その8「演奏するのは3曲までだ」
「たったの? 沢山考えたのに」
「数じゃねーんだよ」
イッカンは譜面台をステージ端に置き、不満そうなイチヤの元へマイクスタンドを持って来た。
「イチヤは、俺をバンドメンバーにしたいんだろ?」
「その通り! 俺はイッカンとバンドがやりたい!」
気持ちの良い程の即答に、イッカンは苦笑する。
「だったら、おまえのメインブキとサブ、スペシャルで3曲を選んでみろ。おまえの実力と強さを聞かせろ。なあなあな曲を長々と聴かされるなんてゴメンなんだよ」
「わかった! 選ぶから、座って待ってて!」
ナワバリバトル経験者であるイチヤは、その言葉にピンと来た様子で、大きく頷いた。
「とびっきりのヤツ頼むぞ」
「まかせて!」
イッカンはステージ前の席に座った。
イチヤは指折り数え、悩んだ後、スタンドに取り付けられたマイクの電源を入れる。
「あー、あー、あー」
マイクがちゃんと機能しているか確認を終え、イチヤは満足げに笑みを浮かべる。
「準備完了!」
気合十分なイチヤだが、対するイッカンは不安で仕方がない。
言ってはみたが、一体どんな演奏が飛び出してくるか予想がつかず、ただの子供の御遊戯に成り下がらないか逆に心配にすらなる。
「よろしくお願いしまーす!」
イッカンの心境とは裏腹に、イチヤは勢い良く一礼をするとギターを構える。
「拍手!!!」
「は? あー、わかった。わかった」
ピアノの発表会や演劇のように形から入りたいのだろう。ここで言い合っても意味がないので、イッカンはイチヤへと若干やる気のない拍手を送った。
「それでは聞いてください! まずは一曲目!」
ロックを参考にしたのだろう。がむしゃらに奏でられる大きな音が爆竹のように弾け、煌めく曲だ。
エレキギター音はチューニングしても、不安定さが目立つ。ギターのリフはかなりの荒削り。ギターの持ち方すらどこか心もとなく、弾き方におかしな癖がついてしまっているように見える。
しかし、初心者の癖に高度テクニックを無理やり使って上級者ぶる様な、馬鹿な真似事がない。
曲としては成り立っているし、このがむしゃらさは嫌いではないとイッカンは思う。
予想外に良いのは、声だ。伸びがあり、高音でも声は抜けていない。活舌が時折悪くなり、終わりがけに音がブレるので、そこを直せば良い線いきそうだ。
「二曲目!」
アイドルの曲を参考にしているようでいて、先程とは打って変わり軽快で爽やかで、水飛沫のような曲だ。
音階を理解していないはずが、転調がうまい具合に出来ている。音が違うと聴き分けた時点で耳が良いとは思っていたが、かなりの感覚派だとこれで確信が持てた。
聴き心地の良い曲になっているが、決定打に欠ける。水飛沫で出来た水面の泡の様に、同じものが幾つも湧き上がっては、誰にも気づかれずに消えていきそうだ。
続けて聞いたせいか、一曲目の方が印象に残る程だ。何もかもが惜しい。
「これが、最後! 俺が練りに練ったスペシャル曲!」
演奏が楽しいと目を輝かせているイチヤは、高らかに宣言する。
「それでは聞いてください!」
イントロはほぼ無く、エレキギターの音と伸びやかな歌声から一気にスタートする。
インクは弾け飛び、キャンバスがカラフルに色付く。
白も、黒も関係なく、全てを塗り潰す。
ギターリフの荒削りさが逆に曲を引き立て、どこ懐かしいセピア色を残していく。
「は……?」
僅かに覚えのある旋律が聞こえ、イッカンは笑みが零れそうになり口を押える。
―――こいつ、文化祭で俺がやった即興アレンジに更に手を加えて、曲に組み込んでやがる。
聞くまで忘れていたあの旋律を、1回聞いただけで覚えた。音を正確に掴み、手中に収めた挙句、自分色に塗り潰した。
あの時からここまで成長したと言うかのように。
ここまで上手くなったのだから認めて欲しいと言うかのように。
ある種の挑発であり、挑戦だ。
一体、どんな頭をしていたら、こんな曲を思いつくのか。
「どう!? どうだった!!?」
曲を弾き終え、興奮の冷めないイチヤは、イッカンへとマイク越しに呼びかける。
スポットライトの光を一身に受けるその姿は、まさしく1等星の輝きを放っている。
けれど、その輝きはこれから更に強くなっていくのだろう。
面白い。
そう素直に、イッカンが思う。
「イッカンは、俺とバンド組んでくれる?!」
以前も聞いた問いかけ。
どうして目を付けられたのか皆目見当がつかないイッカンは、椅子から立ち上がった。
「おまえとなら面白い曲が作れそうだ」
イチヤはその答えに、飛び上がる程に喜んだ。
「おじいちゃん、手伝いに来たよー」
空が瑠璃色を深め始める頃、喫茶店の裏口からインクリングの少女がやって来る。
今日は生演奏があるので、常連客がたくさん集まっている。アルバイトと祖父であるマスターの2名では捌ききれないのを見越して、近所の家から喫茶店まで手伝いに来たのだ。
「いつもありがとうねー」
バンド演奏はもう間もなく始まる。マスターはキッチンで、4人分のサンドイッチを作っている最中だ。
「学校帰りにここを通った時、ギターの音が聞こえてたけど、誰か来てたの?」
音楽を演奏するには、ある程度の防音と設備が必要だ。練習室のレンタルを予約するにもお金がかかるだけでなく、満室の場合もある。特にハイカラシティは流行の中心となる今は、多くのバンドが集まっており、余計に練習する場が限られる。隠れ家のようなこの喫茶店では、昼間はよくミュージシャンの卵たちが練習やライブの予行練習を行っていた。
大抵はエレキギター、ベース、ドラムの3つの音が聞こえる。それならばいつもの事と流せるが、今回はエレキギターと若いボーカルの声だけだったので、少女は気になっていた。
「ナミダちゃんくらいの男の子が、イッカンくんに指導してもらっていたんだよ」
「へぇー、イッカンさんが年下の子といるなんて、珍しいね」
ナミダはそう言って、エプロンの紐を結んだ。