やり直しましょう、お姉ちゃん②◯日
都内某所、料亭の一室にて
「…………何で、1日って24時間しかないんですかね…」
「お前は何を言ってる?」
「だって!!俺全く心の準備できてないんですけど!?」
俺は机に突っ伏した。1日がもっと長かったら心の準備できとったのに…食事会の日がもう来てしまった。嘘やろ。
「貴様それでもNo.2ヒーローか。それにもう店にいるんだ、腹を括れ」
「何でエンデヴァーさんそんなに堂々としてるんですか…?かっこよ…」
俺のエンデヴァーさんかっこよ…………………あっエンデヴァーさんのかっこよさのお陰でちょっと腹括れ……んねこれは。無理無理無理ばい。ただでさえ行き慣れん高級料亭で疎遠だったお姉ちゃんにエンデヴァーさんとの交際の説明ってこれどんな状況?
「それにしても…お前の姉は『鷹見』を名乗っているのだな」
「…そうみたいですね。俺てっきり母さんみたいに『鷹見』との関わりは切ったと思ったんですけど…意外でした」
「……お前との家族の証明を隠したくなかったのではないか?」
「…………えっ?」
「苗字が全て、という訳ではないが…容姿や苗字は第三者に2人が家族であることを証明するのに十分な要素だ。お前の姉は『自分はホークスの姉』であることを隠したくないのではないか?」
家族の証明…か。お姉ちゃんは俺と姉弟でいいって思ってくれてるんだろうか?だから『鷹見』を名乗っているんだろうか?俺のこと嫌っていないのだろうか?思考が回り、まとまらない。俺はそろそろと体をあげ、隣にいるエンデヴァーさんを見た。
「お前が迷惑をかけようが、手間をかけようが、疎遠になろうが、家族でありたい…と思っているのではないか?………………………………俺はこんなことを言える立場ではないがな」
「…………………………そんなことないですよ。ありがとうございます。おかげで少し冷静になれました」
深呼吸をして、思考をまとめる。そうだ。俺と縁を切りたいなら『鷹見』のままでいるはずがない。公安にいるのだから改姓なんてお茶の子さいさい、赤子の手を捻るようなものだ。
なのにしていない。これはお姉ちゃんが俺と姉弟でいいと思っているからだ。それに目良さんに連絡先を教えないようにお願いすることだってできる。なのにしていないのは俺と連絡を取っても構わないと思っているからだ。そこまで気が回らなかった?そんな様では公安は務まらん。そこまで間抜けではないはずだ。
大丈夫。俺はお姉ちゃんに嫌われていない、家族でいたいと、いていいと思われている。大丈夫だ。
「…………………………………よし!来い!」
「来たよ?」
なんてタイミングで来たんよお姉ちゃん。
「お初にお目にかかりますエンデヴァー。公安委員会所属、鷹見朧と申します」
よろしくお願いします。と礼儀正しく頭を下げるお姉ちゃん。「よろしく頼む」と挨拶するエンデヴァーさん。その隣にいる俺。机に置かれた美味しそうな懐石料理……………………第三者から見たらトップ2ヒーローと公安の密会現場みたいだな、と俺は少し現実逃避した。おかしいな心構えはできとったはずなのに。
「トップ2をお待たせして申し訳ございません。少々仕事がゴタつきまして…」
「いや、約束の時間までまだ5分あった。俺たちが早く着きすぎた。気にしないでくれ」
「恐れ入ります。それにしても…ホークスから『予約は3人』と伺っていましたが、まさかエンデヴァーが来るとは思いませんでした」
「……………………………ホークスお前、言ってなかったのか?」
「あっ、ははは…………………………すいません完全に抜けてました」
「あははは、構わんよ?……とりあえず食べましょうか」
いただきます。と手を合わせ、食べ始める。多分めちゃくちゃ美味しいんだろうけど、いかんせん緊張しとって味がわからん。おかしいな心構えはできとったはずなのに。(2回目)
ちらっとお姉ちゃんの方を見る。綺麗な所作で料理を口へ運んでいる。絵になるなぁ…。てかお姉ちゃんこんな美人やったっけ?整った顔、綺麗な黒髪、ネイルはしていないが綺麗に手入れされている手、装飾品は左右の耳につけた青いピアスのみで、それがまた似合っている………………………ん?あのピアスどっかでみたことあるような…。
「ホークス?さっきからだんまりだけど、口に合わなかった?」
「えっ、あ、いや、そんなことないです!美味しいです!」
「そりゃあよかった。公安御用達の料亭だから、変なものは入ってないと思うよ?僕さっき毒見したからさ、安心して食べてね?」
「は、はーい……」
ニコニコ笑いながら毒見って……ジョークだよな?ジョークと言ってよお姉ちゃん。
「ところで話って?ご飯食べながら話せることかな?食べ終わってからがいい?」
「と…りあえず、食べ終わってからでお願いします…」
「りょーかい。まあご飯は味わったほうがいいもんねぇ」
「…その割には、もうほぼ食べ終わっているようだが」
「あー、早く食べるが癖になってまして。早く食べて仕事しないと、どんどんどんどん増えていくんですよ。書類が」
お姉ちゃんは、あははは、と笑った。電話の時も思っとったけど公安ブラック過ぎでは…?どんどんどんどん増えていく書類って…。
「食べる早さもだが、貴女の料理は元々量が少なかったように見えた。どこが具合でも悪いのか?」
「………さすが、No.1ヒーロー。よく見ていらっしゃる。あと僕…私のことはどうか『朧』と。公安ではそう呼ばれていますので」
「わかった。そちらも普段通りにしてくれ。堅苦しい態度はいらない」
「…そりゃありがたい。そうさせてもらいますよ。…ああ、食べる量に関しては気にしないでください。食べることに興味がないのでそんなに量いらないんですよ」
「食べることに興味がない?どういうことだ」
「そのまんまの意味ですね。ぶっちゃけた話、生きるのに必要な栄養が取れるなら3食サプリメントでもいいんですけど、咀嚼しないと顎の力とかつかないなって思うんで食事してるだけです。食べる時間あったら仕事したいですね。あはははは」
エンデヴァーさんを見ると「こいつ何言ってるんだ」って顔してた。俺もそう思いますエンデヴァーさん。
食べることに興味がない?いつから?俺と一緒に生活してた時は?俺にご飯くれてたのは俺のため?それとも自分が食べることに興味ないから?やばい、また思考がまとまらん。お姉ちゃんが、『鷹見朧』がどんな人間か、全然わからん。顔が強張り、天と地がわからなくなる。
『お姉ちゃんがこうなったのは俺のせいなんじゃないか?』
そんな考えが浮かぶ。俺のせい?俺がおったから、俺がおらんかったら、お姉ちゃんはもっとマシな生活送ってた?俺がおったから、俺が「食事に興味がないというのはいつからだ?」
「公安に入ってからですかねぇ。忙しくて携帯食料で済ませていたらどうでもよくなっちゃって…まあ最近は矯正されたので、それなりに興味を持つようにはなってますよ。……ホークス?顔色が悪いけど大丈夫?」
「あっ……………………………はい、だいじょうぶ、です」
「そう?ならいいけど」
エンデヴァーさんが俺の背中をぽん、と叩いて「落ち着け」と囁く。
はぁ…背中押すどころか押されとるやん……俺情けなか…穴があったら入りたい。
俺は小さく息を吐いて、思考を整える。そうだ、食事の前にまとめたはずだ。俺はお姉ちゃんに嫌われていない。大丈夫。落ち着け。ネガティブな思考はやめろ。まだ俺はお姉ちゃんのこと何も知らん。俺の勝手な想像はやめろ。本当の、正しいお姉ちゃんを知るんだ。
「お、おね………おねぇ……………………………………………………………………お願いがあるんですけどいいですか?」
「ん?どした?」
「…………………連絡先交換させていただいても?」
「…………この間、目良さん通してやらなかった?」
「………………………………ソウデシタ」
俺の馬鹿………。
「さて…全員食べ終わったところで、本題に入りますか?」
時の流れってやつは無慈悲で、とうとうこの時間が来てしまった。
そう、エンデヴァーさんとの交際を報告する時間です。やばい、どうやって話切り出したらよかと?全然思いつかん。ストレートに「実は俺エンデヴァーさんとお付き合いすることになりました」って言う?これが1番無難か?ストレート過ぎる?いやでもストレートってか王道が1番傷が浅いっていうか、変化球過ぎたら変な印象がつかん?「好きなキャラ誰〜?」って聞かれて主人公級のキャラじゃなくてモブ的なキャラが好きって言ったら「だれ?」ってなるでしょそんな感じだよ!どんな感じだよ!!ダメだ!!おつつけ俺!!違う!落ち着け俺!!
「あー…………えーっと、その、俺……エンデヴァーさんと、その、えっと、あー…………………………………………お、お付き合い、させていただく運びとなりまして、その、ご報告を…」
「…………………えっ?」
やっぱり、疑問に持たれた?
「別に僕いなくて良くない?」
「………………………………………………………………………えっ?」
俺もエンデヴァーさんも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしとったと思う。
ここでようやく話は冒頭へ戻った。