キリエ・エレイソン「ん…」
目が覚めると、そこは自宅でもオフィスでも無い、知らない所だった。
ここはどこだ?そもそも私はなぜこんな所で寝ているんだ?
寝る前の記憶が定かではない。思い出そうとするとズキズキと頭痛がする。
『おはようございます、維さん。…と言っても今は午後なんですが』
「……朧?ここはどこなんだ?」
『ここは病院です。……維さん、どこまで覚えてます?』
「それが、っ…思い出そうとすると頭痛が…」
『……そうですか。じゃあ簡単に説明をしますね。三日前、ヴィランの群勢が街を襲撃、ヒーロー総動員、公安職員も総出で止めました。ヴィランは全員制圧済み。被害は、廃墟になった高層ビル一棟が瓦礫に変わったくらいで、そんなに大事にはなってないです。人的被害は…ビルが崩壊する時に巻き込まれそうになった一般人をなんとか救い、その後三日間寝ていたヒーローが一人』
「………私か」
『ピンポーン、大正解です。…危うく瓦礫の下敷きになることだったんですよ?まぁ維さんも救助者も大きな怪我はなかったですが』
無茶しないでください、とベッドの傍に立つ彼女はため息混じりに言った。
…徐々に思い出してきたな、ヴィランの勢いが凄まじくて、私を含めヒーローは皆、満身創痍だった。ホークスの羽も、私の繊維もほぼ使い切っていて…。
『…世界を守るのはヒーロー、ヒーローを守るのは公安、ってスタンスなんですが、僕ら公安も出ないといけないほどヴィランの勢いは凄かったです』
「…死者が出ていないのが幸いか」
『……あ、ナースコールしてなかった。維さんごめんなさい。僕仕事抜けて来てるので、そろそろ戻ります』
「ああ。また家でな」
『…………ええ、また家で』
朧はナースコールを押して、そのまま出て行った。
「お名前言えますか?」
「袴田維」
「今日は何日?」
「◯月◯日」
「自分に何があったかわかりますか?」
「ビルの崩壊に巻き込まれそうになった市民を助けて、その後昏倒した」
「……もう少し、詳細を「ジーニストさん!!!!」
「起きたかジーニスト!!」
「病院では静かにしろ、ホークス、エンデヴァー」
医師から簡単に意識確認をされている途中にホークスとエンデヴァーが病室に飛び込んできた。
「ジ、ジーニストさん…大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。少し頭痛がするくらいで日常生活に支障はない。意識もハッキリしている」
「そ、そうですか…。……ちなみに、当時の騒動の事はどこまで覚えてますか?」
「三日前、ヴィランの群勢が街を襲撃、ヒーロー総動員、公安職員も総出で止めた。ヴィランは全員制圧済み。被害は、廃墟になった高層ビル一棟が瓦礫に変わったくらいで、そんなに大事にはなっていない。人的被害は…ビルが崩壊する時に巻き込まれそうになった一般人をなんとか救い、その後三日間寝ていた私くらいと聞いているが?」
「……は?聞いている?誰から?」
「誰って、お「袴田さん、そろそろ精密検査の時間です」わかりました。済まない二人とも、行ってくる」
私は医師と病室を出た。ちらっと見たエンデヴァーとホークスは呆然とした顔をしていた。…何なんだ?
「ただいま…」
『おかえりなさーい。…何でそんなに疲れてるんですか?』
「…精密検査も問題なくて、しばらく様子を見ることになったんだが…エンデヴァーやホークス、SK達がこぞって心配してきてな」
『心配?何を?』
「『自宅に帰って大丈夫か?』『一人で過ごして何かあったらどうするんですか?』『病院で様子見の方が安全ではないですか?』とかなんとか…」
『………あはは』
朧は苦笑いをこぼした。まぁ確かに朧がいない時に倒れたら、とは思ったが…自宅の方が落ち着く。病院で過ごすのはもうごめんだ。
『…しばらく、自宅療養ですか?お仕事はお休み?』
「いや、仕事は出るよ。しばらくデスクワークになるだけだ。明日の検査で問題なければ通常業務に戻る予定だ」
『そうですか。じゃあ明日の帰りは遅くなりますか?』
「そうだな。結果次第では残業して仕事を片付けるかもしれない。…だから、たくさん朧を補給していいか?」
『…ふふ、どーぞ♡』
朧を抱きしめて頭を撫でる。…これが一番の療養になる気がする。はぁ…朧可愛い……ん?心なしか体温が低いような…。
「朧、体が冷えてないか?何かあったのか?」
『…さっきまで、ベランダで維さんの帰りを待ってました…』
「…っ可愛いことしてるな、君…!」
『……維さん、ご飯にしましょ?あ、お風呂が先がいいですか?』
「朧が食べた『明日の検査が終わるまでセックスはしませんよ?』…嘘だろマジか」
目がマジだった。…今後、絶対に昏倒するようなヘマはしないと固く誓った。
……なんか、
「ジーニスト、大丈夫ですか?」
「ご無理なさってはいませんか?」
「我々いつでも力になりますので!」
「あ、ああ…ありがとう…?」
やけに、心配されるな。嫌ではないが…私の昏倒中に何かあったか?…意図して何かを隠されているな。こういう時は彼に素直に聞くに限る。
「大・爆・殺・神ダイナマイト」
「あぁ?」
「少し顔を貸してくれ」
私は爆豪を執務室に呼び出した。
「何で俺が「聞きたいことがある。私の昏倒中に何かあったか?」
爆豪の目がピクッと動いた。動揺を表情に出さなかったのは素晴らしいが、惜しいな。完全にポーカーフェイスであれば100点満点だ。
「…何もねぇよ。昏倒中には何もねぇ」
「……そうか」
「…パトロール行ってくる」
彼は踵を返して部屋を出た。
何もない、か。昏倒中『には』何もね…。では何かあったのは昏倒前か?だが朧が言うに、私は市民を守った時に昏倒したと………待て、守って、『何をして』昏倒したんだ?
頭を打った?だが昏倒するほどなら傷が残っている筈だ。そんな大怪我はしていない。…では外傷が原因ではない。ヴィランの個性か?もしくは助けた市民の個性が暴発?
「……そうだ、SKの報告書を見ればいいのか」
失念していた…こんな簡単な事に気付かないとは…。
パソコンを操作して事件の報告書を探す。……無い?事件後即提出する爆豪の報告書すら無いだと?そんな馬鹿な。
「…何を隠されているんだ、私は」
SKぐるみで隠蔽しているのか?…ではヒーローネットワークを見るか。あちらなら流石に隠せまい。
あった、これだ。…被害報告、廃ビル崩壊、重軽傷者◯◯人、死者一名…死者一名?朧はそんなことひと言も…。
「…名前が削除されている」
重軽傷者の名前は私を含めて全員出ているのに、死亡者の欄だけ空白だった。
「こんなことできるのは…ヒーロー公安委員会くらいか?…とすれば、死んだのは公安の職員?……ただの一職員にここまでするか?」
この死んだ職員に何かあるのか?上層部の人間…それか口外できない仕事をしていた人間、とかか?それこそ朧のような……。
朧に聞くか?……いやここまで隠蔽してるなら箝口令が敷かれているだろうな。ふむ…手詰まりか…どうしたものか…。
「……いや、そもそもここまで隠蔽する理由は?私と関わりのある公安職員なんて限られているのに」
朧に、目良に、目良班のメンバーぐらいだが……上層部、または口外できない仕事をしていたのは…朧くらいだが、生きているし…。何なんだ一体…。
はっきりとしないまま、検査の時間が来てしまったので病院へ行ったが…そこでも異様に心配された。本当に何なんだ?そんなに私に隠したいなら放っておけばいいものを…。
モヤモヤしながら待合室で検査結果を待つ。…やけに長いな。早く帰って仕事を終わらせたいのだが。
「…おや、ジーニスト」
「目良…なぜ病院に?」
「部下が入院中でして、お見舞いに。ジーニストは?」
「精密検査の結果待ちだ」
「検査…ああ、あの事件の…」
目良の目が、少し細められた。その表情は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。……ダメ元で、聞いてみるか。
「目良」
「はい、何ですか?」
「私が昏倒した例の事件の死者は誰だ?」
「…………………は?」
「私のSKも、ヒーローネットワークも、朧も隠している死者とは誰のことだと聞いている」
目良の細められた目が一気に見開かれる。信じられない、とでも言いたそうな顔だ。
なぜそんな顔をする?私はただ誰か聞いただけなのに、何に驚愕したんだ。
「ジーニスト、あなた……相当ヤバいのでは?」
「何がだ」
「頭打ちました?…いやでも彼女が守り切ったはず…個性事故?そんな個性持ってるヴィランはいなかったような……」
「何をぶつぶつ言っている。答えられないなら答えられないと言ったら「袴田さん、検査結果が出ました。診察室へどうぞ」…くそ、時間か」
「……ジーニスト、私も検査結果聞いてもいいですか?」
「は?」
「……その結果次第で、さっきの質問にお答えしますので」
「…わかった。来い」
検査は何も問題なかった。外傷はもちろん無し、内部のダメージも無し、個性にかかった形跡も無い。オールクリーンというやつだ。
「さて、話してくれるのか?」
病院内のカフェに目良を連れ込み、先ほどの続きを促した。
「……あ〜…そう、ですね………話した方が…良いんですかねぇ…これ…」
「歯切れが悪いな。そんなに隠したいことなのか?」
「隠したい……そうですね…本来ならあなたには隠したいですけど………あなた、見てるんですよねぇ」
「見てる?何をだ」
「……例の、死亡者が死ぬところですよ。…覚えてないんですか?」
「…………は?」
見ている?私が?そんな記憶はな、い………無い?本当に?
頭がズキズキと痛む。
記憶は無いのではなく、覚えていない……いや、思い出したく無い?なぜ?どうして?
頭が割れそうに痛む。
あの日、私は、市民が瓦礫の下敷きになりそうなのを見て、繊維を操って、守ろうと………守れた?本当に?
痛い。頭が痛い。
……繊維が足りなくて、瓦礫を止めれなくて、市民を抱き抱えて、その場から離れようとしたが、間に合わなくて、もうダメかと思ったら、誰かが私を投げ飛ばして……誰が?
思い出すな…!……いや、思い出せ…!頭が割れてもいい…!!真実を、思い出せ…!!
私の代わりに、瓦礫の下敷きに、なって、血と、彼女の伸ばした腕が、瓦礫の隙間から、
「……かの、じょ…?」
「…………思い出しました?」
「…瓦礫の下敷きに、なりそうな市民を、助けようとして、」
「はい。あの場にはあなたと…朧さんしかいませんでした」
「繊維が足りなくて、抱き抱えて、助け出そうとして、」
「個性で状況を説明していたヒーローが言うには、彼女も三人を希釈するほどの気力はなさそうだったと聞いてます」
「その場を離れようと…でももう少しのところで瓦礫が降ってきて、もうダメだと、思っ、て…」
「市民を抱き抱えたあなたの重さを個性で軽くして、投げ飛ばしたそうです。…彼女はそのまま」
「……ち、と……かのじょ、の、うで、…が、みえ、て、」
「投げ飛ばされたあなたはその光景を見て気絶しました」
「しんだ、のは…………………おぼろ…?」
「…………はい。彼女は公安の規則に則り、記録から抹消しました」
「……うそだ、だって、かのじょと、あって、」
「…そこなんですけどね、ジーニスト。……それ、本当に朧さんですか?」
「心的外傷によるものでしょう。…カウンセリング、もしくは投薬治療をお勧めします」
あの後、目良が医者と…ホークスに事の経緯を話した。私は即再検査になった。
私は目良とホークスの立ち合いの元、精神科医に診られた。
「受けましょうジーニストさん。このままだと…ジーニストさんが保ちませんよ…」
「私もその方がいいと思いますよ?…場合によっては公安に記憶操作できる個性を持った職員がいるので、その人に「やってみろ。その個性をかけようとした瞬間全員殺してやる」…ジーニスト」
記憶操作、と聞いた瞬間、殺意が沸いた。消す気か?朧との記憶を、思い出を、消す気なのか?ならばお前らを敵とみなす。
「……カウンセリングも、投薬治療も受けない。必要ない。……朧は、いる」
三人の顔が暗く澱む。……だからなんだ。そんなこと、私と朧には関係ない。
朧はいる。今も、これからも、私と共にいる。約束したんだ、彼女と。ずっと一緒だって。
「朧はいる。私と共にいる。何があってもずっと。……邪魔をする奴は殺す」
「っ…!ジーニストさんがそんなことするなんて、お姉ちゃんは望んで「お前に朧の何がわかる!!彼女のことを一番理解しているのは私だ!!あの子は言った!!『ずっと一緒にいる』と!!彼女は私に嘘なんかつかない!!彼女は、朧は私と共にいる!!部外者が口を出すな!!」
ホークスの胸ぐらを掴んで叫んだ。診察室はしん…と静まり返り、三人とも私を憐れむような目で見ていた。彼らから見た私はきっと狂人なのだろう。…これ以上は、時間の無駄だな。
「…私は正常だ、帰らせてもらう。朧が待っているのでな」
私は踵を返し、診察室を出た。
帰ろう。彼女がいるあの家に。
リビングのドアを思いっきり開けて中に入ると、ソファから立ちあがろうとしていた朧が不思議そうに私を見た。
『…維さん?どうしました?』
「……朧」
『はい』
「………朧は、どこにも行かないよな?」
『?どこにも行きませんよ?ずーっと維さんと一緒です』
「………私を一人にしないよな?」
『はい。維さんを一人にしないです』
彼女はニコニコ笑いながら答えていく。私は彼女を抱きしめた。…体温はやはり低かった。
「………きみが、いるなら…もうなんだっていい…」
『…維さん』
「……朧が、いるなら、なんだって…周りからどう思われようと、どうでもいい…」
『…維さ、』
何か言おうとした彼女の口をキスをして塞いだ。もう何も言わなくていい。きみがいるならそれでいい。
これからも、ずっと一緒にいよう。朧。
(ここはどこ?)
ここは公安本部内で開催されている同人誌即売会の会場です。
(私は誰?)
私はジニおぼ(ベストジーニスト×朧さん)の死ネタのようなメリバのような同人誌を描いたモブです。
そうモブ。主人公とは関わりのない、モブ。…そんなモブの私が、
「……」
(なぜ主人公と関わってしまったの…!?)
主人公…公安職員にして私の推し、鷹見朧さんが目の前で、私の描いた同人誌のサンプル読んでる…!?
な、何があったのか全く理解できねぇ…!!確かにぃ?なーんか会場がざわざわしてるなー何かあったのかなーとか思ってましたけどぉ?まさかご本人様が即売会に一般参加してるとは思わないじゃん!!言ってよ!!誰か言ってよ!!
私の隣の席の人、「はわわ…」ってリアルで言ってる。わかる〜私もそんな気分!!今頑張って営業スマイルしてるけど、ちょっと油断したらはわわ…(ぴえん顔)ってなりそう〜!!
「…あの、すいません」
「へい!!」
「新刊一部ください」
「ハイ喜んで!!」
居酒屋の店員の掛け声〜!!!!(頭抱え)テンパり過ぎてるんだよ落ち着け!餅つけ!!ぺったんぺったん!!!!
「……前回のイベントで、おぼジニのケーキバース本描いてた方、ですよね?」
「うぇっへい!?アレ!?前回もいらして!?」
「はい。…というかあの本であなたのファンになっちゃって……あ、これ差し入れです」
ファン…?ファン!?主人公が!?モブの!?ファン!?嘘やろ工藤!?
「僕と維さんの心理描写がリアルで…本家?に近いんです。いやぁここまで再現するかとびっくりしました」
「あわわわわわわわ恐れ多いことをしましたいつも暗い話でごめんなさいいいいいい」
「いやいや、これがいいんですよ。こう……死なないように気をつけようって思えるから」
朧さんは苦笑いをしながら言った。…そうだよね、私らみたいなモブと違って朧さんはいつも危険な所で働いてるんだから…本当にこの本みたいなことが起こっても、おこっ、て、も……。
「お"ぼろ"ざん"じな"な"い"でぇ"!!!!」
「死にませんよ。…維さんを一人にするなんて、絶対嫌ですから。………本、ありがとうございます。これからも応援します」
ではまた、と彼女は去っていった。
私の涙は止まらなかった。隣の席の人からティッシュをもらった。ありがとうございます。
「……ジニおぼ……てぇてぇ……」
その場の全員が頷いた。
「ただいまー」
「おかえり朧。楽しかったか?即売会」
「楽しかったです。今回も神作が勢揃いでした。大量大量。維さんも読みます?」
「…ジニおぼなら読む」
「ジニおぼなら今回マジで泣ける神作ありますよ?メリバですけど」
「メリバか…解釈違いじゃないといいが…」
「それは大丈夫。僕のお墨付きです。一緒に読みましょ?」
ずーっと一緒ですよ。維さん。