漂流譚 7「調査隊の皆さん。ヌメイルの治療が終わりましたよ」
ヌメルゴンとの戦闘の後、ベースキャンプに戻ったオイラとショウは一足先にコトブキ村へ帰還させてもらって、ギンガ団の医療隊にヌメイルをお願いした。
待っているとそのうち無事に手当てが終わったと伝えられ、思わず身を乗り出す。
「大丈夫です。命に別状はありません。お二人の処置が的確だったお陰ですね」
「そっか、よかった……」
「お恥ずかしながら、私はなにもしてません。応急処置は殆どカキツバタさんがやったんですよ。流石ですよね!」
「いやいや、道具持ってたショウのお陰だって。オイラは大したこたしてねえだろぃ」
お互い自分を下げて相手を上げてとしていれば、医療隊は微笑ましそうにする。本心なんだけどなあ。
……ショウも多分お世辞とかではなく本気なのだろう。二人揃って「アンタの方が」「いや貴方の方が」と気まずくなりながら言い合った。
「それにしても、生息域から外れた場所で現れたヌメルゴンに、フカマルのタマゴ技……ボクとしてはもっともっとお二人に話を聞きたいのです!」
そこで、本部で待機して調査の報告待ちをしていたというラベン博士が腕を組む。
彼は今回の件に興味津々らしい。もっと掘り下げたい様子だった。
「つってももう全部話したぜ。タマゴ技のことだって、オイラはポケモン博士じゃねえから原理とかまでは分かんねえし……」
「ヌメルゴンについてだって、『以前の"時空の裂け目"や今も消えない時空の歪みによって生態系に変化が起きているのかも』と博士がさっき仰ったじゃないですか」
「それはそうなのですが」
ただ、今言ったようにオイラもタマゴ技は『ただそういうことがある』のとどんな技を覚えられるかを知ってるだけで、生物学的な仕組みまでは詳しく知らない。調べようにもスマホロトムも無いし、教えたくても教えられないのだ。
ヌメルゴンも。オイラ達にはよく分からなかったが、ラベン博士本人が仮説を立てた。ヒスイに来たばかりのオイラはあまり腑に落ちなかったけれど、ショウは時空の歪み、裂け目とやらが原因だとしても納得出来るみたいだし、きっと当たりには近いのだろう。
今更なにを話せと言うのか。……こんなことならもっと生物学の授業真面目に受けて、歴史についても勉強しとくべきだったかなあ……いやオイラが第一人者みたいになっても困るんだけど……余所の地方、余所の時代の人間なわけだし……
困ると言ってもタイムパラドックス云々、歴史改変云々自体には特段興味は無いので、普通に後悔した。
「とにかく、ヌメイルが目を覚ますまではまだ掛かってしまうでしょう。研究室でフカマルが今覚えている技を教えてくれませんか?」
「いいけど……直接参加してないとはいえ、ヌメルゴンとのバトルで成長してっから参考にならない気もするぜ?」
「No problem!分かっています!それでも是非!」
「まあそこまで言うなら……フカマルは元々ここで産まれたポケモンだしな」
「ありがとうございます!!ショウくんも来ますか?」
「勿論!私も関心がありますし、今日はもうシマボシ隊長に待機を命じられて時間を持て余していますから!同席させてください!」
兎にも角にもフカマルの技を確認しようと、三人でラベン博士の研究室に向かった。ヌメイルに関しては、「研究室に居るからなにかあったら伝えて欲しい」と医療隊に言っておき、快諾してもらえたので一先ず任せる。
「ではフカマルを出してよく見せてください!」
「はいよー。出て来な、相棒」
「フカッ!」
到着すると、直ぐにフカマル先輩を呼んだ。無垢な先輩は嬉しそうに飛び出す。
「また会えて嬉しいですよ、フカマルくん!あ、ボクのこと憶えていますか?ラベンですよ!」
「フーカ!」
ドラゴンは尋ねられると頷き、博士に抱きつく。
「どうやらラベン博士のことも忘れていないみたいですね」
「よかったな、博士」
ラベン博士はなんだかちょっと泣きそうになって返事が出来なくなっていた。うん、気持ちは分かる。タマゴから孵したポケモンって愛着湧くよな。なのに奪ったみたいでなんかごめんな。今更だけど。
フカマルも再会を喜んでいて、ご機嫌そうだ。オイラに懐いちまったとはいえ博士のこともまだまだ大好きなのだろう。可愛いヤツだぜぃ。
「ぐすっ、フカマル……!キミの勇姿を聞きましたよ……!ついこの間まで赤ん坊でしたのに、仲間を守ろうとして、っ偉いですね……!ボクはキミを誇りに思います!」
撫で回されて褒められて、先輩はドヤ顔だ。散々可愛がられてるだけあって褒められ慣れてるなこの子。良いことだ。そのまま健やかに育てよ。
あまえるが得意なドラゴンはラベン博士の愛情を受け止めまくり、そのうちどちらともなく離れた。
「ふぅー……取り乱してしまい申し訳ありません!えーっと、なんでしたっけ?」
「フカマルの技構成ですよ、博士。忘れないでください」
「Oh!そうでした!ありがとうございますショウくん!」
ポケモン博士が手を叩き、オイラ達は本題に戻った。
三人で屈んで覗き込むと、フカマル先輩は首を捻る。
「先ず今のこの子のレベルは……20ですね」
「ガバイトになるまであと4か。一気にここまで跳ね上がるとは、あのヌメルゴンも相当だったんだねぃ」
「この成長具合だと……本来覚えられる技は、えーっと……"たいあたり"、"たつまき"、"じならし"ですね!」
「訓練場にも行ってないんですよね?ならその三つだけになりますが」
「……"たつまき"はタマゴ技で元々覚えてたわけだが。さて、他にもタマゴ技があるかどうか……」
もっと早く確認しておくべきだったな、とぼんやり詰めの甘さを反省しながら確認すると。
なんとフカマルは、"メタルクロー"を覚えていた。
「おおー、"メタルクロー"だ」
「"メタルクロー"って……これヒスイで覚えるポケモン居たっけ?」
「いえ、ボクの記憶の限りでは存在しません!素晴らしい!これは大発見ですよ!!」
「え、そうなの?タマゴ技って遺伝な筈だからちょっと矛盾してる気がすっけど……フカマル先輩マジでスゲーじゃん」
「フカ?」
どうにもヒスイにはこの技を使えるポケモンは居ないらしく、驚いた。
人力で孵った初めてのポケモンってことといい、とんでもない子を任されてしまったな。何処ぞの元チャンピオンのように"特別"に固執するこた無いが、なんとなく誇らしくなる。
本人は『よく分からないけど褒められて嬉しい!』という様子でキャッキャと喜んでいた。可愛いなおい。
「カキツバタくん。ショウくんの采配とはいえその子はもう貴方のポケモンです。しかし、一度任せた身で言いづらいのですが……今後も定期的にその子を連れて来てくれると嬉しいです!研究も進みますし、なによりボクが癒されるのです!」
「ははは、正直だなあアンタは。まあフカマル先輩が嫌がることしないなら勿論いいぜ。オイラも世話になってるからな」
「!!! ありがとうございます!!またお手伝いをお願いしますね、フカマル!!」
すっかり調子に乗ってるフカマルは『任せろ』と頷く。自信満々なところも可愛いぜ。
……バトルに影響出たりしたらマズいから、あんまり持ち上げ過ぎないようにはするけど。可愛いので大概なんでも許せるのだ。こういう時、タロの「可愛いは最強」にとても同意したくなる。
「…………フカマルのバトルで思い出したんですけど、ねえカキツバタさん」
「んー?」
フカマルに強請られて抱っこしてやってると、不意にショウがこの空気とは真逆の神妙な顔付きで訊いてきた。
「私が先の戦いで貴方にお貸しした、ディアルガなんですが。どうしてあの子は貴方の指示を素直に聞いたんでしょうか?」
「…………?」
「えっ、カキツバタくんはディアルガを扱えたのですか!?タマゴ技の知識といい、やはり貴方も相当クレイジー……」
なんでディアルガがオイラの指示を聞いたか?そんなこと言われても。
「ショウが命令したからじゃねーの?オイラの言うこと聞けって」
「私は貴方に『ディアルガを貸す』としか言ってません。確かにあの子も『指示を聞け』と受け取ったのかもしれませんが、それでも変なんです……だってあの子は特別なポケモンだから」
特別……もしや伝説や幻のポケモンだって?確かに異質な雰囲気は感じたが。
そういえば、シンオウ地方の神話かなにかでディアルガという名が出ていたような気が、しなくもないような。神話なんざ歴史以上に詳しくねえから自信無いけど。
「カキツバタさん。もしかして貴方」
ショウは自身の隊服を握り締めながら、俯いた。
「黙ってるだけで、やっぱり貴方も、アルセウスに選ばれたんですか……?」
その声と目には、確かな憐れみが乗っていた。
……秘密と言うほどではないにしろ、沈黙していた事実。それに突然触れられても尚、オイラはこの旅が終わる時はまだ遠いだろうと直感してしまった。