隣の奴/隣人私は聞いているし知っている。隣の部屋の奴がとんでもない存在だって知っている。
奴は淡々と食らう生活に飽きて人間に化け、自分にルールを定めてのうのうと暮らしていやがる。奴の部屋は家具がない、ただ奴がそこにいるだけだ。
奴は、相手が嫌いだと思う人間を1人だけ食らう。そういうルールだ。嫌いな人間の特徴、容姿、名前、ただ漠然としたイメージだけでもいい、とにかく「嫌いな人間を害したい」意思があるならば、奴はただ「わかりました」と告げる。いつ食らうか、どのように食らうかは指定できない。
内側から食らう時もある。突然身体が裂けて宙に浮いて削り取られる時もある。クラスメイトが変形して覆い被さる時もある。5センチの立方体が残される時もある。5年後、3日後、自分が死んだ後。人間を食らった後、奴は呟く。「ご馳走さま」
お互いを「嫌いな人間」として伝えた場合、出会った瞬間相手が破裂するようだった。
食らう様子は他人には常識として捉えられる。目の前で友人が捻られて中身を零そうが、それは当たり前であり、普通でありふれた、日常のことである。
奴は、オマケに違和感を食らう。
最近隣の壁から「ご馳走さま」と繰り返されようが、私にとっては日常のことである。とっくに70億回呟かれようが、私は平穏な日々を過ごしている。
また隣の人が変なこと言ったんですか?あのね、隣の人はとっくにおかしくなってるんですよ。見たでしょう、玄関のドアが開けっ放しなんですよ。隣の人は自分から外に出られないんです。隣の人は、まともに開けることができないんです。
隣の人は、何かを開けると別の所に繋がるらしいんです。…でも、この前筆談試したらまともだったんですよ!初めて気がついたのは、お風呂に入ろうとしたら下水道に繋がったとき。最初はドアを開けるだけで済んでたそうですけど、段々「開ける」の規模が大きくなっておかしくなりました。
財布を開けたら指が飛び出したり、缶ジュース開けたら歓声が漏れてきたり、ゴミ箱開けたら生首入ってたり、カーテン開けたら海だったりしてまともに暮らせなくなった、そうです。呼び出した友人に開けてもらったりもしていましたが、事故が起きました。うっかり自分で炊飯器の蓋を開けてしまったんです。
友人は、炊飯器の中から飛び出してきたかわいらしいものに捕食されました。隣の人は慌てて閉めましたが、友人は胸から上を持っていかれました。
その内、目を開けるのも怖くなりました。誰とも口を聞かなくなりました。目を開けばこの世の景色ではなくなるからです。口を開けば異次元と繋がってしまうからです。
隣の人は人との距離を開けました。だから、隣の人の事はもう諦めてください。隣の人は怪奇を振りまく存在に成り果てました。私はうんざりしてるんですよ。
別の世界の誰かの口と繋がったらしいから私が人間を食べる存在だと思われてて本当に嫌なんですよ、それを真に受けた部外者が私の所に押しかけてきて、愚痴とかぶちまけられて!
嫌いな人が死んじゃう手段の実行を、別の存在に押し付けられるって都合いいですよね。醜いと思います。お願いする方が醜いに決まってます。
醜い人間がここに来るんならいいかなと思って、こっそりやってきたことがあるんです。
私が醜い人間を連れて隣の部屋に行くとあの人が蓋付きゴミ箱の中に放り込んでくれるんです。足でペダルを踏めるので便利です。
臭いゴミ箱の中よりはいいと思います。