ほのおとこおり朝のブルーベリー学園、リーグ部。
今日は授業が無いから部室は既に賑わっていて、オレ……アカマツは嬉しくなりながら挨拶した。
「皆おはよー!」
「あ、おはようアカマツ!」
「おはよー」
もうすっかり以前の楽しい空気に戻ってて、あちこちから返事が。やっぱりリーグ部はこうでなきゃな!
「アカマツくん!おはよう!」
「ハルト!おはよ!今日も強火に元気そうだね!」
「まあね」
そこへオレ達の仲間でありブルベリーグチャンピオンであるハルトが駆け寄って来る。
今日も変わらず穏やかに笑う彼は、「あ、来て早々悪いんだけど」と手を合わせてきた。
「ごめんアカマツくん!ちょっとお願いがあって!」
「いいよ!なんでも言って!」
「……助かるけど、せめて聞いてから頷いた方が……」
「へ?ハルトは変なお願いなんてしないだろ?」
「信用されてるなあ。まあ本当にただのおつかいなんだけど」
オレにおつかいを頼みたいらしいハルトは、鞄の中から大きな袋のような物を取り出した。
差し出されて受け取ったオレは、なんとなく中身を見る。……様々な種類のモンスターボールがゴロゴロ入ってた。
「それをツバっさんに届けて欲しくて!」
「モンスターボールを?なんで?」
「あはは……実は昨日あの人と一緒にブルレクしてたんだけど、浮かれ過ぎてボール切らしちゃって……ツバっさんにいっぱい借りちゃったんだ。だけど返すって言ったのに終わったら直ぐ逃げられて!今ならまだ部屋に居るだろうし、渡せるかもって思ったんだ」
「そういうことなら直接渡せばいいんじゃないかな?部屋の場所なら教えるよ?」
「そのつもりだったんだけど、さっきクラベル校長から連絡が来て、今直ぐパルデアに戻らないといけなくなったんだ。もう本当に時間無いから、お願い!今度お礼するからさ!」
どうか頼むと頭を下げられたら、オレはもう断ることを止めた。ちゃんと自分で渡した方がいいとは思うけど、そういう事情なら仕方ないよね。
「分かった!オレに任せて!」
「ありがとう!!本当に!!」
「あ、でもオレになんか渡すとかはいいからさ、今度カキツバタ先輩にちゃんとありがとうって言いなよ?」
「それは勿論!!じゃあお願いします!!またねー!!」
マジで時間が無いらしい。彼はブンブン首を縦に振りまくって、走って部室を飛び出した。誰かの「廊下は走らない!!」という怒鳴り声が届く。
オレは『ハルトらしいなあ』と笑いながら、手の中の袋をしっかり握り直して同じく部室を出た。
「えーっと、先輩の部屋は……」
見失うことにならないうちに行こう。そうカキツバタ先輩の自室へと進む。
なんだかんだそこまで頻繁に行くことも無いので、ちょっと自信無かったけど。勘を頼りに歩いていれば、なんとか辿り着くことに成功した。
ドアの前に立ってから『メッセージとか送っといた方がよかったかな?』とハッとしたけど、もう着いちゃったしいいかとノックした。
「せんぱーい?カキツバタ先輩ー。オレだよ、アカマツ!起きてるー?」
……返事無いし物音も無い。やっぱりまだ寝てるのかな?
「カキツバタせんぱーい!ハルトから届け物があるんだけどー!」
今日は授業こそ無いけど部の仕事はある。結局起こす必要はあるだろうし、遠慮無く声を上げた。
すると、やっと室内から足音が近づき、ガチャリと扉が開く。
「起こしてゴメン!ハルトがさ……?」
ただ、先輩だと思ってたのに出て来たのはジュカインだった。
「あれ?どうしたの?やっぱり先輩寝てる?」
ビックリしたけど、何処となくしょんぼりとした様子に首を傾げた。どうしたんだろ?なにかあったのかな?
普通に心配になって、ジュカインの頬に手を伸ばす。
「わっ!?」
すると勢いよく掴まれて引っ張られた。
「ちょっ、勝手に入ったら先輩怒るんじゃ……!」
なんかオレを招き入れたいみたいだけど、本当にどうしちゃったんだろう!?先輩も先輩のポケモンも今まで部屋に入れてくれたこと一度も無かったのに!
混乱しながら、ポケモンの腕力に勝てるわけがなくてお邪魔することになった。
一応ドアはちゃんと閉めてジュカインについて行く。
「どうしたの?もしかしてカキツバタ先輩になにか……」
いつも堂々としてるドラゴンポケモンがこんなしおらしくなっちゃうなんて。
あまり良くないことが起きてそうなことくらいは察した。電気が消えててカーテンも閉まってて薄暗い部屋の中心へと顔を出す。
「カキツバタせんぱーい……?大丈夫……?」
すると、ベッドに布団を被った塊が。
丸まってて完全に布に覆われてて、でもカキツバタ先輩以外有り得ないよなとそっと近寄る。
「先輩?どうしたの?」
なんか、震えてるけど……具合でも悪いのかな。触っちゃって平気かな。
恐る恐る触れたら、ビクッと塊が跳ねた。
「あ、ごめん!ビックリさせちゃった!?」
……少しだけその白い髪が顔を出す。
先輩の顔色は真っ青で汗も酷く、何故か歯までガチガチ鳴っていた。
尋常じゃない様子にオレも驚いて、熱があるんじゃと今度は一言伝えてから額に触れたら。
熱いどころか、逆に氷のように冷たかった。
「せんぱ、」
なにがあったの。
訊く前に、小さな声が落ちた。
「さむい」
オレは戸惑ったけど、同時に一瞬で冷静になれた。
ハルトから預かった荷物を放り出す勢いで動き始める。ボックスからアチャモを出して先輩を暖めてあげるようお願いして、着てたコックコートも被せた。
それから使えそうな物を探して室内を見回した、けど。
(なんにも無い……てっきり散らかってるのかと思ってたのに)
しょうがないから勝手にクローゼットを開けさせてもらった。ごめん先輩。
中にも服はあまり無かったけど、今先輩はタンクトップ一枚だし着ないよりはマシな筈だ。長袖の制服を引っ掴んで渡した。
「これ着て!ちょっとはあったかくなると思うから!」
あとは、そうだ料理!スープとか作ろう!
それとタオル温めて汗を拭いたりとか、えーっと……
「あのさ、タロ先輩とネリネ先輩呼んでいい?多分色々手伝ってくれると思うんだけど……」
あたふたしてたけど絶対人は呼ぶべきだ。一応確認したら、先輩は目を丸くして首を横に振った。
「もーっ!こんな時に頼らないでどうするのさ!」
オレ一人じゃどうにもならないから呼ぶよ!
これくらい無理矢理じゃないとマズいと思って、オレは先輩達にメッセージを送った。なんて言えばいいか分からなかったから、『カキツバタ先輩なんか身体冷たくて具合悪そうだから助けて!』なんて率直に伝える。
皆はもう起きていたみたいで、直ぐに了承の返事が来た。
「えーっと、えーっと!タオル……!あときのみとか……!」
もう一回開けちゃったしと先輩の荷物や棚を勝手に見て、タオルやスープに使うきのみを取って準備を進める。
そこでドアが叩かれて開く音が。
「カキツバタ!」
「カキツバタ、大丈夫!?」
ネリネ先輩とタロ先輩だ。
二人、というかタロ先輩は凄く焦った様子で駆け寄って、カキツバタ先輩の状態を確認する。
「意識はありますね……!カキツバタ、傷は!?痛まない!?寒いだけ!?」
「……?『傷』?」
なんのことだろ。そう不思議になっていたら、
「…………っ、いたい、」
尋ねられた本人は呟いた。
タロ先輩は頷く。
「アカマツくん、カキツバタのこと抱えられる?医務室まで運びたいんです」
「えっ!?そんなにヤバいの!?ま、任せて!」
「フライパンを。ネリネが持ちます」
「ありがと!ついでにこの荷物もお願い!」
オレが思う以上にヤバいみたいで、とにかくスープ作りは後回しで指示に従ってカキツバタ先輩を持ち上げた。えっ軽過ぎない!?細いとは思ってたけど!!
よくわからないまま、なるべく目立たないよう、でも急いで医務室へと先輩を連れて行った。
ベッドに寝かせた先輩は、アチャモのお陰もあって大分体温は戻ってたけどまだ寒そうで。
用意された痛み止めを飲んでも中々震えは止まらなかった。
「大丈夫、大丈夫ですからね」
本当になにが起きてるんだろう。先輩、ちゃんと治るよね……?
心配で心配でアワアワしてたら、そのうち少し落ち着いたみたいで彼は眠ってしまった。声を掛け続けてたタロ先輩はホッと息を吐く。
「ありがとうアカマツくん。よく気付きましたね」
「あ、いや……偶々部屋に行ったら寒そうにしてただけで……オレなんも出来なかったよ」
「それでもありがとうございます。カキツバタってば、こういうこと全然人に言わないんですから」
ついてきてたジュカインが同意するように頷く。
まあオレが助けになれたならよかったけど………
「タロ先輩、なんでカキツバタ先輩は……」
「ネリネも疑問です。ただ体調を崩しただけには見えなかった」
「……そうですね。説明してませんでしたね」
訳の分からないことばかりでつい質問した。タロ先輩は表情を歪め、悲しそうに答える。
「カキツバタの出身がソウリュウシティなのは二人もご存知でしょう?これも知ってると思いますけど……あの町は過去に氷漬けにされたことがあって……カキツバタはその事件の被害者の一人なんです」
「えっ…………」
「で、では、今回のも」
「なにかしらの理由で思い出したのかもしれません。凍傷の痕も痛んでいたみたいですから……」
ソウリュウ生まれなのもあの町に起きた事件も知ってたけど、先輩がそれに巻き込まれてたなんて聞いたことも無かった。
でも、そういうことならあんなに寒がっていたことも納得出来て。同時に悲しかった。
「当時に比べたらかなり落ち着いたようですけど。こんな風になっているところは、私も久しぶりに見ました……偶然でもアカマツくんが見つけてくれてよかったです」
「う、うん……」
不安そうにオレの足をつつくアチャモを抱き上げ、ギュッと力を込める。
「学園内であの事件に関わった子は他にも居ます。どうか今回のことは内密にしてください。カキツバタも望まないと思いますから……」
「承諾。誰にとっても忌まわしい記憶でしょう」
「わ、分かった!オレも言わない!先輩のことは心配だけど」
楽しい話題でもないし、気遣い過ぎるのも良くないよね、多分。
……オレは半分納得し切れない状態で約束した。
「今日の仕事はカキツバタ抜きで行いましょう。まあいつもとそんなに変わりませんけど!」
「ネリネも複雑です」
タロ先輩とネリネ先輩は無理していつもの調子に戻り、「彼は先生に任せて、また後で様子を見に来ましょう」と出口へ向かう。
オレはどうすればいいのか相変わらず分からなくて。
「…………先輩。次からはちゃんとオレ達を頼ってね?」
あんな風に一人で震えてないで、「助けて」って言って欲しい。
オレの炎でキュレムの氷を溶かせるかは分からないけど。居ると居ないとじゃほんの少しは違うと思うから……
ハルトに預かったモンスターボール入りの袋を置いて、オレもその場を後にした。
その日のテラリウムドームは静かで、少し寒い気がした。