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    幼馴染でお隣さんで両片思いな脹虎。学パロ。高校3年生×高校1年生。
    途中悠仁の母親が出てきますが香織さんをイメージしていただければと思います。

    脹虎には幸せになってほしい。

    #脹虎
    inflationTiger

    恋風(脹虎/学パロ) 掃除用具が入ったロッカーにホウキをしまっていると釘崎に呼ばれた。ぐるりと振り返れば教室の出入り口に向かって親指を差される。
    「あんたの兄貴迎えにきてるわよ」
     このやり取りも何回目になるのかは分からない。不健康そうな顔がぬっと見えて、兄貴じゃなくて幼馴染だよ、と溜息混じりに返した。
    「毎日毎日凄いわねぇ。カレカノかよ」
    「幼馴染な。昔さ、知らないおっさんに拐われそうになったことがあったんだよ」
    「は?あんたが?」
    「あっはは、意外っしょ?あいつの目の前でそんなことがあったもんだから今も心配してんの。もう大丈夫って言ってんだけどな」
     当時、近所で変質者が出るという情報が出回っていたらしく、家で遊ぶように言われていた。でも近所の駄菓子屋に行くくらいなら大丈夫だろうと幼馴染に無理言って連れ出してもらった。渋々ではあったが。しかし帰り道に事件が起こった。袋いっぱいにお菓子を詰めてはしゃいでいた俺を知らないおっさんが前から抱え込むようにして走り出したのだ。幼馴染は驚いていた。大事な物を奪われたみたいな絶望的な顔だった。持っていた袋を手放すと悠仁!!と叫んで追い掛けてきた。
     地域全体で子どもを見守り育てるという意識が強かった為か、周りの大人がすぐに気付いて捕まえてくれた。
     おっさんは必死に抵抗しながら支離滅裂に叫んでいた。幼馴染は泣きながら俺のことを心配していて、放心状態だった俺はようやく自分の身に何が起きたのか理解して縋り付くように泣いた。
     あれ以来幼馴染は迎えに来る。学校や学年が違っても会いにくるのだ。ボディガードみたいなもんだ、と言っていたがちょっぴり申し訳なさもある。
     あのときは小さかったけど、今は背も伸びたし、筋肉もしっかりついている。喧嘩だって強い。誘拐するメリットがない。
     俺は机の横にかけておいたスクールバッグを掴んでリュックみたいに背負った。釘崎は腰に手を当ててふーん、と眉を上げた。
    「……そこまできたらもう兄貴みたいなもんじゃない?」
    「違えって」
    「そういうことにしといてあげるからさっさと帰りなさい。さっきからチラチラ視線が凄いのよあんたの兄貴」
    「っだからぁ……もういいか、それで」
     釘崎の中ですっかり俺の兄貴という位置づけになったようだ。捻じ曲げる気はないと分かり、苦笑いを溢しながら両手を上げて降参のポーズを取る。と、勝ち誇ったようにフフンと笑われた。
     隣のクラスのふみ、という子を待っているのか、釘崎が椅子に腰を下ろしてスマホを弄る。さっき伏黒が委員会の集まりがあるからと急いで出て行ったのを思い出した。
    「んじゃ帰るわ。伏黒にも言っといてくんねえ?」
    「はいはい」
     しっしっと手を振られて俺は教室を出た。オレンジ色の光が廊下に射し込んでいる。日陰に隠れるように壁に凭れ掛かっていた幼馴染を視界に捉えた。
    「脹相」
     その名前を呼ぶとぼんやりしていた表情が生気を取り戻したように明るくなる。
    「悠仁。釘崎と何か話していたようだがもういいのか?」
    「あー、うん。そんな大した話でもねえから。つか、ここじゃなくて、昇降口で待ってりゃよかったのに」
     脹相は咄嗟に首を横に振った。普段は何を考えているか読み取れない顔立ちをしているが、ひどく真剣になっていた。
    「それはダメだ。待っている間に何かあったらどうする」
    「さすがに学校ではないんじゃねえかな」
    「ないとも限らない。急にヘリが突っ込んでくるかもしれないし、危ない奴が窓を割って侵入してくるかもしれないだろう?」
    「4階まで?ジャンプ力エグくね?」
     さすがに親愛なる隣人か特殊部隊じゃないと無理だと思う。それか、生まれながらに呪われてて力を持っていました、とかならない限りは。
     ポケットに突っ込んで階段に向かって歩き出した。一歩遅れて脹相が付いてくる。昇降口に向かう途中ですれ違った女子の何人かが頬を赤らめてこちらを見ていたが、この男に気があることはすぐ気付いた。脹相はモテる。愛想は良くないが、マイナスな部分を帳消しにしてしまうくらいには顔が良い。もちろんそれだけではない。勉強も運動も出来る脹相を放っておくわけにはいかないだろう。俺が女だったら多分好き──いや、待て。それはない。今何を想像しようとしたんだ。
    「聞いているのか?」
    「!? 顔近っ!」
     急に耳元で囁かれたかと思えば至近距離にある顔に驚いてよろめくように下駄箱にぶつかった。悠仁!と焦った脹相が駆け寄ってくる。触れようか触れまいかと躊躇する手つきは水晶玉を撫でる占い師みたいだった。
    「ど、どうした、大丈夫か!怪我はないか!?」
     ぶつけただけなのにこの慌てっぷりだ。怪我とかじゃなくて心臓が痛いんだよな。大丈夫、大丈夫…と言いながらも自分の下駄箱から靴を取り出してそれに履き替えた。
    「急に距離感バグるのどうにかならん?」
    「…距離感?何のことだ」
    「無意識かよ!」
     顎に手を当てて不思議そうな表情を浮かべる脹相に堪らずツッコミを入れるとその場にいた人たちが何事だと振り向く。恥ずかしさで笑って誤魔化せば早いとこ学校から出たくて脹相の腕を引っ張った。
     昇降口を出て、階段を降りて、正門に向かっていく。グラウンドでは部活動に励む人たちの声が聞こえてくる。それに混ざるように脹相が何度も俺を呼ぶので何だよ、と返した。
    「靴…、靴が、!まだ上履きなんだ!」
     そう言われてピタッと立ち止まった。視線を下げれば【加茂】と油性マジックで書かれた赤い上履きが目につく。
     遠くでカラスが鳴いている。まるで小馬鹿にしたような鳴き声だった。
    「早く履き替えてこい!」




    「ただいまー」
    「お邪魔します」
     やっとのことで家に辿り着いた。あんなことがあったもんだからすでにクタクタで、なんだか甘い物が食べたい気分だった。駅前にあるタピオカ屋さんに寄れば良かったかもと思いつつ、俺たちの声がリビングまで届いたらしく母親が脹相くんいらっしゃい、と涼しげな顔をしてやってきた。まずは脹相かよ。小さい頃から俺と仲が良い脹相のことを我が子のように可愛がっているせいか、実の息子のほうが扱いが雑だと感じるところはある。ま、家族なんてそんなもんか。
     懐かしいものを見つけたから来てほしいと手招きされた。脹相と顔を見合わせてからリビングに足を運び、母親がテレビに向かって指を差す。
    「さっき押入れの中を整理してたらね、悠仁と脹相くんの小さい頃のビデオを見つけたのよ。それがすごく可愛くて」
     恐らく3歳の頃だろうか。わんぱく小僧な俺は目に見えるものすべてに興味を持ちちょこまかと動き回っている。その後ろを脹相が心配そうに追い掛けていく様子が映し出されていた。ゆうじ、まて、ゆうじ、と。たまたま家が隣同士で、家族ぐるみで仲が良くて(脹相はお父さんのことあんまり好きじゃないらしいけど)、俺と脹相は年が近いことからよく遊んでいた。アルバムもビデオも脹相と映ってるのがほとんどでずっと一緒にいるんだなとしみじみ思う。
    「何でそんなん見てんの。……恥ずかしいんだけど」
    「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
    「俺じゃなくて、脹相が」
     なぁ?と視線を送る。食い入るようにテレビを見ていた脹相は俺の声に反応して俺は大丈夫だ、と目をぱちぱちさせながら緩く眉を上げた。
    「あのな、脹相。そこは遠慮しないではっきり言っていいんだからな?」
    「恥ずかしいとか嫌とかじゃなくてだな…。単純に懐かしい、と思ったんだ。ああ、ほら、あの悠仁可愛くないか?ほっぺがもちみたいだぞ」
    「えー……」
     12年前の姿を見て恥ずかしいと思うのは俺だけなんだろうか。
     桜の花びらを頭に乗せた俺が脹相に向かって腕を伸ばす。
    『にいちゃ!』
    『ゆうじ?どうした?』
    『ちゅーして』
     口を窄めておねだりすると脹相は嬉しそうに歩み寄っていく。唇が重なり合って、可愛らしい音を立てて──男同士ということも忘れてビデオに映っていない親たちがはしゃいでいる。仁さんちゃんと撮ってる!?と母親らしき声も入っていた。
    「うわああああ!!」
     画面いっぱいに映されるその光景に耐え切れず声を上げると母親が持っているリモコンを取り上げて慌てて消した。脹相も母親も驚いていたがそれにも構わず、脹相の腕を掴んで自分の部屋へと引きずっていく。
     見てはいけないものを見てしまった。というか、幼い頃の自分は何処で覚えてきたんだ。幼馴染相手にキスをねだるなんてどうかしてる。しかも脹相のことをお兄ちゃんと舌足らずに呼んでいた。あの頃は血の繋がったお兄ちゃんだと本気で思い込んでいたのだ。小学校に上がってから苗字が違うことに気付いてショックを受けたんだった。
     部屋に滑り込んで、スクールバッグを肩から下ろす。そして雪崩れるようにベッドにダイブすると脹相はその端っこに腰を下ろした。
    「少し冷えるな、暖房つけるか?」
    「ぁ……うん、お願い」
     小さなテーブルの上に置いたリモコンを手に取りボタンを押す。ピッと音が鳴り、温かい風が流れてくると俺は天井を見上げた。心を落ち着かせるために迷路みたいな模様を目でなぞる。正直言って気まずいよな。いつもならゲームやる?とか何か飲む?とか聞くのに言葉が出てこない。心臓も段々早くなってる気がするし、体がじりじりと熱くなっている。まるで好きな子と二人きりになったような気持ちに近いかもしれない。
     端っこに座る脹相を盗み見るとぱちりと目が合った。何か物言いたげな顔に肩が強張る。俺はあちこちに視線を移してから上半身を起こしてガシガシと頭を掻いた。
    「なんか…、わりぃ。今さらあんなの見せられてもキショいし、多感期に何見せてんだよって話だよな!」
     気まずい空気を紛らわすように笑い飛ばす。と、そんなことない、と高校に入ってから一段と低くなった声が鼓膜を震わせた。再び目が合えば、頬を仄かに赤らめた脹相がベッドに乗って距離を詰めてくる。
    「……脹相…?」
    「俺は悠仁が相手ならキショイとは思わない。今でも出来る、と思う」
    「え、何が」
     俺の肩を掴みその手に力が込められていく。
     こ、これって少女漫画にあるようなシチュエーションでは!?
    「……キスしてみてもいいか?」
    「へッ!?なんで!?」
    「悠仁」
    「ちょっ、!ま…待て!」
     有無も言わさず迫り来る唇に俺は慌てふためく。引き寄せられるようにそれが重なると固まってしまった。俺のファーストキス──いや、もうとっくに脹相に奪われてるんだった。
    「ん……っ、…」
     最初は触れてるだけだったのが、啄まれるようなキスに変わっていく。
     脹相の息遣いが聞こえてくる。肩から後頭部に手を回されて俺は逃げ場を失った。止めようとしていた手に力が入らなくてとうとう脹相の学ランを掴む。いや、しがみつく、と言ったほうが正しいかもしれない。
    「ふっ……ぁ…」
    「……か、……いい…」
     脹相が口の中で何かぼやいた。同時に薄ら開いた唇の隙間にぬるりとしたものが入ってくる。舌の先っちょを吸い付かれそのまま絡め取られて体中が痺れるような感覚が走った。
     こんなの知らない、したことがない。モテたことがないからしょうがないじゃん。どうしてこんなことをしてるんだ。どうして俺なんだ。どうして嫌じゃないんだ。脹相は女の子としたことあるんかな。付き合ったことがあるとかきいたことがない。どうしよう、嫌だな、だいぶ嫌かも。俺の知らない脹相を誰かが知ってるのは。想像するだけでムカついてきた。
    「──ゆ、ッ!?」
     脹相の胸ぐらを徐に掴み力いっぱいに頭突きをしてやる。一瞬白目を剥いてひるんでいたが、暴走するのが悪いんだ!と思いながらもその場にくずおれた。
     ゼーハーと乱れた呼吸を整える。脹相が赤くなった額を抑えて星が見える…と呻き声を漏らしていた。
    「おっまえ…お前お前お前っ!」
     指を差しながら声を張り上げる。
    「いきなり、でぃ、ディープキスするやつがあるか!!」
     もしも俺たちが漫才コンビでこのネタを披露したらキスはええんか!と周囲からツッコミが入るところだろう。それか典型的ではあるけれどすっ転ぶかの2パターン。
     脹相は申し訳無さそうに眉を下げた。
    「……ディープキスしてすまなかった」
     寒くて暖房を入れたはずなのに、今は、蒸し暑く感じてならない。意外と厚みのある唇の感触が残っていてぶり返しそうだ。どうして、なんで、と頭の中でぐるぐるする。長く付き合ってきたから分かることで冗談半分でやるような男じゃない。じゃ、つまり。脹相は俺が好きってことになるのか?
    「まさか、あの一部が記録として残っているとは思わなかった。あれをきっかけに悠仁とキスできるかもしれないと期待してしまったんだ」
    「…俺とキスしたかったってこと?脹相って男が」
    「違う!俺は、悠仁だからっ…」
     食い気味に言ってきたが俺と目を合わせた途端に気まずそうに視線を逸らしていく。
    「…悠仁じゃなかったらこんなことしない」
     脹相と過ごした思い出たちを引っ張り出してみる。
     ある日は珍しく風邪で寝込んだときお見舞いに来てくれた。本当は寂しくて誰かにいてほしかったのに親にすら甘えられなくて我慢してた。悪い癖だった。けど、脹相にはすぐにバレたらしく、眠りにつくまで側にいてくれた。
     またある日は夏休みの宿題が終わらなくて脹相に助けてもらった。近くでお祭りがあるからあとで行こう、なんて話もした。屋台で買ったりんご飴を食べるのに夢中だった俺がはぐれてしまわないようにしっかりと手を握ってくれた。
     あとは、そうだな。女の子に呼び出されているところにたまたま居合わせたことがあって、邪魔しないように離れてみたら、それに脹相が気付いて目の前の女の子を手で退けながら俺は悠仁だけだ!って意味不明なことを言ってきたっけ。あれ、やっぱり。俺のこと好きじゃん。こんなに分かりやすいのにぜんぜん気付かなかった。当たり前だと思ってたからかな。
     でもこれだけは分かるんだ。
     俺、脹相がしてくれること全部が嬉しかったんだよな。
    「俺さ、キスは…好きな子としたいんだよ。つうか好きじゃなかったらしたいとも思わんし」
     それは紛れもない事実であって、俺はシーツをぎゅっと握り締めた。僅かに見開かれた黒い瞳が揺れている。そしてどこか諦めたように表情に陰りが見えた。
    「……ああ、そうだよな…。勝手なことをしてすま「違くて!」
    「え?」
    「もし、もしさ…、俺の勘違いだったら空しくなるから、そうじゃないんだって思わせてくれよ。言葉が欲しいんだ脹相。お前は……俺のこと好きなの?」
     ずるいかもしれないけどそう問い掛けてみる。
     脹相は何度か瞬きを繰り返してから柔らかい笑みを浮かべて親指で俺の唇に触れた。どうしよう、意識すればするほど心臓がバクバクいってる。
    「好きだ」
     口から漏れ出たその言葉にそっと息を吸い込んだ。
    「ずっと、好きだった。お前が知らない男に拐われそうになったあの頃から抑えが利かなくなったんだ。弟のように可愛がっていたお前を邪な目で見るようになった。誰にも奪われたくないと、奪われるくらいなら手篭めにしようと…」
    「て、手篭めッ」
    「そうしたいと頭に過ぎってしまうほど限界が近付いていた、ということだ。実際にそんなことをするつもりはない。悠仁に嫌われたくないからな」
     冗談に聞こえないのは今の脹相ならやりかねないと思ってしまうからだ。
    「こんな俺を嫌いになるか?」
    「え?あ、あー…いや…、嫌いではない…」
    「そうか。良かった」
     それだけで十分だと安堵したように頬を緩める脹相に対して諦めてほしくなくて今度は俺から詰め寄っていく。
    「脹相」
    「…悠仁?」
    「お、俺も多分、だけど…脹相のこと、好き…、かもしんない」
    「! 本当か?」
    「いや、でも、まだはっきりしてねえから…なんつうか、もっかいキスしてくんねえ?」
     自分でも恥ずかしいことを言っていると分かっていた。それでもこの気持ちをはっきりさせたくて、すっきりしたくて、脹相の顔を覗き込む。
     まさかあの映像のようにキスをねだられるとは思わなかったようで、脹相は目を瞠ったものの、すぐに笑って、両手で俺の頬を挟むようにして唇を重ねてきた。
    「悠仁は、本当に可愛いな」



    END



    以下、読んでも読まなくてもいい設定。

    加茂脹相
    高校3年生。
    悠仁を弟のように可愛がっていたが、目の前で攫われたことがトラウマになり、全力で守ると誓う。
    目鼻立ちが整っているからか女子からかなりモテる。が、悠仁しか眼中にない。
    将来的に悠仁と暮らしたいと思っている為卒業後はそのまま就職しようか悩んでいる。

    虎杖悠仁
    高校1年生。
    過去に誘拐されそうになったことがあり、それが原因で付きっきりになってしまった脹相に申し訳なく思う。
    脹相を実の兄だと思い込んでいた時期があった。表札を見てショックを受けた。
    キスがきっかけで脹相のことが好きだと気付いてしまった!

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    uri

    DONE幼馴染でお隣さんで両片思いな脹虎。学パロ。高校3年生×高校1年生。
    途中悠仁の母親が出てきますが香織さんをイメージしていただければと思います。

    脹虎には幸せになってほしい。
    恋風(脹虎/学パロ) 掃除用具が入ったロッカーにホウキをしまっていると釘崎に呼ばれた。ぐるりと振り返れば教室の出入り口に向かって親指を差される。
    「あんたの兄貴迎えにきてるわよ」
     このやり取りも何回目になるのかは分からない。不健康そうな顔がぬっと見えて、兄貴じゃなくて幼馴染だよ、と溜息混じりに返した。
    「毎日毎日凄いわねぇ。カレカノかよ」
    「幼馴染な。昔さ、知らないおっさんに拐われそうになったことがあったんだよ」
    「は?あんたが?」
    「あっはは、意外っしょ?あいつの目の前でそんなことがあったもんだから今も心配してんの。もう大丈夫って言ってんだけどな」
     当時、近所で変質者が出るという情報が出回っていたらしく、家で遊ぶように言われていた。でも近所の駄菓子屋に行くくらいなら大丈夫だろうと幼馴染に無理言って連れ出してもらった。渋々ではあったが。しかし帰り道に事件が起こった。袋いっぱいにお菓子を詰めてはしゃいでいた俺を知らないおっさんが前から抱え込むようにして走り出したのだ。幼馴染は驚いていた。大事な物を奪われたみたいな絶望的な顔だった。持っていた袋を手放すと悠仁!!と叫んで追い掛けてきた。
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