部長と会長放課後。日が沈み出し、生徒が殆ど皆部屋へ引き揚げた時間帯のリーグ部。
たった二人残っていたオイラ、カキツバタとブルベリーグ四天王仲間のネリネは、各々の業務を熟しているところだった。
「はぁ〜〜〜っ、終わらねえ」
「仕事を溜め込んだカキツバタの自業自得」
「塩ー」
オイラはとうとうタロに激怒された為、溜まりに溜まったリーグ部長の仕事を。ネリネは生徒会の会議にて出た議題についての調査と纏めを直々に。お互い期限に余裕が無く、残業仲間としてポツポツ話す程度の口数で格闘していた。
尤もネリネにとって仕事は苦ではないらしいが。全く以って理解出来ねえや。将来ワーカホリックになっちまうんでねえの?ネリネだけでなくタロとかも。
「ふぁあ〜……」
「カキツバタ、寝ないでください」
「へーい」
一瞥もせずに欠伸を咎められ、目を擦りながら頷く。流石にここで寝たらマズいのは分かってますよっと。
ペンを走らせパソコンのキーボードを叩き、時折データの確認や調べ事の為にスマホロトムも取り出して……
「…………カキツバタが真面目に仕事をしている……」
「聞こえてんぜいネリネぇ」
ふと何度か驚愕されつつ、片付けるものを片付けていった。
「そういえばよお」
「なんでしょうか」
数十分後。珍しく長いこと頑張ってたので休憩のお許しを頂いたオイラは、ミックスオレの缶を引っ掻きながら不意に言った。
「オイラがここ出て行くっつったらどう思う?」
ネリネはピタッと手を止めた。
そして数秒黙って咀嚼して。眼鏡を上げながらこちらを見る。
「意図が分かりません。説明を要求」
「顔怖ー。いや、別にホント急に思っただけなんだけどよ」
プルタブに指を掛け、力を込める。開かれた缶の中から甘ったるい匂いがした。
「オイラもう三留してるし?なんとなーくいつ出てくかも分かんねえかなあって」
「……意味が分からない」
そのままの意味なんだけどなあ。ちょっと深読みし過ぎなんじゃねえの?
まあ普段回りくどい言い方してるオイラが悪いか。ケラケラ笑いながらミックスオレに口をつけた。
「退学しようと考えているのですか?」
「いんや全然。流石のツバっさんもちゃーんと卒業したいとは思ってるぜぃ?」
「では何故そのような発想に?理解不能」
おや?もしかして引き留めようとしてくれてる?嬉しいねえ愉快だねえ。
「まーオイラん家って色々複雑だしよ。散々叱られてるし、いつ『学校辞めて帰って来い!!』って言われるか分かんねえし?」
「ネリネは進級を推奨」
「へっへー、正論ー」
「……それだけではないのでしょう。ただでさえ迷い続けている貴方が、一体どういう風の吹き回しでそのような思考に?」
「…………………………」
迷い続けてる、ねえ。まあ外れてはないが。
自分で話題にしておいてどう答えようか迷い、暫く部室内が静かになった。
「カキツバタ」
「……へいへい、降参よ」
そのうち痺れを切らした生徒会長サマに睨まれるので、一度缶を置き立ち上がった。
「? なにを……」
そのまま自分のロッカーを開けて、一組の手袋を取り出す。
「なーんかこんなモン渡されちまってさあ。流石に色々考えてたんだわ」
それは、漆黒に包まれ片方に目のような刺繍が施される……パルデアリーグ四天王が着用する、特注品のグローブだった。
ポイっとネリネの傍に投げて、元の椅子に座り直す。ネリネは目を丸くしていた。お、ポーカーフェイスが崩れるの珍しいねぃ。
「これは、パルデアの?」
「そ。この間オモダカさんが『どうぞ』って。急過ぎて思わず受け取っちまったんだよな〜」
「……何故カキツバタに?」
「知らねー。よく分かんねえけど前々から目ぇ付けられててよお。何度もスカウトされるわ名刺渡されるわで、一昨日とうとうコイツを渡されたってとこ。バトルが強いヤツ欲しいならスグリに声掛けりゃいいのにねぃ」
ジュースを飲み干してチョコを開ける。ネリネはなんでもないことのように話したオイラへなんとも言い難い視線を向けた。
「カキツバタも十分強い。それにスグリと貴方は違う面も多いでしょう。その違いが彼女にとっては大きかったのでは?」
「違いぃ?例えば?」
「…………授業態度?」
「いやそれだったら態度良いスグリの方を獲りたがるモンだろぃ」
「…………学園在籍日数?」
「それもオイラ留年してるだけだし、ってネリネもしかしてディスってる?どっちもバトル関係無えな?」
「すみません」
「いやいーけど」
ネリネってばおもしれー女だよなあ。
本人は意図していないだろうがあからさまなディスりが面白くて、オイラはチョコを口に放り込みながら笑う。ネリネは益々ハテナを浮かべた。
「バトルの違い……スグリは楽しまずに強くなりましたが、カキツバタは楽しみ続けて強くなった。そういった面を評価されたとも考えられます」
「ふーん。まー確かにオモダカさんもバトルジャンキーっぽいしなあ。楽しくバトルがモットーなのかね?あ、そう考えると興味湧いてきた」
半分冗談だったが、パルデアも良いかも?なんて言えば、ネリネは若干動揺を見せる。
「カキツバタに本物のリーグの四天王が務まるとは思えない……」
「へっへ、オイラも同感。ゼッテー向いてない」
「いえ、向いてはいるかと」
「??? え????どゆこと????」
「自覚が無いのですか。貴方はジムリーダー、四天王共に適性があるとネリネは感じています」
「じゃあなんで務まらないって???矛盾してね???」
「本質は向いているのに本気で真面目に働こうと思っていないからです」
「???????」
「要は、貴方は才能を持ち腐れている。それをトップチャンピオンも見抜いたのでは?」
「………………???????」
なにも分からなくて、今度はオイラが疑問符を浮かべまくった。ネリネは溜め息を吐く。
「トップチャンピオンも苦労していると推察」
んー、意味不明。理解不能。
「……パルデアリーグ四天王になりたいのですか?なろうと一考していると?」
兎にも角にも最重要ポイントを突かれて、また少し考え込む。
いつものように軽薄に振る舞って誤魔化す、つもりだったけど。ここでふざけたら良くないだろうなあ。オイラの世間話が発端だし、流石に真面目に答えてやりますかねえ。
すっかり仕事そっちのけだったが、腕を組んで諸々思考を纏めて、頷く。
「将来とか考えらんねえし、オイラは今が楽しけりゃなんでもいいと思ってる。でも、それはそうとずっと学園には居られないってちゃんと分かってるさ。……折角お呼ばれされてんだし?パルデア行ってみるのも一つの選択肢だよねぃ」
「…………四天王とは、軽い気持ちでなるものではない」
「勿論軽い気持ちじゃねえさ。だから考えてんの。ジジイの跡継いでジムリーダーになるか……醜く足掻いてチャンピオンを狙うか……パルデアに行くか……、………いっそ自由気ままに旅でもするか」
「…………………………」
「ちょーっと先を見てみれば、案外道は一つじゃねえなってね。血に縛られるのはつまんねえ。しがらみと一緒に戦うのは楽しくない。かと言って未来も無いままぼんやり浮かんでるのも……きっとそのうち疲れるだろうさ。例え生き易くても息がし易くても、な……」
「……少し分かる気がします」
「お、マジ?意外ー」
軽い調子で「ウェーイ仲間ー」とハイタッチを求めたら無視された。悲しい。ウケる。
「ネリネの人生はネリネが決める。それと同じで、カキツバタの人生はカキツバタが決めるものです。今直ぐにでもパルデアに行きたいと思うなら、それを止める権限はネリネには無い」
「止めてくれねーの?」
「……もしそうなれば止めるでしょう。しかし貴方が聞く耳を持つ義務は無い、という意味です」
「あ、止めてはくれるのね」
「沈黙を要求」
「えーっ」
黙れと言われて泣き真似をしたらまた冷ややかな目を向けられた。優しいのか冷たいのか分かんねえ反応ばっかだなあ。
「ネリネはブルーベリー学園の生徒会長。生徒の一人であるカキツバタが進路に悩むなら、未来が恐ろしいと思うなら、話を聞く責務がネリネにはあります。……だから、相談してくれて良かった」
「………オイラ的には相談っつーか、雑談のつもりだったんだけどねぃ」
「それでも嬉しい。貴方はいつも本心を話したがらない。ゼイユが言うところの……ちゃらんぽらんというもの」
「ネリネ、変な言葉憶えなくていいのよ。あと多分使い方ちょっと違うかも」
「カキツバタはもっと自覚すべき。ネリネやタロ達は貴方を案じています。好きに生きることこそが、貴方の強さを最も引き立てる方法とは存じていますが……もっとネリネ達を頼ってください」
「あれ?これもしかして説教の流れ?」
お叱りは勘弁願いたい。しかし仕事も終わってないので逃げられなかった。
縮こまっていれば、ネリネはまた溜め息を零し。
オイラにあの手袋を差し出した。
「これも選択肢の一つなのでしょう。あまり粗雑に扱わない方がいい」
「…………………………ウス」
オイラはそっと受け取り、改めてパルデア四天王の象徴を見つめる。
コイツの重さはオイラにだって分かる。ただオモダカさんの方がもっとよく解ってるだろう。その上で、渡してきた。
単なる気まぐれのスカウトじゃない。彼女は本気だと、こんなちっぽけで物理的な重量の無い物が示していた。
まるでオイラがお腰に巻いてるマントのように。
「そろそろ業務に戻りましょう。時間もあまり……」
「ネーリネ」
「?」
オイラはヒラヒラ手袋を見せつけて、
躊躇いながらも両手に嵌めた。
「どーよ!似合ってる?」
掌を広げて笑みを浮かべれば、生徒会長は頭を抱えた。
「カキツバタ……安易に着用するのは、」
「安易じゃねーよ、ある程度の覚悟の上よ。で、どう?」
まだ絶対そうすると決めたわけではない。それでも、逃げてばかりではなく向き合う覚悟は決めたのだと。だからこそコイツの重みを知りたいのだと。
そう告げると、彼女は目を細めた。
「…………似合っています。とてもよく」
「へっへー、ありがとさん!」
お世辞でも悪い気はしなくて、口角を上げた。
「ていうか、うわっ、サイズぴったりだわ。手の大きさとかいつ測ったんだ?気持ち悪……」
「合意の上で測ったのではないのですか……ネリネも寒気が」
「…………まーオモダカさんだしなあ」
目視で知ったのか、それとも知らぬ間に測定されたのか。どちらにしてもキモくて笑えた。
指を閉じたり開いたりして、動かし易い素材に感動もする。学園もこれくらい良い物にしてくれりゃオイラも着けるのに。まあ財力の違いかなあ……
「カキツバタ。そろそろ仕事に戻るよう進言」
「あーっとそうだった!終わらせねえとタロにベコベコにされちまうな!やるやる!」
「……気味が悪いほどやる気を感じる。本当にどうしたのですか?」
「言ったろぃ?卒業はしたいし、色々考えてるって」
急いで手袋を外してペンを握れば、ネリネは「益々気味が悪い」と目を伏せた。オイラはいつも通り「はい塩ー!」と手を叩く。
「ま、そんな日もあっていいだろぃ?」
「普通は毎日真面目に行うもの」
「確かにそのとーり!へっへっへー!」
笑い合って残業の続きをしていくオイラ達は、あっという間に元の調子に戻ってて。
……片隅に置かれた上質な手袋が、当たり前のようにオイラ達を見守っていたのだった。