「情けないことに、今私が信頼できる人間はルキアと数人の部下しかいない。それも顔が割れているから内情を知るのは難しい。……先を目指すあまり地盤固めを怠ったツケが出たな」

     自嘲気味にため息をつき、気持ちを切り替えるように頭を振ってアイメリクは話を続ける。

    「そこで君だ。姿と名前さえ偽ってしまえば内情を探るには事欠かないだろう。何より、君は最も信頼の置ける仲間の一人だ」

     最後に笑みを浮かべて付け加えたアイメリクに胸が熱くなるような思いを抱きつつ、脳内で冷静に状況を把握する。確かに、表向き死亡しているとなればいくらでも自由に動ける。こう言っては何だが、丁度死にかけたところの自分はこの任務にうってつけなのだろう。
     一方で、一時的とはいえ仲間を酷く悲しませることになるだろう。そして神殿騎士団内部の問題が片付くまで真相を打ち明けることはできず、下手をすれば年単位でオルシュファン・グレイストーンは死んだままとなるかもしれない。

    「オルシュファン卿。どうか、私の助けになってはくれないか」

     アイメリクの真摯な眼差しに胸の奥が昂るのを感じる。何を言われずとも、国の未来を見据え足掻こうとする盟友を見捨てる気など、さらさら無かった。

    「私とて、国に剣を捧げた騎士の一人。そしてあなたと同じ未来を夢見る者でもあります。その使命、謹んでお受けしましょう。一度は死んだこの身、いかようにもお使いくだされ」

     動かない体の代わりに力強く頷くと、アイメリクはようやく安堵した笑みを見せた。

    「頼もしいな、恩に着る。……君の部下や友人には申し訳ないことになるな。特に彼には……」

     アイメリクが特に憂いている人物は、私が頭に思い浮かべたそれと同じだろう。物静かで、不器用で、お人好しな、英雄にして親愛なる友人。自分を庇ったことで私が命を落としたと知ればきっと自分を責めるだろう。

    「せめて、ルカにだけでも伝えてやることはできませんか。あいつが口を滑らすような人間ではないことは、総長もご存知でしょう」
    「…………いいや、ならない。彼が私側の人間であることは誰もが知っているだろう。きっと彼にも探りが入る。リスクは少ないに越したことはない」

     一時の逡巡の後、キッパリと首を振って断られた。確かに、死を装う以上存在を知られていないことが一番の優位点である。他に動ける人間がいない以上、慎重にならざるを得ないだろう。
     
    「そうですな……大丈夫です。皆強く、良き友に囲まれた者たちです。悲しみはすれど、互いに支え合って乗り越えてくれることでしょう」
    「そうか……君がそう言うのなら、きっと大丈夫だろう。種明かしの際は共に殴られるとしよう」

     強い決意を宿した目にわずかに悪戯っぽい色を浮かべるアイメリクにおどけて返す。

    「あいつの拳は痛いですよ。きっと」

     その後エドモン卿に計画のあらましを話し協力を取り付け、容態の安定を見てフォルタン邸での療養に移った。計画を知るものは最低限でなければいけないが、当主の協力は必要不可欠だ。死を偽装するにあたり病院での工作は難しく、また葬儀も執り行わねばならない。
     計画を話した際は全面的な支持を約束してくれ、信頼に満ちたまっすぐな目で「お前の思うようにやりなさい」と言われた。長年燻った蟠りが溶けていくような気がして、返したのは騎士としての返礼であったがそこには今までにない慕わしい気持ちがあった。
     
     イシュガルドでは竜と戦った以外の戦死は密やかに行うものという慣わしのため、ひっそりと仮初の葬儀を行いオルシュファン・グレイストーンは教皇庁での戦闘による傷が元で亡くなったと噂を流した。そしてオルシュファン自身は、錬金薬で見た目を変え偽名を名乗り、一人の神殿騎士として神殿騎士団に潜り込んだのだった。

     
    ――――――――――


     オルシュファンの死を告げられた日から、ルカはフォルタン邸に戻らなくなった。リンクパールは繋がるし、約束を取り付けて会うこともできる。だがイシュガルドには立ち寄ろうとせず、依頼があるから、とクルザスの奥地へと向かっていってしまう。アルフィノやタタルがいくらきちんとした場所で休むように言っても、不器用な笑顔で大丈夫と首を振るだけだった。
     心を通わせた盟友を喪って辛くないはずがない。自分が失意の底にあったとき傍に寄り添っていてくれた彼に同じようにできないことが、アルフィノは悲しくてたまらない。ルカはアルフィノを頼ろううとしない。それが自分の傲慢と無知を振りかざした結果だとわかっているから尚のことだった。

    「悪い、待たせたな」

     自責の念に囚われ思考の沼に落ちかけたところに声をかけられ、はっと顔を上げる。そうだ、今はルカから相談事を持ちかけられモードゥナで待ち合わせをしているところだった。皇都の方が会いやすいだろうに、わざわざここを指定してきたということは、イシュガルドで不穏なことがあったのかもしれない。念の為、石の家の個室に入り席を促すと、座ったルカは一振の短剣を取り出した。
     
    「アイメリクの襲撃騒ぎがあっただろ?その時に使われたのがこれだ。ウルダハで作られたものらしい」
    「ふむ。イシュガルドではあまり見ない形だね」
    「それから、式典での暴動があったとき俺に盛られた睡眠薬もウルダハ製だった。そして、それらの入手元はウルダハから来た行商人でもうイシュガルドを発っている。足取りは不明」
    「……」
     
     提示された材料に眉根を寄せて思考を巡らせる。偶然の一致と言ってしまえばそれまでだが、どこか引っかかる。それにイシュガルドが都市同盟への復帰を宣言してからまだそう日は経っていない。なのにこうも早く、遠く離れたウルダハから行商人が訪れるだろうか。

    「なるほど、嫌な符号の一致だね」
    「あぁ、アイメリクたちももちろん気にはしているようだが、それどころじゃないらしくてな。だから俺が調べてこようかと」
    「……君が行くのかい?」

     つい渋い反応を返してしまった。現在のルカといえば、魔大陸に封印された三闘神の調査に、マハの妖異討伐、アレキサンダーをめぐる青の手との戦い。あげくにアバラシアやドラヴァニアの友好種族の頼み事まで、この地に起こる問題は片っ端から頭を突っ込んでいる。それなのにまだ厄介ごとを抱え込もうというのか。
     
    「私が口出しするようなことではないだろうけど、少し働きすぎではないかい?今回だって目立った動きがあるわけではないのだろう?」
    「けど、あいつならきっと放っておかない」

     静かだけどはっきり言ったルカの言葉に息を飲んだ。この場で彼が『あいつ』という人間など一人しかいない。

    「あいつの守りたかったものは、俺が守るべきものだ」

     強い決意の奥に消えない悲しみを宿した瞳に、彼を押しとどめようとする言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。竜詩戦争の決着がついたところで私たちの抱える問題は多く、立ち止まっている暇はない。静かに友の死を悼む時間すら与えられないルカとって、オルシュファンが遺したものを守ることが彼なりの追悼だとしたら、それを止めることなどできるはずもない。

    「…………わかったよ、私も協力しよう。君が無理をしすぎないようにね」
    「……ありがとう」

     そう言って頬を緩めたかすかな笑顔は、作られた笑顔ではない久しぶりに見る彼本来の笑顔だった。

     
     ――――――――――


     アルフィノはウルダハの商人サイドから、ルカはイシュガルドの平民や貴族から情報を探ることとなったが、イシュガルドでの調査はすぐに行き詰まった。商人やマーケットを取り仕切るエレイズに、直近でウルダハからの流入が暖か聞いてみたが首を振るばかり。となるとどこかの貴族と繋がっていると考えられるが、いかに英雄と称えられているとはいえ、ぽっと出の冒険者に取引の詳細を打ち明けてくれるとは思えない。
     
     どうしたものかと食事をつつきながら思案に暮れていると、テーブルの前に立った人間が2つ折りにされた紙を俺の目の前に置いた。

    「……覚えがないが、人違いでは?」
    「貴方宛にです。英雄殿」

     いかにも怪しいそれを渋々手に取り中を見ると、そこに書かれていた内容に目を見張った。ばっと視線を上げるが、目の前に居たはずの人影は既になく、風体もありきたりなカウルを被っていたくらいで朧気だ。もう一度手元の紙に目を落としてギリッと歯を軋ませ、ほとんど手を付けていない食事もそのままに店を出た。
     


     雲霧街の一角、竜による襲撃で家屋が崩壊したままになっている廃墟にルカは訪れていた。

    「来てやったぞ。人質を返してもらおうか」

     殺気を滲ませながら呼びかけると、瓦礫の奥から数人の男が現れた。体つきや武器の扱いからして戦い慣れていることがわかる。そして奥から連れてこられたのは、みすぼらしい服をきた雲霧街の住人らしき子供。渡された紙には、一人で武器を持たずに指定の場所までくること、従わなければ人質の子供の命は無いことが書かれていた。

    「雲霧街のガキ一匹で釣れるとは、英雄サマはお安くて助かるねぇ。オラ来い!」
    「子供を返すのが先だ」

     毅然として言い放つと、男は舌打ちをして子供を突き飛ばした。倒れ込む子供を受け止めて背中を撫でると、安心したのか途端に泣き出す。頭を撫でて背中を押すと、心配そうにこちらを見ながら駆け出していった。

    「さて、一緒に来てもらおうか?英雄サマ」

     子供の姿が消えるまで見送っていると背後でキリ、と弦が引き絞られる音が聞こえた。無抵抗を示すため両手を上げながら振り向く。弓手が二人、剣士が一人、術士が一人、その後ろにいる雇い主らしき奴は商人だろうか。襟につけられたバッジをどこかで見た気がする。……カマをかけてみるか。
     
    「ウルダハから遥々ご苦労なことだな。俺も人気者になったもんだ」

     そう言うと男たちの顔がわずかに強張った。……当たりか。

    「英雄を攫ってこいだなんて無茶な依頼を受けたんだ、相当金払いがいいんだな。どこの貴族だ?平民に武器を流して暴動を煽ったのもそいつの――」
     ヒュッ!
    「……何、大人しくついてくればすぐに解る」

     揺さぶりをかけるために矢継ぎ早に質問を投げかけるが、それを許さないというように顔の真横を矢が通り過ぎた。

    「そうか。だが…………そう簡単にいくと思うな」

     弓の射線を剣士の体で遮りつつ、低い姿勢で懐に滑り込んだ。小柄なミコッテはしゃがめば盾に阻まれて見えなくなる。視界から消えた標的に動揺して動きを止めた剣士の顎を、下から伸びあがるようにして拳で打ち抜いた。

    「なっ、貴様ァ!!」
    「せっかく竜詩戦争が終わったっていうのに、お前らがこそこそ火種を撒くからいつまでたっても落ち着かない。いい加減こっちもイラついてるんだ。少しは鬱憤晴らしに付き合ってもらおうか」

     顎を揺らされて昏倒した剣士が崩れ落ちた。格闘の習いはないが、まぁそこそこやれるだろう。その辺の傭兵とは場数が違う。頭に巻いていたバンダナを利き手に巻き付けてグローブ代わりにし、見様見真似で構えを取る。
     指先でちょいちょいと挑発してやれば、激昂したもう1人の剣士が斬りかかってきた。その脇をすり抜けるようにして奥へ走れば、驚愕した商人が慌てふためく。最初からから狙いはこっちだ。利き手で真横から頬を思いっきり殴り飛ばせば、戦闘経験など無いであろう体は容易に吹っ飛んだ。

    「ぐッ!!」

     殴り飛ばす為に立ち止まった足を矢が貫く。痛みによろめいたところを追いついた剣士が盾で殴り飛ばし、俺は無様に転がった。

    「このッ、調子に乗りやがって!」
    「おい、殺すなよ。生け捕りにしろとのご用命だ」
    「あいよ。へっ、この人数に素手でやり合おうなんて、蛮勇は認めるがオツムは残念みてぇだな。英雄が聞いて呆れるぜ」

     うずくまったところを更に動けなくなるまで蹴りつけられ、担ぎあげられる。痛みに薄れる意識の中、手に巻き付けたバンダナが解け地に落ちるのを見送った。
     
     
     
     ――――――――



    「う……」

     寒さに体を震わせるとズキリといたる所に痛みが走り、目を覚ました。痛む体をなんとか起こして壁にもたれかかり、辺りを見回す。石でできた床に、木箱や道具が無造作に積み上げられている。見たところ倉庫だろうか。そして手には頑丈な手枷。自力で拘束を解いて脱出するのは難しそうだ。

     探りを入れている俺に接触してきたということは、事件の核心に近づいていることの裏返しだ。接触してきた奴らを探れば何かしらの繋がりが見えるはず。だから商人がつけていた紋章を殴るときに掠めとって、バンダナに包んであの場所に落としてきた。きっとアルフィノならその真意を読み取ってくれるだろう。自力で脱出できればそれに越したことはないが……。

     コツコツと足音が響き、考えに沈んでいた意識が引き戻される。
     
    「ごきげんよう。英雄殿」

     現れたのは、質のいい豪奢なローブを着たエレゼンの男だった。慇懃な態度を取ってはいるが、侮蔑の込められた視線とねっとりとした口調に嫌悪感が滲む。

    「熱烈なご招待どうも。そんなに俺に会いたかったのか?」
    「……ああ、会いたかったとも」

     皮肉を込めて返すと憎々しげに睨みつけられる。

    「私はかの四大名家、デュランデル家から古くに血を分けた一族の当主でね、この国は我々が、四大名家を筆頭とする貴族が支えてきたのだ。……それなのに、戦いが終わればどいつもこいつも英雄英雄!実際に血を流したのも、犠牲を払ったのも我々なのだ!本当に評価されるべきは我々なのだ!それをお前が、お前たちがッ!勝手なことをしてくれたお陰でこの国はめちゃくちゃだ!」
     
     唾を吐き散らす勢いで怒鳴りつけられるが、俺たちだってたくさん傷ついた。それでもこの国に大切な人が居て、彼らを守りたかったから、彼らの思いを成し遂げたかったから。そうして戦い続けた結果英雄と呼ばれるようになっただけで、誰が誰をどう呼ぼうが俺の知ったことではない。

    「……知るかよ、アホ臭い」
    「黙れッ!よそ者の分際で!」
    「ぐっ!」

     男が持っていた杖を振り上げ、殴られるとわかっても重い枷を嵌められた腕を上げることができず、されるがままに殴りつけられた。

    「そうだ、こんなことは間違っている……だから私が元に戻すのだ……。そう、まずは虚栄心に狂わされた英雄が新たな指導者を殺す。人々は余所者を招き入れたことが過ちだったと気づくだろう。そして心の拠り所を求めた民は古き聖教に救いを求める。過ちを悔いてより強固に国の門は閉ざされる……これで全て元通りだ」

     男は茫洋とした様子で謡うように語りだし、その声に次第に熱がこもっていく。馬鹿げた妄想だ。急激な変化に置いてきぼりにされた人間はこうも過激な思想に走ってしまうのか。

    「俺がアイメリクを殺す?するわけないだろ」
    「あぁそうだろうとも。英雄様が仲間思いで情に厚い人間であることは、イシュガルドの誰もが知っている」

     大袈裟な身振りで男が歩み寄り、背を屈めて顔を覗き込む。厭らしく口が三日月をくのが目の端に留まり、嫌な気配に頭の奥がピリピリと警戒を示した。

     
     
    「だが、お前はやるのだ」

     
     
     男が取り出した注射器が抵抗する間もなく首筋に刺さる。その瞬間、血液が沸騰するような熱が全身を駆け巡った。ぐわんぐわんと脳が揺さぶられたように平衡感覚を失い、その場に倒れ込む。

    「は、ッ……何を……!」
    「お前を支配するためにウルダハの錬金術師に作らせた特注の錬金薬だ。1度でも精神的に屈すれば、エーテルを付与した術者の洗脳にかかる。ははは!賞賛してきた英雄に蹂躙される愚か者どもの顔が楽しみだなぁ!」
    「ッ……悪趣味、な」

     脳を掻き回されるような痛みに脂汗が滲む。睨みつけるルカの顎を、貴族のつま先が持ち上げた。

    「さて……英雄殿いかがかね、私に協力して頂ける気になりましたかな。自主的にやって頂けるのであれば、今ならこの中和剤をくれてやってもいい」

     男は顔の横に立ってこちらを見下しながら、懐から取り出した小瓶を揺らす。侮蔑と興奮の入り交じった笑みを浮かべた顔はとても醜かった。本来なら力で勝てるはずもない宿敵が無力に這いつくばり、圧倒的優位に立てるのはさぞ気分がいいことだろう。

     苦痛に歪む顔を無理やり動かし、挑発的な笑みを作る。質のいい革靴に唾を吐きかけると、愉悦に歪んでいた貴族の表情がスっと消えた。

    「嫌だねクソッタレ」
    「そうか、残念だ。……おい」

     去手から薬の小瓶を滑り落とし、石床に落ちたそれが粉々に踏み砕かれる。貴族の男が、いつの間にか後ろに控えていた傭兵たちに声をかけた。俺を攫った連中だ。ハイランダーの男に手枷を掴んで引きずられるが、薬で力の入らなくなった体ではされるがままだった。天井から垂れ下がった荷揚げ用のフックに吊るされると、手首に枷がくい込んで酷く痛む。

    「何をしても構わん。そいつをいたぶり、屈服させよ」
    「待ってました!さっきのお礼をたっぷりさせてもらうぜぇ……?」
       
     この状況ではろくな抵抗もできないだろう。諦めが胸をよぎるが、それを振り払い自分に言い聞かせる。最も避けなければいけないのはここで心を折られて奴に洗脳されてしまうこと。ならば今すべきは体力の消耗を避け、助けが来るまで耐え続けることだ。

     下卑た笑いを浮かべる男を前に、ルカは目を固く閉じ、これから与えられるだろう苦痛に備えて歯を食いしばった。


    ーーNextー→
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