ひよ里、ママになる!?の巻「お前、その腹……」
ここのところ忙しかった護廷の仕事がひと段落したので、さて久しぶりのお出かけがてらひよ里でもからかいに行くかと現世に赴いたのが運の尽き。
あくまでついでやとという体を装ってひょっこり顔を出した浦原商店で真子が見たのは、お目当てのひよ里の予想だにしない姿であった。真子の声に、ひよ里は過剰なくらいにびくりと肩を波立たせてこちらを向く。
「な、なんでアンタがこっちにおるんや!」
自分の姿を見るなりそう言い残して脱兎の如く外へ駆け出したひよ里を追う気力は、真子にはもはや残っていなかった。
放心状態の真子は、頼むから見間違いであって欲しいと、一瞬だけ見えた久しぶりのひよ里の姿を脳内でプレイバックする。
解かれた髪、伸びた身長、膨らんだ胸。服装もお馴染みのジャージではなく大人っぽいワンピースに身を包んだひよ里。よほどの顔馴染みでなければもはや誰だかわからないだろう変わりようで、言いたいことは山ほどあった。だがそれら全てはある一点の変化に比べれば取るに足らない。真子にとって何より問題なのはひよ里のその身体の中間あたり。膨れていたのだ、腹が。
当人の真子に対する反応を鑑みるに、太っただけだとは到底思えなかった。
……え?いつから?
やって前に来た時はいつも通りやったで?オレの知らん間にどこの馬の骨ともわからんヤツがひよ里と??相手は人間か??いやでもひよ里は人間嫌いや、そう簡単に身体を許すとは思えへん。
アイツの周りにいる男と言えばラブとハッチ、それから……
「あら平子サン。来てたんスか。ひよ里サン見ませんでしたか?さっきまでここに居たハズなんスけど…」
遅れて店内から喜助が顔を出す。嫌な予感がした。まさか、よりにもよって。
そりゃ、ひよ里と喜助は護廷にいた頃から現在に至るまで、なんやかんやで付き合いも長い。ひよ里が現世に残った理由だって、少なからず喜助にあるのではないかと真子は思っていた。ひよ里のことだ。思い出すのも忌々しいあの晩に自分を助けに来て尸魂界を追放された喜助に、思うところがないわけない。本人への態度は悪くともひよ里はひよ里なりに喜助のことを気にかけているし、喜助も最初で最後の副官としてひよ里のことを信頼し、それなりに大事に思っているのは見ていればわかる。それこそ当時他隊であった自分にはわからない絆のようなものがあるのだろう。
それでも恋愛という括りで言えば喜助には夜一サンがおるし、オレともそこそこ友好的な関係を築いていた。個人的には喜助に感謝してもしきれぬほどの恩を感じているし、胡散臭く信用しきれぬところもあるがそこひっくるめてなんとなく共感してしまうというか、人間的には結構好きな方だ。それなりに腹を明かして仲良くしているつもりだった。だからオレのひよ里への気持ちだって、言わずとも喜助に伝わっている……と思っていたのだが。
まさかそれをわかった上でか?
「喜助ェ……嘘やん、なあ……??」
開口一番に涙目で訴えれば、喜助はポカンとした顔をする。
「あれ、もしかして見ちゃいましたか?」
弱ったなあと言いながら頭を掻く喜助に、世界が絶望の色に染まった気がした。
フラつく身体をなんとか動かして、とりあえず頭を冷やすために一刻も早くこの場を離れなければとアジトへ向かおうとする。ところがショックのあまり足がもつれてビターンと顔面から盛大にすっ転んだ。土間の地面はしっとりと冷たい。
「……大丈夫ッスか?」
「うるさい話しかけんな、もうオマエのカオなんて見とうない……」
転んだままの体勢で虚勢を張れば泣きそうな声が出て、いよいよ己が本気で情けない。