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    ore_69_yade

    风情/南扶

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    原作軸(仙楽)/言の葉アンソロ掲載作品/風情未満

    「伯仲」 雨音が地面を打つ。急速に降り出した雨は瞬く間に辺りを濡らし、風信と慕情は凌ぐための場所を探していた。
    「殿下は、無事だろうか」
    「雨が降ろうと、あの方は揺らぎません」
    懸念など幾らでもある。自信を無くしつつある謝憐の法力に迷いが生じていることは、二人の間では触れ難い話題のひとつだった。今も雨に打たれながら天塔を支えている姿を想像し、胸が痛んだ。
    「この小屋を少し借りるか」
    「はい」
    風信を追って慕情も小屋へ入る。じめじめとした薄暗い小屋は無人で、目立つ物も置かれていない。いっときの滞在には覿面だろう。慕情は壁に立てかけられた茣蓙を敷いて座り込んだ。風信は手持ち無沙汰といった様子で窓から雨を眺めている。
    「……あなたも座りますか」
    「お前の隣に、か」
    「露骨に嫌悪感を示すのはあまり褒められたことではないと思いますが」
    「なんだと」
    「あなたは私が気に食わないと先日おっしゃいましたね。あれから考えましたが、私もあなたのことは気に入らない。憶測で私を語る姿に辟易しました。それも殿下の目の前で堂々と。私が気に食わないのなら、今こうしているように二人の時に伝えればよかったのではないですか?ああ、感情に支配されて言葉が先走ってしまったと」
    流れるように語る慕情の表情は冷たかった。風信は腹の辺りが熱くなるのを感じて、拳を握る。
    「俺が黙っていれば滔々と……!そうだ、俺はお前が気に食わない。殿下のそばに仕えながらそれでも自分が一番であるかのように振る舞える、その傍若無人な態度が心底嫌いだ!腹が立つ。お前の言動を見ているだけで、ずっと腑が煮え繰り返りそうだった!」
    「奇遇ですね。私もあなたの言動が気に入らない。後先考えずに言葉だけは威勢が良い。発言を後悔したことはありますか?きっと一度もないのでしょう」
    「勝手なことを!俺だって後悔の一つくらいはある。お前に言ったことは、何一つとして後悔していないけどな!」
    嘲笑的な視線を向けて、慕情が言葉を紡ぐ。
    「私もあなたに投げかけた言葉を悔いたことはありません。あなたのその、傲慢なところは、あなたの言葉を借りれば、一番であるかのような振る舞いでは?殿下の前では敬虔な素振りを見せておきながら、私の前ではこうして言葉を荒げる。どちらが本当のあなたですか」
    「それはお前にも言えるだろう!俺どころか、殿下にまでお前は知ったような口をきく!自分は賢いから何を言っても許されるとでも?拾われただけの……」
    「お前に、あなたに、私の何が分かるというのですか?想像したことはありますか、貧しさを、苦しさを、明日が見えない痛みを!育ちの良いあなたは考えたこともないでしょう」
    慕情の表情が、歪んだ。出自のことなど知ったことではないと風信はその瞳をまっすぐに見据えて叫ぶ。
    「お前の物差で俺を語るな!お前がどんな暮らしをしていたかなんて興味がない!今こうして殿下に仕えている以上は、俺もお前も同じだろ!」
    「そうですね。私たちは対等ですから。では先日のあなたの言葉は、私を見下していると捉えていいのですか?私に、殿下を見下しているとあなたは言いました。本当は、あなたが一番私を見下しているのではないですか」
    「くそったれ!お前も俺を見下しているくせに」
    「もういい!お前に何を話しても無駄だ!埒が開かない!」
    声を荒げて、慕情が怒りを露わにした。風信は負けじと叫んだ。
    「そうやって俺を決めつける、その高慢な態度が苛々する!」
    慕情は閉口した。これ以上の口論は得策でない。溝を深めても、今後の関係、主に殿下を守る上で支障をきたすだけだ。反論したい事は幾らでもあった。風信は、黙り込んだ慕情を覗き込んで投げかける。
    「なんだ?もう終わりか?」
    「お前、いやあなたと揉めたところで私は何も得をしませんから。むしろ軋轢を生むだけでしょう。それはあなたも理解できるはずです」
    慕情の声音は冷静なものに戻っていた。風信はそんな透かした態度も気に食わないと思いながら、茣蓙に座る。
    「……気に食わないのでは」
    「立っているのに疲れただけだ」
    その瞳に敵意はなかった。慕情の横顔をはっきりと至近距離で捉えたのはこれが初めてだった。すらりとした鼻筋、長く流麗な睫毛、色白な肌に映える黒曜石のような瞳。
    「何ですか、人の顔を凝視して」
    「いや……綺麗な顔をしているんだなと」
    「散々私が気に食わないと論じておきながら今度は何のつもりですか?褒めたところで、あなたへの評価は変わりませんから」
    「そういうことじゃなくてな」
    「本当にあなたというひとが分からない」
    「俺もお前のことは何ひとつ理解できない」
    振り返った慕情の表情は予想していたよりも穏やかだった。風信は拍子抜けして小さく笑った。慕情も、頬を緩める。
    「あなたと同じ意見が出る日が来るとは」
    「同感だ」
    ぱら、ぱらと疎らになった雨音が静かな小屋に響く。風信も慕情も、何も言わずに茣蓙の上に座り込んでその音に耳を傾けていた。
    「慕情」
    「……はい」
    「この間もついさっきも俺のこと、お前って言ったよな」
    「言いましたか」
    「言った」
    「謝れと?あなたはそんな細かいことを気にする人でしたか」
    「なっ!俺だって気にすることは気にするぞ」
    ふん、と慕情が鼻で笑った。風信は掴みかかりそうになった手をなんとか留める。
    「私を殴って気が済むのなら、そうすればいい」
    「誰がお前なんか」
    「殿下の前で面目が立たない。けれど本当は殴りたい、そうでしょう」
    慕情の胸ぐらを掴んで風信は迫った。黒曜石の瞳は揺らぐこともなく佇んでいる。その冷静な態度が、なおさら気に食わなかった。
    「お前は、本当に……!」
    怪我を負わせれば殿下を心配させることになる、それでもこの気に食わない男を黙らせたいと風信は感情を秤にかけて冷静になろうと努めた。
    「離せ」
    慕情の瞳が射抜く。怒りも呆れも交えた視線は、風信をさらに苛立たせるには充分だった。ぐっと衣を掴む手に力を込める。額がぶつかりそうなほどの距離で、二人は睨み合った。やがて慕情は閉口したまま風信を呆れたように見据えた。
    「離せと、言っている」
    口車に乗せられて手を出したことを悔いた。風信は拳の力を抜いて、慕情を解放する。胸元を整えながら、慕情が大袈裟にため息をついた。茣蓙で隣に座っていられる空気ではなく、風信は小屋の中を歩き回って窓辺に落ち着いた。
    「……なあ、お前はどうして俺に敬語を使う」
    「あなたに限らず私は等しく敬語ですが」
    「もう崩れてるだろ。俺はお前の取り繕ったみたいな言葉が気持ち悪くて仕方ない」
    「そうですか。それなら遠慮は捨てる、言い出したのはお前だからな」
    「ああ、そっちのほうがよっぽどお前らしくていい」
    風信が鼻で笑うと、慕情も同じく笑った。姿勢を崩して、頬杖をついた慕情は年相応の少年らしく見える。
    「なんだ。私の顔がそんなに気になるか」
    ふいと視線をそらして、風信は窓枠の隅で揺れているものに気がついた。あれは、桜桃の葉だ。雨に打たれて、滴が跳ねている。
    「桜桃……お前、覚えてるか」
    「お前が私につらつらと言ってのけた時か。あの時のお前は必死で滑稽だったな」
    「な……っ!俺はちゃんと謝っただろ!」
    「他人の悪口を言う趣味はないと言っていたが?私の悪口はいくらでも出るんだな」
    「それはお前が煽るからだろ、わざと俺が、」
    「煽られたお前が悪い。私は煽っているつもりはないからな」
    悔しくて言葉が出ない風信を見て、慕情が砕けたように笑った。
    「お前、そんな笑い方もできるのか」
    「私を何だと?」
    怪訝そうな視線を浴びて、風信は苦笑した。徐に慕情が茣蓙から立ち上がって、そんな風信の隣に並んで窓の外を窺う。
    「止んだな。皇城に戻るか」
    「ああ、まだ確認することが山ほどあるからな」
    律儀に茣蓙を畳む慕情を見下ろして、風信は伸びをする。窓から差し込んだ日差しが、慕情を照らした。光の雨はやわらかく二人を包んで、ゆるやかに降りそそぐ。慕情は先を行く風信の背を追うように走る。
     並んだ肩はほんの少し距離を縮めて、雨上がりの空の下で陽をまといながら遠ざかっていった。
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