一等星の様なその才能の輝きに憧れ、可能性を見出した。
何度も意見を交わし、試行を重ね、より良い音楽を共に作り上げられると信じた。
悪戦苦闘しながら走り続けた日々を懐かしく思うが、既に海の底へ沈んだ。
時代の波に乗り遅れれば、腐っていくだけだ。
流行と廃りではない。成長を止めた時点で、生きているとは言えないモノに成り下がる。
4人でバンドを組み、曲を作り上げた事へ後悔は一切ない。むしろ、誇らしい位だった。
けれど、頂点なんて立った覚えはない。
光が当たった瞬間、目にも止まらぬ速さで世界が一変した。
最初から間違っていたと思えるほどに、勝手に周りがもてはやし、祭り上げられた。
始まったばかりで予定なんてないに等しかったが、これから作り上げる筈の道は大衆の波に踏み荒らされた。
今更どうこう言ったって、無駄だと分かっている。
イチヤは、これからもっと音楽とギターの技術を学び、作曲の幅を今以上に広げる筈だった。
ナミダは、多くのジャンルを学びながら取り入れ、音の表現の幅や奥行きを向上させていくはずだった。
ムラサキは、もっとテクニックを磨き、ソロを任せられる程にレパートリーを増やしていくはずだった。
伸びしろのある3人が、成長を止めた。
大衆は、何をやるにも褒めるばかり。
何をやるにも注目を浴びる。
イチヤ達へと何度呼びかけても、全てかき消される。
賞賛の嵐の目から、あいつらは動こうとしない。ゴミの壁が積み上がるばかりだ。
未熟で、不完全で、器量が無く、知識も浅い。
そんなバンドが、イカミュージック界のオリジンだって?
呆れてため息も出やしない。
イチヤはこんな所で止まっては駄目な筈だ。
故郷を飛び出してまで、音楽の道に進んだ熱意と覚悟を忘れたのか?
歓声が全て同じ言葉に纏められ、雑音に聞こえる。
そんなものを聞くために、バンドを組んだんじゃない。
俺は、止まりたくはない。イチヤの才能に甘えてなんていられない。
もっと前へ進みたい。次の階段を上りたい。
腕を磨き続けたい。
今ある限界を超え、極めていきたい。
このまま4人でいても、何も変わらないし、気付けない。
過去の栄光に縋る様にバンドが停滞を選ぶくらいなら、いっそ壊してしまった方があいつらの為になるのではないか。
そう思うようになっていった。
ガンガゼ野外音楽堂の最寄りの商店街は、夜にも関わらずいつになく賑わっている。
音楽に関する店が集まる場所なだけに、聞こえる曲は民謡やアイドル、バンドはメジャーだけでなくインディーズも入り乱れている。
ここだけは、大衆の雑音も少しだけマシになる。
コンビニを横目に見れば、メジャーバンドのライブチケットの販促ポスターが窓に貼られている。
シオカラーズに引けを取らないカリスマ性を輝かせ始めるテンタクルズ。
ポストSquid Squadと一部で騒がれる5人組のバンドWet Floor。
そういえば、Hightide Eraのタカが、飲んだ時に大学の後輩達がバンドを組むと話していた。
流行がハイカラシティからスクエアへ移る頃には、今ある色は変わっている。
時代は変化している。
小さなバトル会場のお山の大将気取っている間に、世界各地で様々な音楽が生まれている。
ここで立ち止まっている暇なんてないが、どうすれば良いのか分からない。
宛ての無い感情ばかりが燻り、地団駄を踏む子供の様で、焦りが込上げている。
人の波を抜け、ただ闇雲に歩いている中、声を掛けられた。
振り向けば、不思議と目を惹く男がこっちに歩いて来る。
特徴的なアシンメトリーのゲソに、黒いリングピアス。
誰なのか、一目でわかった。
トラックメイカー・ワラビだ。
海外ツアーでガンガゼに来るとは耳にしていたが、今日だったか。
いつもに増して人通りが多いわけだ。
ナミダやABXYの影響もあって、ソフトウェア等の機械を多用した音楽も聴くようになった。
その中で、今一番活動的で、注目を浴びているのがワラビだ。
ソロでワールドツアーを多数成功させ、年間20か国以上を渡り歩く。この若さで一流アーティストのリミックスを手掛ける度胸と技量には、感服させられる。
ただ最近のライブ映像からは、演奏に不調が聴こえていた。
いつもの如く完成度は高いが、ワラビの持ち味である先鋭的で心を掴んで離さないような曲調に陰りを感じた。
新曲が出ず、中身が空洞になり始め、マンネリ化している。
挨拶ついでに、思わずそれを指摘した。
嫌な顔でもするかと思えば、少し驚き、次には目が笑っている。
その眼差しは、好きな玩具を手にする無邪気な子供の様であり、まるで獲物を見つけ狙いを定める鷹の様にも見える。
何だ、こいつ。そう思うとほぼ同時に、あちらも指摘をしてくる。
バンドメンバーの進歩の無さ。
燻り、挑発的になっている俺の演奏。
メチャクチャなのに、全ての的を鋭く射抜いている。
イチヤよりも先に気づかれた事への怒り。焦りが演奏に反映されてしまった事への不甲斐なさ。
それ以上に、湧いて来たのはこいつへの対抗心。
何もかも見透かす様なその目を潰したいと思えるほどに、気に食わない。
停滞しても、積み上げてきたものは全て本物だ。
音楽への情熱も、向上心も、何もかも色あせてなんていない。
だから、応戦した。一言一句聞き逃さず、俺の言葉をぶつけた。
周囲の視線や雑音だけでなく、何もかも消えたかのように、ただこいつの声だけが耳に響いて来る。
自分の考えを訴え、相手は受け止め、反論をする。衝突の繰り返し。
音楽に対する誇りと意識の高さに、譲れない思いが聞き取れた。
これほど話したのはいつ以来なのか、思い返せない程に遠い。
凪の海に落ちされ、消えかけていた情熱に、再び火を付けられた気がした。
自分の欲しかったものはこれだと錯覚させられる程に、満たされかけた。
突拍子もなく、組まないかと誘われた。
反射的に応じそうになったのをぐっと堪え、考えさせて欲しいと吐き捨てる様に言った。
まだイチヤ達と今後について話が出来ていない。
いつもの調子ではなく、真剣に話し合えば、何か少しでも変わると期待した。
触発され、単純な考えに逃げたわけじゃない。そう思わなければ、次はどうなるか分かっていたから、縋りつきたかったんだ。
けれど、やはり無理だった。
限界に達した。
諦めた。
何度、何度、言葉を衝突させても、平行線を辿り、もう相容れないと確信した。
道が完全に分かれた。
もう二度とここへは帰らない。
全てが終わり、反動のように押し寄せる疲れに、喉の奥が痒くなり、吐き気すら感じる。
イチヤは、近いうちに才能だけでは無力だと気づくだろう。
ナミダは、後続する若手に追い抜かれ、自分の手持ちの少なさに気づくだろう。
ムラサキは、先達者達の大きな壁にぶつかるだろう。
このまま終わって腐っていくなら、それはあいつらの選択だ。
けれど、あいつは絶対にそうはならない。
Squid Squad の最初の曲「Splattack!」を完成させたあの日の様に、あいつは何かを掴んで、海の底から這い上がりもう一度音楽の道へ進む。
あの時、最後まで掴みかかって来る根性が残っているんだ。
それだけは信じられる。
だから時間稼ぎだけは、しておく。
そのあとは知らないし、知る気もない。道を違えた以上、俺は先へと歩き続ける。
答えが出た。
落ち会ったワラビの曝け出した熱意に、覚悟はより強固になった。
この選択に後悔と心残りもない。星に憧れるのは、もうおしまいだ。
過去を振り返り、無理やり席に着かされる位なら、全てを壊して自分の道を突き進む。