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    メノウユキ

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    メノウユキ

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    すみません、普通に修正間に合わなかったんで夕方にまた続きあげます

    七話 安息地「ココノ。お前この周辺どうなってるかわかるか?」
    「裏路地、表通り、神社への道を軽く見ましたが追手は結構な数がいました。推定三十くらいかと」
    「三十だと? 未成年を追うのにどんだけ人員割いてんだか……。その数をこの町に投入するとか勘弁してほしい……。仕事の後処理がどれだけ面倒かあの烏合の衆どもはわかってるのか……?」
     町中の屋根を走りながら一人と一羽は情報交換していた。私は会話を聞きながら必死に振り落とされないようにしがみつくことで精いっぱいだ。そもそも、今オイカワさんが通っているところは道ですらない。屋根伝いに走っては跳ぶという動作を繰り返して移動している。通常の道を通っていないため、追手は気づきもしないだろうが、一歩間違えれば落下して死んでしまう。
     遊園地のジェットコースターには乗ったことがないが、最大まで上がった後に落下するときの浮遊感と言うのはこんな感じなんだろうか。少なくとも、上がっては下がってという動作を何度も繰り返されると胃液がのど元を通過して大惨事になりかねない。
     永遠ともいえる恐怖体験がいつ終わるのかと内心願って体感数分、体を固定させていた紐は解かれ、やっと地面に降ろされた。
    「大丈夫か? 顔色悪いが」
    「ちょっと……大丈夫じゃないです……」
     口元を押さえて必死に喉元まで出かかっている胃液を抑える。ここで嘔吐しては社会的にまずい。何より相手に悪いし、今後の人間関係にも関わる。
    「おかしいな、割と衝撃がそっちにいかないように気を使ったつもりだったが……」
     衝撃云々の問題ではないというツッコミをしたいが、今口を開けば危ない。これは吐き気が治まるで少し待ってもらおう……。変に動けばそれこそ濁流となってあふれ出る。

     ◇

    「……ごめんなさい。やっと落ち着きました」
     しゃがみこんで必死に口元を押さえて数分。何とか吐き気はなくなったが、胃液が喉元まできていた影響か喉が痛い。まさかこんな形で喉を傷めるとは思っていなかった。
     オイカワさんは鋭い目付きであたりを見回していた。男たちや先ほどの奇妙な肉塊が追ってきていないか警戒しているのだろう。先ほど屋根伝いに移動したのでかなりの距離を引き離したはずだが、神社に逃げた時はすぐに見つかったので油断はできない。
    「もうおさまったか?」
     彼は目線だけこちらに向けて短くそう言った。
    「は、はい……あ、あの」
    「どうした?」
    「先ほどの……鴉の人? はどこへ?」
    「あぁ、あいつなら今別行動だ。追手の行動もそうだが、なんでアンタが狙われているかも気になるからって言って調査にいった」
    「それは……」
     この瞳の色と特性が原因だろう。だけど、このことを彼に言っても大丈夫なのだろうか。彼も同じ異形を見る瞳を持っている。だけど、だからといって手放しで信用できるかといえばそうではない。
     もし……もしも、彼はあの男たちと敵対しているだけで、同じ同業者だったとしたら? 彼が人身売買を生業にしていないっていう保証はどこにもない。
     打ち明けるべきなんだろうか。私と同じものが見える存在は初めてだ。だから、どうすればいいかわからない。
    「まぁ、今の最優先は朝まで逃げ切ることだな。いくら奴らでも日が出ている間は大っぴらに動けないだろ。何も知らない人間を巻き込んで大事を起こすほどの根性は持ち合わせてないはずだ。隠れ場所にはひとつ心当たりがある。ひとまず、そこでしばらくやり過ごそう」
     彼はそう言い、歩き始めた。
    「わかりました」
     いったん、信用するかしないかはおいておこう。彼の言う通り、安全な場所を確保して落ち着くことが優先。私は見えるだけで自分を守るすべは持っていない。今は彼の言う通りにしていよう。これ以上負担を増やしたくない。
     視線をややあげ、オイカワさんについていこうと数歩歩くと不意に白いものが彼の肩に止まった。
    「ん? あぁ、お前か。ココノと交代したんだな。この周辺は特に異常なかったか?」
     オイカワさんは白い物体に気づき、いくつか言葉をかけた後こちらに振り返った。
    「アオヤマ、今のところ奴らはワタシ達を探知できていない。そこの角を曲がったところに隠れ場所があるが……歩けるか?」
     私はその場で立ち上がり、何度か足踏みをしてみるとまだ多少痛みは残っていた。ケガをしている足に痛み止めを塗って包帯を巻いているとはいえ、ほぼ素足の状態と変わらない。しかし、歩けないほどの激痛ではないので少しの距離を歩くだけであれば問題はなさそうだ。
    「大丈夫です……その、肩に乗っている白い物体……異形ですか?」
     私は彼の肩についている白い物体を指さしてそう言った。
     最初はスルーしようかと思ったが、気になるものは気になる。
     オイカワさんとは同じものが見えるから、目に見えるものを正直に言えるのかもしれない。
    「コイツのことか? コイツも今日会ったはずだが」
    「え?」
     私はもう一度まじまじと白い物体を見る。形は比較的丸く、大きさは私の手のひらよりも小さいけれど、よく見ると羽が折りたたまれているように見える。身近なもので例えるなら、コウモリが一番近いかもしれない。
     日頃異形はよく見かけるが、少なくとも今日こんな小型の異形は見たことない。オイカワさんと同行しているときに見かけた存在は……。
    いや、さっきの鴉の異形が人型に姿を変えられるのなら……。
     一つの可能性が脳裏に浮かんだとき
    「あぁ、そうか。この姿では見てないか」
     と彼は言って肩に乗っている白い物体に合図を送った。白い物体は彼の肩から飛び出し、一瞬で黒い炎に包まれて地面に落ちる。
    「え!? これ、大丈夫なんですか?」
    「まぁ、見てろ」
     彼の言う通りに炎に包まれたものをもう一度見ると、みるみるサイズが大きくなっていき、やがて人型のサイズとなった。サイズは小学生低学年ほど。炎が消えるとそこにはくりっとした大きな目に天然パーマのような髪型が印象的な白髪の少年、ミドの姿がそこにあった。
    「え!? なんで?」
    「なんでも何も、ココノと同じだよ。コイツもペリっていういわゆる人間とは違う生物みたいなものだ。まぁ、詳しくは中で話す」
    「中?」
     彼はそう言うとある建物を指さした。
     指された方向を見るとレンガ造りの洋風な外観をした建物があった。見た感じ、窓がなく、中の様子を見ることができない。周囲の建物と雰囲気が違うのでやや浮いて見える。建物の前には「オリエント」と書かれた看板があり、ドアには「OPEN」と書かれた札があった。建物の外にライトはないので、営業しているようには見えない。店の人が間違えておいてしまったのだろうか? そもそもなんの店なのだろうか?
     そう思っていた矢先、オイカワさんは躊躇いなくオリエントのドアを開いた。中は明るく、誰かがいるようだった。
    「ほら、早く来い」
    「は、はい」
     私は促されるまま、店内に入った。

     ◇

     店内は外観の雰囲気をそのまま引き継ぎ、洋風のインテリアでまとめられていた。テーブル席が三つとカウンター席が五つ。テーブル席の方は赤い一人用のソファーが四つと磨かれた木製のテーブルが一つでセットのテーブル席になっている。カウンターの方はテーブル席の椅子とは違って少し背の高い木製の椅子があった。照明は温かみのある色で店内を淡く照らしているが、薄暗さは感じない。
     洋食屋……もしくは喫茶店だろうか?
    「マスター、いるか?」
     オイカワさんがカウンターの奥に向かってそう声をかけると、奥から一人の老人が出てきた。服装は白シャツに黒ベスト、下は黒ズボンを覆うようにエプロンをしている。老人といっても背筋はしゃんと伸び、足取りもしっかりした様子で年を感じさせない。
    「いらっしゃいませ。今日は随分と忙しそうですね」
     マスターと呼ばれた老人は穏やかにそう言った。どうやらこの店の店主らしい。
    「あぁ、まったくだ。この後の新聞配達の仕事に間に合わせたいところだが……厳しいかもしれないな」
    「あまり無理をされますと、体調を崩しますよ? この前もカウンターで休憩をしているときに意識を失っていたではないですか。ココノさんも心配しますよ?」
    「あぁ……まぁ、善処はする」
     オイカワさんがそういうと、近くにいたミドがオイカワさんの足元に近づいて頬を膨らませてポカポカとたたき始めた。
    「痛って……おいミド、文句ありげに人を叩くな」
    「むり、だめ!」
    「不眠症なのはどうしようもないだろ。クレームならトラウマを植え付けたココノに言ってくれ。ワタシだって治す努力はしたんだ。一応」
     彼はそう言ってミドの頭をつかんで遠ざける。こういう姿を見ていると、少しほほえましい気持ちになる。
    「ところで、ここに来たのは後ろのお嬢さんに何か関係することですか?」
     急に指摘され一瞬ビクッとなってしまうが、彼らは話をつづけた。
    「あぁ、今少し追われていてな。しばらくの間、彼女をここで預かってほしいんだが……できるか?」
    「なるほど、そういうことでしたか。可能ではありますが、ここが完璧に安全という保障はできませんよ?」
    「多少の安全を確保できていれば問題ない。一晩中駆けまわって逃げるよりはマシだろう」
    「わかりました、そういうことならお受けいたしましょう」
    「助かる」
     彼は老人にそう言った後、こちらに向き
    「ワタシは一度ここを離れてココノと合流する。アオヤマはここで待機していてくれ」
     と告げた。
    「は、はい……わかりました」
     先ほどの二人の会話からこの場所は外よりも安全地帯ということがわかる。彼の言う通り、ずっと走って逃げ回るよりかは、ここで身を隠していた方が得策だろう。
    「ミド、お前はここにいろ。もし、敵にここを察知されたらアオヤマを連れて逃げろ。いいな」
     オイカワさんはミドに向いてそういうと、ミドは大きくうなずいた。
    「頼んだぞ」
     彼は黒コートのフードをかぶり直して店を出た。

     ◇

    「……」
     オイカワさんが行ったあと、店内は静けさに包まれた。
     ここが安全地帯だからと言われて連れられたのはいいけれど、初対面の人と同じ空間にいるのは気まずい。
    「どうぞ席に座ってください。見たところ足を怪我されているようですし、立っているのは厳しいのではありませんか?」
    「あ、はい……。ありがとう……ございます」
     頑張って笑顔で返すが、ひきつっている気がする。ちゃんと笑えているだろうか……。内心そう思いながら私は一番近いカウンター席へ座った。
    「すみません、自己紹介がまだでしたね。私はこの店〈オリエント〉の店主をしているものです。常連の人たちからはマスターと呼ばれていますので、どうかそうお呼びください」
     マスターと名乗る老人はそう言うと微笑んだ。オイカワさんがこのタイミングで連れてきたということは、彼も異形たちについて何か知っているのだろうか?
    「は、はい。ええと、青山 宇宙(あおやま そら)です……」
     外よりは多少安全と聞いたので、少しほっとする。数十分前とは全く状況が違うので、先ほどのことが夢だと錯覚しそうだ。
    「あの……」
    「どうされました?」
    「ここって、本当に安全なんですか? 確かに目立たない立地にあるとは思うんですけれど……その……」
    「そうですね。貴女のおっしゃる通り、完璧に安全というわけではありません。外よりかは多少マシというレベルですね。ただ、オイカワさんが出ていますからしばらくは安全とみて大丈夫だと思いますよ」
     彼はそう言って食器棚からカップを取り出して何か準備し始めた。
     マスターの言動から見るに、オイカワさんはかなり信頼されているように見える。
    「あの、この町には異形がたくさん出るんですか?」
    「異形……? あぁ、ペリのことですか?」
    「ペリ?」
    「アオヤマさんが異形と呼んでいる存在のことです。私たちは彼らをペリと呼んでいます」
    「マスター……さんは、いぎょ……ペリ? が見えるんですか?」
    「えぇ、見えますよ。この店の常連さんの半分はペリですから」
    「え……え!?」
     異形が常連客? それにマスターも見える? 情報量が多すぎて処理しきれない。
    「よくいらっしゃいますよ? 常連さんは気さくな方が多いですからよく話しますし、私が知らないことを教えてくれますから大切な方々です」
    「そう……なんですね」
     信じられなかった。あの異形たちが友好的に話すなんて……。だけど、さっきの鴉の異形を見た後ならそういう存在がいるっていうのはなんとなく理解できる。
     人語を理解でき、あんなに流暢に話すことができる異形はあの三つ足の鴉が初めてだ。たまたま私が出会ってきた異形たちが人とのコミュニケーションに向いていなかっただけで、もっと広い地域で見ればああいった友好的な異形もいたのかもしれない。
     ――気味悪いこと言わないでくれる?
    「!」
     ふと脳裏にこの町に来る前に引き取ってくれた親戚の叔母から言われたことを思い出してしまった。
    「どうされました? 顔色が悪いようですが」
    「いえ、大丈夫……です」
     叔母からの軽蔑するような目線と冷たい声を鮮明に思い出し、小刻みに体が震えていた。それだけじゃない。叔母に引き取られる前のところにも、その前のところにも……この瞳と私が見えるものが原因でいつも冷たい態度をとられていた。
     どこにも味方がいない。友達もいない。この瞳の色を気味悪がり、陰口を言う人ばかり。
     思えば助けてくれたとしても、私はこれから何を頼りにして生きていけばいいのだろう。見える人がこの町にいてくれたとしても、それが味方かどうかは話が変わってくる。オイカワさんだって、マスターだって、仕事の一環として守ってくれているに過ぎない。夜が明けて、この騒ぎが落ち着けば今までの面白みのない日常に元通り。
     私には……この気味の悪い瞳以外なにもない。
     小刻みに震える体をおさえつけるように私は自分の手を強く握る。しかし、震えは全く治らなかった。
     その時、目の前にホットミルクが出された。
     ふと視線をあげるとマスターは優しく微笑み
    「簡単なものしかお出しできなくてすみません。お代は結構ですので、よろしければどうぞ」
     と言った。
    「え、でも……」
    「詳しい事情は知りませんが……暗い環境の中、必死に走って逃げていたというのは見ればわかります。ひどく怖い体験だったはずです。ここは安全な場所です。ひとまず、ホットミルクでも飲んで落ち着きましょう。大丈夫、何かあっても必ず逃がしますから」
     彼は力強くそう言った。たとえそれが見せかけの言葉だったとしても、今私の中にある不安をぬぐうには十分な力を持った言葉だった。
    「ありがとうございます……」
     私は震える手でホットミルクの入ったカップを持つ。カップの中のミルクは小さな波がたっていた。気を抜けば落としそうだ。
    「いただきます」
     私はそう言ったあとに一口ホットミルクを飲む。熱すぎず、ぬるすぎない丁度いい加減の温度と優しい甘みが口いっぱいに広がり、体の中からぽかぽかするような感覚がした。
    「おいしい……」
     思わずそうこぼす。いつも夜に飲むものはココアだったので、ホットミルクがここまでおいしいなんて思いもしなかった。
    「口にあったようでよかったです」
    「……」
    「どうかされましたか?」
    「あの……マスターは異形……いえ、ペリが見えるんですよね」
    「そうですね。気が付けば見えるようになりました」
    「マスターは彼らを見て、怖いと思ったことはありますか?」
     彼の目を見て私は聞いた。本当はオイカワさんにも聞きたかったが、彼は私と違って強さを持っている。今思えば、夕方ごろに出会った異形が急に逃げ出したように消えたのは、オイカワさんのおかげかもしれない。彼であれば、敵意のあるペリも打ち倒す力を持っている。だから、彼は異形たちに対して恐怖は抱いていない可能性が高い。
     だけど、マスターは違う。戦えるのかもしれないけれど、客として異形たちと接しているのであれば、少なくともオイカワさんと違う考えを持っているはず。
     だから、少し気になって聞いてしまった。同じ見える人間として、異形たちをどう思っているか。
    「特に怖いと感じたことはないですね。外見が特徴的で驚くことはあっても、この店に来る方々はたいてい話せばわかってくれる方ばかりなので」
    「でも! あいつらは突然追いかけたりしてきます! こっちからは何もしてないのに、話しかけたり……時には攻撃する奴らだって!」
     私は机をバンッと叩き、思わず立ち上がった。
     そのあと、足の痛みのおかげで正気に戻る。今は潜伏中。迷惑をかけているのはこちら側なのに怒鳴ってしまった。
    「ごめんなさい……大声をあげてしまいました……」
     私は呟くようにそう言ったあと、座りなおす。
    「いえ、気にしないでください。境遇は人それぞれ違いますから、出会ってきたもののタイプが違えば感じ方も違います」
    「……」
     マスターは笑ってそう言ったが、気持ちは晴れなかった。
     どうして自分の周りは人間に対して無関心な奴らがいなかったんだろう。無関心な奴らだったら、今みたいに苦しむこともなかったのかもしれないのに。
    「それに、私からすれば人間もペリもそう大差ないと思いますよ」
    「大差が……ない?」
    「はい、大差ありません。人間が生きていることと同様、ペリも生きているのです。そして、感情があります。当然、悪意があって攻撃してくる輩もいるかとは思いますが、それは人間側も同じでしょう? 人間も悪意があって攻撃する人は悲しいことにいるのが現実です。だから私からすれば人間とペリ、この二つの存在は大差ないと感じるのです」
     マスターの話を聞いて私はさっき襲い掛かってきた男たちを思い出す。彼らはどういう目的か知らないけれど、私の瞳を狙って動いている。私は彼らが酷く恐ろしく感じた。
     確かに、人間でも怖い存在はいる。過去に私を引き取ってくれた親戚の人たちは全員恐ろしく感じた。私以外と話すときは普通に話すのに、私と話すときだけ冷たい目線と声に変わり、当時幼かった私にとってひどく辛いものでもあった。
     マスターはそういった存在と異形は似ていると言った。
     オイカワさんの使い魔と名乗るあの鴉の異形やミドを見るまでは本気で異形は人間にとっての敵かと思っていた。もし、今の私が鴉の異形とミドの存在を知らなければ、マスターの話を嘘と認識していただろう。
     だけど、今は違う。人間に対して無害な異形もいるということを今日知った。だから一概に異形たちの存在を否定することはできない。
    「焦りは禁物です。知らないことを知って混乱するのは仕方ありませんが、まずはゆっくり自分の中で答えを見つけてください。人もペリも全く同じ存在はいません。向き合い方も一つ一つ違ってきます。人とペリは大差ないというのはあくまで私の答え。アオヤマさんはそれにとらわれる必要はありません。自分で見て、自分なりの答えを探してください。相談には乗りますから」
     マスターが優しく声をかける。ふと彼の方を見ると、マスターは私を見据えて一つうなずいた。
    「私なりの……答え」
     無意識に私はミドを見る。ミドは警戒しているのか、店の出入り口付近の壁からじっと動かずたっていた。
     彼は異形、マスターの言葉を借りるならペリだ。人とは違う存在。だけど、今まで出会ってきた異形とは違って、コミュニケーションはとれるし、人間世界の中に溶け込んでいる。
     ――彼らに対してどう接するのが正解なのだろう。
     そう考えながら私は少しぬるくなったホットミルクを飲んだ。

     ◇

     オイカワさんがうまく男たちを引き付けているのか、この店に来てしばらく経った今でも平穏が保たれていた。
    「オイカワさん、本当に大丈夫なんですか?」
     確かに彼は強い。それは短い時間しか一緒にいなかった私でもわかることだ。しかし、だからといって不安にならないわけではない。
     人間相手ならまだしも、神社を去る時に見たあの肉塊の異形。あれは絶対に危険なものだ。それ相手にもし戦っているのであれば、いくらオイカワさんだったとしても苦戦を強いられるのではないだろうか。
    「あの人なら大丈夫ですよ。オイカワさんはこういう状況慣れていますから」
    「慣れている?」
    「えぇ。対人戦も申し分ないほど強いですが、オイカワさんはどちらかというと対ペリの方が強いかもしれませんね。ココノさんもいますし、とりあえずは問題ないと思いますよ」
     マスターははっきりとそういった。彼の強さはどれくらいなのか、今の私には想像つかないけれど、少なくともあの程度じゃ苦戦することはないっていうことだろうか?
    「マスターやオイカワさんは……この町を守ることが仕事なんですか?」
    「私の仕事はあくまでもこのオリエントの店主として、お客様をもてなすだけです。実際に町を守る仕事をしているのはオイカワさんとその使い魔のココノさんとミド君ですよ」
     町を守る。天池町は比較的人口もそこそこの都会までとはいかないけれど、発展した町だ。それを一人と異形数体で守るのは限度があるように感じる。マスターはごまかしているけれど、マスターみたいに裏で支える役割を持った人が何人かいるからこの規模を守ることができているのかもしれない。
    「ところでアオヤマさん、足の傷はまだ痛みますか?」
    「へ? あぁ、そう……ですね。まだ立って歩くと痛みます」
     急に話を振られて戸惑うが、何とかそう返す。
    「わかりました。少し待っていただけますか?」
     そう言い残し、マスターは一度奥の部屋へ行ったあと、一つの小さな小瓶を持って戻ってきた。
    「おまたせしました。こちらをどうぞ」
     彼は一つの小さな小瓶をカウンターに置いた。
    「これは?」
    「これは再生の薬です。ある一定期間の間だけ自身に存在する自然治癒能力を飛躍的に上げてくれる効果があります。こちらは差し上げますので自由に使ってください。ただ、あくまで自然治癒能力をあげるだけなので、乱用は厳禁です。くれぐれも注意してくださいね」
     手に取ってみると、手触りはガラスに近い。中の液体は水のようでマスターのいう治療の効果があるかはわからないが、物は試しだ。
     万が一ここが襲われて、走って逃げられなければ助けてくれたオイカワさんやマスターに申し訳ない。
    「あの、今使ってみても?」
    「もちろんいいですよ。使用する際は患部に直接一滴だけ落とすだけで大丈夫ですよ」
    「わかりました」
     私は片足をあげて包帯を取り、ケガの状態を見る。オイカワさんが薬を塗ってくれたおかげでマシにはなっていると思うが、それでも足のかかとと指を中心に皮がめくれて赤くなっていた。まだ肉が見えていないのが幸いだが、それでもこの傷を見ると少し気分が悪くなるくらい酷い。
     マスターに言われた通り、私は小瓶の栓を開けて一滴だけ足の裏のケガに落とした。すると目に見えて傷がふさがり、何事もなかったかのように完治した。しかも驚くべきことに、一滴だけにもかかわらず足の裏全体のケガが全てふさがっていき、一分もしないうちに傷は綺麗にふさがった。もう片方の足も同様の方法で薬を使うと全く同じ効果が現れ、すぐに傷がふさがる。
    「こ、これ……普通の傷薬とかではないですよね? すごく高価なものでは?」
     緊急事態だったとはいえ、無償で高価な薬を貰うのは申し訳ない。何より、今の私は財産がないので後で請求されたとして払えるものがない。
     しかし、マスターはにこやかに返事をする。
    「いえ、いうほど高価なものではありませんよ。先ほど言った通り、その薬はあくまで再生能力をあげるだけ。使用回数が多ければ多いほど効果が薄くなりますし、副作用もないわけではないですから。しかし、乱用しなければ問題ないのでそこは安心してください」
    「副作用っていうのは?」
    「使用頻度が高ければ比例して傷の治りが遅くなります。最悪、ちょっとしたケガでも全く傷がふさがらずに、そこから感染症にかかって死亡……ということになりかねません。適量は一日に五滴まで。それ以上使用することはお勧めしません」
     彼は薬の効果を丁寧に教えてくれた。やはり、万能ではないみたいだ。そこはある意味安心した。今、万能な商品だよと紹介されてある程度使った後にとんでもない副作用があった……みたいな展開になればどうしようもない。
    「では、ありがたくもらいますね」
     何はともあれ、薬をもらえたのはよかった。痛みに耐えながら走ることは私には無理だ。
    「……ちかく、きてる」
     唐突に今までずっと沈黙していたミドがそういった。するとマスターは
    「オイカワさんとココノさんが出てもここまで人が来るなんて本当に相当な数がいるようですね。ミド君、彼らはこちらに向かっていますか?」
     と表情を硬くしてそういった。
     ミドは少し目を閉じて何か考え込むようなそぶりをしたあと、再び目を開けて首を横に振った。
    「もし、こちらに向かってきているようでしたら合図をくれますか?」
     こくりとミドはうなずく。どうやら、何らかの特殊な方法で外の様子がわかるみたいだ。
    「アオヤマさん。不安にさせて申し訳ないですが、彼らが乗り込んできたら奥の部屋に素早く隠れてタイミングを見て裏口から逃げてください。その時はミド君も付いていてくれますから、何とかオイカワさんかココノさんを探して合流してください。いいですね? 奥の部屋に入って右手側に以前働いていたバイト用に購入した新品の靴があります。またけがをするといけませんから、それを履いて逃げてください」
     マスターはこちらに向き直ると真剣な表情でそう忠告する。
    「ま、マスターはどうするんですか?」
    「心配には及びませんよ。私も多少の心得がありますから」
     彼はそう曖昧に答え、安心させるように笑った。
     その時だった。
    「きた」
     ミドがそう言ったと同時にドタドタという複数人の足音が聞こえた。音が大きくなっているということはこちらに近づいているみたいだ。
    「随分と早く見つかったものですね。アオヤマさん、奥へ。大丈夫、ミド君がついていますから」
     私は一瞬ためらったが、ミドが私の手をつかみ、カウンターの中へと走り始める。これ以上いたら迷惑になってしまう。そう判断した私は言われた通り、奥の部屋へと入った。
     バァン!
     奥の部屋に駆け込み、急いで部屋のドアを閉める。
    「おい! クソガキ! いるのはわかってんだ! 出て来い!」
    「ヒッ……」
     私は声が出ないように両手で口を覆い、何とか悲鳴がでないように抑えた。
     ミドはこちらを向き急いでドア付近に来るようにジェスチャーをする。
     指示された通りドア付近に行くと彼はしゃがみ、ドアに耳を当てた。外の様子を探っているのだろう。タイミングをみて外に出るようにと言われたが、どのタイミングで飛び出せばいいのだろうか。下手に出ればかえって捕まりに行くようなものだ。
     それに、逃げたところでオイカワさんかココノさんと合流できなければ意味がない。
     気づけば体が小刻みに震えていた。震えを抑えようと手もみをするが一向に治まる気配がない。
     ガシャン!
     ドアの向こう側からはものが複数壊れる音と男たちの怒声が絶え間なく聞こえる。何を言っているかははっきりわからないが、それだけでも私にとっては酷く怖いものだった。
     思わずその場にしゃがみ込んで、震えが落ち着くように自分に言い聞かせるがむしろ悪化していった。
    「マスター……ごめんなさい……」
     私は祈るように手を組む。その時、そっと私の頭に触れるものがあった。思わずビクッと肩をあげて前を見ると、ミドが私の頭を撫でていた。
    「ミド君……?」
     私が名前を呼ぶと彼は応えるように満面の笑みを浮かべた。まるで安心してと言っているようだ。
    「ありがとう、少し落ち着いたみたい」
     そういうと彼は手を放し、またドアに耳を当てる。
     今は震えている場合じゃない。せっかくマスターが作ってくれた逃げるチャンスだ。無駄にするわけにはいかない。
    「たしか、靴がどこかに……」
     私は部屋を見渡すと、棚の上にひも付きの黒い靴があった。サイズは少し大きいが、紐をきつく結べば問題なく使えるだろう。
     急いで靴を履いて靴ひもをきつく結び、気合を入れるために自身の両頬を叩く。
     同時にミドはドアを勢いよく開け、私の手を引っ張って裏口から外へ飛び出した。
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