"ぬくもりの、窓灯り" ***
初めて会った時。彼は予想外な事をやってのけて、入学を勝ち取っていた不思議な彼。同じ部屋だと知った時、どうしていいか分からなくて。でも、同級生の言いなりになって傷付けた時は、ズキズキと心が痛んだ。まぁ、マッシュくんが助けてくれたんだけど。その時から、僕の大切な親友で、何よりも大事な人になった。それに気付けたのは、最近になってからだ。
「マッシュくん、おはよう!まずいよ~!」
「んん…ふぃんくん…?」
「起きて、授業始まっちゃう!」
「それはマズイ。」
シュパッと起きたマッシュくんはいつもの早着替え早食事早二度寝を済ませていく。その隣で声を掛けながらドキドキしている僕は、きっと変なんだ。無邪気な淵源を倒してこの世界に平和が訪れた。それはマッシュくんの力で成し得た物だけど、彼は皆の力だと笑った。その笑顔が、忘れられなくて。また、見てみたいと思いながら日々を過ごし、僕達は無事に進級する事ができた。
2年生になっても特に変わることはなく。いつも課題等をドットくんとランスくんと、レモンちゃんと。5人で勉強を教え合ったり、偶に通りかかった兄さまやマックスくんに教えてもらったり。いつか夢見ていた、優しい世界がココにある。それが何より、幸せで嬉しくて。
「うー…ん、」
「マッシュくん?」
「ん、なに?フィンくん」
「進んだ?」
「も、もももも、もちろん」
「ふはっ、…どこ?」
「ん…ココ」
部屋に戻ってからも、僕達は少しだけ残っていた課題を進めていた。向かい合ってテーブルを使っているから、膝が微かに当たった時に、ドキリ、とする。マッシュくんが指を差した場所は、僕もさっきランスくんに教えてもらった所だったからゆっくりと丁寧に伝えていく。
マッシュくんはプスプス…と煙を微かに吹いているから、多分全部は入ってないんだろう。でも、ちゃんと聞こうとする姿勢は偉いと思うのでたくさん褒めていく。
「そういえば、明日はクリスマス・イブだね」
「…?うん、どうしたの?」
「ふふ、今年はホワイトクリスマスになるらしいよ」
「へぇ…森にいた時は雪がたくさん降って、雪かきしたな…」
「そっか、そうだよね」
「…フィンくんは?」
「え?」
「なにか、ある?」
「うーん…、昔はイルミネーションを見て凄く喜んでたな…」
母さまと父さまがいなくなってから、初めてのクリスマスの時。今までと同じように街はイルミネーションがキラキラと輝いていて。大人達が、自分と同じくらいの子どもの手を引いて家の灯りを点していた。様々な形や大きさのプレゼントを持って、幸せそうな人達を見る度に、僕の母さまと父さまは何処にいるんだろうって探していた。そんな僕の手を、ギュッと力強く握ってくれていた兄さまの顔は…どんなだったかな。
「…フィンくん、?」
「ぇ、あ…どうしたの、マッシュくん」
「ううん、…悲しそうだったから。」
「そう、かな…?」
「…そうだ、じゃあ、一緒に見に行こう」
「え」
「…?イルミネーション、綺麗なんでしょ?」
「ぁ、うん…」
どもる僕に首を傾げながら、ほら、と手を繋がれる。握られた手は、僕よりちょっぴり小さいのに熱くて、ドッと心臓が跳ねて、聞こえてしまうんじゃないかと思うほど大きな音を立てている。それでも、離さないようにと柔らかく握り返した。
いつも行っているマーチェット通りへと駆けていく。門限もあるけれど、それよりも久しぶりの高揚感と緊張感がどんどん高まっていく。手を引いて前を歩くマッシュくんの顔は見えなくて、いつかの兄さまのようで、不安が募っていく。
(僕が変な顔したからかな…、嫌な思い、させちゃったかな)
そう考えている内に、着いた場所はいつもより少し暗くて。でも家の灯りが温かく光り、道を照らしている。入り口から少し進むと、ブワッ、とイルミネーションが広がっていく。五原色を元に様々な色が混ざり合っていて、所々に魔法特有の灯火が浮いている。昔見た時よりも、もっと、ずっと綺麗な気がして。
(それは、きっと…マッシュくんがいるから。)
兄さまは、僕にとって頼れる人。ドットくんは、レモンちゃんの事で煩い時はあるけれど、周りの事をよく見ていて優しい友人。ランスくんは、僕達と仲良くしてくれて、一見クールに見えるけどシスコンで面倒見が良い友人。…マッシュくんは、格好良くて、ちょっと危なっかしい所もあって、目が離せなくて。親友なんだけど、それよりも優しくて、甘くて、ちょっぴり苦いような。…そんな気持ち。
そう思った時、キュゥッ、と繋がれた手に力を込められて。僕の想いが伝わってしまったんじゃないかと怖々しながら隣を見た。…そこには、ただ、ただ綺麗な横顔が映り、イルミネーションに負けないくらいキラキラと輝いた瞳をまんまるにして見つめていた。赤くなった鼻先、吐き出される白い息。寒さで少し潤んだ目。そのすべてが、可愛くて、愛おしくて。
ふ、と僕の視線を感じたのか此方を向いたマッシュくんは、笑っていた。…あの時と同じような、慈愛に満ちた笑みを浮かべて。
「…フィンくん、綺麗だね」
そういった彼に、きっと届かないだろうな、と思いながら最高の思い出をくれたことに感謝して言葉を返す。
「…ほんと。綺麗だね」
優しくて、暖かくて。ちょっぴり泣きそうになるくらいの愛を込めて。
***
(フィンくん、元気出たかな)
そう思いながら前に見える背中に想いを馳せる。イルミネーションの話をしていたフィンくんは、幸せそうなのに何処か寂しそうだった。だから、今から見に行こう、なんて言ってしまったんだ。…だって、大切な人の笑顔が見たかったから。
(…まただ。また、マイクとケビンがムズムズする)
フィンくんを大切だと思った時、危ない目に合ってる時。他の誰かと、仲良く喋ってる時。ドキドキソワソワして、落ち着かなくなってしまう。危ない時は分かるけど、後の2つはなんでだろう、なんて。いくら考えても胸の締め付けが強くなるだけなのでやめる。その繰り返し。
でも、今目の前にある背中は僕より小さいはずなのに大きくて、頼りになるようなそんな感じ。それが”恋”だと。”好き”って気持ちなんだと気付けたのは最近の事で、たまに思わず、溢れてしまう。
「…フィンくん、好き」
「何か言った~?」
「ううん、…何でもない」
カッコいいな、って言っただけ。そう言って、甘く優しく、縋り付くようにお腹の方に手を回して密着していく。くっついた身体は少し熱くて、ひんやりした風に撫でられるのが心地いい。少し箒が揺ら付いた気がしたけど、フィンくんなら大丈夫だろうと思って少しだけ目を閉じた。ドキドキとなる心臓は、聞こえないふりをしながらもう一度、ぎゅうっ、と抱き着いた。
部屋に着き、ストンッと箒から飛び降りるとキラキラと光る手紙が机の上に置かれている。何だろう、と手を伸ばすとひとりでに開きはじめた手紙には”夜更かしするなよ、反省文は後日持ってくるように”とだけ書いてあった。
「…レインくんだ」
「え、ほんとだ…お見通しだね、」
「優しいね」
「…そうだね」
チラリと見たフィンくんは、少し紅い顔をしながら目を覆っている。…どうしたんだろう?、嫌な事でも書いてあったのかな。…僕と、一緒に出掛けたこと、嫌だったのかな。そうだよね、そのせいで反省文書くことになっちゃったんだもん…。
「…フィンくん、ごめんね」
「え、どうしたのマッシュくん?」
「僕が、イルミネーション見に行こうって言ったから…、」
シュン、とうなだれていると、それは違うよ!?、と勢い良く否定される。でも、反省文が…、と答えるとフルフルと首を振られる。
「それは違う、…君と見られたイルミネーションはとても、とても綺麗だった。」
焦ったように手を取られて、深いイエローフローライトの様な瞳で見つめられながら真剣に伝えてくるフィンくんに、目を奪われて。思わず吐息と一緒に、好き、と零れてしまった。でも音になっていなかったから大丈夫だろうと、は、と微かな息を吐く。
聞こえてないでしょ、さっきも聞こえてなかったし。…大丈夫、大丈夫。と思いながらも心拍数はドンドン上がっていく。聞こえていたとしても、いつものように、うん、好きだよって答えれば大丈夫。友だちなんだから…。
「ふー…ッ、」
「ふぃ、んく…ん、」
「…マッシュくん、ごめんね、ちょっとまって…、」
肩に置かれた手は震えている。だって、フィンくんにとって反省文を書く事は嫌な事でしょ、僕はいつも書いてるけど、本当はダメなんだよね。考えればわかった事なのに…。
「…フィンくんが、寂しそうな顔をしていたのが、嫌で、」
「ぇ、」
「どうしても、元気になってほしくて、」
「マッシュく、」
「笑った顔が見たかったから…、でも、ごめんね」
段々とフィンくんの顔を見れなくなって、床の石畳の方へと目を向けてしまう。滲んできた雫が零れないように、力なく瞑る。楽しかったのに、嬉しかったのに。もう少し考えて、外出届出せばよかったな、って。
「…マッシュくん」
そっと、手を頬に添えられて顔を上へと向けられる。泣きそうな顔を見られたくなくて、グッと顔に力を入れると、ふはッ、と吹き出すように笑われた。なんで…?
「ん、ふふ、はーぁ、兄さまにはお見通しだね」
「…?それは、さっきも」
「そうなんだけど、そうじゃなくて。」
小さな息を吐いて、引き締まった面持ちでこちらを見つめるフィンくんは何処か決断したような表情をしていて。きっと、怒られるんだろうな、と思いながらキュゥ、と目を細める。
そっと動いた気配から身体を固くさせると、ふわりと抱き締められた。パチリ、と目を大きく開くと目の前にはいっぱいに映るフィンくんのローブ。いつもより近い距離と、フィンくんの匂いにドギマギしながらも安心してトロリと意識と力が抜けていく。
「…ねぇ、マッシュくん」
「ん、どうしたの…」
「…僕ね、マッシュくんが好き」
「ぇ、あ…?うぇ?」
「マッシュくんは?」
「えッ…、と、ぁ、」
離された身体に寂しさを覚えていると、ちゅ、とおでこに感じた事のない暖かさが降りかかる。今、フィンくん何したの?、あれって、ドットくんが言ってた好きな人同士がするキスってやつじゃ…、とブルブルと震える。そんな僕の様子に、嫌だった?、と聞いてくるフィンくんの袖を、力強く掴んでしまった。
「嫌じゃ、ない…」
「ぇ、あ…、まっしゅくん、」
「フィンくんとじゃなきゃ、や…!」
「ん…、我慢できなくて、ごめん」
そう言って、涙に濡れた僕の眦を吸うように、ちゅ、と口付けてくる。ん、ん、と微かに声を漏らすと嬉しそうに笑うフィンくんを見られて、僕も嬉しくて。
「…ね、好きだよ。マッシュくん。…マッシュくんは?」
じっと見つめられた瞳に吸い込まれそうになりながら、感じた事がポロポロと零れていく。
「フィンくんは、いつもカッコよくて、」
「…ん?」
「イルミネーションも、凄くきらきらで、」
「うん、」
「でも、笑ってる、嬉しそうなフィンくんは、もっときれいで、」
「…」
「ずっと、見てたくて」
「ちょっ…と、ストップ!」
口元に手を当てられて、パチクリと見開いた目に映るのは真っ赤っ赤に染まったフィンくんの顔。初めて見る表情に、僕もふにゃりと表情を緩める。
「…もう。それで?」
「…ふぃんくんが、すき」
「僕も、…大好きだよ。」
もう一度強く抱き締められた身体はさっきよりも凄く熱くて、ドクドクと心音が背中に回した掌に伝わってくる。ふふ、と笑うと、マッシュくん、と諫められるように名前を呼ばれた。
「…マッシュくん」
名前を呼ばれて、大きな手が頬に滑ってくる。滑らかな触り心地に、心地の良い熱が僕の身体にじわじわと広がっていく。じっと見つめ合うと、ふふ、と微笑みを交わして初めてのキスをした。外は、雪が降ってきて。僕達の好意が積もるように真白な世界が拡がっていく。そんな素敵なクリスマスの始まり。
…窓灯りは、これからも消える事はないだろう。