くっつかないカキアオ 3また次の日。交換留学終了まであと五日。
「カキツバタ先輩!!昨日はごめんなさい!!」
「いーよいーよ許す許す」
「早い!!軽い!!もっと気にして!?」
今日は部室にカキツバタ先輩が居たので秒で頭を下げたら秒で許された。
なんだこの人のこう、この、寛容さというか、危機感の無さは。ブン殴ってくれても全然良かったのに。なんで?
え、もしかして、口先だけで実は私のこと……?
「おめでたい勘違いをしてるとこ悪ぃけど、別にそういうんじゃないからな?シンプル気にしてないだけだぜぃ?」
「もうちょっと夢見させてくださいよ!!」
「見させて言い触らされたら堪ったもんじゃないし」
「言い触らしませんよ!!」
「へっへっへ。信用ならないねー」
頰を膨らませて拗ねたら、つつかれて空気が抜けた。ナチュラルなボディタッチ止めてください、一層勘違いします。
誰でもこの距離感なのが憎い……と思っていれば、ぞろぞろ皆が集まってきた。
「なになに、どうしたのよ今日は」
「アオイ、カキツバタになんかしたのか?」
「あっ、あ、えと、ええと……えへへ…………」
「なんかアオイちょっと気持ち悪いな!」
「アカマツくん!シッ!」
「二人の仲に進展でも?」
ああ〜〜〜私怒られるなこれ〜〜〜黙ってようかな〜〜〜
「昨日キョーダイに無理矢理キスされたんだ」
「「「えっ??」」」
「カキツバタ先輩っっ!!!!!!」
黙秘を試みようとしたが、先輩がチョコを食べながら言ってしまった。
ケロリとしている彼を皆が一度見て、次に私を見て。
予想通りドン引きされた。
「あ、アンタなにしてんのよ………カキツバタ相手とはいえ…………」
「流石にやっていいことと悪いことがあるべ」
「ネリネも軽蔑」
「ありがちですが、でも合意無くとかそういうの良くないと思います!」
「カキツバタ先輩、嫌じゃなかったの?」
「別になーんとも思ってねえさ。ビックリはしたけど触れるだけだったし」
「皆の言葉が刺さる〜〜!!ごめんなさい本当に私が完全に悪いです!!!」
「先輩が許すならオレ達にとやかく言う資格とか無いだろうけど、もうやっちゃダメだよ?」
「ごめんなさい〜〜〜!!!」
私は床につく勢いで頭を下げた。
「子供のキスとはいえ、アンタもアンタでもっと危機感持ちなさいよ。そのうち痛い目見るよ?」
「へっへっへー、ご忠告どうも」
「聞いちゃいねえ」
「どっちもどっちってやつですね……」
カキツバタ先輩は然程関心が無さそうなのがむしろ辛い。もっと気にして。意識して。申し訳ないとは思うけど。
「キョーダイもチョコ食う?」
「食べる〜〜!!好きです付き合って!!」
「ごめんなさーい」
「三日目にして小慣れてきたわね」
「これ本当にくっつくんですかね……?」
「うぅ〜〜〜〜ん………オレにはなんとも……」
先輩は慣れてきたのか私の告白を軽く遇らうようになっちゃったし、皆も段々「これもう無理なのでは」と言いたげな様子になってきた。
それでも諦める気は更々無かったものの、私も少々焦り始める。
まだあと五日猶予があるし、なんならその期間に成し遂げられなくても全然なんとか先輩にアタックするつもりだったけど…………成る程、壁はかなり高い。これはもっともっと考える必要がありそうだ。
とりあえず部室内のパソコンを操作して、今日の特別講師二人を呼び出した。
呼んだのはパルデアのチャンピオン二人。私のライバルであるネモと、トップチャンピオンのオモダカさんだ。
「やっほーアオイ!ボタンから聞いたよ!」
「カキツバタさんを好いていて、アタックしているところだとか。なんとも微笑ましいですね」
早々にその話題を二人が出して、カキツバタ先輩は立ち上がった。
「おや、カキツバタさんどちらへ?」
「うっ……じゅ、授業出よっかなーって。じゃ失礼シマス」
「素晴らしい心掛けです。頑張ってくださいね」
オモダカさんの圧の凄い笑顔に怯みながら、先輩は居なくなった。
「また逃げたね」
「逃げたわね」
「逃げた」
「逃げましたねえ」
「アイツ案外大したことねえよな」
流石に完全私の味方である二人に挟まれるのは避けたか……見事な危険予知。
ちょっと悪い気もしながら、チャンピオン達との恋愛相談へと移った。
「…………それで、どうやったら先輩は振り向いてくれるかなー」
「成る程。完璧な私情で私達を呼ぶその意志の強さ、流石はチャンピオンネモが見込んだだけあります」
「頼ってくれて嬉しいよー!私そういうのよく分かんないけど、なんでも手貸すね!」
「二人共チャンピオンなのにフットワーク軽過ぎますね」
「普通は怒るところでは…………」
「カキツバタさんがパルデアに来ることになればこちらとしても嬉しいので。大歓迎ですとも」
「ああそういうことね」
「カキツバタ先輩、なんか可哀想…………」
「アオイとオモダカさんに一回捕まった時点でまあ目に見えてたべ」
段々先輩への同情の声が増えてる気がする。
とにかく、どうすればいいと思うか意見を求めれば、ネモが言い放った。
「やっぱりバトルで白黒つけるとか?」
「出たバトルジャンキー」
「確かに手法としては悪くないかもしれませんね。ポケモン勝負で賭けをする者も少なくありませんから」
「この人もこうなんか……」
「バトル脳過ぎるわよ流石に。そんなのカキツバタは断るに決まってるわ」
「なにかを餌にするとしても、そもそも彼が食いつくようなものが分かりませんし………」
「餌……あ、単位とか?」
「無理がある」
「怒られるよアカマツくん」
と、バトルで決着作戦については反対意見ばかりだったものの。
私は「割と有効なのでは?」と感じた。
「うん……それで行ってみようかな」
「え、本気ですか?」
「この話の流れで?」
「カキツバタ先輩はアレで勝負が大好きだし、プライドもそこそこだから断らないと思うんだ。それに、賭けとして向こうにも良い条件を提示すれば……例えば『勝った方の言うことをなんでも聞く』とかにすれば、先輩もノるんじゃないかな」
「…………確かに、アオイから逃げたいカキツバタからすると、メリットあるから乗っかる、かも?」
「どうでしょう。アオイさんはチャンピオンですからリスクの方が大きいですよ?彼もバカではありませんし、なんとも…………」
ええい、ままよ!!考えてばかりは性に合わん!!
行動力と勢いが取り柄な私は立ち上がった。
「とりあえずチャレンジだけしてみます!断られたらその時はその時!別の作戦を立てる!」
「受けてもらえたとしてもバトルに負けたら意味無いけどね」
「相手カキツバタ先輩だよ?本当に大丈夫?色々と」
「分かんない!!でも行ってきます!!」
「流石アオイだね!頑張って!」
「是非ともカキツバタさんをパルデアに招いてください」
「お任せあれ!!」
「これアオイ云々がどうなっても結局カキツバタはパルデアに連れてかれちまうんじゃ……」
「いいんじゃないですか?進路が決まって」
「ネリネはノーコメント」
最早止めるのを諦めた皆の声を背に、私は部室を飛び出した。
多分カキツバタ先輩は本当に授業受けてるだろうから、終わった瞬間だ。そこを狙えば捕まえられる。
問題は何処のどの授業を受けてるかだけれど、私は腐ってもチャンピオン。
BP支援やらで築いた信頼と情報網を駆使して手掛かりを掴み、先輩が居る教室の前で待ち伏せた。
やがて授業終了の予鈴が鳴る。
「ふあぁ〜…………やっと終わ」
「どうもカキツバタ先輩」
「ああ〜〜〜やっぱもうちょっと寝ようかな」
「待って待ってなんでなんで」
異様なモノを見る目で見られながら待ち構えていたらとうとう出て来た先輩は、引き返して扉を閉めようとするので私は止めた。
残念ながら食事を怠りまくってる先輩の腕力はたかが知れてる。私は彼の抵抗を跳ね除けて教室の扉をスパン!と全開にした。
「昨日も思ったけどキョーダイのその馬鹿力はなに?ツバっさん怖いんですけど」
「日頃のサンドウィッチと探索の賜物です!!」
「キョーダイのサンドウィッチって言うほど健康的じゃないよねぃ?効果重視、効率重視の権化よ?」
「アカマツくんの激辛サンドウィッチもまあまあ身体に悪そうですけどね!!」
カキツバタ先輩まで諦めが表情に浮かび始めてる。すっかり慣れちゃってなんか可哀想。いや私の所為だけど。
最初の全力の返事がちょっと恋しかった。
「それでは!!先輩!!」
「ごめんなさい」
「だから早いです!!そうじゃなくて!!今回はちょっと違くて!!」
「なに?」
だけどこれも必要な過程!!
いい加減進展する為のチャンスを掴んでやる!!
「私と!ポケモン勝負して欲しいんです!」
コライドンよりも長い付き合いのマスカーニャのボールを突き出すと、先輩はパチクリと瞬きして。
そういうことかとホッとしたように笑った。
「なんだ、つい身構えちまったぜ。単なるポケモン勝負なら勿論大歓迎だぜぃ!」
「ホントですか!!負けた方は勝った方の言うこと聞いてもらいますよ!!」
「待て待て待てなんだそれそうなると話は変わるぜぃ」
「未だかつて無い早口と焦り!!そんな先輩も可愛いです!!」
「タロみたいなこと言ってないで説明して??罰ゲーム的な要素あるなら先に言おうな???流石のオイラも怒るよ???」
「罰ゲームとは失礼な」
私のお願い事に嫌な予感でもしてるのか、彼は後退りながら説明を求めた。
まあまあ、そんなに知りたいなら教えてやりますとも。ルールを後出しはちょっと無慈悲過ぎますからね。
私はネモとオモダカさんに提案され、負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞くという賭け付きのポケモン勝負をしに来た、と話した。
「勿論!それは私だけでなくカキツバタ先輩にも適応されます!つまりは」
「オイラが勝ったらアオイはオイラのお願い聞いてくれるって?本当になんでも?」
「その通り!!!」
「…………お前さんさあ。そういうのオイラ以外に絶対仕掛けるなよ?仕掛けられても受けるなよ?幾ら最強のチャンピオン様でもマズいわそれ」
するとガチ説教を食らった。なんで?
考案者達はともかく他の皆の反応とも大分違ってキョトンとする。カキツバタ先輩の元々死んでる目が更に死んだ。
「お前さんだって女子なんだし、チャンピオン以前に子供なんだぜぃ?その手の賭けとかゼッテーーロクなことになんねえからマジで止めな?友達間でも避けな?お兄さん心配よ?」
…………軽口とかイジりとか胡散臭い笑顔とかで分かりづらいけど、やっぱこの先輩結構良い人だよな?
今だけ彼がマトモに見えた。確かにそういう想定はしてなかったなあ。私も、多分他の皆も。
「つーことでオイラ帰っていい?」
「ま、ままま待ってください!分かりました!先輩にしか仕掛けませんから!とにかく勝負を!」
「ええーっ……オイラ授業で疲れてんだけど。早朝まで起きてて眠いし」
でもこれで最初で最後にすればいい。
私はどうにかこうにか逃げようとする彼に対し、わざと嘲るように笑った。
「あれ?もしかしてカキツバタ先輩、コンディションが最悪だからって勝てる気がしないんですか?」
背中を向けた彼の指先が、ピクリと反応する。
「私に100パー負けると思うから逃げるんだ。へえー。先輩がそんな弱虫だとは思わなかったなあ」
チャンピオン時代のスグリや先輩本人を参考に煽りまくったら、空気が張り詰めて。通りすがりの生徒や、ずっと「チャンピオンだ」と注目していた人々が怯む。
先輩は、怒ってこそなかったようだがちょっと怖い笑顔で振り返った。
「チャンピオン様は低俗だねぃ。こーんな人目のあるところで、私欲ゴリゴリの勝負の為に挑発とは。礼節ってモン弁えるべきじゃねえか?」
「あれ、挑発ってカキツバタ先輩の十八番ですよねえ?ブーメラン刺さってますよ」
「言ってくれるじゃねえの。意に反することまで口にして、慣れねえ真似までして。そんなにオイラが大好きなんだねぃ?」
「当然大好きですよ?強くて面白い四天王カキツバタさん。……それとも、チャンピオンからの練習試合は恐れ多いですか?」
「おっと、現チャンピオンは実際目の前に居る相手が誰かも見えてねえようだ。オイラの肩書きさえ見失うたぁ。視力落ちたのかぃ?」
「あ?私の視力は万年健全ですが?」
「おお、そらいい!じゃあ人を見る目が無くなったのかもねぃ!それとも元々大したことねえのかな!?」
が、挑発に挑発を繰り返してるうち、私の方が向こうへ苛立ちを覚えた。
いや待て、しまったしまった。私が乗せられてどうするんだ。
「どうしたぃ?拳なんか握り締めちまって。そっちから仕掛けたんだ、手を出すよりも口を動かすべきだよなぁ?ん?もしやチャンピオン様はポケモンだけでボキャ貧なのかぃ?」
クソッ、この男は……いつもこうして人を掌の上で転がして……!!座学苦手とか言ってたけど、このアドリブ力に貶し言葉のレパートリー!!本当は頭良いだろ絶対!!好きです!!
「も〜〜〜怒った。ボコボコにしてやりますよ」
「あれぇ?オイラいつ勝負受けるって言ったかなあ?」
「言いましたよさっき!!言質は取ってるんですからね!!」
「え?オイラ『"単なる"ポケモン勝負なら歓迎する』っつったんだぜぃ?特殊ルールが付いたバトルをしてやるとは言ってませーん」
「ぐぬぬっ!!」
ちくしょう、なにか、なにか反論!彼みたいなこじつけでもなんでもいいからなにか!
……頭を捻りに捻ったが、彼のように口喧嘩慣れもしてない私では言葉が浮かばなくて。
「分かってた。私の負けです」
私は崩れ落ちて負けを認めた。
「お、降参した。珍しい光景」
周囲から「大人気無えぞーカキツバター」とか「カキツバタにレスバ挑んだチャンピオンもチャンピオンだよ」とか間抜けた野次が飛ぶ。楽しそうだねギャラリー。いっそ殺せ。
「じゃもうオイラ帰っていい?電話しなきゃいけないヤツ居るんだけど」
「いや予定があるならそう言って!?それなら煽ってまで引き留めなかったよ!?」
「キョーダイが一生懸命オイラ煽るの新鮮でさ。楽しくなっちまって」
「クソーッ年上の余裕!!」
「ま、スグリよりは口回ってたと思うぜぃ。今後頑張れぃ」
「無理です!!今ので分かったけど多分カキツバタ先輩に口喧嘩では勝てない!!屈辱だ!!」
「そこまで言うかね」
ギャラリー達はドッとウケた。
この感じ、口が達者なカキツバタ先輩はこれでも手加減してくれてたのだろう。チラッと「スグリがチャンピオンの頃とか大分激しいの時々あったよなあ」と聞こえて、益々敗北感を覚えた。
ポケモン勝負では勝てるのに口では完敗なんて……気に入らない。勝負事は勝てるだけ勝ちたいシンプルな負けず嫌いだった。楽しい負けも沢山あるにはあるけどさ。
ひらひら手を振って立ち去っていく好きな人を、ちょっと不貞腐れながら見送る。
結局バトルはできなかった。……でも、自分で望んだこととはいえ、賭けをしてそれに拘って勝利を目指すというのはなんとなく私達の『楽しいバトル』とズレそうでもあったから…………これで良かったのかもしれない。ネモとオモダカさんには申し訳ないけれど。
「……もしも変な頼みしちゃって、先輩がバトル嫌いになったりしたら嫌だし……別の作戦考えよう」
ネモ達には『断られちゃった!』と軽快なメッセージを送り、私は気を取り直して新たな策を講じる為部室へと帰ったのだった。
自室で鳴り続けるオイラのスマホロトム。
そわそわしながらコール音を静かに聞いて待っていたら、やがてアイツは電話に応えてくれた。
『もしもし、カキツバタおにーちゃん!』
「おーすチャンピオン。元気そうだねぃ」
少なからずホッとしながらも、態度には出さずに笑った。
オイラの一歳下の義妹。チャンピオンアイリス。
学園の人間は殆ど誰もこんな繋がりなんて知らないであろうが、そんなのは置いといて。
「久しぶりだな。調子はどうよ?」
『私は毎日絶好調だよー!今日もカイリュー達と鬼ごっこしてね!』
「いつまでも無邪気で良いねぃ。つーかアイリス、お前順調にジジイに似てきたな」
『そう?私もおじーちゃんみたいにムキムキになれるかな!?』
「ならないでくれぃ。アイリスはアイリスのままが一番可愛い。早まるな」
『あはは、冗談だよー!そんな必死にならないでも大丈夫だって!私筋肉付きにくいし!』
けらけら笑う可愛い可愛い妹は、特にトラブル無く楽しくやってるようだ。
良かった。連絡を怠っておいてなんだが、その目は光を映し続けていることにどうしようもないくらい安堵した。
カキツバタというこのロクでもない義兄とは違う。彼女は才能も未来も全てある。
チャンピオン故にどうしても汚いモノだって目に付くだろうに。
輝きを一切失わないその姿は、正しく希望そのものだった。
笑顔で会話しながら、内心アイリス本人にすら教えたことの無い気持ちを呟いた。
(なあアイリス。お兄ちゃんはよ、お前の為ならなんでもできるんだ。お前が笑って楽しく生きれるなら、こんな俺でもお前を守れるならなんだってするんだ)
(例えばこの手を汚すことになっても、氷の牢獄に再び囚われることがあっても。それが全てお前の為なら、余すことなく報われる)
(…………お前の為なら、俺は俺も殺せるんだぜ)
いつから彼女が希望の象徴になったのか、それはよく憶えていない。
後継者問題だとか義理家族だとか、そらもう色々あったし、歳が近いのもあって手が出るほどの大喧嘩をしたことだってある。
けれど同時に、二人でイタズラして祖父に怒られたことも、子供染みた夜更かしを共にしたことも、楽しく勝負した思い出だってあった。
そのうち期待と血に押し潰されそうなオイラにとって、アイリスは唯一無二の存在になっていた。
血筋以外なにも無かったオイラにはアイリスしか居なかった。アイリスの隣だけがオイラの居場所になっていた。
彼女だって、オイラ以上の重責を負っているのに。いや、だからこそだったのかもしれないが。
アイリスがチャンピオンを辞めたいと言うなら掻っ攫って兄妹二人遠くに逃げたっていいし、現状維持を望むなら応援し続けてサポートもするし、ジムリーダーをやれと言うならやってやる。まあ、実家に帰るのは、ちょっとしんどいけど。
なんでもできるんだ。なんでも。
気持ち悪い親戚に抱かれることだって。
……アイリスはとっくにオイラの考えに気付いているのかもしれない。もっと頻繁に帰省しろとか学校卒業しろとか、そういうことは言ってこなかった。
ただただ気を許した兄妹として、変わり映え無い日常を話すばかりで。
そんな優しさにも救われている自分が居た。
甘えてもいいのかな、なんて兄としての矜持が揺らぎそうにもなる。
……………………………………。
「なあ、アイリス」
『なあにおにーちゃん』
そんなオイラに、『アイリスを守る』以外で初めてやりたいことができたかもしれない。
まだ"かもしれない"で、自分でもあんまハッキリしてないけど。
それを伝えようと口を開いた。
「お兄ちゃんがイッシュから居なくなったら、寂しいか?」
『当たり前だよ!寂しいよ!』
「そっかぁ。そうだよなぁ」
『……どうしたの?もしかして、なにか外でやりたい夢でも見つけた?』
流石チャンピオン。鋭い。
「夢なんて大層なモンじゃねえけどさ。あそこ行ったら面白そうだなー、みたいな?」
『ホント!?どこどこ、どこ行きたいの?』
「…………パルデア地方ってとこ。まあ色々と縁があってそこの人達と関わってさ。なんとお兄ちゃん、パルデアリーグトップにスカウトまでされたんだぜぃ」
『えー!?凄いじゃん!おにーちゃん留年してるのに!』
「うぉい、一言余計だぜ」
アイリスはオイラのツッコミを笑い飛ばす。次に「そっかあ」としみじみ言った。
『おにーちゃんに夢か……うん、嬉しい。嬉しいよ』
「嬉しい?」
『そりゃそうでしょ。おにーちゃんてば、いつもフラフラしててその割に人のことばかりだもん。楽しいことが好きーって言うクセに、全然楽しそうじゃないし』
「心外だねぃ。お兄ちゃんはいつも自分勝手に楽しく生きてるぜ?」
『…………やりたいことができたなら、本当に安心したよ。おにーちゃんにはイッシュは狭いだろうしね。おにーちゃんは自由に広い世界を飛ぶ方が似合ってるよ!寂しくなるけど、私精一杯応援するね!』
「そりゃ有難えや。お前にはまた苦労掛けっけど……」
『いーのいーの!私達兄妹でしょ?』
常に対等。誰にでも優しいチャンピオン様のドラゴンエールに、ちょっとだけ勇気が湧く。
けど、それも束の間、気が重くなった。
『まあたまには帰って来て欲しい…………おにーちゃん?どうかした?』
顔も見えてねえ電話越しなのに、聡い妹は尋ねてくる。
オイラは頬を掻きながら懸念を伝えた。
「いや……ジジイはなんて言うかな、って。それに他の一族の人も…………」
『なーんだ、そんなこと?私が手伝うから心配要らないよ!私チャンピオンだし!』
「おおう、権力行使するねぇ。職権濫用は控えろよ?」
『おにーちゃんの為ならいいの!おにーちゃんは私が守ってあげるんだから!』
「心強〜〜〜。まあ程々に頼むわ」
心配なのはジジイの反対よりも……アレだけど。
やっぱりアイリスとアオイは似てる。本気で頼るかはともかく、頼もしくてしょうがねえや。
頬杖ついて再確認して、ふと時計を見た。そろそろ四天王としての仕事をしなければ。
「じゃ、後でジジイにも電話して、週末にでも帰省するわ。こういうのは直接話せってキレられるだろうし」
『週末!?明日金曜日だよ!?』
「知ってるよ。だから明後日の土曜に帰るわ」
『わーっ!今直ぐ予定調整する!細かい時間とか分かったら連絡して!』
「はいよー。全然ジジイとアイリスに合わせるけど」
『ありがと!じゃあ土曜日にね!絶対帰って来てよ!』
「勿論勿論。バイバーイ」
こうして妹との通話を終えて、オイラは立ち上がった。
「ここが正念場、ってねぃ」
なに言われちまうか分かんねーしブン殴られるかもだけど、腹を括ろう。
サクッと帰ってサクッと説得して、学園を去る。
サッパリした終わりの方がオイラらしい。いっちょ気張ろう。
オモダカさんに「パルデアリーグへのスカウトの件に興味が湧いてきた」旨を電話しながら、リーグ部の仕事へ向かう準備をした。