十六夜に絆され変わる人魚かな「で、また幻想病に罹ったって?」
「面目ない…」
医者兄様が呆れたように言うので、僕は申し訳なくなってつい目をそらした。…といっても僕は今、右でしか物が見えない。僕の左目の中に魚が住み着いてしまったからだ。
出目金のような魚が1匹、僕の目の中でゆらゆらと泳いでいやがる。おかげで僕の視界の半分は水の中で目を開けた時のようにぼんやりとして、時折魚の影が入ってくる。見づらいったらない。
「まぁあいつら気まぐれだからな。仕方ねぇよ。……にしても『寄魚病』か…まーたやっかいな…」
「この幻想病には名前があるんですね」
「ああ。幻想病はな、害のない症状には名前がないんだ。……言ってる意味わかるか?」
「………つまり、『寄魚病』は害があると。どんなことになるんです?」
「今は目だけだが…次第に魚が増えてやがて体中に魚が住み着いて宿主の意思はなくなる」
「怖い怖い怖い怖い」
嘘でしょ!?寄生虫ならぬ寄生魚なのかコイツ!というか単独のクセに増えるのかよ!
「そうなる前に魚を新しい住処に移さねぇといけないんだが…コイツらの住処作るのが大変でな…。俺らの中でも人魚の兄弟か海賊の兄弟くらいしか作れねぇんだ」
「そ、その二人は今どちらに…」
「海賊のは今海に出てる。人魚のはいるんだが…」
「…つ、作って、くださいますかねぇ…」
「呼んでくる。ちょっと待ってろ」
医者の兄様は部屋を出ていった。…人魚兄様かぁ……助けてくれるかなぁ…。
「何で俺が作んねぇといけないんだよ」
医者兄様に連れてこられた人魚兄様は、開口一番こう言った。…やっぱりそうなるよなぁ。
「お前なぁ…あいるのお友達が困ってんだぞ?ちょっとは手伝えよ」
「ぜってーやだ。海賊の兄弟に作らせな。俺忙しいから」
「はぁ?お前ふざけんなよ…」
「医者兄様、大丈夫です。…正直、そんな気はしてましたから。人魚兄様のいう通りに海賊兄様にお願いしていただけませんか?」
医者兄様と人魚兄様は驚いた顔で僕を見た。…イケメン二人から凝視されるのって、迫力がありますね。というか拒否した張本人が驚くんですか…?
「…朧サン、なんでそんなに余裕なんだ?」
「余裕、って訳じゃないです。内心めちゃくちゃ焦ってます。…医者兄様、この魚、一朝一夕で増えるわけじゃないんですよね?」
「まぁ…日に六から七匹くらいと思ってくれていいが…」
「お兄様はいつお戻りに?」
「さっき聞いたら四日はかかるとよ」
「ということは30匹近くが僕の体内に巣くうわけですか。…やばいですかね?」
「「やべぇに決まってんだろあんた馬鹿か」」
やっぱダメかー。ですよねー。……でも、
「人嫌いの人魚兄様に、作っていただくなんて申し訳ないですし…」
「……」
「どう移すかわかりませんが、兄様が僕に触る可能性もありますよね?そんなことさせられませんし…」
「……っ」
「大丈夫です。人間やれば何とかなりますよ!」
「なるわけねーだろバーーーーーーーカ!!」
「なりますよ。火事場の馬鹿力というのが「作ればいいんだろ作れば!!クッソちょっと待ってろよ!?動くんじゃねぇぞ!?」
人魚兄様はそう言って部屋を飛び出していった。
(ぽかーん)
「…朧サン、口開いてる。……なに、ワザとああ言って煽ったわけじゃねーの?」
「いえ全く。本気で何とかなるかなーって思ってました」
「……朧サンさぁ…もうちょっと自分を大切にしな?よくないぜ?」
「えー…医者兄様の口からそんなこと言われても…」
「……確かに。俺散々朧サンに悪戯とかしてるわ」
「媚薬の感想聞いてきた時にはあいるちゃんのお兄様ですけど『コイツどう処してやろうか』って考えてましたよ?」
「マジで?wwでも朧サンだってフツーに答えてたじゃんwww」
「……そういえばそうでした」
「「あっはっはっは」」
「何和気藹々としてんだ…腹立つな…」
「お、早かったな。お帰り」
「おかえりなさい」
人魚兄様は水が入ったガラスの水槽を持って戻ってきた。その中には砂利や海草がセットされていて、いかにも魚が棲みそうな状態にセッティングされてあった。
「…住処って、そんな普通の水槽でいいんですか?」
「普通じゃねえよ。水や海草は海の奥底から採ってきたやつだし、砂利はこの間アンタが吐き出した石を砕いたやつだ」
「え、それどこから調達したんですか?」
「水と海草はさっき採ってきて、石は考古学の兄弟から貰ってきた」
「お手数をおかけして申し訳ない…!!」
「…………別に」
人魚兄様はそっぽを向いてしまった。…怒らせてしまったのかな…うぅ……どう詫びれば…!腹切り…!?腹切りしたらお詫びになる…!?
「…詫びとかいらねえから」
「エスパー!?」
「顔に書いてあんだよアンタ!!つーか詫びに詫び入れてどうすんだよ!」
「詫び?えっ何に対する…人魚兄様に何かされましたっけ僕…」
「……人間だからって、一方的に嫌ったし」
「お兄様方は人間嫌いと聞いてますからむしろ当然のことなのでは?」
「…アンタの命かかってるのに、助けようとしなかったし…!」
「突然嫌いな人間を助けてって言われてはい助けますとはならないのでそれも当然のことなのでは?」
「あいるの友達なのに態度悪かったし…!」
「態度どころか行いが悪い医者兄様がいらっしゃるので全く気にしてませんでした」
「俺の扱いヒデェww」
「~っ!何なんだよアンタ!!逆にちょっとは気にしろよ!!」
「ごめんなさい。あいるちゃんご家族は推しなので何されても全く気になりません」
「朧サンwwwめちゃくちゃ真剣な顔でwwww何言ってんのwwwww」
いやだって本当に気にならないので…。とか言ったら人魚兄様もっと困惑しそうだな。あと医者兄様笑いすぎです。
「この話www他の兄弟にもしてやろwwwwってか朧サンの魚、早く取ってやれよww」
「うるせぇな…!色々と心の準備がいるんだよ…!」
「どうやるんですか?」
「ここからは物理だな。目に手を入れて魚を捕まえる。これしかない」
「…医者兄様じゃダメなんですか?」
「俺だと魚を潰しかねん。潰すと視力戻らねぇんだよ」
「嫌ですね…。………つまり、力加減の話ですか?」
「そ。コイツは慣れてるから、こういうの」
…慣れてる、って言っても、人間に触るのは慣れてないのでは?
人魚兄様の手を見ると、かすかに震えていた。人間に触れてどうなるのか僕にはわからないけど、『触りたくない』って思ってることはよくわかった。
「……鏡あります?」
「………は?」
「そこにあるけど…」
「あ、本当だ。左側だったからわからなかった」
壁に掛けられた鏡の前に立ち、自分の左目をみる。例の魚はゆらゆらと快適そうに泳いでいた。
「……さて、」
「朧サン…?」
「………おいアンタまさか…!」
僕は自分の左目に手を入れた。こんな小さな穴に入るのが不思議でならなかったけど、今は深く考えないでおこう。
時折入る影を頼りに、僕は魚を追いかけて、どうにか捕まえた。
「人魚兄様水槽を!!」
「っ、これ!!」
ポチャンと音がして、水槽の中に魚が放り込まれた。奴は何事もなかったようにまたゆらゆらと泳いでいた。…腹立つなぁ。
「………これで一件落着、でいいんですよね?医者兄様」
「あ、ああ…。…明日には見えるようになってる」
「そうですか、ならよかった」
(ぽかーん)
「…人魚兄様、ありがとうございました。このご恩はいずれ返します」
「……………いや、だから、詫びに詫びを返すなって…」
「あ、そうでした。これは失敬。………なんか放心状態ですけど大丈夫ですか?」
「……ってことがあったんだよ」
「相変わらず朧サンかっけぇなぁwww」
「確かにwww」
「だからアイツ血相抱えて俺のとこ来たのかwwいきなり『あの人間が吐き出した石寄越せ!!』って言うから何事かと思ったww」
「何それ見たかったww……で、アイツは水槽の前で何ボーっとしてんの?」
「知らねww…つーかあの魚、薬の材料とかになるのにアイツ飼うって言ってさー。名前までつけたんだぜ?」
「名前?何て?」
「『十六夜』(いざよい)だってよ。らしくねぇネーミングセンスだよなww」
「ずいぶん古風な名前だなw忍者の兄弟や鬼の兄弟じゃあるまいしw」
「悪いもんでも食ったか?ww」
「うるせぇお前ら聞こえてんだよ!!!!」
十六夜:陰暦8月16日の夜。また、その夜の月。
十六夜の類語:朧月夜、朧夜