地獄の沙汰もバトル次第 5あれから何日経っただろうか。
あまり長い時間は過ぎていない筈だが、なんだか段々数えるのも気にするのも面倒になってきて、今日の日付すら曖昧だった。
兎にも角にも今日のチャンピオン戦もギリギリ勝って終えたオイラは、部室に戻って椅子に腰掛けた。
「はぁあ〜〜〜…………」
疲れた。そんな弱音を押し殺しながらだらりと姿勢を崩す。
一緒に戻った部員達の「お疲れ様です」「今日も凄かった」なんて労いの言葉を程々に受け取りながらミックスオレの缶を開けた。甘ったるい匂いが漂う。
「……そろそろキツくなってきたかねぃ……」
ふと、誰にも聞こえない声量で零す。実際届かなかったようで、皆それぞれ緩い空気に戻っていた部室で和気藹々と話していた。
ネリネも言っていたが、皆の笑顔が戻ってなによりだ。オイラも心から嬉しいさ。
嬉しいんだけど。多分、近いうちにオイラは負ける。
スグリは強い。強くなり続けている。だからこそオイラも着実に追い詰められていて。
勿論また手持ちを変えるか考えているし今のメンバーも新しいポケモンも鍛えている。ただ、追いついていないのだ。なにせ時間が余りにも足りない。
部長としてチャンピオンとしてやるべきことはまだ残っているし、授業にも出なければいけないし、そもそもアイテムなんかを買う為にブルレクも怠るわけにはいかない。寝食を削り過ぎてしまえばスグリと同じになってしまうから、程々にするしか無いし。
本当に、時間の余裕が無い。スグリとの差は縮められる一方だ。圧倒的にならなければ、アイツの目を覚まさせてやれるくらいの強さを手に入れなければいけないというのに。
いや、違う、そんなんで目が覚めるわけがないとはとうに分かり切ってた。そうじゃなくて、ただアイツを止め続けたいという我儘に過ぎない。オイラの我儘なのだからオイラが自分の力で頑張らなくては。
「"にほんばれ"の対策はされてきた……それどころか手持ちが頻繁に変わる所為で向こうの動きが読めない……案の定テラスタルのタイミングも考えるようになってきたし……やっぱ早く新しいポケモンを……」
勝つ為じゃない。ポケモンは道具じゃない。その気持ちは変わっていないし彼ら彼女らは大事に扱ってるつもりだ。
代わりに、とは違うが、どうしても自分のことだけは雑になってしまうけれど。まあちゃんと寝て食ってはいるし……
………あれ、そういえば昨日なんか食べたっけ……?
「カキツバタ」
そこで呼ばれた気がして、顔を上げる。
いつの間にかゼイユが近くに立っていた。なんだ、滅多に部室に来ないのに珍しい。
「おー、ゼイユ。どうかしたかぃ?」
随分険しい顔だったので『なんか怒らせるようなことしたっけ?』とぼんやりする頭を回す。そもそも近頃は会話も減っていたので心当たりが無かった。ノートも教科書も借りてない筈だ。
首を捻れば、彼女は自身の髪の毛をギュッと握りながら呟いた。
「スグリのことなんだけど」
「…………………………」
「バトルで負けろとは言わない。むしろあたしだってアンタに勝ち続けて欲しいわ。でも、カキツバタ。アンタも、最近ちょっとやり過ぎよ……」
勝って欲しい。やり過ぎ。
一瞬理解出来なかったが、なんとか咀嚼して飲み込めた。
「なんだゼイユ、熱でもあんのかぃ?お前さんがオイラの心配とか……明日の天気は槍かね!?」
「あたしをなんだと思ってんの!?手ぇ出るよ!!」
へらへら手を叩いて笑ったら、彼女は益々顔を歪める。
しかし本当に一体どういう風の吹き回しか。スグリの姉でありオイラを嫌っている彼女が案じてくるとは。真面目に槍が降っても驚かねえや。
頭を抱える後輩は深い深い溜め息を吐き、睨みつけてくる。
「あたしだって心配くらいするわよ!確かにアンタはすっとこどっこいでちゃらんぽらんで怠惰でいい加減でいけ好かないけど!!」
「ひでー言い様」
「でも……スグのことをどうにかしようとしてくれてるじゃない……皆の為に頑張ってるのも知ってるわよ。なのに放っとくほど薄情じゃないわ」
「…………ふーん。別に大したこたぁしてねえんだけどねぃ」
そもそも大体全部裏目に出てしまってるわけだ。怒られはしても心配されるのは少し不思議だった。
なんにも出来ていない、ただ戦って無理矢理止めることしか成せていないオイラになにを期待してるんだか。
「……酷い顔色よ。ちゃんと寝てるんでしょうね?」
「寝てる寝てるー。授業中とか」
「それもそれでダメじゃない!!ホンットにもう……!!」
まあ授業中も偶にしか寝てないんだけど。こんな振る舞いなちゃらんぽらんなので疑われることは無かった。
「とにかく!!アンタも努力は程々にしなさいよ!!スグのこと言えなくなっちゃうでしょ!!」
「へーい、肝に銘じまーす」
「はぁーっ、絶対聞いてない……!もう帰る!」
ゼイユはプンスカ怒って踵を返し、部室を出て行こうとする。
そうそう、それでいいのよ。そういう調子がゼイユらしいから。
安心すると眠くなってきて、とりあえず言いつけ通り休むフリくらいはしようとテーブルに突っ伏した。
途端、頭が一気に重くなる。
「…………あと!!言っとくけどあたしだって……、………カキツバタ?」
頭、どころか全身が重い。あれ?なんか眠気増したような
「……!!カキツバタ!?ちょっと、大丈夫!?カキツバタ!!」
そんな呼ばなくても聞こえてるぜーい。
そう言いたくても喉が痛くて上手く声が出なかった。揺さぶられても動けない。誰かの荒い呼吸が聞こえる気がした。
「カキツバタ!!」
なんだか人が集まる気配が、するようなしないような。
そこでプッツリ意識が途切れた。
「………………あ」
不意に目が覚めて、真っ白な天井が視界に入る。
気付けばやけにフカフカなベッドの上に横たわっていた。起き上がって見るも辺りの景色は見覚えが無いし、一体なにが……
ていうかオイラいつ寝たんだっけ?しまったな、無駄な時間
「あ……!カキツバタ先輩!!起きたんだ!!」
色々考えていれば、アカマツが現れて大声を出した。耳が物理的に痛い。
「よかったぁ……!具合はどう!?痛いとか気持ち悪いとか無い!?大丈夫!?」
「お、おお、元気だけど。ここ何処?」
「医務室だよ」
いむしつ。イムシツ……医務室?
「カキツバタ先輩、部室で倒れたんだ。……憶えてない?」
「…………全然憶えてねえ……」
部室で倒れた?自他共に認める怠惰なオイラが?新手のドッキリだったりする?
全然憶えてないし信じられなくて、顔を覆う。たっぷり寝たお陰か、嘘ではなく本当に元気だったので余計信じ難かった。
「もーっ、無茶するからだよ!スープ作ったから食べて!ちゃんと寝て!」
「……あ、それよりチャンピオン戦は、」
「なに言ってるの!?そんなの暫くダメだってば!!」
時計を見た感じ、恐らくかなりの時間が過ぎてる。であればスグリも挑んでくる筈で。
尋ねたら益々怒られた。なんでえ。
「ほら、ご飯!!食べる!!」
「いやでもぉ」
「食べないと怒るよ!?」
「もう怒ってる……」
「カキツバタ先輩!!」
「…………ハイ…………」
怖くはないが本気でキレてるようなので、後輩の心の健康の為にスープを受け取った。アカマツにしては優しい味付けだったので、なんとか飲み込める。
「スグリのこと任せっきりだったオレ達も良くなかったかもしれないけどさ!体調悪かったならそう言ってよ!ブルレクとか仕事くらいなら手伝えるんだから!」
「いやーそんなに調子悪かったこたねーんだけど」
「言い訳しないで!!とにかく次からはちゃんとオレに相談してよ!?」
相談と言われましても……と、ゴネるより先につらつら説教されてしまう。アカマツに怒られるのは初めてではないが、いつもよりかなり強火だった。もうオイラの言い分なんて聞く気ゼロらしい。
それでも可愛い後輩なので子犬ポケモンに吠えられてる程度の感覚だったが。行動を制限されるのはシンプルに困るし面倒なので、今後は気を付けようと思った。
「ごちそうさん。美味かったぜぃ」
間も無くスープを飲み切り、そう器を返す。アカマツは相変わらずプリプリしていたが、素直なヤツだから「お粗末さまでした!」と受け取った。
「とにかく!もう無理しないでね!?」
「へーい。じゃあオイラ帰るわ」
「まだダメ!!先生戻ってくるまでは大人しくして!!」
「だぁいじょうぶだってえ。ツバっさんもう元気よーっと」
普通に立ち上がって帰ろうとしたら止められた。構わず「オイラのポケモンは?」と訊けば、彼は「そこのカゴ!」と答えてくれる。本当に正直な男だなー。
ボールホルダーと荷物を回収して出口へ向かうとまた制止されるも、テキトーに受け流してドアを開けた。
「先生に『お世話になりました』つっといてくれーい。そんじゃ」
「もーっ!!先輩が自分で言ってよ!!」
尤もだな。自分に呆れながらヒラヒラ手を振り、立ち去った。
とはいえ、またブッ倒れるのは避けたいしチャンピオン戦が無くなったなら正直嬉しい。今日は大人しく寝てしまおうか。
いやしかし、負けそうなのだからポケモンの準備とか構成とか………
そう考えながら寮へと歩いていたら、
「なんだ、聞いてた話と違うな?カキツバタ」
「おーっすスグリぃ」
最悪なことに、元チャンピオンとバッタリ出会してしまった。本当に偶然だった。
彼は顔を見るなりこちらを睨み、馬鹿にするように笑う。
「チャンピオンのクセに体調管理も出来ないのかと思えば。倒れた割に元気そうだな?……ああ分かった、俺が怖くて逃げたんだ。負けると思ったから後輩とグルになってチャンピオン戦を先延ばしにしたんだろ?」
「いやあ、それがオイラも驚いたことにマジで倒れたんだよ。気付いたら医務室のベッドの上!ビックリだよねぃ」
「…………嘘吐き」
「ホントだって。先生に訊いてみ?流石に先生まで嘘吐くわけねえだろぃ?」
「……まあいい。そういうことにしといてやるよ」
捻くれたヤツだこと。そう口笛を吹くと、少年は見下すように見上げた。
「そんなに元気そうならバトルくらい出来るよな?エントランス出なよ。今日こそ叩きのめしてやる」
「うーん、ポケモン勝負すんなってアカマツに怒られたばっかなんだけどねえ」
「弱いヤツの説教を大人しく聞くんだ。人の好いフリは程々にしたら?どうせお前もアイツらを見下してるんだろ?」
おっと、そいつは聞き捨てならねえな。
「アカマツも皆も弱くはないだろ。オイラのことは好きに言えばいいが、お前ちょっといい加減にしろよ」
「お前がそうやって庇うからアイツらも弱いままなんだけど?見下してないなら善意のつもり?どうせこれから俺に負けるヤツが、ヒーローごっこも程々にした方がいいんじゃない?」
「おーおー好き勝手言い捨てやがって。お前も最強ごっこなんてつまらねえ真似はそろそろ止めたらどうだ?」
「ハッ、余所事ばっか気にして倒れるヤツが何様なの?」
「そっちこそ、他人に当たらねえと自分の感情もコントロール出来ないんだろぃ?お互い様だよねぃ」
仮にも後輩相手にこんな発言したくはなかったが、オイラだって人間だ。繰り返し暴言を吐かれて良い子で居られるほど寛容でもない。
なにより仲間を馬鹿にされているのだ。これ以上黙っていろなんてそれこそ無茶だろう。
「強いヤツが正しいんだ。強いヤツは特別なんだ。……黙って欲しいなら黙らせてみるんだな」
「はぁーっ、ここ最近負け続きでも黙らなかったクセになんだそりゃあ。……いいぜ、やってやろうじゃねえの」
別に挑発に乗ったとかではないが、一度『受け続けるつもり』だと決めたんだ。それにここで断って勝手に不戦敗にでもされたら困るので、エントランスへと向かい出した。
背後からスグリがついてくる。歩きながらもブツブツと独り言が聞こえた。
「大丈夫……勝てる、今回こそ勝てる……カキツバタなんかに負けてちゃダメなんだ……アイツに勝つ為にもカキツバタに勝たないと……!」
まーた『アイツ』ですか。つーかソイツに勝つ為にオイラに勝つとか意味分からねえ。この元チャンピオン様は一体どんな化け物とやり合いたがってんだか。
倒れたお陰かこちらのイライラもかなり限界で、困ってしまう。あんまり後輩に強く当たりたくないんだけどなあ。まあそれも今更かあ。
エントランスには直ぐに着いた。いつもの受付を済ませ、いつもの位置につき、いつものようにオイラ達はボールを構える。
「それでは!!四天王及びチャレンジャースグリvsチャンピオンカキツバタ!!勝負開始!!」
ああ、また始まっちまった。
現実逃避のように何処か他人事になりながらも、ボールを投げる。
そして、…………そして。
──────この勝負に、オイラは負けた。