ジーアドナイン(五悠/学パロ) 五条せんぱぁい♡と校舎の窓から顔を覗かせた女どもが媚びた声を出して手を振っている。この状況に慣れてしまったせいで、団子みたいに連なってるところを見ると恐怖でしかない。まるで化けモンだ。いや、化けモンか。
少しでも反応すると騒がしくなるので気にも留めずスマホを弄っていると、煙草の代わりに棒付きキャンディの包み紙をぺりぺり剥がしていた硝子が「妖精さん見つかった?」と聞いてきた。
「あー、ダメ」
「駅周辺探しても?」
「駅周辺も例の商店街も。ほぼ毎日見に行ってんだけどな」
「うわっ、すご。ほぼ毎日通ってるとかストーカー予備軍じゃん!」
「は?ちげーし!」
「違くないよー。街中でたまたますれ違った人のことが気になってその辺うろついちゃうストーカーと大差ないと思うけど?」
「ストーカー?何の話かな」
タイミングが悪いことこの上ない。ヤクザみたいな担任に日直日誌を届けに行っていた傑が姿を見せると俺たちを交互に見た。
「五条が"妖精さん"のストーカーに昇格したって話」
「悟……いくらなんでもそれは……」
「だからちげー……ッオイ!硝子!話が拗れるからやめろって言ったよな!?」
「はは、逃げろー」
悪びれも無くスクールバッグを肩に掛けてササッと逃げていく硝子を追い掛ければ「待て、悟。まだ話してる途中だよ」と説教垂れるように傑が後を付いてくる。
ベッと舌を出して中指を立ててやるといつもの追いかけっこが始まった。
それを見世物とばかりにグラウンドのフェンス越しに運動部の女どもから湿っぽい視線を浴びる。こっち見てないで部活してくんねえかな。そんなんだからベストエイトにも残らないんだろうが。
「もう2年になるんだろう?諦めるという選択はないのかい」
桜の花びらを踏み締めるように追いついてきた傑がそう投げ掛けてくる。ない、と即答すると大きく溜め息を吐かれてしまった。
「あのな、悟。これだけ探して見つからないとなると活動自体を辞めたか、遠い地に引っ越したか……そんな理由しか思いつかない。こんなこと言いたくはないけど」
「憶測で語ってんじゃねえよ。海外でホームステイしてたとか習い事が忙しくてそれどころじゃなかったとか色々あるだろ。あと、2年じゃなくて1年と4ヶ月だから」
「……そういう君も憶測で語るのはやめたほうがいい」
「?」
こめかみに青筋を立てて突っ掛かる。その変な前髪引きちぎって花壇に埋めてやろうか、なんて言葉が出る前に傑がやれやれと歩みを止めた。
「正直、君が何故そこまで"妖精さん"に入れ込んでいるのか不思議で仕方ないよ。しかも相手は男ときた。ずっと聞かないでいたけど、君に何があったんだい?」
「"妖精さん"じゃなくて"悠仁"な」
「悠仁ね……。はいはい」
露骨に面倒臭そうな顔をしてくるところがムカつくが、悠仁のことを聞かれた以上話さないわけにはいかなかった。
「理由なんてひとつしかねえだろ。……ひと目惚れしたんだよ」
「は? ひとっ……」
「"あれは気が滅入るような寒い夜だった。"」
「え、嘘。回想? いきなり回想くる?」
「"24日の、クリスマスイヴ……"」
「……。右下辺りにワイプ出しておこうか」
あれは気が滅入るような寒い夜だった。
24日の、クリスマスイヴ。
年上の、後腐れのない女とその日会う約束をしていた俺は駅に向かって歩いていた。
そこを通ろうと思ったのはたまたまで、入口であることを主張しない看板の下を潜り、人気の無い寂れたアーケード商店街を突っ切ろうとする。と、ゆるキャラみたいな虎の絵が描かれたシャッターの前で胡座を掻き、ところどころ塗装が剥がれたアコースティックギターを抱えた悠仁に出会った。
猫みたいにくりっとした目と目尻にある三日月型の痣、そしてくすんだピンクの髪。
白い息を吐くように歌って、悴んでいるであろう指に挟んだピックでギターを弾く。ずるずる、と時々鼻を啜っていたが、気にならないくらいには歌が上手かった。
流行りの曲ではなかった。とはいっても、当時の俺は音楽が好きとか詳しいとかそういうわけじゃなく、映画のエンドロールで流れてたな、くらいの知識しかなかった。
そんな俺がわざわざスマホを取り出して調べようとしていたのは運命的な何かを感じていたからなのかもしれない。
画面上の検索欄に何を打ち込もうか悩んでいると悠仁が俺の方を見た。
夜気に曝した頬が、鼻が、赤みを差している。
数秒だけ見つめ合えば悠仁は顔を綻ばせてまた知らない歌を歌い始めた。
しかし、場所が場所だ。俺以外の誰かが立ち止まる様子はない。
こんな寂れたところじゃなくて駅前の広場で歌えば誰かに聴いてもらえるのにな、と思いながらも歌声に誘われて足が動いていく。
少しずつ歩み寄ったつもりだった。無意識に歩幅が大きくなっていたようで目の前に立ちはだかると猫みたいな目が丸くなった。さっきまであそこにいたよね!?とでも言いたげな顔にむず痒さを感じては髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱してその場にしゃがみ込む。
すると視界の端っこでぺらりと何かが捲れた。
自然と意識が向いていく。
「ゆう、じ……?」
俺たちの間を隔てるように置かれたギターケースの裏側には【悠仁】と子供っぽい字で書かれた紙が貼られていた。
「なるほど。そこで知ったわけだ。てっきり悠仁に直接聞いたものだと思っていたよ」
「寒い中頑張ってんのに話しかけられるかよ!」
「えぇ……まあいいや。続けて」
男二人が向き合っている。通りすがりのオッサンが三度見するくらいには奇妙な光景だったと思う。それでも。誰かが聴いてくれることに意味があると悠仁は精一杯歌ってくれた。
目が合うたびにニッと笑われて胸のあたりがザワつく。寒いはずなのに手のひらが汗ばむ感じがあった。
次第に落ち着きが悪くなって視線をあちこちに飛ばすと悠仁と書かれた紙以外にも、ギターケースの中に何か入っていることに気が付いた。
CDだった。1枚500円の5曲入り。
厚紙を折るように作られたケースは手作り感満載だがアイディア次第でこんなことも出来てしまうのかと驚かされた。小さく折り畳まれたカードも、そこに綴られた言葉も想いも、悠仁にしか生み出せないものだ。
俺にはキラキラ輝く宝石に見えた。
1人何枚までと制限もなかったからぜんぶ買い占めて、優越感に浸り、その何枚かは布教用として(本当は独り占めしたかったけど)つるんでる奴らに配った。
「アレかい?」
「そう、アレ。良かっただろ?悠仁の歌」
「なかなかキャッチーだよねー。口ずさみたくなるというか。中でも私は【生き様】が好きかな。最初のベースの入りがカッコ良いんだよ」
「お前なら分かってくれると思った。でも【ばっちこい!】のアップテンポな感じも好きだし【忘れるわけないじゃん】も捨てがたいんだよな……。すげー好き。サビとかグッとくる。悠仁のファルセットが綺麗でさ」
「君の場合、1位2位決められないくらいぜんぶ好きじゃないか」
「とーぜん。悠仁が作ったんだし」
「……だろうね。七海も灰原も気に入っていたよ。"五条さんに突然CD渡されたから最初は呪物だと思って警戒してました"って言っていたけど」
「私も私もー」
いつの間に硝子が花壇の縁に腰を下ろして挙手している。
「俺はともかく悠仁に失礼すぎるから返せ今すぐ返せ返却しろ!この際延滞料金取ったっていいんだからな!」
「へーそんなこと言っていいんだ?ちっせー男だなって愛しの悠仁に嫌われるかもしんないよ?」
冷めた目つきで見てくる悠仁がチラつく。そんな、そんなの。
「ヴッ……ヤダ……悠仁に嫌われたくねぇ……」
「硝子、あまり悟をイジめてやるな。しおしおで見る影も無いじゃないか」
「はは、ウケる」
カシャッと音が鳴る。反省の色もない、舐め腐った態度で「あとで七海たちに拡散しとこ」と硝子がスマホを弄っている。見るに堪えない面を晒している俺を撮ったことで、硝子テメェ!と掴み掛かろうとしたら傑に止められた。
「落ち着け悟。いくら相手が硝子でも女子の胸ぐら掴むのはよくないよ。硝子には私から消すように言っておくから……」
傑から見えないのを良いことに硝子はヘッと笑っている。オイ見ろよ、傑。絶対消すつもりねえぞアイツ。とっちめるなら今だと思う。
「それより悠仁とその後どうなったのか聞かせてほしいなー」
「……そ、そんなに聞きてえのかよ。俺と悠仁の馴れ初め」
「そりゃまともに恋愛してこなかったあの悟が一夜にして心を奪われたんだ。気にならないわけないだろう」
「は?今悠仁が気になるって言ったか?」
「そこまで言ってな……ッ、その築地魚河岸三代目の主人公みたいな顔しないでくれるかい?君の真顔は怖いんだよ。ほら、イマジナリー包丁もしまって」
「夏油ー、言っておくがあれコラ画だぞ」
「そうなの?知らなかった」
硝子からの謎の指摘が入ったが傑は素直に感心していた。
その後、悠仁とは──。
CDを買い占めた俺に悠仁は動揺を隠せなかった。ギターの弦を押さえる指が頼り無く、声も上擦っていた。数分前の俺と同じように落ち着きがなくなっている。
どうやらサプライズに弱いらしい。
悠仁という存在を少し知れた気がしてぽっと見蕩れているときゃあきゃあ騒ぐ声が聞こえてきた。やばい!イケメンがいる!獲物を見つけた肉食動物みたいに女どもが駆け寄ってくる。そして俺の隣に並ぶように腰を下ろして馴れ馴れしく話し掛けてきた。
ケバい化粧と、クッセー香水。胸を強調した派手な服。
明らかに悠仁の弾き語りを見に来たわけじゃないのと、俺目当てで近付いてきたのが手に取るように分かってクソ萎えた。絡み付くような視線が鬱陶しかったし、ベタベタ触ってくるのも気持ち悪かった。
本当に、本当に、最悪だった。
一気に不機嫌になっていく姿を悠仁に見られたくなくて、女どものそれを振り払いながら立ち上がる。後ろ髪を引かれる思いでその場を去ろうとしたそのとき、急にギターの音が止んで「あの!」と呼び止められた。
静かに振り返ると悠仁が俺を真っ直ぐ見つめて立っていた。わたあめでも食べているかのように唇をふわふわと動かしてから、肩に掛けていたストラップを掴む。
「聴いてくれて、ありがと!」
これでもかというほどに大きく手を振られて、ああ、これは、と思った。
ビリビリと走る衝撃と心臓を撃ち抜かれる感覚。悠仁を好きだと思った瞬間だった。
「その勢いで連絡先聞いとけば良かったんじゃないの?そしたらここまで探し回ることもなかったと思うんだけど」
ぱちぱちと手を叩く傑の後ろで硝子が人差し指を立てる。ボッと変な声が出た。ごもっともなだけにいつもの調子で俺正論嫌いなんだよね、と言い返せない。いや、だって、そうだろ。俺だけを見ていた悠仁に、何歳?どこ住み?てかLINEやってる?ってスマホを片手に聞いておくべきだったんだ。カッコつけてる場合じゃなかった。みっともなく縋りつけば良かった。
地に這い蹲る勢いでヘコんでいると、さっきまで諦めるよう説得してきた傑に今度は宥められた。
「悟にとって初恋も同然なんだからこればかりは仕方ないよ。上手くいくもんじゃないしね」
「そうか?恋愛童貞なだけでしょ」
「……まあまあ。否定は出来ないけど。気長に待っていればそのうち悟の前に現われるかもしれないよ?」
「どうだかな……1年4ヶ月も捜して見当たらねえなら悠仁はもう……」
悠仁と二度と会うことはないかもしれない。
肩を落としてのろのろと歩き出す。ずっと立ち止まっていたからか、花に水をやっていた園芸部の部員が不思議そうに俺たちを見ていた。
ああクソ!見るな、散れ!俺は今ヘコんでんだ!
サングラス越しにギロリと睨みつけてやる。傑に「他の生徒に当たり散らすのやめなよ」と注意されるとこの鬱々とした気分を散らすようにお願いしゃーす!と明るく呼び掛ける誰かの声に目を細めた。部活の勧誘だろうか。すれ違った人に手当り次第声を掛けているみたいだ。兎に角必死なのが伝わってきた。
放課後からご苦労なこった、と捻くれながらも通り過ぎようとしたら【音楽同好会(仮)部員募集中!】と油性マジックで書かれた紙を突き出された。
「すんません!音楽に興味無いっすか?今部員募集してて」
「は? ……ハァ!!?」
思わず出た声がグラウンドまで轟く。斜め後ろにいた傑と硝子が両耳を塞いでいたがそれもどうだっていい。
俺の目の前にはずっと捜していたあの悠仁がいるんだから!
猫みたいにくりっとした目と目尻にある三日月みたいな痣、そしてくすんだピンクの髪。着崩した制服はこの学校の生徒であると主張している。
はくはくと口を動かしていると悠仁の眉が吊り上がった。
「妖精さん!」
まるで再会を喜ぶかのようにぱあっと表情を明るくさせた悠仁に強烈な目眩を覚えた。
うわあぁぁ、何だこの生き物。可愛いがすぎる。
つーか待てよ。俺のこと、妖精さんって呼んだか?
「妖精さん……?」
「応!急に目の前に現れていなくなったっしょ?」
「あ、あぁ……そうだな」
「その日クリスマスイヴだったし、全然売れなかったCDも全部買ってくれたし。なんか妖精みたいだなーって思ったんだ」
えへえへ、と照れ臭そうにしている。あまりの凄まじい威力にサングラスが割れそうになった。
「悟、どうしたんだい急に」
「さっきから動きがキモいんだけど。ブルブル震えるマグロのオモチャみたい」
身悶える俺に傑と硝子が話し掛けてくる。思うように言葉が出なくてゆうじ、ゆうじ…とビラを抱える悠仁に指を差した。
特徴を教えていたのが今になって役に立ったんだろう。噂の悠仁を見るなり目を剥いていた。そりゃそうだよな。あんだけ捜し回って見つからなかった奴がうちの高校の生徒でした、とかそういう反応にもなる。
「あ、妖精さんの友達?どうも!1年J組の虎杖悠仁っす!部員募集中なんでよろしくおなしゃす!」
ひょこっと顔を出した悠仁が傑と硝子にビラを差し出す。
運命のイタズラ、というよりイタズラ好きな妖精の仕業か。
何も知らない悠仁は俺を見上げて人好きのする笑顔を浮かべてみせたのだった。
◇
「ごゆっくりどうぞ」
ファストフード店の店員が番号札を回収して持ち場に戻っていく。ピラミッドの如く積み上げられたハンバーガーとポテトを前にした悠仁は目を輝かせながらじゅるりと涎を啜った。
「好きなだけ食えよ」
「あ、いや、さすがにお金出すよ俺。結構な量だし」
「いいって、気にすんな。こんなとこまで付き合わせちまったからそのお詫びだと思ってくれれば」
透かした感じで言えば空気を読んだつもりでいる傑と硝子が離れた席から俺たちを見てヒソヒソと何かを話している。
付き合いが長いからよく分かる。ろくな話してねえ。
「そんじゃー……お言葉に甘えて。いただきます!」
お参りでもするのかと思うほど勢いよく手を合わせるもんだからつい吹き出してしまった。
やっぱ凄いよお前。この世の可愛いを煮詰めてみましたって感じがするもん。
大きく口を開けてハンバーガーに食らいつく姿を眺めながらずぞぞぞ、とストロベリーシェイクを飲む。いつにも増して美味く感じるのは悠仁がいるからか。
「まさか、同じ高校だったとはな……」
そうぼやくときょとんとした悠仁が上唇についたケチャップを舐め取った。えっっっろ。違う、可愛い。
「もしかして探してくれてたん?」
「そりゃな。あんときは邪魔が入ってゆっくり聴けなかったし、また聴きに行こうと思ったんだよ。そしたら全然会えねえしどこいっちまったんだって」
「あー……実はあの後色々あってさ。じいちゃんが入院したり、店閉めたり、バイト始めたり、バタバタしちゃって」
「店?」
「俺んち弁当屋やってんの。【おかずやいたどり】って看板見たことある?」
悠仁の背後にあったシャッターの絵が頭に過ぎる。
「……虎の絵の?」
「そう!」
「まさかと思うけど、弾き語りしてたところって悠仁ん家の前だったりしねえよな……?」
「前だね」
「はッ、え……?ウソだろ……近っ……」
あそこが本拠地だと誰が予想出来ただろう。必死こいて捜し回ったのに案外近くにいたと過去の俺が知ったら泡吹いて倒れていたかもしれない。
何回も店の前を通ったし、その付近をウロウロしたし、何なら立ち止まって見つめたこともある(硝子にバレたら死ぬまでネタにされそうだから言っていない)。
けど、悠仁に何があったのかを聞いているうちに自己嫌悪に陥ってしまった。
あの出会いから数日後のことだ。
幼い頃に両親を事故で亡くした悠仁を手塩にかけて育ててきたおじいさんが体を壊して入院することになった。
悠仁が生まれる前からやっていた弁当屋は悠仁だけではどうにもならないからと泣く泣く閉め、おじいさんが自分に何かあったときの為に貯めていた金は入院費やら治療費やらで飛んでいった。このままではいけないと悠仁は中学生でありながら新聞配達のバイトを始めたのだが、雀の涙ほどしか金が貰えないのを知り、絶望し、高校に行くのも音楽をやるのも諦めて就職しようと考えた。しかし、そこに、数年前に夢を追いかけて家を出たお兄さんが日本に帰ってきたという。
高校に行きなさい。夢を追いかけなさい。お金のことなら心配するなお兄ちゃんがいる。
お兄さんに背中を押される形で今の高校に入ったのだと悠仁はふにゃふにゃのポテトを食べながらそう語っていた。
「じいちゃんも高校行けだの部活入れだの言うしさ。とりあえずここでいいか!って受験したんだ。元から勉強好きじゃないし受かるか心配だったんだけどギリ滑り込めた感じ」
「……そっか、大変だったんだな。何も知らねえのに色々言って悪かった」
「んーん!妖精さんは悪くないって!こんなこと言うのもあれだけど、あの一件がなかったらこうして妖精さんに会うこともなかったんだ。じいちゃんもちょっとずつだけど良くなってきてるし、ずっと海外にいた兄貴も帰ってきてくれたしさ。悪いことばかりじゃねえよ。それに音楽続けようって思ったのも妖精さんのおかげだから……俺を探してくれたんだって分かってすげー嬉しい」
「悠仁……」
こんなん好きにならないほうがおかしい。
「ってなわけで、同好会!入らん?妖精さんが入ってくれたらめちゃくちゃ助かる。楽器出来なくてもそれなりに教えられるし任せてよ」
「あー……」
そうしたいのは山々なんだけど、な。
「俺3年だから部活入れねえんだわ」
「へッ、妖精さん3年生だったの!?」
「そ」
「まさか……あそこにいるお二方も……?」
ギギギ、とロボットみたいに顔を向けると悠仁の視線に気付いた傑と硝子が愛想良く手を振ってきた。
「あいつらも3年」
「ガーン!」
分かりやすくショックを受けた悠仁がテーブルの上に頽くずおれる。
そう上手くいくわけねえって思ってたけど!思ってたけどさぁ!
音楽同好会の部員集めに相当苦戦しているようだった。同好会を立ち上げる条件として、賛同者が5名以上いること。引き受けてくれる顧問も必要だし、活動する為の場所も必要になってくる。担当パートにもよるけど、楽器も調達してこないといけないだろう。
「……俺なら何とかしてやれるかも」
「え?」
「顧問と場所は確保出来る。部員は1人呼べそうな奴がいるから俺から声掛けてみるわ。そいつ、音楽が好きで趣味でベースやってんだよ。実際に弾いてるとこ見たわけじゃねえから実力はどんなもんか分かんねえけど」
「マジ!?」
「マジ」
「やった!紹介して!」
悠仁が身を乗り出して俺の手を取る。あまりにも急すぎてその場で飛び上がるようにテーブルに膝をぶつけた。
「大丈夫?なんかすげー音したよ」
「っおま、お前なぁ!いきなり手握ってくるやつが…!」
「手?」
「ミ゚ッッ!!」
手を握られたまま顔を覗き込まれて変な声が漏れた。俺よりひと回り小さい手も、上目遣いも、俺にとって着火剤にしかならない。
顔が焼けるように熱いから多分赤くなってんだろうな。
「ゆッ、ゆじ、」
「う、うん、悠仁だけど」
「い……今すぐスマホ貸せ!俺の連絡先教える!」
「おお!連絡先!」
悠仁が椅子の背凭れに引っ掛けていたリュックからスマホを取り出す。本人から「俺よく分かんないから」と言われてしまい、差し出すようにテーブルに置かれたそれを掴んだ。
買ったばかりなのか、傷ひとつ見当たらない。そして何より気軽に連絡取れるアプリが入っていない。初期設定のままだ。
「LINE入ってねえの」
「へへっ、入学祝いで兄貴に買ってもらったばかりでして……電話とメールしか使ったことないんだ。アプリ?もどうやって入れるのか分からんくて」
「……道理で何も入ってねえわけだ。こっちで落としちゃっていい?色々と便利だし」
「応!妖精さんの好きにしちゃってよ」
右手の親指を立てる悠仁をちらちら見ながらアプリをダウンロードする。インストールが完了するまでの間、再会してからずっと気になっていたことを口に出してみた。
「その妖精さん呼びやめねえ?一応五条悟って名前があるからそっちで呼べよ」
「そしたら、五条先輩?」
「……なんか距離あるな。悟は?」
「いやいや、いきなり呼び捨てはいかんでしょー。3年ってことは俺より2つも上ってことだろ?百歩譲って悟先輩で!」
「さっきからタメ口だし今更だろ。呼び捨てでいいじゃん。俺は気にしねえけど」
「俺が気にする──……あ、悟くんは?だめ?それかさとるん、さとぴっぴ、さとちんとかでも「悟くんで」
候補として最後に挙がったやつは硝子と傑に改悪される未来しか見えないので早めに締め切った。さとちんちん、さとちんこ。下手するとぽ、までいきそう。せっかく悠仁が考えてくれた呼び名を下ネタで汚したくない。
「じゃ、悟くんって呼ぶ」
ニシシ、と笑われた。サングラス越しでも眩しく感じるこの笑顔を明日から浴びることになると思うと心が躍る。俺の高校生活始まったな。ハッピースクールライフ。昼休みに教室まで迎えに行ったり、テスト勉強に付き合ったり、放課後に駅前のクレープ屋に寄ったり、イベントが盛り沢山なわけだ。
あわよくばプライベートでも遊びたいと企んでいる。
インストールが完了したアプリを立ち上げて、必要な情報を悠仁に打ち込んでもらい、誰の名前も表示されていないそれに俺の連絡先を登録する。
【五条悟】
リストに自分の名前があるのを噛み締めながら悠仁にスマホを返した。二人で話して、飯食って、連絡先交換まで──こういうのは焦らず段階を踏むべきだろうが、1年4ヶ月も会えなくて干からびていたのでこれくらいは許してほしい。
「これで悟くんに連絡できるってこと?」
「おう。名前んとこタップして文字でもスタンプでもなんでもいいから俺に送ってみ」
「ウッス。えーっと……」
スマホを両手で持ち真剣な顔で何かを打っている。操作に慣れていないのか、あーとかうーとか聞こえてきた。適当でいいのにな。やんちゃそうで根が真面目なところはポイント高い。心の中でそっと1億点の札を挙げながらもドロドロに溶けたストロベリーシェイクを吸う。
悠仁からなんて来るのか気になり過ぎて、自分のスマホを弄っているとアプリの通知が届いた。
【悟くんにまた会えてうれしかった!やっぱかっけーね!これからいっぱい仲良くしてください!】
そのメッセージと共に送られてくる、トラが投げキッスしているスタンプ。
「……は?」
これってつまり、そういうこと?
ソファの背凭れに雪崩れ込んだ。腕も脚も投げ出すように大の字になる。悟くん大丈夫!?という心配そうな悠仁の声がこだまする中、鼻の奥からぬるりとしたものが出てきて両手で押さえた。
(えー……好き……)
ジーアドナイン
以下、読んでも読まなくてもいい設定です!
悟
3年生。1年と4ヶ月前のクリスマスイヴに路上ライブしていた悠仁にひと目惚れした(これがきっかけで女全員切った)。
音楽に詳しくなかったがそれがきっかけでいろんなジャンルを聞き齧るようになる。
悠仁に会いたくて捜し回っていたが、なかなか会えず落ち込んでいたところで悠仁と再会する。そこからはべったり。
残り少ないスクールライフを満喫する気でいる。将来的に事務所を立ち上げて社長になってそう。
悠仁(Vocal&Guiter)
1年生。同級生とバンドを組んでいた兄に影響されて音楽を始めた。
高校に入ったはいいが、軽音楽部がないことを知り、立ち上げるために必死に勧誘している。とりあえず同好会から!
CDを買ってくれた悟のことをちゃんと覚えており、カッコイイお兄さんがいると思っていたし、話してみたいとうずうずしていた。
オリジナル曲の作詞作曲は悠仁だが、編曲は兄がやっている。実は弁当屋の子。
恵(Bass&Chorus)
1年生。五条とは親戚。昔から音楽が好きで聴くジャンルも幅広い。最近はオルタナティブロック中心。ベースは趣味でやっていた。
五条から声が掛かり、断るつもりでいたが、悠仁がバンド組みたがっていると聞いて音楽同好会(仮)に加入した。
悠仁が作る曲すべてが刺さる。
野薔薇(Drum&Chorus)
1年生。キッズドラマーとして活動していたが、先生であった祖母と揉めて田舎から東京に出てきた。
悠仁と恵が人数足りねえ!と絶望しているところに音楽同好会(仮)に加わる。
ドラマーになったのはライブで観客の心を揺さぶれるから、らしい。
<ユメノツヅキ>
虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇のスリーピースバンド。
当初はコピー曲メインで、オリジナル曲を1、2曲ほどセットリストに入れていたが、本格的に活動を始めてからオリジナル曲にシフトする。
傑
3年生。悟の悪友。
タッパもあるしガタイも良いが存在がお母さん。
硝子が悟を煽り、悟がキィー!となるのでよく止めに入ってる。
硝子
3年生。悟の悪友。
悠仁を妖精さんと呼び始めた張本人。恋愛童貞な悟をからかうのが楽しい。
お兄ちゃん(脹相)
海外アーティストのサポートミュージシャン(ギタリスト)として世界各地を回っている。弟を置いていくのは嫌だったが、ステージに立っているにいちゃんカッコイイ!と言われたことを思い出して泣く泣く家を出た。
悠仁とは小まめに連絡をとっていたらしく、倭助が倒れたことを知ると日本に帰ってきた。