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    ししるい

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    ししるい

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    目覚めのキスのルシアダ(前半)
    🏨に住んでる
    住民達がわりと🎸に優しめ
    いくつかの描写を修正しました

    眠り姫 深夜に差し掛かり、ルシファーの部屋の窓からネオンカラーに染まりきった街が見えた。多くの罪人や悪魔達が夜更かしをして遊び回っている。私は暫くその景色を眺め、窓に背を向けてベッドの方へ歩いた。

     ベッド脇に置かれた椅子に腰掛けて頬杖をつく。視線を下にやれば、ベッドの上でルシファーが死んだように眠っていた。わずかに揺れる胸のみが、ルシファーの生を証明している。私はルシファーの白い頰に触れた。温かくも冷たくもない、無機物のようだった。





     ルシファーが目を覚まさなくなってからもう三ヶ月は経っていた。原因は分からない。ある日から急に起きなくなって、それからずっと眠り続けている。

     ホテルの住民達は私とアラスターを除き、皆その状態のルシファーを案じた。ありとあらゆる手を使い覚醒させようと躍起になったが、ルシファーは手をピクリと震わすことすらしない。瞼の下に赤い瞳を隠したままだった。

     数日で殆どの者は諦めて止めたが、チャーリーだけは無駄な行動を継続した。四六時中ルシファーに話しかけ、楽器を鳴らし、体を揺らした。隈が出来てもなお続けようとするチャーリーに気を病んだヴァジーは、ロビーに住民達を集めて頭を下げた。

    「皆お願い、チャーリーを手伝ってほしいの」

     チャーリーの愚行に付き合い寝不足気味のヴァジーの頼みを、住民達は快く引き受けた。アラスターさえも渋々頷いていた。私は断ろうとしたが、ヴァジーが礼として皆の好きな料理を振る舞うと誓ったので嬉々として承諾した。

     その後皆で話し合い、朝昼晩の三交代制でルシファーの世話をすることになった。ちょっと見守ってやるだけで良いなんて最高だなと、最初は思ってた。




     
    「いい加減に起きろよ。人類の始祖が面倒見てやってんだから」

     ルシファーの頬を軽く摘んで引っ張った。口の隙間から尖った歯が晒される。窓から入り込む光を反射して、僅かに色づいていた。溜息をついて手を離すとルシファーの口は瞬時に閉じられる。形状記憶合金のように元に戻った顔には、私が触れた跡などまったく残らなかった。そのことに何故か悔しさを覚える。眠気のせいで私の頭がおかしくなっていた。さっさと寝て正気を取り戻したいが、交代時間まであと5時間程残っている。あまりサボるとヴァジーに槍を飛ばされるので、仕方なく背筋を伸ばして欠伸をした。

     それでもどうにも眠かった。しぱしぱ目を瞬かせて耐えようとするが、私の意識は急激に沈んでいき、頭の位置もどんどん下がっている。抗うことが面倒くさくなって、目の前にあるベッドに上半身を倒した。すると、私の頭がルシファーの骨っぽい胸の上に乗った。肉もろくについてないような体とぶつかって痛みが生じた。自分の頭を撫でて労りながらルシファーへ目をやると、やはり無反応であった。

     衝撃で多少眠気が飛んでも、私の頭は正常とは程遠い状態だった。ルシファーの顔に視界を埋められ、美しい眠り姫のようだと錯覚したのだ。キスでもして起こしてやらねばという声が脳内で反響する。私は頭に浮かんだ考えに素直に従い、ルシファーの顔へ近づいた。顔にかかる金色の前髪をよけ、そっと唇を重ねる。お互いの唇が触れ合った時間は一秒にも満たなかった。

     おとぎ話ならばこれで起きるのがお約束だが、ここは地獄で、甘ったるいファンタジーの世界じゃない。馬鹿なことしたなと微笑みながら頭を起こしたと同時に、ルシファーが小さなうめき声を漏らした。瞼を痙攣させ、今にも目を覚ましそうだ。

     その瞬間、私の頭は最高効率で運転された。ルシファーにキスしたことがバレたら大変な事態になると分かっていたからだ。きっと軽蔑され、ボコボコに殴られて、どこかに売られるか埋められるかされるに違いない。生きるために完璧に隠蔽する必要があった。

     音を立てないようにベッドの傍の椅子に座り、口元を手で拭った。その手に力を込めて天井の角へ向ける。私の痴態を記録した監視カメラがそこから見下ろしている。私はルシファーの目が薄く開くのに合わせて魔法を放った。カメラが砕けて床に散らばり、ルシファーが体を大きく跳ねさせ飛び起きる。私はわざとらしく口を覆って悲鳴を上げた。ドタドタと誰かが階段を駆け降りる音が聞こえて、部屋の扉が開かれる。槍を持ったヴァジーが息を切らしながら現れた。ヴァジーは部屋を見渡してルシファーの姿を捉えると、その場に槍を落としてチャーリーを呼びに行った。すぐにチャーリーが来てルシファーに駆け寄る。涙をポロポロと流しながらルシファーを強く抱きしめた。

     状況を理解できず呆然としていたルシファーだったが、愛しのチャーリーのハグに顔を綻ばせて抱きしめ返す。私は親子から離れて壁に寄りかかった。わんわんとガキみたいに泣きながら呂律の回らない口で一生懸命話すチャーリーの頭を、ルシファーが撫でながらうんうんと首を振る。慈しむ表情は天使の頃と寸分違わず同じだった。

     チャーリーに少し遅れてホテルの住民達が部屋を訪れた。ワイワイ騒ぎながらルシファーを囲む。住民達に代わりばんこにハグをされるルシファーは満更でもなさそうに目を細めた。

     全員がルシファーを抱きしめ終わって多少気分が落ち着き始めた頃、エンジェルが首を傾げながらルシファーに疑問を投げかけた。

    「んで、何でずっと寝てたのさ?」

    「ああ、そうだな。ちょっと恥ずかしい話なのだが……」

     ルシファー曰く、三ヶ月前、目がどうにも冴えて眠れず睡眠薬も効かなかったため、強制的に眠らせる魔法を開発した。八時間寝たら起床する設計にしたはずが失敗し、今日まで寝続けてしまった。心配かけてすまない、だと。

     チャーリーは呆れたように笑いつつ、皆に感謝を伝えた。深々と頭を下げ、ヴァジーもチャーリーに続いた。ヴァジーはチャーリーより先に体勢を戻し、槍を掲げる。よく通る声で宣言した。

    「約束通り、皆に料理を振る舞うわ!」

    「私も手伝うわ、ヴァギー」

     歓声が部屋中に轟き、各々が料理のリクエストを口にする。ヴァジーはチャーリーからメモ帳とペンを借りて記録すると、皆をロビーに向かわせた。体を弾ませて部屋を出る皆を、気配を消しながら見送る。部屋には私一人だけが残された。

     膝の力がガクンと抜け、その場に蹲る。頭を抱えて小さく小さく縮こまった。

     これから先、私はルシファーに口づけをしてしまった事実を隠し通さねばならない。しかし出来るだろうか。私はあまり嘘が得意ではないし、感情が直ぐ表に出てしまう。やるしかないが、不安で不安で堪らなかった。

    「アダム」

     突然上からヴァジーの声が降ってきて、慌てて顔を上げた。ヴァジーは私から一メートル離れた位置に腰を下ろし、下から覗き込むように私の様子を伺う。顔を背けて腕で覆うと、再び呼びかけられた。ヴァジーにしては、優しい声だった。

    「何食べたいの」

    「スペアリブ」

     小腹が空いていて何か食いたい気分ではあったが、今は心痛が体を満たしていて何かを口に入れようと思えなかった。眠いから明日食べると呟いて立ち上がるとヴァジーに制止される。反射的にヴァジーを見れば、その手に私が壊したカメラの破片があった。

    「壊しちゃって後ろめたかったの?」

     見当違いも甚だしいが、否定する必要もないので、首を縦に振って肯定する。

    「チャーリーはこんなことで怒ったりしないわ。反省を示せばね」
     
     ヴァジーは口角を上げながら破片をゴミ箱に投げた。コンと音を鳴らしてゴミの中に沈む。

     破片の軌跡を目で追った私は、ハッと気づいて部屋にある箒と塵取りを手に取った。部屋の隅に残ったカメラの残骸を回収し、ゴミ箱に突っ込む。さり気なく手で押し込んで内側に隠し、掃除道具を元の場所にしまった。

     一連の動きを眺めていたヴァジーは親指を立てて私を褒めた。悪い気はしないから胸を張って受けとめる。

    「チンコマスターだからな」

    「きっも、心配して損した……あとでチャーリーにちゃんと謝んなさいよ。まったく」

     ヴァジーは眉を潜めて私に対する悪口と注意を吐き捨て、扉のドアノブに手をかけた。ついて来いと指をクイクイと動かす。私は中指を伸ばしてヴァジーに見せながらも、大人しくその後ろ姿を追いかけた。




     遅れてロビーに姿を見せた私にチャーリーが走って寄ってきた。両手にスペアリブがたっぷりと乗せられた皿を持っている。私を隅の席に座らせ、皿をテーブルに置いた。

     もともと私はこのためにルシファーの世話をしていたのだ。待ち焦がれたご褒美を口に入れる。濃厚な旨味が口内に広がった。いつもはこの味に首ったけになってどんどんと食べ進めていくのだが、食欲が湧かない。奥歯で肉をよく噛み、時間をかけて胃の中に収めるが、やがて気力が尽き果ててしまった。残ったスペアリブが私に食されるのを待っているのに手が動かない。

     私は完食するのを諦めた。残りは後で食べようと席を立つ。皿を持って冷蔵庫のあるキッチンに向かおうとすると、チャーリーに呼び止められた。振り返ると、目を潤ませて肩を落とすチャーリーがいた。泣かせるようなことをした覚えはない。住民達の非難の目を浴びながら涙の理由を問うと、チャーリーは俯きながら口を開いた。

    「それ、美味しくなかった……」

     私は首と手を横に振って否定し、料理がいかに美味かったか語った。わざとらしいほどに褒めちぎると、チャーリーの表情はだんだんと和らいでいく。いつものお花畑な笑顔を取り戻したチャーリーに胸を撫で下ろしつつ、残した理由を説明した。

    「眠くてあんまり今食べる気になれねえんだよ。だから明日の朝飯にする」

     チャーリーは納得したようで、ニコニコと笑いながら私を見送った。手を振ってお休みと言われたので、私も同じように返した。さてさっさと冷蔵庫にしまおうと目的地へ向き直った時、ヴァジーの発言を思い出す。謝罪をするなら早いうちにとチャーリーの元へ戻った。不思議そうに首を傾げるチャーリーの耳元へ顔を近づけ、驚いた拍子にカメラを壊したことを告げる。悪かったと詫びれば、チャーリーはあっさりと私を許した。私を叱るどころか、謝れて偉いと称賛する始末だ。

    「明日新しいの買うから大丈夫よ」

     ホテルの備品を壊したのだからもう少し怒ってもいいのではないかと、破壊した本人が考えるくらいに拍子抜けな対応だった。しかし今の私にとっては大変有り難い。

     ひとまずやるべきことを終えて、今度こそキッチンに行こうとした際、ルシファーと目が合った。ルビーの瞳に姿を捉えられ、私の心臓の鼓動が激しくなる。まさかもうバレたのかと危惧するが、無表情の白い顔からは何の情報も読み取れない。

     私がチャーリーと話しているから嫉妬しているのだろうと断定し、その場を駆け足で立ち去る。廊下の壁が遮るまで、ルシファーの視線が私の背中に突き刺さっていた。


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